横山景(よこやま けい)が石津音(いしづ おと)を産後ケア施設から連れて出てきたその日、私はちょうど病院での引き継ぎ作業を終えたところだった。入り口まで歩いてきたとき、中から笑い声が聞こえてきた。「この子、本当に可愛いわね!濃い眉毛なんて、まるでうちの景そっくりじゃない。音は横山家の功労者だわ!」義母は腕の中の赤ん坊をあやしながら上機嫌で笑い、景は台所から湯気の立つスペアリブスープを運んできた。「音、苦労かけたね。これは俺が自分で煮たスープだよ。君は体が弱いから、ちゃんと栄養取らないと」彼はベッドの端に座り、優しい顔で音にスープを飲ませていた。まるで仲睦まじい家族そのものだった。義父はガラガラを手に子供をあやし、笑顔が止まらなかった。「この子、お母さんに似て愛嬌がある。ああ、澪(みお)みたいな根暗じゃなくて良かったよ。あいつが母親だったら、医者の顔で子育てなんて、考えただけで気が滅入る」私はドアノブを握る手に力を込めた。初めて義父に会ったときのことを思い出す。あのとき彼は私の肩を誇らしげに叩き、「医者の嫁がいてくれて本当によかった」と言っていたのに。今では、「医者に家庭は似合わない」と言い放っている。結婚当初、夫の実家が経済的に苦境に立たされたとき、私は数百万円を出して助けた。それは私の全貯金だった。それなのに、私がたった一年、海外で研修を受けただけで、この家にはもう私の居場所はなくなっていた。私はうつむき、苦笑いを浮かべた。景と私は結婚して三年になる。かつて私たちにも一人、子供がいた。だが不慮の事故で子供を失い、そのうえ子宮にもダメージを負って、生涯子を持つことができなくなった。その知らせを受けた私は、泣き崩れた。景は私を抱きしめて慰め、「澪が持たないというのなら、俺は子供なんていらない」と言ってくれた。それから彼は、自ら進んで子供を持たない選択をした。......はずだった。今、彼はその約束を破った。不治の病を患った初恋の「母になりたい」という最後の願いを叶えるために、自ら約束を踏みにじったのだ。私が海外研修に出発した日、彼はまるで子供のように泣きながら、私を離そうとしなかった。明らかにこの一年、私たちは毎日のように電話をして、互いの日常を語り合っていた。
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