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第6話

Author: はんじゅくチーズ
将来の夫に贈るつもり?

その一言が胸に引っかかり、基成の心はざわついた。

清枝が誰か他の男と――朝も夜も共に過ごし、寄り添い、人生を歩む?

考えただけで、胸の奥から言いようのない不快感がこみ上げる。

彼女はかつて、あれほどまでに自分を愛していたはずだ。

なのに、他の男と結婚だなんて。

姿を見せず、瑠奈に伝言を託した。

その選択にも苛立ちが募る。

まったく、彼女はこういうときだけ、妙に抜け目がない。

「墨谷さん?」

瑠奈の声に我へ返り、彼は冷ややかに言った。

「清枝に伝えてください。

一度渡したものは、俺のものだ。返すつもりはない。

……だが、彼女が本当に望むなら、自分の口で言わせればいい」

そう告げると背を向けたが、瑠奈がすぐに呼び止める。

「待ってください。いま彼女に電話を繋ぐわ」

冗談じゃない――と、瑠奈は内心毒づいた。

清枝は間もなく新しい人生へ踏み出すというのに、その大切な指輪が元婚約者の手元にあるなんて、許せるはずがない。

あの指輪を、結婚式で夫の薬指にはめてやりたい。

それが彼女の願いであり、長年の想いの結晶でもある。

長年にわたり、瑠奈の基成への嫌悪は日に日に増していった。​

​しかし清枝はあろうことか、まったく道理をわきまえないほどに彼に夢中だった。​​

​若さというはずの時間を浪費して待ち続け、結局は冷たく捨てられたのだ。​​

​瑠奈は思い出すたび、基成の頬を張り飛ばしたくなるほどだった。​​

​幸い、今では清枝もようやく現実を見据えることができた。​​

​それどころか、さらに良い縁に巡り会えた。​​

​心から友人の幸せを喜ぶ瑠奈―​―

​今回の旅で、必ずや約束を果たそうと決意を新たにする。

……

「瑠奈ちゃん、どうしたの?」

瑠奈からの電話を受けたとき、私はもうすぐ陸田家に到着するところだった。

「清枝、彼に会ってきたけど……指輪、返してくれないの。

あなたが本当に望むなら、本人が来いって」

私は思わず、隣に座る周吾をちらりと見やった。

胸の奥で小さな不安が騒ぐ。​​

私と彼はまだよそよそしい間柄だ。​​

​穏やかで礼儀正しい風貌とは裏腹に、​彼の放つ気圧は圧倒的で、無視しようがない。​​

​さきほど車内で仕事の電話に出た時のこと。​​三ヶ国語を自在に行き来し、​指示を下す様は潔かった。​​

​生まれながらの指導者気質が、​私の未熟さをこれ以上なく際立たせる。​​

​本来、私はこんなに静かな性格ではない。​​

​だが周吾を前にすると、なぜか緊張してしまう。​​

​瑠奈への返事も考えあぐねているうちに、​電話の向こうでは、もう基成の声に変わっていた。​

「清枝、……その指輪が本当に欲しいのか?

それとも、俺たちの式を壊したいだけか?」

私は呆れて、思わず笑ってしまった。

「もし結婚を壊す気なら、そんなまわりくどいことはしない。

指輪が欲しいのなら、くれたときと同じように、直接取りに来い。

それだけ特別な品なら、人に預けるべきじゃない」

彼の一方的な言葉に、私は深く息を吸って冷静を装う。

「瑠奈は私の一番の親友。彼女に渡して。責任なら、私が取る」

「……はっ」

基成は冷笑した。

「清枝、もっと露骨に言う必要があるのか?

​​あの時と同じ方法で取り戻せ!」​

電話はそこで切れた。

私は怒りと恥ずかしさで頬を染めた。​​

​あの指輪を彼に渡した時のことを思い出す――​

私の卒業式の日だった。​​

​勇気を振り絞って、校庭の桜の木の下で彼に唇を重ねた。​​

​人を自らキスしたのは、あの時が初めてだった。​​

​彼は少し驚いたようだったが、私を拒むことはしなかった。​​

​その瞬間、ようやく訪れたのだと思った。​​

​待ち望んでいた正しい時が。​​

​震える指でポケットから指輪を取り出し、​そっと彼の掌に載せた。​​

​指輪に込めた想いを伝えると、​彼はしばし沈黙し、結局受け取ってくれた。​
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