「父さん、飛行機のチケット取って。アメリカに帰る」又村櫻(またむら さくら)はソファにうずくまり、長く考えた末、海の向こうの父に電話をかけた。電話の向こうは、しばらく沈黙した。「それもいいな。ちょうど休学していた分の授業を取り戻せる。すぐに学校に連絡するよ」「うん」櫻は淡々と答えた。「どうして急に戻る気になった?北城ではうまくいってないのか?」櫻の父が探るように尋ねた。「別に。ただ……もう離れる時間が来ただけ」長い沈黙のあと、櫻は目を伏せた。一筋の涙が、そっと頬を伝った。7年だった。彼女はもう、豊田礼人(とよだ あやと)を愛したくなかった……櫻は自分に7年の猶予を与えた。もし7年経っても礼人に自分を愛してもらえなければ、彼のもとを去ると決めていた。それから1か月後の日が、ちょうどその7年の期限だ。同時に、礼人と三浦雪(みうら ゆき)が結婚する日でもあった。彼女という負け犬は、もう舞台から降りるべきなのだ……大学4年の時、櫻は北城に里帰りし、偶然礼人と出会った。アメリカで彼女を追いかけてきた金髪碧眼のイケメンたちとは違い、礼人の控えめの禁欲的な雰囲気に、彼女は一瞬で心を奪われた。彼に夢中になった彼女は、学業も、アメリカの家族もすべて捨てて、名前も立場もないただの代用品として、彼のそばにいることを選んだ。たぶん自分は生まれつきマゾなのかもしれない。自分を愛してくれない男を愛して、いつか彼が自分を愛してくれることを夢見ていた。雪が帰国したとき、櫻は初めて自分の愚かさに気づいた。礼人は、雪のために盛大な歓迎パーティーを開いた。ヨーロッパから空輸された花だけでも何億円もする。ましてや彼女の首にかけられたエメラルドは、礼人が自ら競り落としたもので、数十億円の価値がある。パーティーの日、櫻は遠くから礼人を見つめた。突然、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。男は女を抱きしめ、愛しげに見つめ合っていた。彼の目に浮かぶその愛情深い眼差しに、櫻の体は思わず震えた。礼人は、彼女にそんな眼差しを一度も向けたことがなかった。彼は愛せないのではなく、ただ、彼女を愛していなかっただけだった。……「ピッ」と、指紋認証のドアロックが鳴った音が、櫻の思考を遮った。部屋の明か
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