人と結婚するのに、たった10分しかかからないなんて。市役所で婚姻届を提出し、外に出た時、神崎千幸(かんざき ちゆき)はふと思った。本当に結婚してしまった。しかも相手は婚約者だった望月和也(もちずき かずや)ではなく、知り合って1週間も経たない男の人とだった。「すまない、神崎先生。今回の任務は急だったんだ。俺たちの結婚式は1ヶ月後でも大丈夫かな?」隣から聞こえてきた低く謝罪の色を含んだ声に、千幸は彼へと視線を移した。夕日に照らされ、男の端正な顔立ちはより一層鋭く見え、褐色の肌はより男らしさを際立たせていた。背筋は真っすぐ、静かなときは落ち着き払っているが、ひとたび動けばまるで鋭い刃が鞘から抜けるように、その勢いは誰にも止められない。これぞ軍人の姿だ。これが自分の新婚の夫、高橋彰(たかばし あきら)だ。「大丈夫よ」千幸は理解を示すように頷いた。「任務を優先して」彰は少し微笑み、千幸を軽く抱きしめた。「じゃあ、約束通り1ヶ月後にH市で結婚式を挙げよう。任務が終わったら迎えに行くからな」それはほんの一瞬の抱擁だった。千幸が反応するまもなく、彼は早足で去っていった。1分ほどかけて結婚した事実を受け止め、千幸は、迷うことなくタクシーで帰宅した。家には相変わらず誰もいない。千幸は特に気にも留めず、寝室に入って荷造りを始めた。もともと和也とは幼い頃から婚約関係にあったため、彼の家に住んでいるのも不自然ではなかった。しかし、今は他の人と結婚したのだから、早くここを出るべきだろう。スーツケースを準備したその時、玄関から声が聞こえた。「どこへ行くんだ?」千幸が顔を上げると、半月ぶりに帰宅した和也が玄関に立っていた。スーツの上着を腕にかけ、眉間を揉むその整った顔には疲労の色が濃く出ている。「千幸、俺は最近忙しいんだ。家出みたいな馬鹿げた真似はやめてくれ。相手にする暇はない」まただ。いつも自分と話をする時は不愉快さを全面に出してくる。まるで時間を割いて自分を慰めてやっているとでも言うように。本当に出て行くというのに、彼は自分がふざけていると思っている。千幸は多くを説明する気になれず、目を伏せながら服を畳んだ。「病院からB市への出張を頼まれたから、その準備をしているの」自分が誤解していたことに気づき、和也は眉間
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