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第2話

Author: 忘憂
「どうして俺は景にお前みたいな厄病神を嫁に迎えさせたんだろう。辞職して仕事を辞めたってことは、これから景に養ってもらうつもりか?」

義父も一緒になって責め立てる。

「安定した高収入の仕事さえこなせない奴に、一体何ができるっていうんだ?こんな出来損ないなら最初から家に入れるべきじゃなかった!」

「音の身体は今とても大事な時期なんだ。子どもにも何かと金がかかるのに、お前は景の負担を軽くするどころか、余計な問題ばかり増やして......そんなの、妻のすることか?」

その言葉を聞いて、私は思わず笑いが込み上げた。

「じゃあ景は?私が研修している間に他の女を妊娠させるなんて、そんなのが夫なの?」

「お前、いい加減にしろよ。俺だってお前のためを思ってやってるんだ!」

景は眉をひそめ、冷たい目で私を見つめた。

「澪には子どもを産めないんだ。だから音が代わりに産んでくれた。俺は親切でお前に母親になる経験をさせてやったんだ。それが理解できないのか?」

「それに、これはIVF(体外受精)だ。誰にとってもいいことだろ?音の願いを叶えて、心残りなく逝かせてやれるし、お前は痛みもなく母親になれる。何をそんなに怒ってるんだ?」

「二年前、音が事故で俺を助けてくれなかったら、俺はもうこの世にいない。彼女は両親を亡くして、今は末期がんと診断された。もう少ししたら、世界中から彼女の存在は忘れられてしまうんだ」

「同じ女性として、少しも同情できないのか?なぜいつも彼女を敵視する?まさか俺のことを、汚くて下劣な男だとでも思ってるのか?」

音は哀しげな顔で景の手を取り、私の方を見た。

「もうやめて。全部私が悪いの。これからはもう絶対にあなたたちの前に現れないから。あなたたちの仲が壊すつもりはないから」

四人がとっくに仲間になっていたのか。私は心の中で嗤った。

ああ、これが「本当の家族」ってやつか。

その時、景が突然言った。

「俺にも我慢の限界があるんだ。これ以上音を理不尽なことをするなら、もう遠慮しないぞ!」

「これからも俺と一緒に暮らしていきたいなら、大人しくしろ。来週のお宮参りの席で、親戚や友人たちの前で、お前を子どもの母親として紹介するから」

来週、か。

私はベビーカーの中で眠る赤ん坊に目をやった。

来週、私は再び国外へ旅立つ予定だ。

でもその前に、彼らに一生忘れられない「サプライズ」をプレゼントしてやってもいいかもしれない。

私は無表情でうなずいた。

「わかった」

そう言うと、四人の反応など気にも留めず、私は踵を返して寝室へ戻り、荷物をまとめ始めた。

もうここを出ていくと決めた以上、何一つ痕跡は残したくなかった。

扉越しにリビングの笑い声が漏れ聞こえるなか、私は手にした服をたたむ手をふと止めた。

「音、赤ちゃんの名前は思音(しおん)にしようか。永遠に音を想い続けるって意味で。そうすれば、将来誰かをママって呼ぶようになっても、本当の母親である君のことを忘れずに済むだろ?」

直接見ていなくても、景がそう言う時、どれほど優しげな顔をしているか想像がついた。

私の心は、もうとっくに彼によってズタズタにされていた。

ふと、先月家に戻ってきた時のことを思い出す。

その時、私は景のために海外で買ったお土産を手に提げていた。

だが、家の前で見たのは、手をつないで散歩から帰ってきた景と音の姿だった。

景の驚いた顔とは対照的に、音は私に向かって不思議そうに言った。

「あなた......家を間違えてません?ここは私の家ですけど?」

私は何も言わなかった。

ただ彼女の大きく膨らんだお腹をじっと見つめていた。

十ヶ月家を空けていた間に、私の夫は彼の初恋を家に住まわせ、しかも彼女は妊娠していた。

この間に何があったのか、もう説明などいらなかった。

景は慌てて音の前に立ち、私に紹介した。

「......こっちは俺の妻、澪だ」

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