All Chapters of ボクらは庭師になりたかった~鬼子の女子高生が未来の神話になるとか草生える(死語構文): Chapter 271 - Chapter 280

353 Chapters

3-87.辻川町長の私邸(2/3)

 再び視界が閉ざされ目の前に壁とドアが現れエレベーターが止まった。〈♪ゴリゴリーン〉 ドアが開いて、「最上階でございます。案内の者がお部屋までお連れします」 箱に外はふかふかの深紅の絨毯で、そこに新しい黒服サングラスが立っていた。「こちらでございます」 と正面の巨大な鋼色の扉に向って歩き出し、冬凪とあたしはそのすぐ後に、鈴風は少し遅れて付いてきた。廊下全面の扉は観音開きになっていてそこに辻沢の町章が彫刻してある。「ここって公舎なの?」 独り言のつもりだったのを黒服サングラスが受けて、「いいえ、辻川町長の私邸になります」 と答えた。そして胸のピンマイクに向って何やら言った。「少々お待ちください」 その場に佇立する。 応答を待っている間に重厚な扉の脇に牛乳瓶が数本並べてあるのに気がついた。こんな高級マンションに牛乳配達が来るんだろうか?そう思ったけれどその瓶は、20年前の辻沢でミワさんに頼まれてV化した調レイカに投げつけたものと同じだった。今も青墓のどこかにいる辻沢ヴァンパイアの母、遊女宮木野の乳、辻沢醍醐だ。人の生き血の代わりにもなるという辻沢ヴァンパイアの命の源。辻川町長もヴァンパイアだからな。でもこの牛乳配達って誰がしてるんだろう?「どうぞお入りください」 観音開きの扉が重々しく開いた。恐る恐る中に入る。暗い室内の正面にスポットライトが落ちていて、その下にゴスロリファッションの少女がお辞儀をしていた。「「「こんにちは」」」 ゴスロリ少女は無言で頭を上げる。その顔色は透き通るようで青い血管が浮いている。伏目で見にくかったけど瞳が金色で口元に銀色の牙が覗いるのは分かった。それは明らかに屍人の顔だった。突然背後で、「ヒッ!」 と短い叫び声がした。振り返ると鈴風が口元を両手を覆い目を見開いていた。恐怖に我を忘れ
last updateLast Updated : 2025-10-07
Read more

3-87.辻川町長の私邸(3/3)

 辻川町長が部屋の中央にある応接セットに座るように促す。「このタワマンの最上階は建て直したヤオマングランドホテルのスイートルームを模倣したものでね。家具や建具の一部も向こうのを持って来ている。あの子はスイートルームで私の友人と生活していた。友人が外遊中で留守の間、心細くないように預かっているんだよ」友人というのは夜野まひるのことだった。ゴスロリ少女は夜野まひると同じVRゲームアイドルグループに所属していた。20年前の自家用ジェット墜落事故で厳冬のオホーツクに消えたメンバーの一人で、超絶かわいい死神天使、笹井コトハとはこの子のことだった。つまり夜野まひる同様、笹井コトハも生きていた。ただし屍人として。夜野まひる推しの鈴風はそれを聞いて鼻息が荒くなっていた。もっともっと情報を聞き出したそうだったけれど、話はそれで終わってしまったので、「ほぼほぼ既知なんだけど」 と残念がった。 笹井コトハがお盆にお菓子とお茶を乗せて運んで来た。それをテーブルに振り分け終わって冬凪が、「会見中だったんじゃないんですか?」 町がこんなことになって行政の最高責任者が抜け出して来れるとは思えなかった。辻川町長はみんなにお茶菓子を勧めながら、「あ、TVのあれね。あれはヤオマン開発のホムンクルス。昼間の会見、しかも屋外はダメージ凄いからね。町長AIを載せてて原稿読むだけでなく受け答えもちゃんとしてくれるし、記者連中、おんなじ質問しかしないしね。こういうとき便利なのよ」 と気楽な感じで言ったのだった。マジ。それでいいの?「どうしてあたしたちをここへ?」 冬凪の質問はいつも直球だ。「人柱ブッコ抜き作戦の続きをと思って協力を要請しようとしたら、こっち来るっていうから」 藤野の家に連絡すると、あたしたちはすでに出発した後で、クロエちゃんに電車で辻沢に向っていると言われて駅前で待ち伏せしたのだそう。
last updateLast Updated : 2025-10-07
Read more

3-88.十六夜の裏切り、とはよ(1/3)

「十六夜が裏切り者なわけ!」 目の前のソファーに座る辻川町長に食ってかかろうとしたら冬凪があたしより前に、「どういうことですか?」 と詰め寄った。「二人ともすごい形相だけど、こっちの世界に六道衆を引き入れたのは十六夜だから」 そして部屋の暗がりに向かって、「例のログ見せて」 と言うと辻川町長の背後が明るくなってホロの大画面が現れた。「町長なんて窮屈なものでね。AI町長ホムンクルスも変なこと言わないようにだし、セキュリティーを口実に全ての行動を記録に取られて監視されてる」 そのホロ画面に見覚えのある日本庭園が映し出された。それはやはり六道園で、庭師AIマタシロウの案内で園内を遊覧する辻川町長と十六夜の姿があった。「あの日の?」 十六夜と一緒に川田校長に呼び出されて六道園プロジェクトの進捗を辻川町長に見せるように言われた日。そして浄血事件が起きた日だ。「そう。あなた達の園芸部を訪ねたのは、プロジェクトの進捗を確かめるためじゃなかった」 VRブースの外部モニターから見ていた二人は和かで、あたしはてっきり共通の知人の前園日香里のことを話しているのかと思った。けれど実際は全く別のことだった。 ホロ画面の中では園の小道をマタシロウの後について辻川町長と十六夜が並んで歩いている。「あなた、自分が何者か知ってるね」「ええ。町長さんがヴァンパイアだって知ってるくらいには」 十六夜はこの時すでに自分が鬼子だと分かっていたようだった。「なら、話が早い。前園会長の要求を受け入れるって聞いたけど、なんでそんなことをする?」「逆になんでとは? 母親の望みを叶えるっていうのが親孝行だと思っていましたけれど」「死んだ人間のために血を抜かれるのは親孝行とは言わない。追い詰められてるならあたしがなんとかするけど」 そこで十六夜は早足になって辻川町長から距離をとった。それは決心が緩んでしまいそうな自分を言い聞かせているかのように見えた。そして石橋の上まで来ると振り返り、「ありがとう、辻川町長。でもいいんです。あたし、やりたいことがあるんです」 やりたいことがあるって、VRブースで人の抜け殻のようになったら何も出来なくなるじゃない。十六夜はきっとそのことを予想してなかったんだろう。「それは何?」 十六夜は大きく息を吸い込んで、「あたし、この世
last updateLast Updated : 2025-10-08
Read more

3-88.十六夜の裏切り、とはよ(2/3)

 そこでホロ画面が消えて暗がりが戻ってきた。目が慣れると奥のカーテンの隙間から光が細く差し込んでいるのが見えた。辻川町長がゴスロリ少女にその光の筋を指して閉めるように言うと、ゴスロリ少女はその光に当たらないように大回りをしてカーテンに近づき外の光を遮断した。 その様子をぼうっと眺めていると冬凪が不審そうな声で、「これが裏切りの証拠ですか? なんか薄い気がします」 あたしも、これだけでは全然納得出来ないと思った。「まだあるけど、見せられるものはない」「なら、話してください」 辻川町長は、まゆまゆさんの土蔵に穴を開けたのは十六夜の仕業だと言った。六道衆はあそこを通ってこの世に溢れ出てきて、志野婦の強奪に成功する。「志野婦の元に導いたのも十六夜だ」「つまり十六夜が志野婦をトラギクに受け渡したってこと?」 それを口にしてあたしはものすごい違和感に襲われた。なぜならその志野婦は十六夜の体の中にいるからだった。冬凪に言わせたら、あの世にいる十六夜がこの世の十六夜を裏切ったってことになるんだろうけど、それにしたってこれは自傷行為だよ。瀉血と変わらない。「十六夜視点で言えばそう」 ヴァンパイアの辻川町長はあたしの心を読んだようだった。「辻沢のことで言えばこの爆発事故は町の存続も危ぶまれる重大インシデントなんだよ」 辻川町長が人柱をブッコ抜く目的がそこにあった。もし六道衆の思惑通りに志野婦が人柱にされたら、この辻沢自体が根底からひっくり返されてしまう。それは遊女宮木野によって始まった辻沢の歴史が全否定されることを意味するという。「私たちヴァンパイアやあなたたち鬼子の存在がなかったことになってしまう」 ヴァンパイアや鬼子の存在は辻沢という町にとって素晴らしいものでないかもしれない。けれどもあたしにとって鬼子とは、冬凪やミユキ母さんやユウさんやクロエちゃん、なにより十六夜とのエニシなのだった。みんなとのエニシが水の泡のように消えて無くなるというのは、やはり耐えられるものではなかった。「分かりました。それであたしたちは何をすればいいのでしょう?」 辻川町長は、冬凪とあたしを見ながら、「あなたたちがやろうとしてることをしてくれればいい。そうすればいずれ十六夜にたどり着く」 あたしは辻沢に来た目的を辻川町長に話した。「なるほど。で、その長
last updateLast Updated : 2025-10-08
Read more

3-88.十六夜の裏切り、とはよ(3/3)

 鈴風の叫び声がホテルの部屋に反響する。 「まひの制服!!」 鈴風曰く、これらの衣装は夜野まひるの所属したVRゲームアイドルグループが新曲をリリースに合わせて着た制服なのだそう。 興奮状態の鈴風は頼みもしないのに、その一つ一つの説明をし出した。 白地にブルーのラインが鮮やかなセーラー服を、「こっちは『青春血まつり!』(青血)のころの」 グレーのブレザーに紺の細タイ、ボックスプリーツのスカートのを、「これは『恋の血判状』(恋血)の時の」 スカートは膝下丈でフレア、腰には大きな黒いリボンがついてる真紅の制服を、「『恋は血みどろ ハッピーエンド』(ハピ血)の」 一つ一つを手に取って襟タグを指し、「見てください! 全部に『まひる』って刺繍がしてあります」 それはとても上手とは言えない手縫いの刺繍だった。「手書きっぽいね」「まひが自分で刺繍したと言われてます。これこそレプリカでない本物の証なんです。あー、全部着たい。全部着たい。全部着たい」 鈴風のオタク魂が暴走中なので、一旦全部に袖を通させてあげることにした。それでようやく収まったようなので鈴風には一番着たがったハピ血のを、冬凪が恋血のを、あたしが青血のを着ることにした。ゴスロリ少女がそれに合わせて全員分の髪を整えてくれた。 着替えが終わってお礼を言うと、辻川町長は玄関まで送ってくれながら、「長棹が見つかっても見つからなくても一旦ここに戻ってらっしゃい。そうしらた次にすることの糸口を教えてあげる」「「ありがとうございました」」 挨拶の途中で重い音をたてて鋼色の扉が閉じた。扉の脇を見るとさっきあった牛乳瓶がなくなっていた。 タワマンのエントランスには辻川町長のゲレンデが停まっていた。黒服サングラスがドアを開けて、「新爆心地までお送りするよう申し付かっています」 と言うので、遠慮無く乗せて貰うことにする。 辻沢の街中は規制が厳しく
last updateLast Updated : 2025-10-08
Read more

3-89.新爆心地(1/3)

 現地対策の大テントの中はサウナ状態だった。大勢の制服が真っ赤な顔をして各自の仕事に専念していた。美少女調査官一行(冬凪、鈴風、あたし)は大テントの入り口で機動隊員から対策室の人に受け渡された。小脇にタブレットを抱えて応対してくれたのは、清楚を絵に描いたような20代後半くらいの女性で、名札に「現場案内担当 中沢茜」とあった。とても綺麗な人なので一応、瞳が金色だったり肌が異様に透き通っていたり銀牙が口の端から覗いてないか確かめたけれど、それは無かった。あたしたちは渡されたヘルメットと長靴と虎ストライプの蛍光ビブスで準備をしながら、現場入場に関する注意を聞いた。「足下は滑りやすくなっていますので走らないでください。斜面の土砂が崩れてくることがあります。上方に充分注意を払って下さい。重機の旋回範囲内には入らないようにお願いします」 どこかで聞いたことがあると思ったら、遺跡調査の入場説明の時に赤さんに言われたことと同じだった。「行方不明者は発見されたのですか?」 冬凪が聞いた。あたしたち関連でいえば、前園日香里に高倉さん。見つかるはずもないけれど十六夜。あとホムンクルスの調由香里も。「いいえ。瓦礫が常態でなく捜索が難航していまして」 あれだけ巨大な建造物だったのだから膨大な量の瓦礫が出てもおかしくない。その中から人を探すというのはどれだけ大変か想像できた。「外にカートがありますのでそれに乗っていきましょう」「カートに乗るの?」「はい。底まで10階ほどの深さがありますから」 テントの外に出ると、あり得ないほどの視界が目の前に広がっていた。響先生と会った小爆心地の数十倍、数百倍はあろうかというすり鉢状の地形がそこにあった。円形になった縁の向こう正面に人が立っているのが見えたけれど、別の尾根にいる登山者のように小さかった。 カートはゴルフなんかで使うやつにごっついタイヤが付いたものだった。中沢さんに勧められて鈴風が助手席に、冬凪とあたしが後ろに
last updateLast Updated : 2025-10-09
Read more

3-89.新爆心地(2/3)

 螺旋の道を降りてゆくと、ようやく真球の頂上が目線の高さになった。すると中沢さんが、「ここからだと、波平の毛がよく見えます」 と真球の頂上あたりを指さした。何のことかと思ったら天辺から突き出た棒を言っているようだった。つるつる頭の一本毛に見えないこともない。ここからだと真球が大きすぎて爪楊枝のように小さく見えるけれど、実際、あそこに立つと2mはあるのだそう。「長棹だ!」 思わず叫んでいた。「何です?」「私たちが探しているものです」 あたしは中沢さんに、今回の調査の目的はヤオマン屋敷にあった超重要文化財の長棹の行方を探査することだと説明した。自分でもよくそんな嘘がスラスラ出てくるもんだとびっくりするぐらいの勢いだった。「あれを持って帰りたいんです」 と言うと中沢さんは困った顔になって、「私としましても持って帰っていただきたいのですが、おそらく無理でしょう」 上の許可が必要なら辻川町長が絶対出してくれるからと言うと、さらに困った顔になって、「許可の問題ではないのです。あの棒はあの物体から抜けないんです。最初、力自慢の男の人が引き抜こうとしましたが出来ませんでした。それで我こそはという人たちが集まって同じように引き抜こうとしましたが受け付けませんでした。それではと折り取ろうとしましたがそれもダメ。ノコで切ろうとしてもダメ。最後には重機を使って色々しましたがビクともしませんでした。見た目の材質は木のようですが、あの物体と一体化しているみたいなんです」 話だけ聞くと、まるで聖剣エクスカリバーじゃん。 中沢さんには近くまで行って状態を確認したいと頼んでみた。もしかしてあたしなら抜けたりしないかという期待があったからだった。だって、あの長棹はあたしが十六夜から貰ったものだから。正当な継承者という意味ではあたしが一番の適任者だからだ。 螺旋の道をすり鉢の底まで来て、真
last updateLast Updated : 2025-10-09
Read more

3-89.新爆心地(3/3)

 その後、昇降用のクレーンで真球の頂上まで上げて貰った。そして中沢さんが冬凪に真球のことを説明している横で、ちょっと力を入れて長棹を引いてみた。すると長棹が身震いしたかと思ったら、手に吸い付くようにスルスルと……。 な、わけねーじゃん。抜けねーよ。皆が抜けんもんがなんであたしに抜けるっての? 抜けなかった。仕方なくリング端末でスキャンして記録を取るだけで諦めることにした。 中沢さんと大テントでお別れして、「長竿ダメだった」 外に出て独りごちた。「長棹の所在が分かっただけでも良かったよ」 冬凪がなぐさめてくれた。でもあたしはそれほど悲観してはいなかった。なぜなら長棹に触れたとき声が聞こえたからだ。「「千福の土蔵でお越しをお待ちしています」」 というまゆまゆさんたちの声が。どうした経緯か分からないけれどまゆまゆさんたちは無事なことを長棹を通して伝えてくれた。だから辻川町長のところへ戻って次の端緒を教えて貰ったら、真っ先に白土蔵に行ってみようと思った。 さすがに帰りのお迎えはなかったので、冬凪、鈴風、あたしの美少女調査員は駅前のタワマンまで歩いて行くことにした。辻バスは動いていると聞いたけれどあの大渋滞だと乗れたところでいつ着くかわからないからだった。 この衣装だと悪目立ちしてしまうから表通りを避けて裏路地を縫ってタワマンを目指す。狭い道はさすがに人は少なかったけれど、夏休みの子ども達が家の前で暇そうにしているのを見かけることがあった。厄介なことにそういう子に限ってあたしたちを見つけると、「アイドルだ! おねいさんたちなんてグループ? メディア出てる?」 と近寄ってくる。冬凪もあたしもめんどくさいので足早に去りたいのだけれど、鈴風が目を輝かせて、「VRゲームアイドルグループのRIBです。あっちのセーラー服の子が笹井コトハちゃん、
last updateLast Updated : 2025-10-09
Read more

3-90.再会(1/3)

 辻川町長の私邸があるタワマンに着いた冬凪、鈴風、あたしの美少女調査員は、黒服サングラスに最上階に再び案内された。鋼鉄のドアの前で応対を待っている間ドア脇を見たら、空の牛乳瓶がまた出ていた。 ドアが開くと、前回と全く同じ角度でゴスロリ少女がお辞儀をしていた。促されるままソファーに座って待っている間、そういえば鈴風は子供達に紹介する時あたしのことを笹井コトハって言ってたけれど、冬凪の鈴鹿アヤネって子はどうしたんだろう。やっぱり屍人になってどこかにいるんだろうか? そんなことをボンヤリ考えていた。すると奥の暗闇から辻川町長の声で、「アヤネはもう」 それを聞いての鈴風の過剰反応は省略。「で、長棹はあった?」 対面のソファーにゆったりと座る辻川町長に聞かれて、目的の長棹が真球に突き刺さっていたことを告げると、「爆発で時空が歪むなんてのは辻沢じゃ珍しくもないけれども」考えを巡らすようにひと呼吸置いてから、「瓦礫が全部ひと塊になったり木の棒が重機で何やってもびくともしないってのは異常だ」と言った。 確かに、まゆまゆさんたちが白黒の土蔵に閉じ込められているのも、千福ミワさんが六道辻の爆心地に人柱として囚われているのも、爆発で起こった時空の歪みが原因だった。爆発に起因してはいないけれど、蓑笠連中がVRブースからあふれ出てきたのも時空の歪みを通ってのようだ。それを思えば辻沢では当たり前のことだけれど、あの長棹と球体の存在は例外的と言えた。「因みにあれを波平の毛って最初に言ったのは私なんだ。それが現場に浸透してるとはね」 辻川町長はパワーバランスの上で窮屈な思いをしていても現場の人たちからは絶大な人気を得ているのだろう。 ちょうど良い頃合いでゴスロリ少女がお盆にお茶菓子を乗せて持って来てくれた。前回とっても美味しかったからどこのものかと聞いたら辻川町長が、「銀座吉岡屋のマカロンと薫草堂のカモミールティーだよ」 と教えてくれた。やば。メ
last updateLast Updated : 2025-10-10
Read more

3-90.再会(2/3)

 辻川町長とゴスロリ少女に別れを告げてタワマンを後にした。世界最強VRゲームアイドルのだという貴重な制服をお返ししようとしたら、「あなたたちが着てなさい。着替えは家まで送らせます」 とそのままの格好で追い出されてしまった。これって陽動作戦のためだったんじゃないの? 鈴風は当然ご満悦でアイドルの曲をテンション爆上げで口ずさんでいた。 結局、冬凪、鈴風、あたしの美少女調査員は夜の辻沢の街に放り出されてしまった。「明日の夜まで時間があるけどどうする?」 冬凪の言葉にあたしは、「六道辻の土蔵に行こう」 と提案した。「でも……」 と戸惑う冬凪に新爆心地で長棹を触ったときのことを話した。すると、「そうなんだ。行くなら、もしかしたらがあるから何か食べておきたいのと」 惑星スイングバイ毎にまゆまゆさんに血を抜かれることを考えて、栄養を摂取っておきたいのはあたしも一緒。「ヤオマンコインで古いお札仕入れてこなきゃ」 20年前に行くことになったら今のお札は使えないから。 すると鈴風が、「古いお金なら」 と言ってポケットから長財布を出して中を見せてくれた。そこには諭吉の束と、それよりも一回り大きいお札が一枚入っていた。どうやら鈴風は土蔵に行ってまゆまゆさんたちに会うことの意味を理解しているようだった。「これは?」 一枚だけのお札は知らなかった。「聖徳太子です。諭吉の前の一万円札で昭和33年に初めて発行されたものです」 昭和33年と聞いて、その年は辻沢にとって特別な意味があると学校の授業で習ったのを思い出した。けれど大昔のこと過ぎて内容までは忘れてしまった。「そんな前のまで必要なことって?」 と聞くと、「特には」 と答えを濁した。鈴風の陰りのある表情から一枚だけの聖徳太子に人に言えない謂れでもあるんじゃないかと思ってそれ以上聞かなかった。「これと諭吉2枚と交換して」
last updateLast Updated : 2025-10-10
Read more
PREV
1
...
2627282930
...
36
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status