夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する! のすべてのチャプター: チャプター 1201 - チャプター 1210

1332 チャプター

第1201話

彩香からのメッセージを読んだ瞬間、星の腹はもう決まっていた。真実か嘘かは関係ない――確かめに行く。それだけだ。怜央の神経を逆なでできるなら、やらない手はない。もしデマだったとしても、念のための準備が一つ増えるだけ。損はしない。その時、そばにいた仁志が、ふいに言った。「怜央の荷を奪うつもりですか」星は小さく頷く。「うん。でも、こっちは人手が足りない。だから先輩と組むしかないの」仁志は表情を崩さず、静かに問う。「具体案は?」「単純よ。受け渡しの現場でブツをひっさらうだけ」星は指先で机を軽く叩き、淡々と続けた。「怜央には横取りされたと思わせる。買い手には怜央が金だけ取ってブツを渡さなかったと思わせる――犬同士で噛み合わせるの」現実問題、今の星の持ち駒と資源で、怜央みたいな家主と正面から殴り合うのは無理だ。表でも裏でも、星は明らかに分が悪い。奏を足したところで劇的には変わらない。怜央が司馬家の当主になれた理由――その手元の資源と切り札は、想像よりずっと厚い。靖たち三兄弟ですら、届かないレベルだ。だから星は、正面衝突を避ける。少しずつ羽をもぎ取って弱らせて、その分、自分を強くするしかない。話を聞き終えた仁志の目に、かすかな期待の眼差しが宿る。「悪くありません」少し間を置いて、落ち着いた声で続けた。「彩香の救出は、僕に任せてください。あなたたちが怜央の注意を引いている間に、僕が彩香を引き上げます。こちらの負担は大きくありません」星は視線を落とし、数秒だけ考えた。彩香を助けるには、腕が立って、しかも信用できる人間が必要だ。仁志なら条件を満たす。むしろ最適だ。それに――ノールソンの件の直後。強奪の現場で仁志が歯止めなく動く可能性もある。自分たちが怜央を引きつけていれば、仁志の動きはほぼ安全圏に入る。星は頷いた。「彩香のこと、お願い。先輩が司馬家の地図を手に入れたら、すぐ動ける」仁志は淡々と言う。「地図なら、すでにあります」「……え?」星は一瞬、言葉をなくした。「もう?」「前に彩香さんから電話があったでしょう。あなたが助けたいと言っていたので」仁志は事もなげに続ける。「最近は手も空いていました。闇市に懸賞をかけました」そう言うと、仁志は携帯を取り出し、データを転送した。「司馬家の見取り図です。
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第1202話

星はスケジュールを確認した。詰まり具合に自分でも笑いそうになる。空いてるのは今夜だけだ。「空いてるのは今夜……でも六時くらいに会議が一本あるの。たぶん遅くなる。大丈夫?」「もちろん。先に会議終わらせて。私は急いでないよ」時間を決めると、星はそのまま仕事に戻った。――午後五時。オフィスのドアがノックされる。顔を上げた星は、そこに立つ航平を見て目を瞬かせた。「航平?どうしてここに?」航平は柔らかく笑う。「近くで用事があってね。終わったから、迎えに来た。星、忙しいの片づけて。私はここで待ってる」星は時計を見る。「でも、最低でも二時間は待つよ?」「平気。ここで待ってても、どうせレストランで待つのと変わらないし」そこまで言われると押し切れない。星は小さくため息をついて、立ち上がる。「じゃあ……何か飲む?コーヒー?それとも」「水でいい」星が水を注ぎ、席に戻ると、再び仕事モードに入った。星がバイオリンを弾くのをやめてから、航平にとって、星が仕事を処理する姿を見るのはこれが初めてだった。集中力が異常だ。航平が同じ空間にいても、視界に入っていないみたいに、迷いなく決裁していく。星は確かに多忙で、契約書類の閲覧や署名に追われるだけでなく、各種の提携に関する決定まで手がけていた。航平が密かに安堵したのは――その間、仁志が一度も顔を出さなかったことだ。もし本当に二十四時間べったりだとしたら、自分は嫉妬でおかしくなる。――五時半頃。凌駕がノックして入ってきた。部屋にもう一人いるのを見て一瞬だけ動きが止まる。だがすぐに仕事の顔に戻った。「星野さん。先日、弊社と契約された早川マネージャーが来訪されています」星は立ち上がる。「会議室に通して。すぐ行く」「承知しました」凌駕が出ていくと、星は航平に向き直った。「ちょっと外に出る。ここで休んでて」航平は頷く。「うん。気にしないで、仕事して」星は軽く会釈して、足早に部屋を出た。――六時頃。凌駕が戻ってきた。「鈴木さん。星野さんはそのまま会議に入られました。伝言を預かっています」航平は頷く。凌駕も会議に参加するため、長居せずに出ていった。一人になった航平は、ふとオフィスを見回す。飾り気がない。質素で、女の子の部屋とは思えない。机の上には分厚い
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第1203話

呼び出し音が唐突に途切れた。次の瞬間、メッセージが表示される。【星、怜央を襲う計画、細かいところまで見た。でも本当に、仁志に彩香を助けに行かせるの?司馬家も危険だ。仁志が捌ききれないんじゃないかって心配してる】その文面を読んだ瞬間、航平の目が鋭く細まった。――怜央を襲う?なぜ星が、そんなことを?航平は反射的に、上のやり取りを追いかけようと指を動かしかける。しかし途中で、ふと止まった。許可もなく、人の携帯を覗くのは最低だ……分かっている。分かっているのに。星はこの件を奏には話している。それなのに、どうして自分には言わない?自分だって力になれる。それとも、忙しくて言う暇がなかっただけ――?今夜は食事をする。その時、話してくれるのかもしれない。航平は携帯を戻そうとして、また手が止まった。もし星が何も言わなかったら?胸の奥が、ぬるく冷える。それはつまり――星の中で、自分は奏や仁志より、頼り甲斐がないということ。奏に劣るのは、まだ飲み込める。幼い頃から一緒に育った仲だ。星にとって奏は、兄みたいな存在なのだろう。だが、仁志は違う……なぜ、あいつが?航平の表情が一瞬だけ歪む。そして何かを決めたように、入口をちらりと確認した。誰も来ない。航平は自分の携帯を取り出し、正体不明の圧縮ファイルを星の携帯へ送る。星は普段、ロックをかけない。航平は迷いなく操作した。ファイルを開いた瞬間、画面が数秒だけ黒くなる。すぐに元へ戻り、送った履歴は消えていた。――もし仁志がここにいたなら、それが情報を抜き取る類のものだと一目で分かっただろう。だが航平は、それ以上は見ない。携帯を元の場所に戻し、何事もなかった顔を作る。全部で十秒もかからなかった。――十八時四十分頃。星が会議を終えて戻ってくる。「航平、ごめん。待たせちゃった」航平は柔らかく笑った。「気にしないで。ここで休ませてもらったと思えばいい」そして、さりげなく言う。「さっき、星の携帯ずっと鳴ってたよ」星は机に向かい、携帯を手に取る。表示された名前を見た瞬間、表情がほんの少し揺れた。――奏。星は折り返しはせず、短いメッセージだけ返す。送信を終えると航平に向き直った。「航平、行こ」二人でビルを出た瞬間、航平の視界に――案の定、嫌な男が入っ
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第1204話

航平はテーブルの下で拳を握った。仁志を見るたび、胸の奥がざらつく。――こいつは、消さなきゃいけない。食事の席で星と航平は近況を話し、話題は翔太と雅臣にも及んだ。時間はそれなりに長かったのに、星は怜央の話を一切しない。航平が何度かそれとなく話題を寄せても、星はさらりとかわした。「計画」の話は、最後まで出なかった。航平には分かってしまう。仁志が同席しているから言えない――そういう理由じゃない。奏のメッセージを見る限り、仁志も当事者だ。つまり――星は、航平に知られたくないのだ。夕食が終わり、仁志が車を出して航平をホテルまで送った。航平は相変わらず春風みたいな笑顔を崩さない。「星、じゃあ私は先に休むね。何か手伝えることがあったら、遠慮なく言って」星は頷く。「うん」車が見えなくなった瞬間、航平の笑みはゆっくり消えた。残ったのは、冷たい影。――仁志が「言うな」と釘を刺したに違いない。やっぱり、あの男は消さなきゃいけない。部屋に戻った航平はノートパソコンを開き、回線を繋ぐ。そして、星の携帯から情報を引き抜き始めた。驚くほど簡単に、星の計画は見えてきた。部屋の灯りはつけない。青白く光る画面だけが、航平の無表情を浮かび上がらせる。……夜は墨を流したみたいに濃い。ほどなくして、司馬家の詳細な見取り図が、仁志の手元にも揃った。だが地図を手に入れたからといって、仁志が考えなしに突っ込むはずがない。司馬家の警備は宮殿並み。入り込むには、人員配置と段取りが要る。星も同じ地図を見つめ、眉を寄せた。「司馬家って……こんなに仕掛けがあるの?」仁志は視線を地図に固定したまま答える。「判明しているのは、この範囲だけです。未知の仕掛けも、変動もあるでしょう」星は少し声を落とす。「仁志。できるなら武力衝突は避けて。彩香を助け出せなくても、絶対に無理はしないで。あなたの安全が一番大事」その言葉に、仁志の目がわずかに細くなる。手元の地図を置き、星の不安を宿した瞳をまっすぐ見返した。薄い唇が、ほんの少しだけ上がる。「心配いりません。僕は――無茶はしません」星は時計を見る。「もう遅いし、休もう」「はい」……そして、決行の日はすぐに来た。奏はすでに準備を整えていた。出発前、星に念を押す。「星。受け渡し現
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第1205話

「……ただ」星は奏を見て、言葉を選ばずに言った。「彩香の情報が本物かどうか、私も保証できない。偽物なら、怜央は受け渡しに手を回してるはず。危ないのは、先輩のほうだよ」彩香のあの電話が、脅されてかけさせられたものなのか。それすら、まだ分からない。でも、彩香が時間と場所を出してきた以上――罠でも動く。そして罠があるなら、仕掛けられるのは奏の側になる可能性が高い。星と奏は、その線も折り込んで配置と手順を組んでいた。奏は鼻で笑う。「怜央みたいな冷血野郎が、こっちの本命が彩香の救出だなんて思うかよ」ブツを奪うのは、あくまで表向き。本命は彩香――それだけだ。星は首を振る。「怜央が逆を突く可能性もある。私たちの狙いを読んでたら、危ないのは仁志のほうになる」動く前に、考えうる最悪は全部洗い出した。仁志の側に罠がある可能性も、十分ある。だから星は中継役として、双方に状況を流し続ける必要があった。どっちに罠があるのか、見極めるために。――あるいは、その全部が怜央の煙幕かもしれない。二人は最後まで詰め、別々に動き出した。……少し離れた高層ビルの屋上。航平は双眼鏡をゆっくり下ろした。星の携帯には、情報を抜き取る仕掛けが入っている。航平は、星と奏の計画を手のひらで転がすみたいに把握していた。星の周囲には、すでに人を回してある。奏の側にも手配した。怜央は星の仇。なら、航平にとっても仇だ。星のためにブツを奪う。それは当然の義務。そして――仁志のほうは。航平の口元が、薄く歪む。彩香の救出は、自分が直接行く。その一方で、仁志は今回――あそこで死ぬ。理由は単純だった。航平はすでに、怜央に情報を流している。怜央は疑り深い。信じなくても、何もしないという選択はしない。情報を投げれば、怜央の注意は司馬家へ向く。星は守れる。仁志も消せる。一石二鳥だった。……奏の側は、拍子抜けするほど順調だった。順調すぎて、奏自身が一度は「これ、逆に罠じゃないか」と疑ったくらいだ。奪う時、相手は抵抗した。ただし大きくはない。備えも薄い。ここはM国。怜央の客のブツに、普通は誰も手を出さない。つまり――彩香の情報は本物だった。奏は離脱してすぐ、星に連絡を入れる。「星。こっちは順調だ。彩香の情報に問題ない」
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第1206話

仁志の潜入は、異常なくらいスムーズだった。騒ぎを大きくしないため、連れてきた人数も絞っている。そもそも、大勢を引き連れるのが好きではない。連れてきた者を散らし、彩香の捜索に回す。夜は静かで、空気が澄んでいる。次にどちらへ進むべきか考えていた時、眉間がわずかに動いた。気配がある。仁志は首だけを少し巡らせる。影の中に、背が高く、骨太な人影が立っていた。足が止まる。「……怜央ですか」怜央はゆっくり影から出てきた。「溝口さん。深夜のご訪問とは。ご用件は?」仁志はその距離と立ち位置を見て、理解した。待っていた。最初から。「ここで待機していたのですね。誰かが知らせましたか」怜央の唇が冷たく吊り上がる。「星の周りには、お前を快く思わない人間が多い。あるいは星がお前の正体を知った。俺に始末させたいのかもしれない」仁志が星のそばにいる目的が何であれ、怜央にとっては関係ない。以前、仁志が病院に踏み込んだ時点で、怜央は仁志を生かしておかない。仁志は淡々と言った。「僕を嫌う人間が多いのは事実です。星野さんが僕を消したいなら、本人がやればいい。あなたに頼る理由はありません」目を細める。「あなたに僕が殺せますかね?」怜央の目に殺気が濃くなる。「死ぬ直前まで減らず口か。ここで待ってる時点で分かるだろう。手は打ってある」温度のない笑み。「――あとは、袋の鼠を捕るだけだ」仁志は短く笑った。「袋はどちらです。鼠はどちらですか」怜央が言い返そうとした瞬間、仁志が先に切る。「怜央。僕がここへ来た理由を、どう見ていますか。本気で彩香さんを助けに来たとでも?」仁志は結論だけ言いった。「目的は、あなたです。知らせた人間には感謝します。あなたを探す手間が省けました。探しても見つからないと思ったら――あなたのほうから出てきました」怜央が鼻で嗤う。「口だけは達者だな――」言い切る前に、銃声が闇を裂いた。「――パンッ!」怜央は反射で身を捻る。弾は耳をかすめて抜けた。遅れて熱い痛み。耳に触れた指先が、血で濡れる。避けるのが一瞬遅ければ、頭を抜けていた。仁志は淡々と告げる。「危なかったですね。今のは頭を狙いました」怜央は歯を食いしばる。「仁志……お前は今日、ここから生きて出られないぞ!」影の中
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第1207話

刃が迫る。光る線だけが、夜に走った。怜央も武術の心得がある。反応は速い。刃が刺さる寸前、怜央は仁志の手首を力任せに掴んだ。仁志は短く言った。「……この程度ですか」怜央のまぶたが跳ねる。顔を上げた視線が、仁志の目とぶつかった。この瞬間、怜央は理解したはずだ――最初から、仁志の掌の上だったと。次の刹那。冷たい光が走り、温かいものが弾けた。遅れて、左手に焼ける痛み。怜央は動けない。ゆっくり左手を見る。手首が――落ちていた。骨が見え、血が噴き上がる。切り落とされた手が床に転がっている。怜央の瞳孔が開いたまま戻らない。仁志は何事もなかったように刃を持ち替える。刃先から血が滴り、床を染める。速さの問題ではない。判断と手順が、最初から一段上にある。「……お前……」怜央は言葉にならない。仁志は淡々と聞いた。「手を失う感覚は、どうですか」血が止まらず、床に細い川ができる。怜央の顔色は一気に落ち、息が荒い。その時、イヤホンから部下の声が飛び込んできた。「家主、大変です!うちの荷が……奪われました!」痛みと出血で意識が霞むところへ、その報告。怜央はこみ上げる血を吐いた。仁志は横で立ったまま、表情を変えない。気を失いかけているのを見て、言った。「星野さんに約束しました。もう人は殺しません。だから今日は運がいいです」周囲から足音が迫る。司馬家の連中が集まってくる。この爆発で稼げる時間も限界だ。仁志は離脱する。……司馬家の屋敷で爆発が起きたのを見て、航平の口元がゆっくり歪んだ。何が起きているかは分からない。だが、怜央でも仁志でも、どちらが崩れても航平には得だ。漁夫の利。損はない。航平は電話を取り、部下に命じた。「司馬家の屋敷へ行って」……雅人は屋敷の外で待機していた。迎えに出る役だ。今回、仁志が連れてきた人数は多くない。大半は星の護衛として裏に回している。その中でも腕の立つ謙信だけが、仁志に付き従っていた。――だが、仁志たちが司馬家に入って間もなく、雅人は彼と連絡がつかなくなった。位置情報まで消えている。
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第1208話

こうなる可能性は、最初から想定していた。ここは司馬家だ。怜央も、簡単に転ぶ相手ではない。それでも雅人は、不安を拭いきれなかった。その時、慌ただしい足音が近づく。雅人は反射で身を起こし、駆け寄った。険しい顔の謙信が言う。「溝口さんが負傷しました。すぐ手術の手配を」雅人は息を飲んだ。だが余計なことは聞かない。即座に指示を飛ばし、仁志を手術室へ運び込む。ようやく落ち着いたところで、雅人が口を開いた。「謙信。何があった?進行は順調じゃなかった?」謙信は複雑な顔で答える。「計画自体は順調だった。彩香も見つけた。ただ……本人が今は離れたくないと言って。無理に連れては来なかった」正直に言えば、今回の彩香救出はついでに近い。仁志の主な目的は、怜央だった。だから仁志は単独で怜央を探し、こちらに彩香の確保を任せた。爆薬も仕込んでいる。手札はある。あの身のこなしなら一人でも――そう思っていた。雅人が言う。「順調なら、どうして溝口さんが?別のトラブルでも?」謙信の視線がわずかに揺れた。「大きな問題じゃない。ただ……花壇の近くを通った時に待ち伏せを受けた」雅人は眉を寄せる。「花壇……か?」謙信は淡々と続ける。「司馬家の花壇は、この街の社交界でも有名だ。風水と土がいいのか、咲く花が異様に綺麗だと。庭の花を競売にかければ高値がつく、とも」雅人がまだ理解しきれないでいると、謙信は上着のポケットから薔薇を一輪取り出した。大輪で、色が強い。照明に当たると、どこか不自然なくらい艶が出る――仁志が理由もなく花を持ち帰るはずがない。謙信の表情で察した。仁志は……この薔薇のために、撃たれたのだろう。命知らず。いや、あの男らしい。謙信が言う。「花瓶を用意してくれ。溝口さんが摘んだ花だ。枯らさないで。それと、星野さんには連絡したか?彼女が来たら、この花を渡して。僕はもう表に出られない。先に戻る」雅人は短く頷いた。「分かった」……弾は急所を外れていた。一時間後、医師が弾丸を摘出する。その頃、星も病院へ駆けつけた。仁志が撃たれたと聞いた瞬間、彼女の血の気が引く。足がふらつき、隣の奏が咄嗟に支えた。「仁志……仁志は、大丈夫なの……?」雅人は、星の目を正面から見られなかった。「……現時点では、命に別
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第1209話

航平が手勢を連れて現場に入った頃には、すでに惨状だった。狼狽しきった怜央の姿も確かに見た。本気なら、そこで怜央を始末できた。だが航平は、怜央の部下がある方向へ走り去るのを見て察する。――あいつらは、仁志を追っている。航平は一瞬迷い、結論を出した。先に仁志を追う。怜央はもう廃人同然。後でどうとでもなる。だが仁志は違う。毎日、星のそばにいる。今航平が憎んでいるのは、怜央以上に仁志だった。目の上のたんこぶ。喉に刺さった棘。先に消すべきは、あいつ。ただ、仁志の撤退は早かった。爆発で司馬家は混乱し、怜央が倒れて指揮系統も崩れている。部下は追いつけない。航平も混乱に紛れて動いたが、仁志の足取りは掴めない。諦めかけた時――司馬家の庭で、仁志たち一行を見つけた。航平は信じられなかった。あれだけ騒ぎを起こして、なぜ今逃げない?――逃げないどころか、他人の庭で花を摘んできた。こんな状況で。まともじゃない。そして何より腹立たしいのは、航平が事前に怜央へ知らせて備えさせたのに、怜央が仁志にかすり傷ひとつ与えられなかったことだ。役立たず。本当に、役に立たない。航平は躊躇なく引き金を引いた。銃声で司馬家の手の者を引き寄せる。長居はできない。命中を確認すると、航平はすぐ離脱した。ただ、仁志がどうなったかまでは分からない。その後二日、星の携帯位置情報はずっと病院を示していた。星は仕事以外であまり電話を使わない。様子を探る手も薄い。だから今朝、航平は星に電話をかけた。仕事の話を口実に、会いたいと伝える。星は言った。「仁志が怪我して入院してる。今は手が離せない」護衛が怪我をするのは珍しくない。航平自身も護衛を付けている。だが、その時ふと気づく。――仁志は、ほとんど怪我をしない。仁志の病室に着くと、航平は意外なものを見る。星がいない。仁志は一人で眠っていた。ベッドサイドの棚には花瓶。中には鮮やかな薔薇が一輪。航平の目が暗く沈む。あれは、庭で仁志が摘んでいた薔薇だ。しかも庭でも一番綺麗な一輪。忘れようがない。航平は花を一瞥し、眠る仁志を見る。瞳に冷たい殺気が走った。――しぶとい。怜央の手からも逃げて、あの一発でも死ななかった。星の性格は、航平が一番知っている。仁志は星のために動いて怪我をした。星は罪悪感で、
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第1210話

航平は一瞬、言葉を失った。だがすぐに表情を整える。「何のことか分からない」仁志は上体を起こす。動きは落ち着いていた。「怜央に情報を流したのは、あなたですね」航平は即座に否定する。「仁志、何を言ってる?私にはさっぱり」仁志は淡々と事実だけを並べた。「計画を知っていたのは、僕と星野さんと奏さんの三人です。奏さんと星野さんが漏らす可能性は低いです。残るのは、星と直近で会ったあなたです」航平の顔色がわずかに固まる。想像以上に切れ味が鋭い。仁志は反応を気にせず続けた。「どうやって情報を取ったかは知りません。ただ……礼は言います。あなたが怜央さんに知らせたおかげで、僕は怜央さんを早く見つけられました。司馬家は広い、逃がしていた可能性もあります」航平の目が陰る。仁志は口元を少しだけ上げた。「あなたが情報を漏らしてもなお、怜央さんは僕に指一本触れられませんでした。無能です」航平のこめかみが跳ねる。仁志は淡々と言葉を重ねる。刺す場所を正確に選んで。「それでも助かりました。鈴木さんが、ちょうどいいタイミングで来ました。そうでなければ、無傷の僕が看病される理由がないんです。星野さんが今ここにいない理由は分かりますか。僕のために薬膳を煮ています。あなたが来ると分かっていても、星野さんは僕を優先しました」仁志は視線を逸らさない。「鈴木さん。大きな手助けです。あなたは味方でも、よく邪魔をする人だと思っていました。まさか、ここまで分かりやすい支援をしてくれるとは」航平は怒りで胃がむかつく。だが、言い返す言葉が見つからない。絞り出すように言う。「……あの一発は、わざと当たりにいったか?」仁志はあっさり答える。「夜に司馬家へ入って、無傷で戻るのは不自然です。星野さんと距離を詰めるには、少し傷があったほうが早いです」さらに、事務的に付け足す。「あなたも以前、怪我をしたことがありますね。星野さんがとても丁寧に看病してくれること、知っているはずです」航平の目が赤くなる。仁志は淡々と追い打ちをかける。「前は誤解を避けるために、彩香さんを呼んで同席させた、と聞きました。でも今回は彩香さんがいません。星野さんは毎日、僕と同じものを食べ、同じ空間で過ごしています」声は落ち着いているのに、内容だけが鋭い。
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