突然、枯れ葉がなくなり視界が開けた。見上げると枯れ葉の雲を抜けたのが分かった。その雲は空全体を覆って下界を圧していた。下方には見渡す限り青みがかった灰色の地平が広がっていて、その境界を見ることは出来なかった。「無人」自転車はさらに前輪を下げてすぐ横に迫る太い幹に沿って急降下を始めた。ヘルメット男が振り向いて下方を指さした。ヘルメット男の肩越しに巨木の根元が見えていて、根と根の間に一箇所だけ聖域感のある緑の領域があった。どうやらそこがあたしたちの目的地のようだった。 地面に近づいてようやくヘルメット男はスピードを落とした。自転車とリアカーを水平に保ちながら着地すると立ち漕ぎのまま自転車を降りた。その時になってようやくあたしの目に男の下半身が見えた。血だらけの半ズボンはズタズタでチャックがお尻の方についていた。背中を向けているのに膝とつま先がこちらにあった。どうやらヘルメット男は腰から下が反対についているらしかった。だからずっと立ち漕ぎだったのか。 リアカーの下は青灰色の砂地だった。一歩踏み出すとサクッと音がして足が少しだけ沈んだ。まるで新雪のように清浄な感じだ。ヘルメット男は荷台の黄色い箱を持って上から見た緑の聖域へと向かう。聖域に近づくとそこは苔だらけの墓石が幾つも積まれてできた塚だった。その塚を守るように巨樹が根を張り、枯れ葉の天頂に向かって太い幹を伸ばしていた。それは天を支える世界樹のようだった。「お前たちはここでエニシの切り替えをしなければならない」 ヘルメット男が言った。冬凪が、「どうやって?」「まずこの中に入る」 塚を示した。「どこから?」 入り口が見当たらない。「その墓石を押してみろ」 ヘルメット男が指さしたのは塚と砂地の際にある、冬凪の胸の高さくらいの墓石だった。
Last Updated : 2025-10-17 Read more