All Chapters of ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文): Chapter 291 - Chapter 300

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3-93.十六夜からの誕プレ(1/3)

 あたしは真っ白い空間に浮いていた。見渡す限り同質の景色がひろがり果てがあるかさえわからなかった。それでもそこが空間であるのが分かったのは、大昔のシミュレーションゲームのようなワイヤーフレームで構成されていたからだった。「夏波」 真上から声が降ってきた。見上げると手が届きそうな空中に心棒のようなものに荒縄で拘束された人がいた。その人は真っ白い裃を着て顔は蒼白、目をつぶり口の端から銀色の牙を覗かせていた。白馬には乗っていなかったけれど、夢で何度も会ったクチナシの人だった。その人が下を向いて目を開けた。その瞳はやはり金色で、「夏波。誕プレは受け取ってくれた?」 久しぶりに聞く優しい声だった。「十六夜なの?」「そうだよ」 よく見ると鬼子姿の十六夜に似てなくもなかった。あたしは戸惑いながら話しかけた。「誕プレはまだだけど……。十六夜ってば、トラギクに捕まったんじゃなかったの?」 十六夜はしばらく黙って考えている様子だったけれど、結局思い当たらなかったのか、「捕まった、とはよ」「まゆまゆさんを助けたの十六夜でしょ? その後トラギクに連れて行かれたって」 十六夜は口元を緩め、「ああ、それ。それはリアルに渡るための作戦」 トラギクに捕らわれるふりをしてリアルにおみやげを置いて戻ったと言った。「リアル? 戻る? てか、ここはどこ?」「新しい世界だよ」 足下に広がる空間を見渡してみたけれど恐ろしいほど何もなかった。「ここが? 何にも見当たらないけど」「これからできるんだ。あたしたちの世界が。そこには夏波も冬凪もいるんだよ」 十六夜が何を言っているのか全然わからなかった。「世界って?」「そっか、夏波にはまだ無理か」 十六夜は小さくため息をついて、「トリマ、誕プレ受け取ってな。土蔵の裏に置いてき
last updateLast Updated : 2025-10-14
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3-93.十六夜からの誕プレ(2/3)

 あたしが目覚めると、冬凪が泣きじゃくりながらあたしの二の腕をまさぐっていた。「トラギクは?」 目の前の赤茶けた爆心地にはトラギクも蓑笠連中も見当たらなかった。「夏波が追い払ったんだよ」 冬凪は二の腕をまさぐるのをやめようとしない。「やっぱりあたし強かったんだ」 腕をさするのを止めて頭を上げた冬凪の目は真っ赤だった。「強かったよ。でも腕持ってかれた、光の玉に」 そう言われて左の手を見ようと腕を上たけれど、肘から先がなかった。「再生するかもだから。まだ閾なはずだから」 冬凪はそう言いながらあたしの腕をさすり続ける。するとそれに合わせるようにジワジワと肘から先が伸びてきて、最後には指先まで無事に再生されたのだった。「よかった。元に戻った」 ところが冬凪は、「よくない! これ見て!」 冬凪に振り上げられたあたしの左手は薬指のあったところに隙間があって、そこから冬凪の、涙き腫れた目が見えていた。「全速力で(ry」 バモスくんで土蔵に戻るまでの間、冬凪に左手をさすってもらいながら、不思議な空間で十六夜に会ったことを話した。話を聞き終わると冬凪は微笑んで、「十六夜はまだあの世にいるってことみたいね」 冬凪は十六夜に会いにあの世に行く計画はまだ実行の余地がありそうだと言った。でも十六夜はあの世とは言っていなかった。新しい世界だと言ったのだった。でもそれらの何が違うのかわからなかったから冬凪には黙っていた。 バモスくんが土蔵の前に着いた。ずっと冬凪がさすっていてくれたけれど薬指は結局元に戻らなかった。薬指に繋がった十六夜との赤いエニシはかろうじて見えていたけれど、時々ノイズのようなものが走っていずれ断線するんじゃないかと心配になった。「トラギクは意図的に仕掛けたのかも」 冬凪はひどく暗い顔をして、あの闘いは夏波の薬指が目的だったんじゃな
last updateLast Updated : 2025-10-14
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3-93.十六夜からの誕プレ(3/3)

 出発前のまゆまゆさんの判定からすると今回のミッションはこれで終わりみたいだから、20年後に帰ったらクロエちゃんに何か方法はないか聞くことになった。 白土蔵の前で鞠野フスキとさよならをした。鞠野フスキはおそらくこれで二度と会うことはないだろうと言って、「もしこの先、伊左衛門に会うようなことがあったら、どうかいっぱい甘えさせてあげてください」 それには冬凪が、「お任せを」 と答えた。 六道辻の爆心地の縁をノロノロ走り去るバモスくんを見送った後、白土蔵に入って白黒まゆまゆさんに会った。「「志野婦は元気でしたか?」」 あたしが会ったのは十六夜だったけれど、クチナシの人の容姿からすれば志野婦と言ってもよさげだった。「はい」 ギュイーンって飛んでどっか行っちゃうほど。「「それはよかったです。では、どちら様から?」」 今度もあたしが先に白市松人形に入った。いつもの星間移行の後、開いた先にいたのは白黒まゆまゆさんで、一瞬どっち? ってなったけど、ブースを出て振り返ると黒市松人形だったから戻ってきたことがわかった。それとまゆまゆさんの、「「無事のご帰還、おめでとうございます」」 と言う台詞で20年後に戻ったことが分かったのだった。 黒土蔵を出ると出かけるときには集まっていた豆蔵くんたちがいなかった。「どこ行ったんだろう?」「まだ帰って来てないのかな?」 冬凪とあたしはみんなが戻るのをここで待っていようってなった。しばらくそうして竹林を撫でる風を感じていたら土蔵の裏手から歓声が聞こえて来た。同じくそれに気がついた冬凪と目を交わして裏手に回る。すると土蔵裏の竹林近くに人の輪があって、その真ん中で豆蔵くんと定吉くんがエンピを振るっているのが見えた。人垣は鈴風や赤さん、それにブクロ親方だった。「何してるの?」 とあたしが声を掛けると、「う! うう!」
last updateLast Updated : 2025-10-14
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3-94.真夜中の牛乳配達屋さん(1/3)

 豆蔵くんと定吉くんが中心となって皆で十六夜の誕プレ掘り出していた。赤さんの現場から借りて来たユンボで上土を剥がし、そこから下はエンピと箕を使っていた。日が沈み満月が東の空に顔を出しはじめたころ、バルーンライトに照らされて黒光りした全長4メートルほどの石舟が露わになった。その舳先は傾斜がついた鋭角で船尾は四角の、「元祖」六道園で十六夜が乗っていたのとよく似ていた。 豆蔵くんがエンピを振るう手を止めてあたしを手招きし、「う」 乗ってみろと言った。「なんで?」「うう」 これであの世に渡れると言うので冬凪とあたしは石舟を掘り出した穴に降りた。「どう乗れば?」 冬凪が戸惑っていたので、「十六夜は立ってたけど長竿持ってたから」 またがってみると幅はちょうどよかったけれどお尻は痛かった。「で?」「知らん」 いつまで待っても何も起こらなかった。豆蔵くんと定吉くんに助けを求めたけれど両手を挙げて肩をすくめるばかり。鈴風や赤さんたちも存じません状態だったので、リング端末でクロエちゃんに連絡をしてみた。「あたしらの時も面倒い段取りあったから」 石舟をアクティベート(有効化)しないといけないらしい。そのやり方はきっとクロエちゃんの時と変わらないだろうから、「石舟を鬼子神社に運んで貰っといてね」 それで赤さんに石舟の移動を頼むと、記録を取ってからになるから、少し時間が欲しいと言った。「調査範囲外だけど関連遺物の可能性が高いから一応ね」 とのことで移動の許可を赤さんから辻川町長に直接頼んでもらうということで、明日の昼までということに決まった。 それで辻川町長との約束を思い出した。潮時の夜、つまり今夜タワマンのエントランスに行って人を待たなければいけなかったのだった。「冬凪。そろそろ行ったがよさげ」「分かった。鈴風さんはどうする?」
last updateLast Updated : 2025-10-15
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3-94.真夜中の牛乳配達屋さん(2/3)

 タワマンまでの道はブクロ親方がバモスくんで送ってくれた。混雑もなくなった辻沢の街中を安定のノロノロ走行で進んでいく。日中の暑さはまだまだ残っていたけれど、ドアも外郭もないバモスくんのおかげで風がひとときの涼しさを与えてくれた。夜空を見上げると高い位置に十五夜の月が明るく冴えて見えている。いよいよ潮時が迫ってきた。後部座席で月を見るあたしを助手席から見ていた冬凪が、「気分はどう?」 と聞いてきた。鬼子に発現するのを心配しているようだった。「十六夜の潮時ってどうだったの?」「潮時が迫るといつも苦しそうだった。汗をびっしょりかいて荒い息してた」 あたしは今のところ平常だった。やっぱりあたしは異端だから潮時でも鬼子にはならないのかもしれない。タワマンに着くとエントランスの中にあるソファーから白いスーツスカート姿のクロエちゃんが手を振っていた。ああしてビジネスな格好をしているとちゃんと経営者に見える。「クロエちゃんも辻川町長に呼ばれたの?」 クロエちゃんが待ち人かと思った。「いいや。あたしはこれに連れてこられただけ」 と言うとスーツの胸ポケットからポリバックを取り出して見せた。その中には血付きのガーゼに包まれたユウさんの薬指が入っている。「今晩は潮時のせいか、この指も朝から元気でね。あっち行け、こっち行けって指図するから、その通りに来たらここに付いたわけ」「じゃあ、さっき連絡したときはここに?」「駅前のヤオマン・カフェでアイスカフェラテ飲んでた。シナモンで!」 あー、うるさい。大声出さなくていいから。 クロエちゃんには、石舟は明日の夜に鬼子神社に運ぶ段取りになったことと、辻川町長から潮時の夜にここで誰かを待てと言われていることを伝えた。「まず石舟だけど、アクティベートは潮時でないといけないから、明日の移動となると半月後になる」 とクロエチャンは言った。「半月後は遅すぎるな。十
last updateLast Updated : 2025-10-15
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3-94.真夜中の牛乳配達屋さん(3/3)

 クロエちゃんが指さしたエントランスの外に目をやると、タワマンの車寄せを人が乗っていない黒い重そうな自転車がゆっくりと登って来るのが見えた。その荷台には黄色いペンキ塗りの木箱が載せてあって幟が立っていた。その幟には墨で大きく「辻沢醍醐」と書かれてある。「あれが昭和の牛乳配達屋さんだよ。知らんけど(死語構文)」 クロエちゃんが言った。 その時、エレベーターホールから、〈♪ゴリゴリーン〉 と音がした。振り返ると両手にコンビニ袋を持ったゴスロリ少女が出てきた。死の微笑み天使、笹井コトハだった。鈴風のテンションが変わったのが分かったけれどそれは無視。笹井コトハはそのままエントランスを出ると、コンビニ袋の中から牛乳瓶を自転車の木箱に移し変えて、エレベーターに帰って行った。 クロエちゃんはあたしの前髪を手でやさしくかき分けながら、ユウさんの薬指入りポリバックをあたしの手に握らせた。そして外を指さして、「さ、行っておいで」 無人自転車は車寄せの坂を下りて大通りに出て行こうとしていた。「「「行ってきます」」」 と冬凪と鈴風とあたしは急いで無人自転車の後を追った。走りながら、「エニシの切り替え方なんてあたし知らないよ」 と言うと冬凪が、「あたしもだよ」 鈴風も同じようだった。 無人自転車にはすぐに追いついた。見えない人でも乗っているかと思ってサドルの上あたりで腕をぶんぶんしてみたけれど何にも触れなかった。でも誰かいるのはたしかで、それは無人自転車のあたりから、「わ~が~ち~を~ふ~ふ~め~お~に~こ~ら~や~」 と繰り返し聞こえて来ていたからだった。性別不明の声だ。夜中に響く中性的な声。不気味すぎる。「わがちをふふめおにこらや」 たしか旧町役場にあった遊女宮木野像の前のレリーフに書かれてあった言葉だ。冬凪に、
last updateLast Updated : 2025-10-15
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3-95.追撃の蛭人間(1/3)

「夏波、気分はどう?」 冬凪が心配そうな顔で聞いてきた。満月はすでに真上にある潮時の今、鬼子ならば発現していていいはずだった。でも、あたしは全然いつもと変わりがない。「平気だよ」 冬凪が笑顔になった。冬凪は牛乳配達の無人自転車がどこへ向かっているのか不安でずっと難しい顔をしていたのだ。それは鈴風も一緒で当然あたしも同じ気持ちだった。 青墓の杜はその暗黒の懐にあたしたちを招き入れようとしていた。それはまるでクロヒョウが捕獲した子ガゼルを食わずに弄ぶような魔性の邪気を感じさせた。ブンガク的に言うとそんな感じ。 青墓に一歩踏み込むと気温が4度下がったようでブルッとした。緊張が増してここまででかいた汗が急に引いた気がした。無人自転車はブナやコナラの間の小道に入っていく。朽ちた枯葉が積もった路面は踏むと少し沈む気がした。小道に踏み入れて少し行くと転びそうになった。生い茂った下草に足を取られたからだった。道脇の暗闇に目をこらすと何かがこっちを見ている気がした。無人自転車の明かりが切り取る暗闇の際まで何かが迫っている気がした。道のすぐばで何かがガサガサと蠢く音がしていたのもそうだけど、外から見えた得体の知れないものの姿が頭から離れなかったからだった。「蛭人間って青墓にいつもいるわけじゃないよね」 冬凪に聞いてみた。「どうなんだろう。鈴風さんは知ってる?」「いますよ。ヤオマンが管理しきれず野生化してるのが」 野生化ってどういうこと? 無人自転車は放れ犬のようにひたすらどこかを目指して走り続けていた。時折牛乳ビンがガチャガチャ鳴ると何かの警戒音のようでビクッとした。気づくと無人自転車の声がいつの間にか、「わがちをふふめおにこらや」 とはっきり聞こえるようになっていた。無人だと思っていたら自転車の真上に燐光がかすかに灯り運転
last updateLast Updated : 2025-10-16
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3-95.追撃の蛭人間(2/3)

 20年前から戻った後タワマンに戻ったのは、辻川町長に十六夜へ辿り着くヒントを教えてもらうためだった。そこへユウさんの指を持ってクロエちゃんが登場した。さらに十六夜から託されたあの世へ渡る石舟の出現。あの世に渡るには段取りが必要で、そのためにはエニシの切り替えが必要と言われた。 それらを全部ひっくるめて、今回もあたしはホワイトラビットに引きずり回されている。みんなしらっとしてるけど何が起こっているか知っていてあたしだけが何も分からず闇雲に動き回ってる感。いつものことだけど。 めちっちゃ見る夢。どこの場所かは分からない。駅が見える丘の上であたしは汽車が来るのを待ってる。丘の上は青い芝生に覆われ吹く風が爽やかに頬を撫でてゆく。あたしは生まれ育ったこの街を後にしてこれから旅立つのだ。周りにはミユキ母さんやクロエちゃん、冬凪、それに響先生と遊佐先生も見送りに来てくれている。でもあたしはこれから自分がどこへ行くのかを知らない。 遠くから汽笛の音が聞こえてくる。「夏波そろそろ」 ミユキ母さんが笑顔で駅への斜面を歩き出す。あたしは不安になってその背中に、「ミユキ母さん。あたしどこ行くんだっけ?」 それを聞いたクロエちゃんが、「ふざけてると乗り遅れるよ」 みんなも笑顔のままで、あたしの心配なんかかまってくれそうにない。そこで冬凪にこそっと、「あたしってばどこ行くんだっけ」 と聞くと、「マジで言ってる? hogehogeじゃんよ」(死語構文) そこであたしはキレて叫ぶ。「いっつもそうだよね。みんな知ってるのにあたしだけが知らない。どうしてみんなあたしに大事なこと教えてくれないの?」 みんなのビックリした顔が恐怖に歪んでゆく。まるであたしがヒダルになっていると気づいたかのように。 そこで目が覚める。大概大汗か
last updateLast Updated : 2025-10-16
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3-95.追撃の蛭人間(3/3)

 ヘルメット男が叫ぶ。「蛭人間だ。後ろ! カーミラ亜種」 三つ編みツインテにセーラー服の蛭人間がブッシュの中から飛び出した。ギラギラ光る鎌爪があたしの目の前をかすめる。「次来るぞ! 改・ドラキュラ」 横を見ると坊主頭でセーラー服とプリーツかっちり入ったスカートの上にメタボ腹が突き出た蛭人間が迫っていた。振りかざした鎌爪があたしの袖を引き裂く。二の腕に痛みが走る。「まひの制服が!」 鈴風が悲鳴をあげる。そっち? その後も坊主頭と三つ編みツインテのセーラー服が次々に襲ってきた。蛭人間たちは下草を掻き分け暗闇から間断なく攻撃を仕掛けてくる。冬凪を先頭に鈴風が右の、あたしが左の蛭人間の攻撃を交わしつつスピード増し増しの「無人」自転車を追いかける。息が苦しくなる。足がもつれ始める。もう限界かも。左腕を見ると血に染まっていた。瀉血が頭をよぎる。鬼子に発現すればこんな連中……。「夏波、変な気起こさないの。これくらいぶっちぎれる」 冬凪に見透かされた。枯れ葉が積もった道を全速力で駆け抜けるしかなさそうだった。 追いかけてくる蛭人間ばかりに気を取られていたら、改・ドラキュラが左前方から飛び出して来たのに気づかなかった。咄嗟のことで頭上の鎌爪が避けられない。あたしは身を固くして斬撃を待った。けれど鎌爪が当たる直前、改・ドラキュラはメタボ腹が手すりの角に当たって弾き返され、あたしは無事だった。手すりって? 何の手すり?知らないうちにあたしたちを囲うように鉄の手すりがあった。さらに足元の枯れ葉の道がモコモコと持ち上がってきていた。「なにこれ?」「なんかが、土の中から出て来てる」 出て来たのは二畳ほどの板だった。その板を囲うように鉄の柵があって、柵の外、両脇にゴムタイヤの車輪が付いていた。ローマの戦車のようなそれが、冬凪と鈴風とあ
last updateLast Updated : 2025-10-16
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3-96.母宮木野の墓所(1/3)

 「無人」自転車は冬凪、鈴風、あたしをリアカーに乗せたまま吹き溜まりの枯れ葉の中に突っ込んだ。衝突に備えたけれど枯れ葉が顔に張り付いたくらいで抵抗はなかった。枯れ葉の中に埋もれてからも運転のヘルメット男はスピードを緩めず進み続ける。その体に弾かれた枯れ葉が頭上の燐光に触れて燃焼し光のトンネルとなる。 そのままずっと「無人」自転車の勢いは衰えず枯れ葉のトンネルから抜け出すことはなかった。それどころかどんどん深みに降りて行く。最初のうちは枯れ葉に覆われた沼にハマったかと思ったけれどそうではなかった。息ができたしそもそも水がなかったから。周りを埋め尽くす枯れ葉をよく見るとそれらは堆積しているのではなかった。それぞれに隙間を作り浮遊していた。その中をヘルメット男は立ち漕ぎをやめずに突き進んで行く。乱気流の中の旅客機のように激しく揺れるので、あたしたちはリアカーの手すりにしっかり掴まって振り落とされないようにするのに必死だった。 冬凪が何かに気が付いたように、「これ、大きな木の中なんじゃ?」 得意げなその顔から、手すりを掴まないでよければきっと指をL字にして顎に当てるポーズになっていたにちがいない。「枯れ葉の間に枝が見えてる」「わたしも見ました」 鈴風が合わせる。あたしも枯れ葉の中に横枝が伸びているのをみていた。でもそれは葉をつけてはいなかったし浮遊している枯れ枝だと思っていた。「あの枝。あの太い枝をずっと辿るとさらに太い幹になってる」 冬凪がひときわ白く見える枯れ枝を指して言う。「それにこの自転車、あの幹の周りを螺旋状に降下してる」 「無人」自転車は前方に傾きつつ冬凪が指した太い幹を右手にして進んでいた。たしかに幹の周りを回りながら降りて行っているようだった。さらに降りて行くにつれてその白い幹はどんどん太くなっていった。 やがてそれまで暗かった下方から光が差して来た。枯れ葉がまばらになって隙間から下の様子が見えるようになったのだ。視野がせまく全体は見えなかったけれど真下の地面からこちらに向かって真っ白い幹が立ち上がっているのは分かった。「無人」自転車はその根元へむかって降りて行っているようだった。
last updateLast Updated : 2025-10-17
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