墨谷基成(すみや もとなり)が人前で婚約破棄したあの光景を、私は今でも思い出すたびに顔が熱くなる。宴会場は満席だったにもかかわらず、静寂に包まれていた。まるで空気が凍りついたかのように、呼吸の音さえはっきりと聞こえた。基成にしっかりと手を握られていた白河月美(しらから つきみ)が、しばらくしてからおそるおそる口を開いた。「基成くん、やめて……清枝はまだ若いんだから……」「若い?もうすぐ二十六だろ?」会場の隅から皮肉な声が聞こえた。ひそひそと交わされるささやきが、場の空気をさらに重苦しくする。私は意地になって基成の服の裾を掴んだ。現実を受け入れたくなかった。けれど、彼を見上げたときには、すでに目が潤んでいた。「清枝、俺にそんな酷いことを言わせたいのか?」基成はシャンパンを置き、ゆっくりと立ち上がった。「何度言ったら分かる?俺たちは家同士の政略結婚に過ぎない。俺は君を愛していないし、これからも愛することはない」「じゃあ、どうして私が恋愛することを許してくれなかったの?」私は涙交じりに抗議した。「君は俺の『名目上』の婚約者だからだ。くだらない真似をされて恥をかくのは、早乙女家と墨谷家なんだよ」「じゃあ、卒業式の夜、どうしてキスしたの?」基成の目に、一瞬だけ嫌悪の色が浮かんだ。「酔っぱらって絡んできたのは君のほうだろう」私は思わず笑った。でも、涙は止まらなかった。「でも、この数年、あなたのそばに他の女の人は一人もいなかった。本当に、私に対して何の感情もなかったの?」「それは、まだ本気で好きになれる女と出会っていなかっただけだ」基成は月美の肩を抱いた。「これが最後だ。よく聞け。俺が好きなのは月美で、彼女と結婚する。今までの君の小細工なんて、今回は全部通用しない」月美は基成の胸に身を寄せて言った。「基成くん……」基成は彼女に顔を近づけて、キスをした。月美も彼の首に腕を回し、情熱的に応えた。私の婚約披露宴の場で、彼は何の遠慮もなく他の女と人前で愛し合っていた。その瞬間、私は卒業式の夜の、あのキスを思い出した。同じように情熱的で、同じように甘くて、私はあの夜の夢に、四年間も酔いしれていた。彼の心には私がいると、信じて疑わなかった。基成は墨谷家の本宅
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