父と子は元カノしか愛せない?私が離婚したら、なんで二人とも発狂した? のすべてのチャプター: チャプター 181 - チャプター 190

510 チャプター

第181話

三人の視線が一斉に自分へ向くのを感じ、彩は息を吸い込み、慎重に口を開いた。「その......理久はずっと私に懐いていて、ちょうど最近私が新居に引っ越したので、一緒に住みたいと言って来たんです。でも、私の不注意で体調を崩させてしまって......」「何ですって?」たちまち雅恵の顔色が変わる。紗夜は嫌いでも、理久に対しては誰よりも溺愛している。孫が病気と聞いた瞬間、心配が一気に湧き上がり、険しい目で文翔を睨んだ。「そんな大事なこと、なんで私に報告しなかったの?!」文翔は冷静に答える。「ただの発熱だ。すでに治療を受けている」雅恵は怒りで震えた。「あんた、父親として失格よ!今理久はどうしてるの?」隣一も状況に慌て、処罰どころではなくなり、妻を支えながら文翔を怒鳴りつけた。「説明しろ、今どういう状態だ!」「熱は引いた。今はあまり食欲がないだけ」文翔自身、内心では頭を抱えていた。ここ二日、理久は紗夜の作るお粥を食べたい、紗夜にそばにいてほしいと駄々をこね続けている。会社では誰よりも決断力があるのに、幼い子供相手には何も通じない。紗夜がいないだけで、家の秩序も自分の日常も崩れていく。――自分はいつの間に、彼女がいない生活に耐えられなくなったのだろう。その気持ちが深くなる前に、彩がすぐさま声を上げた。「私、できます!理久がちゃんと食べられるようにできます!」彩は文翔の目の前に立ち、力強く言った。「本当です、信じてください」......夜十時、爛上の中心にある高級マンション。部屋の中には、乱れた余韻が漂っていた。海羽は力が抜け、一輝の胸に凭れかかり、浅い呼吸を繰り返している。その細い首には、無数の痕跡。どれほど強く、意図的に刻まれたか一目でわかる。一輝はわざとそうした。彼女が嫌がれば嫌がるほど、痕をつけて、罰を与える。海羽も理解している。反抗するつもりはなく、ただ静かに受け止めた。瞳にわずかな陰りを滲ませながら......明日カメラ前に立つときは、ファンデーションを一層厚くしないといけない。満足げな男の表情を見て、機嫌が戻ったと判断した彼女は、テーブルから小さな瓶を手に取り、薬を水で飲み下した。一輝はその従順さを気に入り、珍しく指先で彼女
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第182話

一種、どこか今までと違う雰囲気だった。けれど、彼はそれを嫌だとは思わなかった。むしろ、海羽が子どもを授かったら、きっとこんな感じになるのだろう、とさえ思った。一輝は、彼女が自分たちの子どもを抱いている光景を想像し、ふっと意識が遠のく。じっと視線を向けられていた海羽は、落ち着かない気持ちで胸がどくどくと跳ね、何かを見抜かれるのではと怯えていた。いつまでも彼が口を開かないので、彼女はおずおずと尋ねる。「......どうかしたの?」「いや、なんでもない」ようやく意識を戻し、一輝が淡々と答える。海羽はほっと息を吐き、視線を落とした。深く追及されなくてよかった。もしそうなっていたら、自分はどう答えてごまかしていたかわからない。だが次の瞬間、一輝の大きな掌が彼女の下腹部に触れ、薄い衣服越しにそっと撫でた。「海羽は、いつになったら妊娠してくれるんだ?」頭の上で、低い声が落ちる。その言葉を聞いたとき、海羽の瞳にかすかな色が走った。彼の声の中には、明らかに焦りがあったからだ。なぜそこまで......と理解できなかった。どうして彼は、そんなに子どもに執着しているのだろう?疑問が胸に渦巻き、視線が重なった瞬間、思わず言葉が漏れる。「どうして......そんなに子どもが欲しいの?」言い終えたとき、彼の手がぴたりと止まったのがはっきりわかった。暖房はついたままなのに、室内の空気はすっと冷え込む。窓の外から差す月光が床に落ち、薄く霜が降りたように見える。「これは取引だ。余計なことを聞くな」一輝は感情のない声音で手を離し、彼女が踏み越えた線への不快さを隠そうともしなかった。その瞬間、海羽の瞳にあった小さな光がすっと消え、唇に淡い自嘲の弧が浮かぶ。――そうだ、これは取引。ただそれだけ。何を深く考える必要がある?そして彼女はもう、何も期待していない。「そう」柔らかく答える。一輝は、彼女の従順さに満足し、珍しく優しい仕草でその髪を撫でた。「もう遅い。泊まりたければ、今夜はここにいろ」彼が決して共に夜を過ごすタイプではないことを思えば、それは彼なりの甘さだった。けれど海羽は立ち上がり、ゆっくりと服を整えた。留まる気など微塵もない。「遅いから、もう帰る」そ
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第183話

理久は泣きすぎて声まで枯れ、しゃくり上げながら、小さな顔は真っ赤で涙の跡がびっしりと残っていた。「お坊ちゃん......」池田と執事はすっかり困り果てていた。特に執事は、粥の入った碗を手に、優しい声で宥める。「少しだけでも召し上がってください。お腹が空いたままだと、余計につらくなります......」しかし、匙が理久の口元に近づいた途端、彼はそれを叩き落とした。「いらない!お母さんが作ったお粥が食べたいの!」執事と池田は顔を見合わせ、どうにもならないという表情を浮かべる。奥様がいなくなってから、お坊ちゃんは紗夜が残していったお菓子ばかりを食べていた。だがそれも尽き、最近は毎日「お母さんに会いたい」と泣き続け、ご飯もまともに食べない。幼い顔は痩せ、おぼつかない姿が余計に痛々しい。以前は、お坊ちゃんが病気になると奥様がすべて手をかけていた。今は奥様がいない。どうして良いか、誰もわからない。二人が打つ手なく立ち尽くしていると、柔らかな声が室内に届いた。「理久、どうしてご飯をちゃんと食べないの?」「奥様......?」池田の目がぱっと輝き、声の方を見る。だが姿を現したのは彩で、すぐにその輝きは色褪せる。しかも彩の後ろには文翔――その瞬間、彼女は紗夜のことを思い、胸が痛んだ。――奥様が出て行きたくなるのも無理はない。夫が他の女性と曖昧な関係なんて、どんな女性でも耐えられない。池田とは対照的に、執事は表情を大きく変えなかった。彩が別の粥を持ってきたのを見ると、すっと身を引き、場所を譲る。彩の声を聞いた理久は、泣き声を徐々に止めたが、まだ悲しげに、泣き腫らした目で文翔を見上げた。「パパ......お母さんを迎えに行ったのに、どうして来ないの?お母さん、ぼくのこともういらないの......?」文翔の表情がわずかに揺れる。だが最終的に、淡々と言う。「余計なことは考えるな。彼女は忙しいだけだ。理久の病気が治ったら、会いに連れて行く」「ほんと?」理久が潤んだ目をぱちぱちと瞬かせる。パパは約束を破らない――そう信じている。それを見た彩は、そっと涙を拭き取り、優しく笑みを向けた。「理久、何日もちゃんと食べてないって聞いたよ」「ぼ、ぼく、わざとじゃない...
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第184話

「入れ」文翔は大きな窓の前に立っていた。月光がガラス越しに差し込み、彼の長い影を床に落としている。彩はそっと近づき、その影に自分の影が寄り添っていくのを横目で見ながら、淡く微笑んだ。「理久、ご飯を食べたらかなり元気になってた」「そうか」文翔は短く応じ、横顔を向けて丁寧に言う。「ありがとう」「私たちの仲でそんなに堅苦しくしなくていいのよ」彩は柔らかく言った。「実はずっと理久のこと、すごく好きなの。彼が一緒に住みたいって言ってくれた時、本当に嬉しかった。でも、私、子どもを育てた経験がなくて......好きなものを買ってあげればいいと思ってたの。結果的に、こんなことになってしまって......」彼女は少し俯き、真摯な声音で続ける。「本当にごめんなさい。私の配慮が足りなかった。ちゃんと償うから」その態度には演技じみたところがなく、あくまで誠実に見える。文翔は彼女をしばらく見つめ、先ほど理久が彼女のおかげで食事をとれた光景を思い出し、眉間の冷たさが和らいだ。声もどこか柔らかい。「次のアート展、準備で手伝いが必要なら言え」その一言に、彩の瞳がぱっと輝く。「ありがとう!」「そろそろ遅い。中島に送らせる」中島は文翔の腹心。彼に送らせるということは、わだかまりが薄れたという証拠だ。彩は密かに息をつく。月光に照らされた文翔の横顔を見つめ、さらに距離を縮めようとした瞬間――彼のスマホが鳴った。文翔は電話を取り、眉を寄せる。「プロジェクトの件か......分かった。すぐ行く」そう言い、上着を手に取ると大股で部屋を後にした。彩はその背中を見送る。指先に力がこもり、目には中断された苛立ちが一瞬よぎる。しかし、すぐに自制した。焦ったら駄目。一歩ずつ距離を詰めていく――それが肝心。落ち着こうと深く息を吐き、スマホを取り出して電話をかける。「お義母さん、ありがとう。文翔、だいぶ気持ちが和らいだみたい」正直、あの場で紗夜の存在を公にされた時、どうすればいいのか全く分からなかった。だが彩はただ待っていたわけではない。状況を徹底的に調べ、文翔が怒っていた理由は理久の件だと突き止めた。だからこそ、雅恵に頼み、文翔を帰らせた。自分に挽回の機会を作るため
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第185話

文翔が会社の用事を片付けた頃には、空の端がうっすらと明るくなり始めていた。それでも、彼にはまったく眠気がなかった。正確に言えば、紗夜がいなくなったと知った日から、彼は一度もぐっすり眠れていない。文翔はスマホを取り出し、じっと紗夜の写真を見つめる。視線は彼女の下腹部に落ち、細い目がさらに細くなる。妊娠まで隠して、しかもわざと自分から逃げるなんて......文翔は指先に力を込め、目の奥が暗く沈んだ。「こちらコーヒーです」中島がカップを置き、ちょうど文翔が紗夜の写真を見ているのを目にした。中島は心の中でそっとため息をつく。最近の文翔は仕事がずっと休みなしで、京浜と爛上を行き来しっぱなしだ。今の顔色は疲れ切っているのに、休もうとしない。ここまで妻に執着しているとは、本人でさえ気づいていないのかもしれない。「社長は徹夜なさったのでしょう。少しお休みになった方が......」中島がそう勧めると、文翔は答えず、痛む目尻を揉みながら尋ねた。「調査はどうだった?瀬賀から新しい情報は?」「それが......」中島は一瞬ためらうが、結局正直に言う。「瀬賀社長の話では、周辺の監視カメラがちょうど不具合を起こしていたそうで、今データ復旧に全力を注いでいる......なるべく早く結果を出すとのことです」「ふん」文翔は低く鼻で笑った。「言い訳だな」これほど探しても紗夜の影がまったくない。まるで意図的に痕跡を消したようだ。やはり一輝の仕業。文翔はコーヒーカップを握り締める。一輝が表向き従順なふりをすると予想はしていたが、まさか紗夜に手を貸すとは。紗夜の友人のせいか?京浜の病院で、一輝が海羽を庇っていた姿が脳裏に浮かぶ。「まさか瀬賀社長ともあろう者が、芸能界の女に興味を持つとはな」文翔は冷笑した。中島はおそるおそる付け加える。「この前、雅恵様と瀬賀奥様が食事をされた時、瀬賀奥様が......瀬賀社長にはすでに婚約者が決まっていると。結婚式の招待状も......」文翔は興味なさそうに黙った。他人の家庭には元々関心がない。今彼が望むのは、紗夜を見つけ出すことだけだ。だが一輝は、女一人のために彼に逆らい、明らかに邪魔をしている。文翔の眉間に深い皺が寄る。爛
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第186話

こうも急に態度が変わるとは思わず、中島は少し驚いた。「では、奥さまへの捜査は......」「もう必要ない」文翔は招待状を手に取り、その隅に印刷された紗夜の名前を指腹でなぞる。まるで、彼女の美しい顔を触れているかのように。瞳の色がさらに深く沈む。「そう長くは逃げられない」......一ヶ月後。晩夏の雨は相変わらず激しい。けれど、外の雨脚とは対照的に、会場内の熱気は冷める気配がなかった。誰もが息を呑み、最終優勝者の発表を待つ。「今年の国際フラワーデザイン大会、金賞を手にするのは――深水、紗夜さんです!」大きな拍手が湧き起こる中、紗夜は花をあしらったワンショルダーのドレス姿で、ゆっくりと壇上へ進む。観客に向かって落ち着いた笑みを浮かべ、口を開いた。「深水紗夜です。再びこの舞台に立ち、この賞をいただけたことを光栄に思います......」......壇上の紗夜がスピーチをする間、会場の同業者たちは口々に感嘆の声を漏らした。「あの人が噂の、国際大会で金賞を取った人?すごく若く見える!」「若く見えるけど、これで二度目の金賞よ!」「信じられない......デビューからいきなり頂点、その後五年の沈黙、そして戻ってきてまた頂点!」彼女を見る視線は、どれも賞賛だった。......「これからもフラワーアレンジメントへの愛を胸に、歩み続けていきたいと思います」言葉が終わると、再び大きな拍手が会場を満たす。スポットライトの下に立ち、紗夜はこの瞬間を全身で感じていた。胸の奥が満たされ、涙がこぼれそうになる。再び金賞のトロフィーを手にした時、その重みの懐かしさに、思わず目が潤む。「さすがは京浜で最も優秀と言われたフラワーアーティストね。あれだけ長く姿が見えなかったのに、出てきた途端これ......しかもまた最高峰の賞!」壇を降りた瞬間、小林先生が駆け寄り、喜びを隠さず祝福する。「全部この機会をくださった小林先生のおかげです」紗夜は深く頭を下げた。小林先生の推薦がなければ、今回の大会に参加すらできなかった。かつてのわだかまりを気にせず助けてくれたことに、紗夜は心から感謝していた。長い道のりだったが、努力は裏切らなかった。彼女はトロフィーを見つめ、そっと微
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第187話

記者の質問が飛んだ瞬間、周囲の視線が一斉に紗夜へと向かい、ひそひそ声が広がった。「そういえば、この前、長沢社長が『妻は深水紗夜』って公表してたろ?この人と同じ名前なんて、そんな偶然ある?」「でも、長沢社長が公開した写真の奥さんと、この人......ちょっと顔が違う気がする......」紗夜は唇をわずかに上げた。違って当然だ。文翔が公開した写真では、彼女は完全なすっぴん。極限まで素顔だった。だが今は、国際大会のためにフルメイク。いつもの柔らかい雰囲気とは正反対の、華やかなメイク。跳ね上げた二色のアイラインに真紅の口紅、咲き誇る薔薇のような存在感。親友の海羽ですら、二度見してようやく彼女だと気づくほどだ。まして、記者たちは一度ちらっと見ただけの相手。紗夜は平然と微笑んだ。「いいえ。ずっと大会の準備をしていて、そういう芸能ニュースには関心がありませんので」「深水さんは、京浜の長沢社長をご存じですか?」「いいえ」冷淡で距離のある態度。そこには文翔とのつながりを感じさせるものは一切なかった。記者たちは「あれ、別人か?」という表情を浮かべる。「私の作品に注目していただければ幸いです」軽く会釈し、その場を離れようとした、その時――「お母さん!!」幼い声が響いた。紗夜の表情が一瞬止まる。人垣の中から、小さな体が飛び出してきた。理久が手を振りながら駆け寄ってくる。――お母さん。ほぼ一ヶ月ぶりに聞くその呼び方。昔なら、その声を聞くだけで胸の奥が温かくなった。けれど今、その言葉は残酷な嘲笑のようだった。彼女は覚えている。あの病院での、幼いけれど容赦のない言葉を。「ぼくは竹内おばさんが好き!お母さんなんて嫌い!もしお母さんが竹内おばさんに手を出したら、ぼくはお母さんをいらない!竹内おばさんの息子になる!パパに竹内おばさんをお嫁さんにしてもらって、お母さんなんか追い出すんだ!」幼い声で放たれた断罪。その一言一句が、母子の絆を鋭く切り裂いた。だから今、紗夜は氷のように無表情で、まるで見知らぬ子を見るような目で理久を見下ろし、背を向けた。だが、いつもは大人しい理久が、今日は違った。ぱっと走り寄って、彼女の脚にしがみつく。「お母さん、ぼくのこともう
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第188話

記者たちが一斉に押し寄せ、興味津々といった様子で文翔を見つめた。「ただのフラワーデザイン大会でしょ?長沢社長みたいな人が来るなんて」「さっきの子どもも長沢家の者だったよね?まさか、長沢社長の息子?」「で、その子が深水さんを『お母さん』って呼んだってことは......つまり長沢奥様は......」周囲の憶測が高まる中、文翔は紗夜をまっすぐ見つめ、薄い唇を開いた。「久しぶりだな、長沢奥様」低く響く声は一見ただの挨拶だが、彼の視線は鋭く、まるで今にも彼女を切り刻むかのような冷たさを帯びていた。圧倒的な気迫に押され、周囲の囁きも徐々に消え、場の空気が凍りついていく。紗夜の心臓が一瞬、止まったように感じた。彼女は覚悟していた。国際大会に出る以上、いずれは顔が割れる。だから授賞式が終わったらすぐ出国する手筈も整えていた。でもまさか、こんなに早く彼が現れるとは思いもしなかった。その強烈な存在感に足元がわずかに震えたが、紗夜はすぐに表情を整え、淡い笑みを浮かべた。「子どもが人違いするのはよくありますけど、長沢さんまで奥さんを間違えるなんて、ちょっと困りますね」息を詰めながら、彼に正面から向き合う。「私は長沢奥様じゃありません」彼女は迷わない。逃げないと決めたのだから。「俺の妻は深水紗夜だ。お前は、自分じゃないって言い切れるのか?」文翔の目が鋭く光る。「同姓同名なんていくらでもいますよ。それだけで証明になるわけじゃありません」紗夜は落ち着いて答えた。今日のメイクに自信はある。そもそも彼は昔、彼女をろくに見もしなかった。写真だってほぼ持っていないはず。化粧顔なんて覚えているはずがない。そう思うと、胸の奥にじわりと自信が湧く。「もし人の顔が認識できないのでしたら、眼科の予約でも取ったほうがいいですよ」「そうか?」文翔の次の言葉が、彼女の余裕を瞬時に吹き飛ばした。「俺のスマホには、化粧したお前が俺のベッドで顔を真っ赤にして俺に求めてる写真、ちゃんと残ってるぞ」紗夜は一瞬、固まった。手がきゅっと握りしめられる。文翔はその反応に満足したように唇の端を上げた。「信じられないなら、今ここで見せて確認するか?それとも......俺が直接、思い出させてやろうか
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第189話

その場にいた全員が目を見開いた。噂の「高嶺の花」と呼ばれる長沢社長が、衆目の前で女を抱き上げただなんて――「離して!」紗夜は彼の胸を必死に叩き、脚をばたつかせて抵抗した。だがその力は文翔にとって、綿を触れるようなものに過ぎない。彼は中島に理久を連れて行くよう指示し、そのまま紗夜を抱えたまま大股で歩き去った。残されたのは、呆然とする記者と通行人たち。「今すぐ離さなかったら、セクハラで警察に通報するから!」会場を出ても抵抗は止まず、声は氷のように冷えた。「ここは京浜じゃない。あんたの好き勝手できる場所じゃない!」文翔の目が細くなる。「セクハラ?」彼は車のドアを開け、彼女を中に降ろした。逃げようとした紗夜の両手をすぐさま掴み、レザーシートに押し付ける。ドアがバンと閉じ、密閉された車内にシダーウッドの香りが満ちた。その香りを感じるとき、いつもは寝室の大きなベッドの上。彼に何度も弄ばれ、息も絶え絶えになったとき。短く整えられた髪が鼻先を掠め、その香りがいつまでも残った。その光景が一瞬でも脳裏に蘇った自分に、紗夜はぞっとし、恥辱に震え、思い切り蹴りを放った。だが文翔は素早く膝を立て、彼女の脚を封じる。「俺の下で散々甘い声出してたくせに。今さらセクハラ?紗夜、お前つくづく都合いいな」侮蔑に満ちた声音に、紗夜の胸の奥が鋭く疼いた。だが睨み返し、吐き捨てる。「あんた、何がしたいわけ?」「それはこっちのセリフだ」彼は片手で彼女の顎を掴み、冷たい瞳が細まる。「離婚届置いて子ども連れて消えるなんて、陳腐な真似を。まだ続けるつもりか?」その言葉に紗夜の心がびくりと揺れる。――どうして、彼は妊娠のことを......「病院から連絡が来たんだよ。緊急連絡先、俺の番号書いてただろ?」文翔は乾いた笑みを漏らす。「俺の反応が見たかったんだろ。これで、満足したか?」彼の掌に残るバラの棘の痛み。それは紗夜が残したもの。その瞬間の苛立ちも、混乱も、今でも鮮明だというかのように。そんな自分をあざ笑うような彼女の表情が、彼の胸にさらに炎をともす。「今まで気づかなかったよ。お前が、そんなに腹黒かったんだな」顎を掴む手の力が強くなり、紗夜の眉が苦しげに寄る。「
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第190話

紗夜は、病院でのあの光景を今でも忘れられない。もう少し遅れていたら――きっと、母を失っていた。すべては、文翔が彩に与えた「特権」のせいだ。胸の奥に、重く、苦い息が詰まる。彼がなぜここまで自分を憎むのか、もう考える余裕もない。ただ、もう彼と互いに傷つけ合いながら生きるつもりはなかった。「もうお互い離婚届にサインしたでしょ。離婚するなら、指輪なんて要らないに決まってる!」「まだ離婚だなんて言えるのか?!」文翔は怒りに歪んだ笑みを浮かべ、彼女の顎を掴んで無理やり顔を上げさせた。「自分がどうやって俺の妻になったか忘れた?今うまくいかないからって、離婚?言っておく。そんな資格、お前にはないぞ。俺がサインしていない限り、俺達はまだ正式な夫婦だ」その言葉が耳元で響き、紗夜は目を瞬いた。――彼、サインしてなかった......?あのとき確かに書類を渡した。手続きは進んでいると思っていた。なのに、まだ「妻」のままだと......?受け止められず、頭が真っ白になる。彼女は渾身の力で文翔を押し返そうとした。だが彼は山のように微動だにせず、逆に紗夜の抵抗と憎悪を受けた瞬間、彼の胸に溜まっていた怒りが爆ぜた。次の瞬間、彼女の襟元を乱暴に掴み、むき出しになった鎖骨に噛みつく。「っ......!」鋭い痛みが走り、紗夜の身体が弓なりに震える。逃げようとした唇は、すぐに彼の荒い口づけで塞がれた。鉄の味が舌に広がる。見開いた瞳に映るのは、鋭く濁った彼の眼差し。まるで、許可なく檻を破って飛び立ったカナリアを、また檻に戻すために捕らえに来た捕食者のような目。恐怖と怒りが混ざり、心臓が激しく脈打つ。彼を胸元に叩きつけ、必死に息を搾り出す。「だめ......!離して......っ」だが文翔は聞かない。噛み跡を拇指で押しつけ、体重をかけて彼女を囲い込む。「俺たちはまだ夫婦だ。お前が嫌だと言っても、関係ない」その声には、長い月日抱え続けた苛立ちと、抑えきれない執着が滲んでいた。五年――泣きそうになりながらも耐えていた紗夜の顔を見るたび、何かが壊れた。その弱さに、依存していったのだ。「紗夜、正直になれよ。感じてるだろ」顎を放し、指先で彼女の頬を辿る。呼吸は乱れ
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