Home / 恋愛 / あおい荘にようこそ / Chapter 161 - Chapter 170

All Chapters of あおい荘にようこそ: Chapter 161 - Chapter 170

176 Chapters

161 止まらない想い

 「直希さん、直希さん」 テーブルに顔を埋めて眠る直希に、あおいが何度も声をかける。 肩に手をやり揺さぶるが、直希は反応しない。「……」 涙の跡が残った寝顔はとても穏やかで、憑き物が取れた子供の様だった。 その寝顔に微笑みながら、あおいは思った。 直希は今日まで、自分では想像も出来ない荷物を背負いながら生きてきた。 ――親殺し、妹殺しの十字架。 彼はその十字架を背負いながら、たった一人、贖罪の為に戦ってきた。 彼に対して感じていた、自虐的ともいえる人々への献身。その理由がようやく分かり、そんな彼の為に、自分も役に立ちたい、そう思った。 栄太郎の病気、風見家の問題。 いや、遡ってみればそれだけではない。 節子の問題や菜乃花のいじめなど、これまであおい荘で繰り広げられてきた数々の騒動。 彼はその問題、ひとつひとつに真摯に向き合って、走り続けてきた。 それがどれほど過酷な日々だったか。ちっぽけな存在である自分には想像もつかない。 しかし今、自分の前で眠っている直希を見て、あおいは思った。  直希さん、少しはお役に立てたでしょうか。 今の直希さん、本当にかわいい寝顔をしてますよ。  * * * 考えてみれば、自分の中でも直希に対する見方が変わっていた。 これまで自分は直希のことを、人生の指標を示してくれる、尊敬できる人だと思っていた。 道に迷った時、勇気が出ない時。そんな時、直希の言葉を待っていた。 直希がいれば大丈夫。直希の言葉通りにすれば間違いない、そう思っていた。 そんな彼に、いつからか芽生えていた想い。 それは憧れでもあった。 それは人生の師に対する思いと似ていた。 そんな彼に自分は恋をした。 しかし今、自分の前で泣きじゃくり、心の闇を吐きだした直希は、これまで自分が知っている直希とはまるで違って見えた
last updateLast Updated : 2025-10-22
Read more

162 反省会

 「それで? ここに来たということは、そういうことなのかしら」 部屋に入ってきたあおいを見て、しおりが露骨にがっかりとした表情を見せた。「どうなのかしら、あおい」 ため息をつくしおりを前にして、あおいはうなだれて顔を上げられずにいた。「申し訳ありませんです、姉様……折角姉様が、ここまでしてくださったのに」「……あなたのこと、少しは大人になったと喜んでいたんですが……まだまだ子供だったようですね」 そう言ってあおいの頭を撫でると、椅子に腰かけて煙草に火をつけた。「新藤直希に拒絶されたの?」「いえ……そんなことはないと思いますです。直希さんも私のこと、大好きだと言ってくれましたです」「だったらどうして。好き合ってる男と女。誰もいない二人きりの部屋。ここまで出来上がった舞台で、どうして何も起こらないのかしら」「……」「まさかあなた、知らないとか言わないわよね」「何がですか」「だからその……あれよ、あれのことよ」「あれ、と言いますと」「ああもう、ややこしい妹だわね! 好き合ってる男と女がすることよ!」「?」 言葉を濁して赤面するしおりに、あおいが無垢な瞳を向ける。 その仕草は正直可愛いと思ったが、今はそれどころじゃない。ここは姉として、威厳を持って言わないといけない。そう思い、しおりは腕を組んであおいをみつめた。「男と女が、その……服を脱いですることです」「服を脱いでって……えええええええええっ? 姉様、何を言い出すのですか」「あなたが知らないと思ったから言ってるんです! そんな汚物を見るような目で見られる覚えはありません!」 しおりが真っ赤になって叫ぶ。「それで&
last updateLast Updated : 2025-10-23
Read more

163 新しい朝

 「あおいちゃん、疲れてない?」「はいです。昨日はその……少しだけ姉様と夜更かししましたが、でも大丈夫です。今日も風見あおいは元気です。あおい荘に戻ったら、今まで以上に張り切ってお仕事したいと思いますです」「そう、よかった。でも頑張るのも、ほどほどにね」 そう言って、流れる景色を二人みつめた。  * * * 次の日。 着替えた直希が部屋を出ると、あおいとしおりが迎えてくれた。 風見家に向かった直希は、そこであおいの両親、そして兄の幸一郎と対面した。 想像以上の歓迎を受けた直希は戸惑ったが、幸一郎、そしてしおりと連絡先を交換し、これからもお互い、いい付き合いをしていくことを約束しあったのだった。 帰り際、父の信一郎から「これからも娘のこと、よろしくお願いします」と頭を下げられて恐縮したが、娘を思う父の愛情を感じ、「こちらこそよろしくお願いします」そう言って頭を下げたのだった。  * * * 列車で二人は隣同士の席に座り、一時間余りの旅を楽しんでいた。 直希は朝目覚めた時、体が軽くなっていることを感じていた。 それが昨夜あおいに全てを打ち明け、受け入れてもらえた、そして許してもらえたからだと思い、感謝したのだった。 そしてあおいの言った言葉。「あなたに罰を与えます。あなたへの罰、それは幸せになることです」 その言葉が直希の中に、生まれて初めてと言ってもいい「希望」を芽吹かせていた。 どのようにすれば幸せになれるのか。それは分からない。 何しろ自分はこれまで、幸せという物から逃げ続けてきたのだから。 しかし昨夜、あおいから罰として、その幸せにならなければいけなくなった。 そう思った時、胸躍っている自分がいるのが分かった。 これからの自分がどうなっていくのか。そのことに期待している自分を感じていた。 今日、そして明日がどんな一日になるのか。 どんな景
last updateLast Updated : 2025-10-24
Read more

164 ただいまです

  駅に着いた直希とあおいは、肩を並べて住み慣れた街を歩いていた。 あおいは感慨深い表情を浮かべ、時折吹く潮風を胸いっぱいに吸い込んで笑った。「この街は……本当に優しい街ですね」「あおいちゃん?」「風見家を飛び出した私は、どうやってこの街にたどり着いたのか覚えていませんです。財布にはカードばかりで、現金は僅かしかありませんでした。カードを使えば家にばれてしまいますので、使うことも出来ず……途方に暮れながら歩いてましたです。でも……この潮の匂いだけはよく覚えてますです」「あおいちゃんの実家は山奥だから、潮の匂いは新鮮だったのかもしれないね」「お金もなくなってしまい、喉も乾いて、お腹も空いて……倒れてしまいましたです。あおい荘の前で」「あの時は本当、びっくりしたよ」「私もです。見ず知らずの私を警戒することもなく、中に入れてくださって……私の言うことを全て信じてくれて、警察にも連絡せずにいてくれましたです。そして私に住む場所と、生きる意味を与えてくれた……それが直希さんなんです」「照れくさいね。あの時は正直、深く考えてなかったから」「でも直希さんは、自分が信じる人しかスタッフにしないと言ってましたです」「ああ、確かに……そんなこと言ったことがあるかもね」「直希さんの理想に賛同してくれる人、その人に出会うまでは一人であおい荘を守るんだ、そうつぐみさんに言ってたと聞きましたです」「ははっ、知ってたんだ」「直希さん、どうしてあの時、私を雇おうと思ったのですか? 初めて会った、家出した身元不明の私を」「それは……難しい質問だね。正直俺も、分かってないから」「そうなんですか?」「うん……あの時はとにかく、あおいちゃんのことを助けたいと思った
last updateLast Updated : 2025-10-25
Read more

165 元老会議

 「お邪魔しますよ」 扉がノックされ、あおい荘の入居者たちが病室へと入ってきた。 文江は恐縮して頭を下げ、山下や小山と会釈する。「おお、やっと来ましたか。さあさあ、むさ苦しい所ですが入ってください」 栄太郎が起き上がり、いつになく上機嫌な様子で皆を歓迎する。「いやあ、ここでの生活にも飽きが来てましてな。娑婆の空気に触れたいと思っていたんですよ。おっ、東海林さんも来てくれましたな」 そう言って、一番最後に入ってきた東海林医院の院長、東海林に声をかける。「新藤さん、調子の方はどうですかな」「ご覧の通り、ぴんぴんしてますよ。つぐみちゃんのおかげでね」「はっはっは、それはよかった」 文江の用意した丸椅子に、各々が腰を下ろす。 栄太郎のベッドを囲み、あおい荘の全入居者が揃った。 「では……ただいまより、第一回あおい荘、元老会議を行います」  * * * あおいが戻ってきたあの日。 突然の菜乃花の告白は、祝福モードに包まれていたあおい荘の空気を一変させた。「ちょ……ちょっとちょっとなのっち、突然どうしたのよ」 明日香が引きつった笑顔を菜乃花に向ける。「突然じゃありません。私はずっと、直希さんのことが好きでした」「分かってる、分かってるよそれは。そうじゃなくてね、何て言うか……それって今、ここで言うことじゃないと思うんだ」「私は一度、直希さんに告白してます。その時はその、断られてしまったんですが……でも私、昨日直希さんに言いました。あおい荘に戻ってきたら、もう一度告白しますって」「菜乃花、ちょっと落ち着きなさい。何があってあなたが今、直希に告白したのかは分からない。でもね、明日香さんの言う通りよ。あおいが大変な思いをして、やっとここに戻ってきた。それなのに&hellip
last updateLast Updated : 2025-10-26
Read more

166 盛り上がる元老たち

 「しかしあおい荘も、本当に賑やかな場所になりましたな」 栄太郎がそうつぶやくと、生田も静かにうなずいた。「確かに……オープン当初には、こんな賑やかになるだなんて、思いもしませんでした」「最初の入居者は私とばあさん、それに生田さんの三人だけだった」「あの日の夕食の雰囲気は、今でもよく覚えてますよ」「私もですよ。だだっ広い食堂に、私たち三人。まあ、初日は東海林さんとつぐみちゃんも一緒に食べてくれたが」「つぐみちゃん、ずっと泣いてたわよね。それをナオちゃんがからかって」「つぐみちゃんが泣いていたんですか」 山下の問いに、生田が静かにうなずいた。「ええ。彼女、つぐみくんは私たちがあおい荘に足を踏み入れた時、感極まって号泣したんです。あまりに泣くもので、私も何が起こったのか、どうしていいのか分からなくなりましてね。かなり動揺しました。 そんな彼女に新藤さんたちが声を掛けて、そして直希くんが肩を抱いてね、からかってました」「つぐみちゃんは本当に、ナオちゃんのことが大切なのね」 そう言って小山が穏やかに微笑んだ。「彼女は……子供の頃からずっと、直希くんのことを支えてきました。あおい荘の立ち上げにも、かなり奔走していたと聞いています」「そう……ですね。つぐみちゃん、ナオちゃんが生まれて初めて、過去ではなく未来を見ている、そのことが嬉しいんだって言ってましたから」「ばあさんや、それはわしらも同じだったろう」 そう言って文江の手を握ると、文江も笑顔でうなずいた。「あの子は……ナオちゃんは色々あって、自身の幸せというものを放棄していました。ただただ毎日を無駄に生きていた、そんな気がします。でもある日、私たちに言ったんです。『じいちゃんばあちゃん。俺、自分が生きる道をやっと見つけられた気がする』って」「それが介護、だったんかね」 節子の言葉に、文江が小
last updateLast Updated : 2025-10-27
Read more

167 元老院の結論

 「菜乃花くんがあの場で、誰もが触れなかった問題を口にした」 生田の言葉に、栄太郎が苦笑する。「ある意味、誰もがそう思ったのではないですか」 そう聞かれ、皆がうなずく。「つぐみくんにあおいくん、菜乃花くんに明日香くん。あの子たちは直希くんのことを愛し、その想いをずっと育んでいた」「じゃが……ほっほっほ、行動には起こせなかった。なぜならそれは、自分たちにとって居心地のいい場所の空気を壊すことになるからの」「あら西村さん、たまにはまともなことを言うじゃないですか」「ほっほっほ」「でも確かに……そうですね、その通りなんだと思います。彼女たちにとって、あおい荘は本当に楽しい場所なんだと思います。その大切な場所を、自分の気持ちを出すことで失いたくない……そう思っても仕方ないと思います」「山下さん。あおい荘の空気を壊したくない、その一点においては私も同意見です」 栄太郎の言葉に、山下が複雑な笑みを浮かべた。「そしてそれは、直希にとっても同じだったと思います。直希はその……鈍感なところはありますが、それでも彼女たちの気持ち、気付いてない訳ではなかった。あおいちゃん以外、ですけどね」「だが……あおいくんが帰ってきた時、二人の間には、今までなかった絆のようなものが生まれていた」「そうなんだと思います。私はその場にいなかったが、菜乃花ちゃんの取った行動を思えば、容易に想像出来る」「少なくとも、二人はまだ契ってないさね」「せ、節子先生……少し表現が」「いいさね、これぐらいは。我々は童〈わらし〉でも生娘〈きむすめ〉でもないさね」「それは……そうなのですが」「あの二人はまだ契っていない。でも何かがあった」「皆が感じていた。だがあの時は、それよりもあおいくんが戻ってきたこ
last updateLast Updated : 2025-10-28
Read more

168 大喧嘩

  遡〈さかのぼ〉って、あおいが戻って来た日の夜。 あおいはつぐみの部屋に来ていた。「つぐみさん、ほっぺた大丈夫ですか」「ええ、だいぶ腫れも引いてきたみたいだし」 つぐみはタオルに氷を挟み、頬に当てていた。 そんなつぐみを見て、あおいが申し訳なさそうに頭を下げる。「なんと言いますか、その……色々すいませんです」「何言ってるのよ。これはあおいのせいなんかじゃないから」「でも……」  * * * 微妙な空気の中、夕食が終わった後のことだった。 直希への告白。明日香やつぐみに対して吐いた言葉。 それらは菜乃花にとっても、想定してなかったことだった。 あの時、直希とあおいの間に生まれつつある絆に危機感を抱き、気が付けば入居者たちのいる前で告白してしまった。 でもそれはいい。確かに、あおいを歓迎していた空気を壊してしまった、そのことに対して申し訳ない気持ちはあった。それでも自分の中に生まれた、抑えきれない焦りの気持ちが、直希への二度目の告白につながったのだ。そうでなければ、いつ直希に伝えられたか分からなかった。 それよりも菜乃花の中で後悔していたのは、つぐみのことだった。 明日香が直希にプロポーズしていることは、ある意味周知の事実だった。 しかしつぐみは違う。彼女は直希を想いつつも、その気持ちをずっと隠してきた。 その想いを、みんなの前で叫んでしまった。 それは、彼女に対する裏切り行為だった。 悔やんでも悔やみきれない。そう思いながら力なく部屋に戻ろうとした菜乃花に、つぐみが声をかけてきた。「菜乃花。ちょっといいかしら」「……はい、何でしょうか」「ここでは何だから、ちょっと庭まで来てもらえるかしら」「……分かりました」 つぐみの後に続き、庭に出た菜乃花。
last updateLast Updated : 2025-10-29
Read more

169 胸の内

 「久しぶりの実家はどうだった?」 うなだれているあおいを元気づけるように、つぐみが話題を変えた。「あ、はい……みんな元気そうでほっとしましたです。それにその……私が思っていたよりも、ずっと私のことを心配してくれてましたです」「そうなんだ。やっぱり離れていても、家族は家族なのね」「私もそう思いましたです。何より嬉しかったのは、みんな私のこれからについて、本当に悩んでくれていたことです。私が幸せになる為、どうすればいいのか。ずっと考えてくれてましたです。ですのでその……つぐみさんたちには申し訳ないのですが、私は今回、実家に帰ることが出来てよかったと思ってますです」「どうしてそこで謝るのよ。今まであなたは、帰りたくても帰ることが出来なかった。ううん、違うわね。自分の居場所を悟られない様に、息をひそめて生活していた。だから私は、こうなってくれて本当に嬉しいのよ」「つぐみさん……」「直希とはどうだったのかしら」「直希さんと……ですか」「ええ、直希と。菜乃花の言葉じゃないけど、あなたたちの間に何かがあった、私もそう思ってたわ。 直希の雰囲気もね、少し変わったような気がしたし」「……」「あおい。直希と何があったか、教えてもらえないかしら。勿論、言いたくないならいいんだけど」「そんなこと……はいです、分かりましたです。直希さんとどんな話をしたか、言わせていただきますです」  * * *「そうなんだ……」「はいです。直希さん、その後で眠ってしまって……疲れたんだと思いますです」 あおいは直希の懺悔を、時間をかけて丁寧に説明した。しかし、直希に告白したことはあえて言わなかった。 いつかは打ち明けなければい
last updateLast Updated : 2025-10-30
Read more

170 同盟者の言葉

 「しっかしまあ……やっちゃったね、なのっち」「……」  その頃、菜乃花の部屋には明日香が来ていた。 小山は遠慮して、山下の部屋を訪れていた。 部屋の隅で、腫れた顔をクッションに埋めている菜乃花を見て、明日香は苦笑した。「あたしのことはいい。だってあたしがダーリンを好きだってことは、周知の事実だから」「……ごめんなさい」「だからいいってば。まあ確かにいきなりだったから、ちょっと驚いちゃったし、照れくさかったけど」「ごめんなさい、本当に……」「だーかーらー、それはいいって言ってるでしょ」「でも、それでも……ごめんなさい明日香さん。私、なんであんなこと言っちゃったんだろう……」「まあ、あん時のなのっち、前も後ろも分からないぐらいテンパってたからね。お姉さんはそんなこと、思春期にはありがちなことだと受け入れてあげるよ」「私……なんでこうなんだろう……前につぐみさんと喧嘩した時だって、思ってもない言葉がどんどん出てきて……つぐみさんを傷つけて……」「でもまあ、今回に比べたら大したことないけどね」「……ですよね」「あの場にいた全員が知ってた。つぐみんがダーリンを好きだってこと。でも、それを口にすることはなかった。だってそれを言っちゃったら、絶対元には戻れない。だからみんな黙ってた。それくらい、今のあおい荘の居心地がよかったんだと思う。壊したくなかったんだと思う」「そう……ですよね」「でもそれを、一番言ってはいけないタイミングで、しかもダーリンを目の前にして言っちゃった。あはははははっ、大したもんだよ」「笑い事じゃ&
last updateLast Updated : 2025-10-31
Read more
PREV
1
...
131415161718
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status