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第6話

Author: 忘憂
「何するつもりだ。警告するけど、変なこと言ったらただじゃ置かないからな」

景は焦ったような目で私の袖を引っ張り、小声で警告してきた。

でも私は彼を見ようともせず、静かに手を振り払った。

やましいことがなければ、恐れるはずもない。

そのまま、私は淡々と話し始めた。

「まず、遠くから今日のお宮参りにお越しいただいた皆さまに心より感謝申し上げます」

「ここにいる親戚の皆さんは、私と景が結婚したときにも立ち会ってくださった方々です。結婚後も、皆さんからの祝福を胸に刻んで生きてきました。けれど、先ほど皆さんが入口で目にされた家族写真をご覧になったかと思います」

その言葉を聞いた瞬間、景の顔色が一変した。

彼は顔を真っ赤にして私に向かって突進してきて、マイクを奪おうとした。

私は素早く身をかわし、マイクをしっかり握りしめながら話を続けた。

「正直、私もその写真を見て驚きました。一年間の研修を終えて帰国したら、景が他の女性と一緒にいて、その人との間に子どもまでできていたんです」

「しかも、あろうことか私のためなどと言って、その子を私の名義で育てさせようとした。でもそんなこと、私は絶対に受け入れません。この屈辱を黙って飲み込むつもりも、罪を着せられるつもりもありません!」

「景、離婚しましょう」

そう言って、私は懐からあらかじめ用意していた離婚届を取り出し、彼の足元に放り投げた。

これは彼と音が一緒にいるところを目撃したあの日から、ずっとやろうと思っていたことだ。

景の顔は真っ青になり、騒ぎを鎮めようとマイクを取り返そうとしたかと思えば、私の腕を掴んで何かを必死に説明しようとした。

「澪、そんなに俺のことが信用できないのか?前にも言っただろう。このことをもう蒸し返さないなら、三人でちゃんとやり直そうって」

三人の家庭?

彼が言う「三人」には、私以外なら誰でもよかった。

私ももう、自分をごまかすのはやめた。

彼の手を振り払い、冷たく言った。

「サインして。もう話すことは何もないわ。あなたたちに幸せが訪れることを祈ってる」

景は激しく首を振った。

「絶対にサインしない。それに離婚なんて認めない。お前の思い通りにはさせないぞ!」

実は、離婚届を弁護士に作ってもらったとき、「景に無一文で出ていってもらう条件をつけられますよ」と言われていた。

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