おつとめが済んだ朝、お風呂でくつろいでいると、「風鈴姉さん。お背中流しますよ」 妾と同い年だけど年季が2年遅い露草が洗い場に入って来て言った。妾《あたし》はおつとめのその時だって灯りはお断りしているくらい人に肌を見せるが嫌だ。だから妾がお風呂に入っている間は誰も入れないように、お世話付きの下新造にも言い聞かせている。それなのに露草は浴衣をはしょって桶風呂の妾を見下すように突っ立っている。「ありがたいけれど、もう洗っちまったよ」 失礼なのは向こうなのだからドヤしつけて追い出せばいいのに、楼の一番を滑り落ちて少なからず引け目を感じていた所為で咄嗟に嘘をついてしまった。断られた露草は最初からそれが目的でなかったらしく洗い場から出ていかないで、そのまま桶風呂の縁に寄りかかり話し出した。「風鈴姉さん、柊を放っておくのかい? あんな恩を仇で返すくされ○郎を」 なるほど、後輩遊女のくせに売れっ子で上席の柊をこの機にとっちめてやろうという魂胆か。三毒に犯された露草に同情はするけれど、普段は疎通のないこの遊女の思惑に乗る気はちっとも起きなかった。「放っておくさ。楼主に座らされたと言うんだし」 実はあの席を奪られたのが柊だったことに安堵していた。と言うのも、妾《あたし》も20才。年季が明けるのもあと少し。そろそろ身の引きどころを考えてもいいと思っていた。それで妾の後を襲うのは、よく知らない後輩遊女よりも、ずっと可愛がって来た柊がいいと思っていたのだ。「でもそれじゃあ、下の遊女たちにしめじがつきませんよ。誰の命令だろうが席を奪ったに違いは無いのですから。青墓送りくらいにはしてやろうじゃないですか」 青墓送り。昼でも暗くじめついた辻沢の南に位置する不気味な青墓の杜。草葉の陰に蠢く屍人どもが、踏み入れた者を食い殺すと言われる恐ろしいところ。その青墓へ深夜に連れて行き一人置き去りに
Last Updated : 2025-10-20 Read more