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花が舞う季節、君は夢の彼方に
花が舞う季節、君は夢の彼方に
Auteur: 忘憂

第1話

Auteur: 忘憂
横山景(よこやま けい)が石津音(いしづ おと)を産後ケア施設から連れて出てきたその日、私はちょうど病院での引き継ぎ作業を終えたところだった。

入り口まで歩いてきたとき、中から笑い声が聞こえてきた。

「この子、本当に可愛いわね!濃い眉毛なんて、まるでうちの景そっくりじゃない。音は横山家の功労者だわ!」

義母は腕の中の赤ん坊をあやしながら上機嫌で笑い、景は台所から湯気の立つスペアリブスープを運んできた。

「音、苦労かけたね。これは俺が自分で煮たスープだよ。君は体が弱いから、ちゃんと栄養取らないと」

彼はベッドの端に座り、優しい顔で音にスープを飲ませていた。

まるで仲睦まじい家族そのものだった。

義父はガラガラを手に子供をあやし、笑顔が止まらなかった。

「この子、お母さんに似て愛嬌がある。ああ、澪(みお)みたいな根暗じゃなくて良かったよ。あいつが母親だったら、医者の顔で子育てなんて、考えただけで気が滅入る」

私はドアノブを握る手に力を込めた。

初めて義父に会ったときのことを思い出す。

あのとき彼は私の肩を誇らしげに叩き、「医者の嫁がいてくれて本当によかった」と言っていたのに。

今では、「医者に家庭は似合わない」と言い放っている。

結婚当初、夫の実家が経済的に苦境に立たされたとき、私は数百万円を出して助けた。

それは私の全貯金だった。

それなのに、私がたった一年、海外で研修を受けただけで、この家にはもう私の居場所はなくなっていた。

私はうつむき、苦笑いを浮かべた。

景と私は結婚して三年になる。

かつて私たちにも一人、子供がいた。

だが不慮の事故で子供を失い、そのうえ子宮にもダメージを負って、生涯子を持つことができなくなった。

その知らせを受けた私は、泣き崩れた。

景は私を抱きしめて慰め、「澪が持たないというのなら、俺は子供なんていらない」と言ってくれた。

それから彼は、自ら進んで子供を持たない選択をした。

......はずだった。

今、彼はその約束を破った。

不治の病を患った初恋の「母になりたい」という最後の願いを叶えるために、自ら約束を踏みにじったのだ。

私が海外研修に出発した日、彼はまるで子供のように泣きながら、私を離そうとしなかった。

明らかにこの一年、私たちは毎日のように電話をして、互いの日常を語り合っていた。

同僚たちにも「結婚三年とは思えないほどラブラブ」とからかわれるほどだった。

でもちょうど一か月前、私は苦労してやっとの思いで休暇を申請し、帰国した。

九時間も飛行機に乗って、疲れたなんて一言も言わなかった。

急いで家に戻ったそのとき、

私は目撃してしまった。

景と音が手を繋ぎ、マンションの下で仲良く散歩しているところを。

そして彼女は、大きなお腹をしていた。

思考がさまよう中、音の声が私を現実に引き戻した。

「澪さん、いつ帰ってきたの?玄関でボーとしてどうしたの?」

彼女の声に反応して、室内にいた人たちが一斉に玄関の方を見た。

そして私の手にある辞職届を見た義母の眉は、深く険しくなった。

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