All Chapters of 夫も息子もあの女を選ぶんだから、離婚する!: Chapter 1591 - Chapter 1600

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第1591話

「もし、たった一、二年でこんな一族が簡単に潰れるなら、葛西グループなんてとっくに終わってるよ。トップ豪門なんて肩書きも、ただのハッタリになっちゃう。ドラマだって、そんな脚本は怖くて書けないでしょ」それは星にできない、というだけの話じゃない。仁志にだって無理だ。雲井家、川澄家、志村家、葛西家、司馬家――こういう家は、よほど自滅でもしない限り、当主が一人死んだくらいで崩れるようなものではない。しかも権力の中枢は複雑に分散している。そもそも、一人の判断ミスで一族や会社ごと沈まないように、誰か一人がすべてを決める構造にはなっていないのだ。星は静かにうなずいた。「だから、倒産させることを考えるより、市場の占有率を崩していくほうが早い。奪える資源はいくらでもあるし、葛西先生があの時、私に核になるリソースを渡してくれなかったら、葛西グループがほぼ独占してる市場の中で、私は一欠片も取れなかったと思う」少し間を置いて、続ける。「興すのも葛西家、亡ぼすのも葛西家。結局、私たちは葛西家の資源を足場に始めたんだ」その目は、もう先を見ていた。「今はまだ葛西家から完全には切り離せない。だから子ブランドを作る。メリットは、葛西グループの知名度を借りて立ち上がりを早くできること。規模も広げやすい。市場は奪い合うことになるけど、その一方で葛西先生の助けも得られる。葛西先生の立場も苦しくなりにくい」彩香が聞いた。「メリットは分かった。じゃあ、デメリットは?」星は小さく笑う。「一気に頂点までは行けないことかな。相手を破産させる、みたいな派手な結末にはならない。気分的には、ちょっと悔しいかも」彩香は思わず言い返した。「悔しいも何もないって。得してる側が文句言うのは違うでしょ。葛西先生が手を貸してくれるのは、昔の仲間への情があるからで、葛西家を潰すためじゃないんだから」朝陽がどれだけ陰険でも、葛西先生が星に厚情を持っているのは確かだった。過去のことはともかく、星が雲井家に戻ってからも、葛西先生は手元の重要な資源を彼女に渡している。だからこそ葛西家は嫉妬し、狂ったように星を狙った。それでも葛西先生が、自分の築いた家業を壊し、子や孫を路頭に迷わせる手助けまでするはずがない。星は、仮面舞踏会でざわめく人波を見ながら言った。「たぶん――葛西先生
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第1592話

星は、ただの気のせいだと思って首を振った。「ううん。何でもない」その時、星の携帯が小さく震えた。彩香はすぐにそれに気づき、興味津々で身を乗り出す。「linちゃんからまたメッセージ?」星の個人情報がかなり掘られたことで、彼女の別アカもいくつか特定されていた。その一つが、画家summerのアカウントだ。彩香は今でも忘れられない。雲井家の人間たちが、星があれほど優秀だと知った瞬間の、あの顔を。あれほど見下していた星が、どの分野でもきっちり結果を出していた。そんなこと、彼らは想像すらしていなかったのだ。特に明日香。彼女は以前、summerの絵を競売で落とそうとしたことすらある。星の情報が漏れて以降、linは時々プレゼントを郵送してくるようになった。無料で絵を贈ってもらった、そのお礼だと言って。ものすごく高価な品ではない。けれど、どれも驚くほど心がこもっていた。中には手作りの物まであって、しかも星の好みを的確に突いてくる。断りたくても、そう簡単には断れない。linからの贈り物を見て、彩香も驚いていた。「この子、すごいよね。星の好み、ここまで分かってるなんて。そりゃ星の絵が好きになるわけだよ。感覚が似てるんだろうね」星はメッセージ画面を彩香に見せた。「うん。linから」そこには、キジトラ猫の写真が添えられていた。彩香は思わず声を上げる。「この子、linが育ててほんとに見違えたね。毛並みつやつやだし、目つきまで前よりキリッとしてる」三か月前。彩香が拾ったキジトラの子猫がいた。けれど星も彩香も忙しく、ちゃんと面倒を見る余裕がない。そこでSNSに載せて、里親を探した。すると、投稿から一分もしないうちに、星にlinから連絡が来た。【引き取ります】それ以来、linは毎日、猫の様子を星に送ってきている。その猫のおかげで、星とlinの距離もぐっと近くなった。彩香が言う。「linって手先も器用だし、優しいし、絶対かわいい子だよ。星、会ってみたいって思ったことないの?」星は首を振った。「私のいる環境、あんまり良くないから。会わないほうがいい。巻き込みたくないし」彩香も、それには素直にうなずいた。「だよね……」仮面舞踏会は、星にとってそこまで魅力のある場ではなかった。少し滞在したあと、星は彩香に言う。
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第1593話

「でも、それは無理よ。催眠を使わないなら、一年が最短。それでもできるのは、病状を遅らせることだけ。次の再発を先延ばしにするだけで、根治はできない」麗子はその言葉に、思わず息を詰まらせた。「……はぁ。神様って公平だね。やっぱり完璧な人なんていないんだ」美咲の眉間に、わずかな陰が落ちる。「それが仁志の唯一の欠点。しかも――致命的」麗子はその空気を感じ取り、首をかしげた。「そんなに深刻?発作が起きても、あの強さなら誰かにやられるってことはないでしょ?」美咲は静かに言う。「麗子。人を傷つける方法は一つじゃない。血を流さなくても、見えないところで人を殺すことはできる」視線はまっすぐだった。「彼には今まで、はっきりした弱点がなかった。でも今は違う。星は――彼の鎧であり、同時に弱点でもある」……帰りの車内。彩香は気づいた。星がずっと窓の外を見たまま、黙っている。あれほど大きな契約を結んだのに、顔には喜びが浮かんでいない。彩香は、わざと軽い口調で声をかけた。「雲井家のことは、そんなに気にしなくていいって。ちょっとずつでも前に進めばいいよ」続けて、状況を整理するように言う。「今、明日香の護衛もさ、一人は怜央で引きこもり気味。ほぼ仙人モード。もう一人の朝陽も、自分のことで手一杯で、明日香に構ってる余裕ないし」肩をすくめる。「つまり今、明日香はこっちが完全に押さえてる。雲井グループをひっくり返すなんて無理。この猶予期間のうちに、こっちは伸びればいいの。向こうが立て直した頃には、もう手出しできなくなってるよ」仁志が星のそばにいた時間は、決して短くはない。だが、すべてを変えるほど長くもなかった。一年で葛西家や司馬家を潰す――そんなことは最初から不可能だ。仁志の目的も、そこにはなかった。両家に余力を与えず、星が安全に成長できる時間を作ること。それだけだ。その時、星がぽつりと呟いた。「今日、仁志の誕生日なんだ」彩香は小さく息を呑む。この半年、名前が出ることはあっても、星が自分から口にすることはほとんどなかった。何か言おうとして――結局、言葉を飲み込む。静かにため息だけが落ちた。部屋に戻ると、星は一番目立つ場所に飾られた夏の夜の星に目を向けた。なぜか――外してしまいたい衝動が湧く。それは
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第1594話

扉を開けた瞬間――全員の視線が、一斉に星へ突き刺さった。会議室は異様なほど静まり返っている。空気が重く、息苦しい。向けられる目は、言葉にできないほど不気味だった。――何が起きてる?星は視線を巡らせる。表情の固い正道。顔色の沈んだ靖。そして、何も読めない明日香。大口顧客は誰だ?そう思い、視線を向けた。そこにいたのは――白く整った横顔。口元に浮かぶ、昔と変わらない笑み。どこか少年のような空気をまとった男。星の手が震えた。資料が手から滑り落ち、床に散らばる。秘書が慌てて拾い集める。男は、いつも通りの調子で声をかけた。「星野さん、お久しぶりです」星はなんとか呼吸を整える。「……久しぶり」――仁志。雲井グループの大口顧客は、彼だった。正道が口を開く。「星、座りなさい」空いている席は一つだけ。仁志の隣。最初から、そこに座らせるつもりだったのが分かる。星は一度深く息を吸い、その席に腰を下ろした。会議室中の視線が、二人の間を行き来する。誰も予想していなかった。ただの護衛だと思われていた男が――溝口家の当主だったなど。株主も役員も、仁志の顔は知っている。星の護衛として、何度も出入りしていたからだ。しかも、あの容姿だ。忘れろというほうが無理だった。半年前、彼は突然いなくなった。違和感はあったが、深く追う者はいなかった。――星が飽きたのだろう。そう思われていた。だが裏では違った。女社長たちは、彼の行方をしつこく探った。連絡先を寄こせ、と言う者もいた。囲いたい意図は露骨で、提示額も高かった。星が呆れたのは、それが女だけではなかったことだ。男まで、何人も聞いてきた。――もし仁志が知ったら、また遊ぶだろう。そんな男が。今、堂々と戻ってきて。しかも、大口案件まで持ってきた。契約書はすでに目を通している。内容は明らかに優遇案件。だからこそ、今日は株主の出席率も異様に高い。星は、靖を見た。その時――隣の仁志が、柔らかい笑みのまま口を開いた。だが言葉は、鋭い。「靖。俺は一か月前に、協業の意向書を出している」静かな声。「俺の顔を知らないならともかく。お前はL国まで来た。直接会ってたよね」一瞬の間。「この案件を、誰に任せ
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第1595話

仁志は、まったく遠慮というものを知らないかのように、その事実を公然と突きつけた。その一言で、靖の顔色はみるみる沈み、明日香の瞳にも、はっきりと屈辱の色が浮かぶ。――相変わらずだ。仁志は、誰の顔も立てない。正道の笑みでさえ、わずかに引きつった。もともと、溝口家から提携の意向書が届いた時、正道は驚いた。その頃はまだ、仁志の正体を知らず――靖が謝罪に行ったついでに、新たな取引先を開拓してきたのだろう。その程度に考えていた。だが実際には違った。溝口家は自ら手を差し伸べ、しかも破格の条件まで提示してきた。どれだけ危険な噂があろうと――この利益を前に、断る理由はない。正道は、それを靖の手柄だと考え、手配を一任した。さらに「当主自ら出向く」との連絡もあったため、グループ全体で万全の準備を整えていた。株主にも、かなり前から時間を空けさせている。ただ一人、例外がいた。――星。正道派の案件に関して、彼女は出席義務がない。そして靖は、その流れに乗った。この提携を明日香に任せ、進行役まで譲った。――だが。仁志が現れた瞬間、すべてが崩れた。株主の中には、本気で「部屋を間違えたのでは」と思った者すらいた。だが窓口担当の説明で、ようやく理解する。――あれが、溝口家の当主だ。その場にいた全員が、顔面を殴られたような衝撃を受けた。派閥など関係ない。全員まとめて、叩きつけられた。星の隣から、再び声が響く。「少しでも自覚があれば、こんな恥はかかせないよね」誰も答えない。反論する者もいない。この利益を前に、多少の皮肉など、問題にもならなかった。正道は靖を一瞥する。何かを隠している――そう察したが、ここで追及すれば自分まで笑い者になる。すぐに笑みを整えた。「申し訳ありません。社内連携に不備がありました。どうかご容赦を」雅臣から仁志へ。護衛から当主へ。その落差は、さすがの正道でも飲み込みきれない。彼は視線を星へ向けた。「星。仁志さんのご指名だ。今回の案件は、あなたが全権を持って担当しなさい」――決定だった。明日香の笑顔が、わずかに歪む。本当は、全員分かっていた。相手が仁志だと。それでも賭けた。――二人は、もう決裂しているかもしれない。その可能性に。だから明
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第1596話

仁志は戻ってきた瞬間、星にこれ以上ないカードを切った。しかも規模は、かつての怜央すら上回る。これは単なる支援ではない。星の格を引き上げると同時に――雲井家の兄妹を踏みつけるための一手だった。彼が雅臣であろうと、当主であろうと、本質は何一つ変わらない。星にとって、最大の価値を作る。それだけだ。明日香は俯いたまま、表情を隠している。だが強く結ばれた唇と、机の下で握られた手が、内心を物語っていた。星は、詳細を把握していない状態で進行を任された。それでも動じない。資料を確認しながら、冷静に、的確に、最後まで会議をまとめ上げた。その姿を、仁志は静かに見ていた。――もう大丈夫だ。胸の奥に、言葉にならない達成感が湧く。これから先、彼女は一人で立てる。もう、自分が教えることはない。星はその視線を感じ、わずかにまつげを揺らした。だがすぐに表情を戻す。二時間後、会議は終了。靖、翔、明日香は無言で去る。正道派の株主は顔色が悪い。一方で夜派は、はっきりと笑っていた。万代宗一郎が意味深な笑みを残して去り、他の株主たちも軽く頷いていく。――勝負はついた。明日香の優位は崩れた。今や中立派はほぼ消え、残るのは二つの陣営だけ。そして星の支持率は、すでに正道派と並びつつあった。……正道のオフィス。室内にいるのは、靖、翔、明日香の三人。鋭い視線が、靖に向けられる。「靖……なぜ報告しなかった」逃げ道はない。だが、その前に明日香が口を開いた。「父さん。兄に言わせなかったのは、私だ」正道の視線が移る。「仁志の身分は、私たちも前から知っていた。隠したのは――星の立場が一気に上がるからだ」一歩も引かない。「株主は必ず後継者変更を迫る。それに雲井家、葛西家、司馬家――すべての関係は最悪だ。もう引き返せない」そして、真っ直ぐ見据える。「たった一人のために、そのすべてを捨てるべきか?」正道は眉を寄せた。「調整不能なら、こんな案件は持ってこない」翔が冷たく笑う。「与えたのは雲井グループじゃない。星だ」淡々と続ける。「最初から指名すればよかった。それをしなかったのは――わざとだ」一拍。「俺たちに勘違いさせるために。この案件は、誰でもいいって」
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第1597話

「しかも、あいつの本当の狙いは――雲井グループの全株主の前で、星の重要性を持ち上げること。そのうえで、俺たちを足元に踏みつけて、雲井家に徹底的に恥をかかせることだったんだ!」翔は、焼けつくような目で正道を睨みつけた。声は低く、歯の隙間から無理やり絞り出すようだった。「そんな仁志を、どうやったら見逃してくれるんだ?このままあいつが星を助け続けたら……あと三年、五年もすれば、会社名が星の姓に変わってしまうぞ!」正道が机を強く叩き、怒鳴りつけた。「翔、お前は何を言っている!星もお前の妹だ。お前たちと同じように、雲井グループの継承権がある!」翔は、乾いた笑いを漏らした。「父さん、本気でそう思ってるなら。母さんを会社から追い出し、持ち株まで奪うなんて、あそこまで周到にやったのか?」その目には冷えたものが宿っている。「父さんの中じゃ、雲井グループは最初から雲井の姓でしかありえない。星野の姓になるなんて、最初から許す気なんてないんでしょう」靖と明日香は、翔が正道の前で、あらゆる覆いを一気に剥ぎ取ったことに息をのんだ。夜は、もういない。だがその名は――正道にとっても、雲井家の三兄妹にとっても、そして雲井グループにとっても、永遠に消えない存在だった。正道は震える指で翔を指さす。胸が大きく上下していた。本気で怒っているのは、誰の目にも明らかだった。そこへ明日香が慌てて支えに入り、やわらかな声で取りなす。「父さん。翔兄さんは最近、星にいくつも案件を奪われて……気持ちが荒れてるだけ。どうか言葉を真に受けないで。父さんを責めたいわけじゃない」そう言いながら、靖に目配せする。先に翔を外へ連れ出してほしい――そう促していた。靖はすぐに察し、翔を半ば押し出すようにしてオフィスの外へ連れていった。二人が出ていくと、明日香は続ける。「星は、この半年で伸びすぎた。今や翔兄さんを完全に上回り、雲井グループの意思決定においても……翔兄さんが星の顔色をうかがわなければならない場面が増えている」少し間を置いて、さらに低く言う。「父さんも知っての通り、翔兄さんは野心の強い男だ。もし将来、星が雲井グループを継いだら……翔兄さんは絶対、その下で働くことを受け入れない。それどころか、雲井グループ自体が血の雨を呼ぶような騒動になる可能性すらあ
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第1598話

その瞬間、翔はようやく理解した。星がどれだけ天に背くようなことをしても――仁志は、必ず彼女のための言い訳を見つけるのだ。翔の瞳の奥に、暗い光が走る。冷ややかに笑った。「仁志。俺たちは、お前の身分なんてとっくに知ってる……じゃあ、星が知らないと思うか?」言葉をゆっくり落としていく。「あいつは分かってて、知らないふりをしてただけだ。じゃなきゃ、なんでお前をずっと傍に置いて、あんなに優しくしてた?」そして、刺すように言い切る。「利用するために決まってるだろ」さらに続けた。「星は、お前を利用して俺ら両派の対立を煽った。それだけじゃない。俺らを利用して、お前の身分を暴かせたんだ」そこで一度言葉を切る。その視線は深く、底知れないものに変わっていた。「考えたことはないのか?清子が、あんな都合よく怜央に捕まった理由を。雅臣と星が、わざと仕組んだ可能性だってある」翔は、抑えた声のまま、だが刃のように続ける。「雅臣は星に負い目がある。今でも許しを乞い続けてる。星のためなら、あいつは何だってやる男だ。それに、お前が雲井グループで星を立たせたあと、星はもう使い道がないと思った。だから俺らを動かして、お前を追い出した。そのあとは、わざと被害者みたいに振る舞って、周りの人間にお前への情報を流させた」その口元に、ねじれた笑みが浮かぶ。「お前を切らさないように、ずっと釣ったままにするためにな」翔は何かを思い出したように、さらに追い打ちをかけた。「知らないだろ?お前が離れてすぐ、あいつはもう二人も秘書を傍に置いた。それに影斗と頻繁にデートしてるってニュースも、何度もトップに上がってる。雅臣も、航平も、しょっちゅう雲井グループにあいつを訪ねてきてる」その声には、露骨な嘲りが混じっていた。「仁志。お前は星の池にいる魚の一匹だ。異分子を潰すための刃――ただの道具なんだよ」そして、最後に吐き捨てる。「あいつは腹の底が深い女だ。誰に対しても、欠片ほどの本気もない」翔は分かっていた。仁志のような男にとって、星が善人か悪人かは大した問題ではない。どんな人間でも、あの男は気にしないだろう。だが――星が自分に本気かどうか。そこだけは、気にするはずだった。仁志は、翔の話を最後まで驚くほど辛抱強く聞いていた。そして、に
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第1599話

くそ。溝口家の人間って、やっぱり頭のネジが飛んでる。靖には分かっていた。仁志は、わざと翔をからかっている。そして翔は……そもそも仁志の相手ではない。靖は一歩前に出て言った。「翔、もういい。時間の無駄だ。先に行こう」仁志があまりにも話が通じないせいで、翔も打つ手がなかった。翔はそれ以上言い合うのをやめ、靖と一緒にその場を離れた。二人は靖のオフィスで、明日香を待った。およそ三十分ほどして、明日香がやって来る。翔がすぐに問いかけた。「どうだった?父さんは何て言ってた?」明日香はため息をついた。「父さんは、私たちが隠していたことに、まだかなり怒ってる。でも……原株の件は、ずっと父さんの胸に刺さった棘なの。父さんが簡単に星の側に傾くとは思えない」そう言いながらも、彼女の表情は重い。「ただ、言葉の端々から分かった。父さんは星の能力と手腕を、ものすごく評価してる。だから私は……」明日香はそこで言い淀み、口を閉じた。靖が促す。「明日香、何が言いたい?」明日香は静かに言った。「もし星が腹を括って、原株と引き換えに雲井グループの後継者の座を要求したら……もしかして、父さんは受け入れるかもしれない」明日香は顔を上げ、靖を見た。「星に力がなかった頃は、父さんも最初から候補に入れてなかった。でも今は違う。戻ってきて一年以上で、足場を固めただけじゃない。こんな目立つ実績まで作った。それに、彼女を支持する株主の数も、兄さんに負けてない」言葉が、少しずつ鋭さを増す。「星が要求を出せば、父さんは必ず検討する。もし本当に星が後継者になったら、彼女が返した原株だって、結局はまた彼女の手に戻る。つまり、彼女は何も失わずに後継者の座を手に入れるってこと。そうなったらこれから先、私たちは皆、彼女の顔色を見て生きることになる」オフィスに沈黙が落ちた。靖は幼い頃から後継者として育てられてきた。途中で横取りされて、自分の努力が誰かの踏み台になるなど――到底受け入れられない。翔もまた、ずっと誇り高い。星が雲井家に戻ってきてから、一度も彼女を認めたことがない。これから先、星の顔色をうかがって動けと言われて、納得できるはずがなかった。二人の表情がそれぞれ違うのを見て、明日香は長いまつげを伏せ、瞳の奥の暗い光を隠した。そして、さらに言う。「私、もう一度父さ
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第1600話

明日香は言った。「だからこそ、あの人たちには潰し合ってもらう。そうすれば、私たちは漁夫の利を得られる」少し言葉を切り、肩をすくめる。「利用、か……」明日香は気にも留めないように笑った。「忠兄さんっていう突撃役がいなくなった今、あの人たちに残っている選択肢は一つだけ。私を押し上げて、星と張り合えるだけの資本を与えること。靖兄さんが私を支えて育てようとしてるのも、結局は、女の私なら大した波風は立てられないって思ってるから。将来、雲井グループで肩書きを与えておけば、私は喜んで靖兄さんのために働いて、価値を生み出す――そう踏んでる」そして淡々と言う。「でも今の私にとっても、その機会は必要だ。だから、まずは受け取る」雲井家が明日香を育ててきたのは、政略結婚の駒にするためだけではない。彼らは彼女の価値を一滴残らず搾り取るつもりだった。縁談は、その中でも一番利回りの低い手段に過ぎない。明日香の卓越した社交術は、確かに雲井家に「利益」を見せてきた。だからこそ雲井家は反対を押し切り、彼女を雲井グループに入社させたのだ。――家族愛?確かに、ゼロではない。だが多くもない。もちろん明日香も同じだ。利用されること自体は気にしない。自分が欲しいものさえ手に入るなら、それでいい。彼女にとって、仁志が戻るかどうかは、どちらに転んでも損にはならない。戻ってきて星を助け続ければ、星と雲井家の争いは激しくなる。彼女はそこで漁夫の利を得られる。戻ってこなければ、星の後ろ盾が弱まり、孤立する。水を濁してこそ、利益を拾える。ただ――明日香の目が、ふっと深く沈んだ。もし星が戻ってこなければ、彼女はこんなに苦労しなくて済んだはずだ。怜央と朝陽の助けを得て、雲井グループで一気に足場を固められただろう。怜央は片腕を失わず、立場も揺らがなかった。朝陽も、星と市場を奪い合うことに追われ、彼女に構う余裕を失うこともなかった。それまで明日香は、星を脅威だと思ったことなどなかった。だが今、はっきり分かってしまった。星が戻ったことで起きたバタフライ効果は、想像以上に恐ろしい。……オフィスに戻った星は、ようやく仮面を外した。椅子にもたれ、顎を少し上げて目を閉じる。そのとき、ドアが軽くノックされた。星は「どうぞ」と言う。すぐにドアが開き、聞き慣れた足音が入ってきた。
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