山崩れのその瞬間、ちゃんと立っていた江口遥(えくち はるか)は、久木絵梨(ひさき えり)に突然腕を引かれ、バランスを崩して山の斜面を転げ落ちた。二人の落下を、一本の木がかろうじて食い止めた。遥は不運にも幹にぶつかり、鋭い枝が足を貫いて鮮血が噴き出した。一方、遥の体がクッションとなった絵梨は、浅い擦り傷を数か所負っただけだった。福西義人(ふくにし よしと)が駆けつけたときには、遥の涙はすでに止まらなくなっていた。だが彼は遥の言葉を待つ間もなく、絵梨を背負うと、振り返ることすらせずその場を去っていった。最初から最後まで、彼は遥に一瞥もくれなかった。やがて遥の友人である紀昭代(きの あきよ)が観光地のスタッフを連れてようやく駆けつけ、遥は救助された。昏睡状態から目覚めた遥は、ぼんやりとした視界の中で、ベッド脇の椅子に座る義人の姿を見た。窓から差し込む陽光が、彼の横顔を懐かしい輪郭で縁取っていた。一瞬呆然としながらも、心の奥に微かな喜びが走り、遥はかすかな声で希望を込めて言った。「義人……」彼は顔をこちらに向け、わずかに眉をひそめた。「目が覚めたのか」遥はうなずき、乾いた唇を舐めるようにして言った。「水……」義人が手を伸ばしかけたところでふとスマホに目を落とし、指を素早く動かし始めた。重要なメッセージに返信しているようだった。「待って、今ちょっと返信してる」遥は足の痛みを堪えながら、彼が俯いて忙しそうにスマホを操作する姿を見つめ、不思議な違和感を覚えた。試すように問いかける。「誰と話してるの?そんなに大事なこと?」義人は顔も上げず、淡々と答えた。「絵梨が、あとで君に会いに来るって」その名前を聞いた瞬間、遥の胸がギュッと締めつけられ、眉がぴくりと動いた。声にも冷たさが滲む。「彼女が来て、何の用?」義人は眉をひそめ、スマホを置いて言った。「謝りに来るんだ。あれは彼女もわざとじゃなかった」「わざとじゃなかった?」義人の顔が強張り、声も冷たくなる。「遥、彼女に悪意はなかったんだ!いつまで責め続けるつもりだ?」遥は深く息を吸い、胸の奥の痛みが鋭く、針のように刺さるのを感じた。目を閉じ、枕にもたれかかるようにして、冷めた口調で答える。「好きにして。来ればい
Read more