紗夜が目を覚ましたのは、すでに翌朝のことだった。昨夜の雨もすっかり止み、木の葉に残っていた雨粒が雫となって滴り落ちていた。カーテン越しに陽光が柔らかく床を照らし、部屋全体がぽかぽかと温かく包まれていた。熱が完全に下がったおかげで、紗夜の体調もようやく楽になった。部屋の様子を見に来た池田が彼女の目覚めに気づき、にこやかに挨拶をした。「奥様、おはようございます!」「うん......」紗夜は体を起こしながら、無意識に隣を一瞥した。ベッドのもう一方はきれいに整えられていて、まったく使われた形跡がなかった。文翔は昨夜、ここで寝ていなかったのだ。「旦那様は昨夜、出かけられました」と池田が補足した。「たぶん会社で急用が入ったんだと思います......」急用?きっと彩に会いに行ったのだろう。紗夜の目に波風は立たなかった。ただ静かに布団をめくり、洗面所へと向かった。朝食は胃にやさしいお粥だった。紗夜もちょうど、何か温かいものが欲しいと思っていたところだった。だが、一口食べて彼女はふと気づいた。「このお粥......出雲が作ったものじゃないの?」「これは新しいシェフが作ったんですよ」と池田が答える。「出雲さんはもう辞めたみたいで、旦那様が新しく女性の料理人を手配されたそうです」「そう......」紗夜は軽くうなずくだけで、それ以上は何も聞かなかった。文翔の性格からして、出雲を残しておくとは思っていなかった。新しいシェフにはまだ顔を合わせていないが、特に気にすることもなく、食事を終えると支度を整えて仕事場へと向かった。スタジオに着くと、同僚たちが笑顔で挨拶してくれた。「紗夜、おはよう!」「おはよう!」紗夜も笑顔で応じた。デスクに着くと、そこには入れたてのコーヒーが置かれていて、焙煎豆の香ばしい香りが立ちのぼっていた。紗夜が横を見ると、ちょうどドアの隙間からこっそり覗いていた結萌と目が合った。その視線が合うと、結萌が小声で言った。「紗夜さん、この前の件、本当にありがとうございます......」もし紗夜が助けてくれなければ、彼女はあのカンランホテルの個室から無事に出てくることはできなかったかもしれない。あの時、あの長沢さんが紗夜を連れて行った瞬間を見た時
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