航平は、肝心な局面ほど慎重な男だった。ほとんど隙を見せない。仁志もいくつかの手掛かりは握っている。ただ、どれも「言い逃れできる程度」にとどまる。まだ弱い。その程度で航平の仮面を剥がすつもりはなかった。何より、航平は深く正体を隠している。彩香も、奏も、翔太も――誰もが航平を「温厚で品があり、頭のいい人物」だと思っている。親友の雅臣ですら、最近になってようやく違和感を掴み始めた程度だ。航平の本性を皆に見せる。今はまだ現実的ではない。だが、仁志は焦っていなかった。時間がある。仁志が求めているのは、一撃で決められる確証だ。それまでは、航平を少し苛立たせるのも悪くない。むしろ効率がいい。仁志の言葉が積み上がり、ついに航平の理性が切れた。航平は仁志の胸ぐらを掴み上げる。「……お前ごときが、私に張り合う資格があるとでも?」航平は知っている。星の心の中に居場所を作るため、自分がどれだけ時間と策を費やしてきたか。傷つく芝居を打ち、何度も苦肉の策を演じて、ようやく信頼を取った。星が過去に雅臣に深く傷つけられたことも知っている。だから踏み込むのは簡単じゃない。それでも――雅臣より上で、雅臣より尽くさなければ、星が自分を選ぶ理由はない。そこまでして積み上げてきたのに。途中から仁志という異物が割り込んできた。仁志は表情を崩さない。声は静かで、「ええ。それと、女性が薔薇を受け取る意味くらいは知ってるでしょう」ベッドサイドの薔薇を視線で示す。「星野さんはもともと、カスミソウのほうが好きです。薔薇が特別好きというわけではない。でも、あの薔薇だけは気に入っていました」淡々と続ける。「枯らすのが惜しい、と。数日後にプリザーブドにして、毎日オフィスに飾るつもりだと言っていました」航平の堪えが切れる。花瓶を勢いよく払い落とした。――ガシャン!乾いた音。床に砕けるガラス。水が広がり、薔薇が転がる。同時に病室のドアが開いた。「仁志、どうしたの?」星だった。薬膳の器を手にして立ち尽くし、目の前の光景に言葉を失う。仁志の襟を掴む航平。床に散った破片。倒れた花。航平も我に返った。冷水を浴びせられたように熱が引く。「星、私は――」言いかけた航平の声を、仁志が先に遮った。「星野さん。鈴木さんの言う通り
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