All Chapters of 【完結】あおい荘にようこそ: Chapter 191 - Chapter 200

204 Chapters

191 抑えられない気持ち

 「え……」 つぐみが声を漏らした。 俺はあおいちゃんが好きだ、そう告げられると信じて疑っていなかった。 真面目な直希のことだ、告白もした幼馴染の自分に伝え、けじめをつけようとしているのだろう、そう思っていた。 直希からのプロポーズ。 つぐみは自分の耳を疑った。 壊れつつある精神が幻聴を聞かせたのではないか、そう思った。「今……なんて言ったの、直希」「俺と結婚してくれ、つぐみ」 もう一度告げられた直希の想い。その言葉に、体から力が抜けていくのが分かった。 つぐみは何も答えず、もう一度ゆっくりとうつむいた。「……つぐみ?」 そして小さく息を吐くと、今度は勢いよく顔を上げた。「何を言ってるの? あなたは今日、あおいと会ってたのよね。そこで告白して付き合うことになった。その報告をする為に、私をこんな場所にまで連れて来たのよね」「あ、いやその……違うぞ」「……」 直希の目は、嘘をついているようには見えなかった。想定外の言葉につぐみは混乱した。「でも……直希はあおいのことを」「ああ、好きだよ。今でも大好きだ」「だったら」「でもそれは、人として尊敬してるって意味だ。勿論その……女の子としても意識してなかった訳じゃない。それに……事実俺は、あおいちゃんに告白もされていた」「……」「だから真剣に考えた、悩んだ。でもな、考えれば考えるほど、悩めば悩むほど、俺の中でつぐみ、お前のことが大きくなっていったんだ」「何よそれ。私のこと、馬鹿にしてるの?」「ああいや、気に障ったのなら謝る。でもそうじゃなくて、俺が言いたいのはそうじゃなくて」 
last updateLast Updated : 2025-11-21
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192 あの日の約束

 「……ごめんね直希。私はあなたの告白……と言うかプロポーズ、受けるつもりはないわ」「……そうか」 覚悟はしていた。しかし急に、自分の周りだけ空気が薄くなったような気がした。 胸が締め付けられるように痛い。 でも、それはあの日、自分がつぐみにしたことなんだ。 つぐみもきっと、こんな感覚だったんだろう。そう思うと、また後悔の念が蘇ってきた。「私はずっと、あなたの傍にいた。あなたを笑顔にしたい、そう自分に言い聞かせてね。 でも本当は……違うのかもしれない。私は本当に、あなたのことが好きだった。あなたがさっき言ったように、私の人生を振り返った時、ほとんどの思い出の中にあなたがいる。ほんと、ふふっ……笑っちゃうぐらいにね」 つぐみの目に涙が光る。「あなたのことが好きだった。大好きだった。あなたのいない未来なんて、想像することも出来なかった。 あおい荘で一緒に住むようになってからは、その気持ちがもっと強くなった。あなたの傍で、あなたを感じて生きていく。新しいあなたを発見していく……それは本当に幸せな時間だった。 直希、言ってなかったんだけど今言うね。私ね、お兄ちゃんに言われたの。一緒にドイツに来ないかって」「え……」「お兄ちゃん、医者としての私を評価してくれたの。ドイツで学んで、経験を積んで、もっと多くの人を救わないかって言われたわ」「それでつぐみは」「断ったわ。だって私、飛行機が怖いし」 そう言って舌を出し、笑った。「……日本が誇る名医の誘いを、そんな理由で断ったのか」「勿論それだけじゃないわ。何と言っても私は、この街が好きなの。本当に小さな小さな街。でも私は、この街で生まれたことを誇りに思ってる。この街の人たちが大好きなの。 私はお父さんと一緒に
last updateLast Updated : 2025-11-22
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193 一番近い遠回り

 「いよいよあさってかー。あっという間だったよね」 明日香がそう言って大きく伸びをする。その言葉に、つぐみが照れくさそうにうつむいた。  * * * つぐみの部屋に集まったあおい、菜乃花、明日香。 明後日に迫った結婚式の最終打ち合わせ、そういう名目で明日香が号令をかけたのだった。「でも本当、早かったですね、その……お付き合いが決まってからは」「だよねー。全くあんたたちってば、付き合うのに何十年もかけた癖に、いざ付き合うってなったら速攻で結婚決めたんだもんねー」「……勘弁して頂戴、明日香さん」「だってだってー、付き合い始めたのって二週間前なんでしょー。ほら、ダーリンがアオちゃんを振った日」「ちょっと、そんなことわざわざ言わなくても」「いえいえつぐみさん、もう気にしてませんので大丈夫です。それに私も……今言うのも変な話なのですが、直希さんとつぐみさんがこうなったこと、本当に嬉しいんです。心のどこかで私は、こうなることを望んでいたようにも思えるんです」「あおい……」「ですからその……本当におめでとうございますです、つぐみさん」 笑顔を向けるあおいに、つぐみは涙ぐみ視線をそらした。「何よ何よつぐみん、もう花嫁モードな訳?」「……うるさいなあ、もうっ」「あはははははっ……でも、そうだね。アオちゃんじゃないけど、実はあたしもそういうところ、あったんだよね。あんたたちがこうなることを願ってたっていうか」「あの、私も……です」「まあ、あたしにとっては何の問題もない訳だし。だってあたしの目標は、ダーリンの愛人になることなんだから」「堂々と何言ってるのよ、嫁を前にして」 そう言って頭を小
last updateLast Updated : 2025-11-23
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194 謎の人脈

 「それで、そろそろ話を進めたいんだけど。まだ決まってないこととかあるのかしら」 つぐみがそう言って真顔に戻ると、明日香が意地悪そうに言った。「特にないよ」「ええっ? じゃあ今日の集まりは何なのよ」「だってだって、式の段取りは基本、西村さんに丸投げしてるんだし。本職に任せてるんだから、あたしたちが準備することなんて別にないでしょ」「それはそうなんだけど、じゃあどうして」「つぐみん、明日は実家に泊まるんでしょ? 独身最後の夜、東海林先生と二人きりで」「……そうだけど」「流石にそれは邪魔出来ない。先生もきっと、つぐみんと話したいこと、いっぱいあるだろうし。だから今夜にしようって、アオちゃんやなのっちと話してたの」「……」「あたしたちの新しい関係に乾杯、そんなところかな」 明日香の笑顔に、つぐみが恥ずかしそうにうつむいた。 そしてしばらくして真顔になると、三人に向かって言った。「みんな……今回のこと、本当にありがとう。それからごめんなさい」「え? え? なんですかつぐみさん」「つぐみさん、その……どうして謝るんですか」「だってそれは……菜乃花だってあおいだって、それに明日香さんも……直希のことが好きだった。それなのに私だけ、こんな幸せでいいのかなって思って」「……顔上げなよ、つぐみん」「……」「あたしたちがダーリンのことを好きだったってこと、それは事実だ。現にあたしたちはみんな、ダーリンの為に戦ってきた。 でもね、あたしたちみんな、別にいがみ合ってた訳じゃない。嫌いだった訳でもない。たまたま同じ男を好きになってしまった、それだけなんだ。最終的につぐみんがダーリンを射止めた。そりゃね、正直悔しいよ。でもこればっかりは
last updateLast Updated : 2025-11-24
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195 感謝

  結婚式前夜。 設営を終えたあおい荘は、早々に消灯していた。 正面玄関から伸びたバージンロード。当日には赤い絨毯が敷きつめられる。 新郎新婦の立つ場所はサークル上になっていて、周りを花が彩っている。 バージンロードを挟んで両サイドに設置された椅子には、花やリボンが装飾されていて、見慣れたはずの庭がまるで違って見える。 食堂は披露宴会場として利用することになっていて、壁や天井にも装飾が施されていた。 菜乃花だけは遅くまでかかって、ウエディングケーキを作っていた。試作品を繰り返し作り、あおいたちに試食してもらい、ようやく決めたケーキ。菜乃花が汗を拭いながら、嬉しそうにその出来栄えに満足していた。 静まり返ったあおい荘。 栄太郎と文江の部屋には、直希が来ていた。  * * *「バタバタしたけど、何とか間に合ったな」 こたつを囲み、三人が談笑している。 栄太郎たちにとって、大切な孫の待ちに待った結婚式。感慨もひとしおだった。 文江は既に感極まっている様子で、昔話をしながら何度も涙ぐみ、栄太郎にからかわれていた。「今回は俺、何の手伝いもさせてもらえなかったからね。本当、みんなには感謝しかないよ」「明日の結婚式、西村さんが全部任せろと大見得切ってくれたんだ。その気持ちに感謝しないとな」「うん」「それにあおいちゃんたちも、色々と動いてたみたいだしな。まあ当日のお楽しみと思って、今日は眠れぬ夜を過ごすといいさ」「ははっ、なんだよそれ」「にしても……わしらにとっては本当に長かった。お前を引き取ってから今日まで、わしらはずっとこの日を夢見てた。そのはずなのに……なんだろうな、少し寂しくもあるんだよな、これが」「じいちゃん……」「明日のお前の晴れ姿、直人たちにも見せてやりたかったな」「……うん」
last updateLast Updated : 2025-11-25
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196 新藤直希

  結婚式当日。 タキシード姿の直希は食堂で一人、落ち着かない様子で座っていた。 列席者は既に着席していて、あおいのピアノ演奏と同時に挙式がスタートする。 つぐみは自室で、父の東海林と共に待機している。 一度も見ていないつぐみのドレス姿も興味深いのだが、今は緊張の方が勝っていた。「……こんな時こそ煙草、吸いたいよな」 経験したことのない緊張感が、そんな言葉をつぶやかせる。「緊張してるみたいだね、ダーリン」 声に振り向くと、深紅のドレスを身に纏った明日香が立っていた。「ははっ、面目ない」「ダーリンのそんな顔、初めて見たよ。中々にかわいい」「からかわないでくださいって。それでどうしたんですか、こんな所に。もう式が始まるし、そろそろ席に着いてないと」「この子たちの見送りだよ」 そう言って笑うと、明日香の後ろから天使の格好をしたみぞれとしずくが現れた。「みぞれちゃんしずくちゃん。その格好、とってもかわいいね。羽根もすごく素敵だし。でも、どうしてここに?」「ダーリンは今から、この子たちと一緒に入場するんだよ。この子たちは言ってみれば、エスコートガール」「エスコートガール……色々と凝ってますね、西村さん」「さああんたたち。ダーリンにちゃんとお祝い、言ってあげなさい」 明日香がそう言うと、みぞれとしずくが直希の前に進んだ。「直希―、結婚おめでとー」「おめでとー」「ありがとう、みぞれちゃんしずくちゃん……って、直希?」「あはははっ、ごめんねダーリン。ちゃんと『さん』を付けなさいって言ってるんだけど、この子たちってば本当、名前だけだとすぐ呼び捨てにしちゃうんだよね」「いやいや、それはいいんですけど、そうじゃなくて」「ダーリンはあんたたちのパパにはならない、そう言ったんだ」「…&h
last updateLast Updated : 2025-11-26
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197 永遠の誓い

  扉が開くと、ウエディングドレスを身に纏い、ブーケを持ったつぐみが東海林と腕を組んで現れた。 それと同時に、直希の時以上の拍手が沸き起こる。 一歩一歩と、直希の元へと進むつぐみ。 ウエディングドレス姿のつぐみに、直希は息を飲んだ。 うつむいているので表情はうかがえないが、きっとベールの下では幸せそうに笑っているのだろう、そう誰もが思った。 東海林は既に感極まっていて、涙ぐんでいる。 直希の前で立ち止まると、直希は東海林に手を差し出した。 東海林はその手を両手で力強く握り、「娘を……よろしくお願いします」そう言って頭を下げた。 直希は東海林よりも深々と頭を下げ、「今まで本当にありがとうございました。娘さんのことは、必ず幸せに致します」そう言った。 東海林はつぐみの手を取り、直希の手に重ねた。そしてその上にもう一度手を重ね、「二人共、幸せに……」そう言って席へと戻った。「……」 つぐみが直希の腕に手を回すと、二人はサークルに入り、振り返って改めて一礼した。祝福ムードが最高潮に達し、しばらく拍手が鳴りやまなかった。  * * *「……まずは新郎直希さん。新婦つぐみさんのベールを上げてください」 西村がそう囁くと、二人は向かいあった。 ベールに手を通してゆっくりと上げる。 恥ずかしそうにうつむくつぐみに、直希は思わず見惚れてしまった。「……何よ」「あ、いや……何と言うか……」「そんなに見つめないでよ。恥ずかしいじゃない」「ははっ、ごめんごめん」 再び正面を向くと、西村がマイクを手に、静かに語り出した。「……結婚式というものは、たかだか10分程度のイベントです。緊張されている
last updateLast Updated : 2025-11-27
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198 幸せになります

  続いて始まった披露宴は、大変な盛り上がりとなった。 あおいたちの手作りによる高砂席に座った二人に、それぞれが祝い酒を持ってやってくる。 大役を終えた西村もほっとした様子で、ビールを片手にご機嫌な様子だった。 あおいと菜乃花、そして明日香は料理を手に忙しそうに走り回っていたが、「今日ぐらいはじっとしてなさいよ」と街の人たちに諭され、恐縮した様子で席についたのだった。 街の人たちが料理を運ぶ姿に、流石に直希もつぐみも恐縮して立ち上がろうとした。「いやいや皆さん、今日は皆さんがお客さんな訳で、そんなことをされると困ります」「いいんだよこれぐらい。あんたたちには本当、いつも世話になってるんだから。それに今日の主役はあんたら二人なんだからさ、主役らしく堂々と座ってなさい」「ほっほっほ、それもまたいいじゃろうて。のぉナオ坊や」「西村さん……でも流石に」「いいのよ、直希ちゃん」「山下さん……」「こんな結婚式があってもいいんじゃないかしら。それに……うふふっ、誰に頼まれた訳でもないのに、みんながあなたたちの為に働いてくれて……とってもあなたたちらしい結婚式だわ」「そういうことよ、ナオちゃん」「小山さんも」「このお礼は、これから時間をかけてやっていけばいいことよ。今日は皆さんのご好意を受けて、感謝すればいいと思うわ」「小山さん……ありがとうございます」「私はここに座るさね」「節子さん?」「しばらくあんたの傍におれんかったもんでな、調子がくるってたんさね。ほれその料理、私にも食べさせてくれんか」「ははっ……はいはい、どうぞ」 庭も人で溢れかえり、ここが高齢者専用住宅であることを忘れてしまいそうなぐらい賑やかになっていた。  * * *
last updateLast Updated : 2025-11-28
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199 託す思い

  時は流れて。 直希とつぐみの結婚式から、二か月が過ぎた。  * * * 結婚式を終えた直希とつぐみは、クリスマスに直希が貰ったチケットで二泊三日の新婚旅行に行き、そして新居をあおい荘の二階に移動したのだった。 元の直希の部屋はスタッフルームとして開放し、あおいと菜乃花はこの日、来週に迫った花見大会の最終打ち合わせの為、ここに集っていた。 あおい荘で初めて行われる花見大会。直希の強い要望で、企画も含めて全てあおいと菜乃花が任されることになっていた。「当日は大変だと思うけどよろしくね。何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれていいから」「はいです。ですがそうならないよう、菜乃花さんとしっかりすり合わせをしておきますです」「直希さんとつぐみさんが安心して楽しめるよう、私たちもがんばります」 そう言った二人の笑顔に、直希とつぐみは顔を見合わせうなずきあった。「それでね、あおいちゃん菜乃花ちゃん。花見を二人にお願いしたいってつぐみに言った時に、もう一つ話していたことがあるんだ。 俺たちはこれからのあおい荘について、ずっと考えていた。タイミング的にも今が一番いいと思って……今日はそのことを二人に相談したいと思うんだ」 その言葉に、あおいと菜乃花がつぐみに視線を移した。つぐみは二人を見つめ、穏やかに微笑みうなずいた。「実はあおい荘に、新しい入居希望の方がいるんだ」「新しい入居者さん……」「年末に話があって、色々と手続きを進めていたの」「また賑やかになりそうですね」「それでなんだけど、二人にお願いしたいことがあるの」「私たちにですか? 勿論ですつぐみさん、私たちに出来ることなら言ってほしいです」「私も、出来る限り協力します」「ありがとうあおいちゃん、菜乃花ちゃん。こういう時、まずは入居者さんの健康状態や既往歴、家族構成とかの資料を集めるところから始めるんだ
last updateLast Updated : 2025-11-29
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200 理想を現実に

  4月最初の日曜日。花見大会当日。 あおいと菜乃花は、朝から大忙しで動き回っていた。そんな二人を見て、直希もつぐみも手伝わせてほしいと申し出たのだが、二人から「今日は私たちに任せてください」と言われ、手持ち無沙汰な状態で時間が来るのを部屋で待っていた。 何が始まるのか、どんな花見になるのか。二人は知らされていない。 そのことに一抹の不安もあった。特に直希に至っては、「大丈夫かな、ちゃんと準備、出来てるかな」と、何度もそう言って覗きに行こうとした。「二人にまかせたんでしょ? だったらもっと信頼してあげなさい。でないと今日まで頑張ってきた二人に失礼でしょ」 そうつぐみに諭され、「そうだよな」と苦笑して座り直すのだった。 「自分で動いた方がずっと楽だ、そんな風に思ってるんでしょ」「つぐみお前……どれだけ俺の心、覗けるんだよ」「直希が考えそうなことよ。こんなことぐらい、あおいや菜乃花にだって分かるわよ」「ははっ」「でもね、直希。それじゃ駄目なのよ。確かに不安だと思う。うまくやれるかな、心細くないかなって思ってると思う。でも、それでも……それじゃいつまで経っても、二人は成長しない。例え失敗することがあったとしても、それも含めてあの子たちの経験になるの。私たちはね、直希。ある意味あの子たちの成長の邪魔をしてきたのよ」「確かに……そういうところ、あるかもな」「そうなの。だからね、直希。心配だと思うけど二人のこと、応援してあげましょ。今日はそれだけでいいのよ」「……分かった、分かったよつぐみ」 そう言って笑い、つぐみの手を握った。「体調は?」「大丈夫。今日も暖かくなりそうだし、問題ないわ」「そうか。じゃあ二人のおもてなし、楽しみに待ってようか」  * * * しばらくして、扉がノックされた。
last updateLast Updated : 2025-11-30
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