All Chapters of 父と子は元カノしか愛せない?私が離婚したら、なんで二人とも発狂した?: Chapter 71 - Chapter 80

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第71話

紗夜は理久の顔をじっと見つめ、その幼い表情から何かを読み取ろうとした。だが、理久はただぱちぱちと瞬きをしながら紗夜を見つめ、水の入ったコップを差し出した。彼女が反応しないのを見て、もう一度呼びかけた。「お母さん?」その声で紗夜は我に返り、微かに眉を和らげて微笑んだ。「ありがとう」水はまだ温かかった。紗夜は水を飲みながら薬を服用した。すると理久はハンカチを取り出し、彼女の唇についた水滴をそっと拭ってくれた。小さな手で不慣れな手つきながらも、丁寧に。紗夜はしばらく呆然としていた。「これで大丈夫!」理久は目を細めて、小さな三日月のような笑顔を見せた。この一連の優しさがどうにも現実味を感じさせず、紗夜は思わず尋ねた。「理久、何か私に話したいことでもあるの?」その言葉に、理久は素直に頷いた。「うん!」紗夜の胸に一瞬緊張が走る。またあの、無邪気で無自覚に人を傷つけるような言葉を言うのではないかと。なにせ、以前病院では彼女の目の前で「パパと離婚して、竹内おばさんをママにしてほしい」と言ったこともあった。そういう言葉を何度も聞いてきたのだ。気にしていないふりをしても、心は確かに傷ついていた。しかし、「お母さん、ぼくに折り鶴の折り方教えてくれる?」理久が口にしたのは、そんな一言だった。紗夜は思わず目を見開いた。「先生が出した宿題なんだけど、ぼくあまりうまくできなくて......」そう言いながら、彼は紗夜の服の裾をそっと引っ張り、子犬のような目で見上げた。「お願い、お母さん」ただ、折り鶴を教えてほしかっただけ?それだけなのに、自分はこの子を疑い、悪く思ってしまった。紗夜はそんな自分に少し罪悪感を覚えた。なんといっても、理久は彼女の子供なのだ。「いいよ」そう答えると、理久はぱっと顔を輝かせた。「やったー!」この宿題は、親子の絆を深める目的もあるのだろう。紗夜がいくつかの折り方を実演して見せると、理久の瞳には尊敬の色が浮かんだ。「お母さん、すごい!こんなにたくさんの折り方知ってるなんて!」紗夜は少し驚いた。これは、理久が初めて彼女を「すごい」と褒めた瞬間だったから。今までそんなこと、一度もなかった。心の中が、少しざわついた。
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第72話

しかし、理久が学校に通うようになってから、彼にはかなりの変化が見られた。それを見た紗夜は、もしかすると彼との母子関係も、少しずつ修復できるのではないかと考え始めた。もっとも、それはあくまで彼女自身の憶測にすぎない。一方、海羽は現実的な視点から忠告を与えた。「紗夜ちゃん、本当に分かってるの?理久の父親は文翔よ。彼は長沢家の子どもなの。あなたが長沢家に親権で勝てる可能性って、ゼロに等しいよ」たとえ紗夜が親権を争う気持ちがあって、法律に訴える覚悟があったとしても、そのためには膨大な金銭と労力、時間が必要になる。彼女は今、千芳の治療に専念しなければならない上に、自分の仕事もこなさなければならず、とてもそこまで手が回らない状況だった。「たしかに、理久はあなたが命がけで産んで、これまでたくさんの愛情を注いできた。でもね、紗夜ちゃん......あなたはもう十分すぎるほど尽くしてきたのよ。もしそれが理久に少しでも伝わっていたら、あなたの家庭を壊そうとする女とあんなに親しくするはずないわ。だから、もう少し自分のことを優先して考えて、ね?」海羽のその一言が、紗夜をはっとさせた。「......そうね。もう少し考えてみるよ」紗夜は目を伏せて答え、海羽の近況を気遣った後、しばらく軽く会話を交わしてから電話を切った。爛上。海羽はスマホを置き、テーブルのワインボトルからグラスに酒を注ぎ、ホテルの大きな窓から月を眺めながら一人で飲み始めた。彼女の身には、だぼっとした男性用のシャツが一枚だけかかっていて、片方の肩が無造作に露出している。鎖骨にかけて、赤いキスマークが点々と浮かんでいた。バスルームからはシャワーの音がかすかに聞こえてくる。しばらくして、バスルームの扉が開き、一輝が腰にバスタオルだけを巻いた姿で現れた。鍛えられた胸筋、割れた腹筋には水滴が滴り、やがてマーメイドラインに沿ってタオルの中へと流れていく。海羽は片手で頬杖をつき、怠そうな目つきで一輝を見やった。そして彼の体を見て、口笛を一つ吹いた。「瀬賀さん、裸で出てくるなんて、風紀が乱れますよ」「それ、いつの時代の話?」一輝は彼女を一瞥し、すぐ目の前に来て彼女の細い手首を掴み、グラスの酒を一気に飲み干した。彼女の視線が自分に向けられたままなのを
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第73話

「竹内おばさんは明日手術を受けるから、ぼく、手術の成功を願って九十九羽の折り鶴を折ったんだ。竹内おばさん、折り鶴が好きだといいな......もし好きじゃなかったら、お母さん、他のものも教えてくれる?」理久のその後の言葉は、紗夜の耳にはもう届いていなかった。今この瞬間、彼女の胸は石で押し潰されたように重く、呼吸さえ苦しくなっていた。つまり、理久が自分に優しくしてくれたのも、好意を示してくれたのも、全部、彩のために自分に折り鶴を教わるためだったのだ。すべては、彩のため。紗夜は思わず笑ってしまいそうになった。あの少しの優しさに、自分は心を動かされて、理久を手元に置きたいなどと一瞬でも思ってしまった。そして、あれほど心に決めていたはずなのに、こんなにも簡単に揺らいでしまった自分が可笑しかった。幸いだったのは、海羽のひとことが彼女の目を覚まさせてくれたこと。そして何より、理久が自分の目的をあっさりと示したこと。それが彼女にとって頭を打たれたような衝撃となり、迷いを断ち切らせてくれた。紗夜は深く息を吐き、気持ちを落ち着かせた。目の中にあったかすかな期待はすっかり消え、代わりに静かな冷静さが広がっていった。「ねえ、お母さん?竹内おばさん、喜んでくれるかな?」理久が再び訊ねた。「さあね」紗夜は淡々と返すだけだった。「もう遅いから、早く寝ましょう」それだけを言い残し、彼女は振り返ることもなく部屋を出て行った。理久はその背中を見送りながら、目をくるくる動かした。お母さんはきっと嫉妬してるんだ。もしかしたら、嫉妬したお母さんはこれからもっと自分に構ってくれるようになるかも。もっと美味しいものも作ってくれるかも。やっぱりこの作戦、正解だった!理久は嬉しそうに瓶をプレゼント用の箱に詰めた。明日これを竹内おばさんに渡そう。そしたらまたもっと綺麗な鶴を折ってお母さんにもあげよう。きっとお母さんも喜んでくれる。窓の外では、満月がゆっくりと西へ傾いていった。薬を飲んだせいか、紗夜はベッドに横たわるとすぐに眠りにつき、翌日の午前十時近くになってようやく目を覚ました。時計を見て驚いた。こんなに遅くまで寝ていたのは初めてだった。以前はたとえ文翔に一晩中振り回されたとしても、翌朝にはき
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第74話

昨夜、文翔は怒っていた。池田もここで長年働いていたが、あんな文翔の姿は初めて見た。紗夜はそれを聞いて、目を伏せた。「わかったわ」正直、彼女もあんな文翔の姿を見るのは初めてだった。しかも、出雲との関係を誤解されたことが原因で。紗夜は、少し可笑しく感じた。自分は彩と曖昧な関係にありながら、なぜ人のことを責める資格があるのだろうかと。だが、文翔の気分は読めない。彼をこれ以上刺激しないのが一番だ。紗夜は朝食を終え、スマホを手に取りメッセージの返信をしようとした。ちょうどそのとき、ニュースの通知がポップアップで表示された。【感動の愛!長沢グループの若き社長、病院で恋人の手術を一晩中付き添い】紗夜は無表情のまま口元を引きつらせ、指でそのニュースを開いた。写真には、文翔が高級病棟のソファに座っている姿が写っていた。ビシッとしたスーツ姿で、ラフな中にも隙のない佇まい。そして視線の先には手術室。その目には、わずかな不安が浮かんでいた。それだけ、手術室の中の人物が彼にとって大切だということだろう。次の瞬間、紗夜のスマホに一通のメッセージが届いた。送り主は竹内彩。添付された写真には、脚の手術を終えたばかりの彩が病室のベッドで横になっている姿。顔色は少し青白いものの、全体的に状態は良さそうだった。テーブルには、折り鶴がぎっしり詰まったガラス瓶が置かれていた。理久から贈られたものだ。彼女の傍には、文翔、千歳、雅恵が座っており、まるで家族のように彩を囲んでいた。彩はカメラに向かって明るい笑顔を見せている。愛に包まれている女の顔だった。幸せに満ちたその笑顔は、紗夜にとってどこか眩しく、目を背けたくなるものだった。彼女はその画面を閉じ、無言で窓の外を眺めた。ふと思い出すのは、自分が理久を出産した日のこと。早産、大量出血、さらに逆子という最悪の状況。彼女は手術台の上で意識が遠のく中、視界が真っ赤に染まるのを見た。まるで深い闇に包まれたようだった。あの時、彼女の傍には誰一人いなかった。手術同意書にサインしたのも、他でもない彼女自身だった。そして、絶望の中で理久を産んだ。手術室から運び出されたとき、外に立っていたのは泣き腫らした目の海羽だけだった。紗夜が
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第75話

紗夜の表情がわずかに変わった。ちょうどそのとき、外から車の音が聞こえてきた。志津子は、運転手と執事に支えられながら車を降り、待ちきれない様子で中へ入ってきた。「紗夜!」紗夜を見つけると、年老いた顔に優しい笑みを浮かべ、両手を広げた。「一週間ぶりだけなのに、あなたのことが恋しくて仕方なかったわ〜」「おばあちゃん!」紗夜も立ち上がり、足早に近づいて大きく抱きしめた。「場所を送ってくれれば、私たちで向かいましたのに......」「だって早く会いたかったんだもの」そう言いながら周囲を見回し、紗夜以外の姿がないことに気づいて尋ねた。「文翔と理久は?まさかまだ寝てる?」この言葉に、執事と池田が気まずそうに目を合わせた。旦那様は昨夜、家に戻ってこなかったのだ。だが、紗夜は何事もなかったように穏やかに答えた。「彼、理久を連れて病院に行ったんです」「病院?」志津子は眉をひそめた。「理久が病気かい?」「いえ」紗夜は首を振った。文翔が理久を連れて彩を見舞いに行ったのだが。「最近、理久のお腹の調子が良くなくて、検査を受けに行ったんです」紗夜は表情を変えずにさらりと嘘をついた。夫が自分の息子を連れて、夫の「本命」を見舞いに行っている。それなのに、自分がその場を取り繕わなければならないなんて。紗夜は内心で、なんとも皮肉な気持ちになった。でも、志津子の体を思えば、そうするしかなかった。まあ、これが最後だ。もう二度と彼らのために取り繕うことはないだろう。志津子は紗夜の説明を素直に信じ、彼女の手を握った。「じゃあ、私たちだけで先に行きましょう。あとであの二人も来るように言えばいいわ!」「はい」紗夜は微笑みながら答え、温泉に持っていく荷物を準備するため部屋へ向かった。池田が部屋に入って尋ねた。「奥様、旦那様とお坊ちゃんの荷物もおまとめしますか?」以前は、文翔と理久の温泉の荷物は全て紗夜が丁寧に用意していた。他人に任せると、細かいところが行き届かないからだった。だが今回は、自分の荷物をまとめ終えると、紗夜は口角を少し上げて言った。「いえ、もういいわ」文翔と理久は病院で彩に付き添っている。温泉なんて来るはずがない。それに、彼らの顔を見たくも
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第76話

満晴はそう言いながら、上着をめくった。紗夜は満晴の水着を一瞥し、自分のものと見比べ、さらにさっき廊下で見かけた他の客たちの姿を思い出した。確かに、布の面積がちょっと多すぎたかも。自分だけ浮いてるみたいだった。「でも、私、これしか持ってないし......」紗夜は唇を引き結んだ。「大丈夫、私が持ってるから!」満晴はすぐに準備を始め、箱を一つ差し出した。「試してみて!絶対に驚くほど似合うから!」紗夜は箱を開けて中を覗き、一瞬で閉じた。「本当に?」このデザイン、なんて形容したらいいかすら分からない。けれど満晴はまったく気にしていない様子で、当然のように言った。「もちろん!温泉にはこれくらいの水着がちょうどいいのよ!お義姉さん、早く着替えて。私、外で待ってるから!」そう言い終えると、紗夜の地味な水着をさっと奪い取り、そのまま走り去ってしまった。紗夜が断る隙さえ与えずに。紗夜は苦笑して、手にした箱を見つめた。まあ、今回は三人だけだし、そんなに恥ずかしがることもないか。ただ、いざその水着に着替えて鏡を見た時、紗夜はやはり......ちょっと、やりすぎたと思った。その水着は細いストラップのワンピースで、上に透け感のあるローズレッドのカバーアップが重ねられていた。中は、下着とほぼ変わらない......いや、むしろ普段の下着の方が布が多いかもしれない。下の水着パンツには赤いシフォンのスカートがついていて、超ミニのタイトスカートのようだった。これが、紗夜にとってギリギリ許容できる範囲だった。少なくとも、下着一枚だけで出るよりはマシだった。「わっ、お義姉さんその水着超きれい!赤が肌をすっごく白く見せてくれるし、完璧に似合ってるよ!」満晴は紗夜を見るなり目を輝かせて絶賛し、感嘆の息を漏らした。「どこからどう見ても出産経験者には見えない。まるで若い女の子みたいじゃん!」紗夜はその言葉に少し照れてしまい、白い頬がほんのり赤くなった。急いでバスローブを羽織って、「もう行こう、温泉入ろう」と言った。「うんうん」満晴はさっそく紗夜の腕に手を絡めて、「お義姉さん、あの湯に入りに行こう!」と元気よく言った。紗夜は満晴の後ろについて、廊下を通って目的地へと向かった。しか
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第77話

「どうしてあなたが......」紗夜は思わず声を漏らした。文翔がここにいるなんて、彼女にはまったくの予想外だった。「ばあさんから電話があったから来た」文翔は淡々と答え、目を紗夜に向ける。その視線が彼女の水着に止まったとき、一瞬目を細めた。紗夜はその視線に落ち着かない気分になった。言われなくてもわかる。文翔はまた自分のことを「わざと」だと思っているのだろう。ちょうど以前、長沢家の本宅で同じようなことがあったときのように、同じ手を使ったと思っているに違いない。でも、彼女には本当にここに文翔がいるなんて知る由もなかった。もし前もって知っていたら、絶対にここには入らなかった。なぜなら彼と接点を持ちたくなかったから。ましてや、わざと露出の多い水着を着て誘惑しようなんて思ってもいなかった。紗夜がその場から動かずにいると、文翔はただ一言だけ低い声で言った。「こっちへ来い」その意味がわからず、紗夜は動かなかった。彼女はバスローブを持って出て行くべきか考えていた。「どうせまた、『押して引く』みたいな小細工だろ?」文翔は目を上げて彼女を睨み、皮肉を込めて言った。「いつになったら新しい手口を覚えるんだ?」紗夜は眉をひそめた。何もしていないのに疑われるこの感じが嫌いだった。それに、ここは文翔の私有温泉でもない。誰にだって入る権利がある。たまたま彼女が先に入っていただけのこと。それなのに、彼の一言で逃げ出したら、まるで本当にやましいことがあったかのようじゃないか。自分はやましいことなど何もしていない。堂々と生きている。逃げる理由などない。そう思って、紗夜は一度持ち上げたバスローブを再び置き、何事もなかったかのように文翔の向かいに座り、温かい湯に身を沈めた。水面は彼女の動きで波紋を広げ、浮かんでいた花びらが静かに揺れた。ここはバラの湯。湯の表面には赤いバラの花びらが浮かび、彼女の赤い水着と調和して、彼女の白い肌を一層引き立てていた。文翔はその姿を見つめながら、目の奥が徐々に深まっていった。紗夜は知らなかった。自分が着ていたローズレッドのカバーアップは、陸に上がっているときこそ目隠しのような役割を果たしていたが、ひとたび水に濡れると、肌にぴたりと張り付き
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第78話

その顔立ちはまさに玉のように美しく、背筋の通った体つきも見事で、まさに完璧の極みだった。どうりで、かつて文翔に惹かれた女性があれほど多かったわけだ。ただ、彼の首筋にはうっすらと傷跡があり、それがいつできたものなのか紗夜にはわからなかった。彼女は一瞬、ぼうっとしてしまう。上からその表情を見下ろしていた文翔は、鼻で笑った。「見とれてるのか?」紗夜は我に返り、眉をひそめてその場を離れようとするが、文翔に両腕で押さえ込まれ、動けなくなる。「放して」彼は微動だにせず、余裕たっぷりの口調で言った。「俺とあの出雲ってやつ、どっちの体の方がいい?」唐突な質問に紗夜は困惑し、視線をそらして答えた。「知らないわ」「知らない?」文翔は冷笑し、彼女の顎を持ち上げて無理に目を合わせさせる。「そんなに親しいのに?温泉で電話でイチャつくくらいの仲なんだろ?本当に知らない?」彼はすでに、彼女と蒼也が電話で話していた内容を聞いていた。彼女を寝室まで抱えて運んだとか、薬を塗ってやったとか。そんなことまでしてくれる相手がいるなんて、以前の彼女からは想像もできなかった。「違うわ!」紗夜は強く否定する。怒りと羞恥で頬が赤く染まる。「違う?何が?」文翔はわざと問い返す。紗夜はその言葉を口にすることができず、唇を噛みしめて黙って睨み返した。その潤んだ瞳と濡れた睫毛がかえって彼の感情を刺激してしまうとは、本人は知らない。「お前、わざとだな」文翔の声が少し冷たくなり、その目つきに紗夜は身の毛がよだつ感覚を覚える。次の瞬間、彼はふっと笑みを浮かべた。そして、肩に置いていた手が水中に潜り込み、赤い羽織の中に隠れていた花びらをそっと撫でるような動作をした。「......!」紗夜は驚きの声を上げて反射的に後退し、水しぶきが大きく跳ねた。だが、文翔は先にその動きを読んでいたかのように、彼女の足首を掴んで引き寄せた。「文翔、一体何をするつもり!?」「『検査』の続きだ」と耳元で囁く。「だめ!」紗夜は必死に制止しようとする。外には人がいるのに。だが怒りに駆られた文翔は、彼女の言葉など意にも介さない。「前回は見逃してやったが、今回は無理だ」彼女を容易く抑え込みながら、低く囁く。
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第79話

紗夜は文翔が立ち去ってからようやく水面に顔を出したが、その表情はあまり良くなかった。彼女と文翔が結婚してこの5年間、夜の営みの回数も少なくはなく、基本的には週に2~3回のペースだった。文翔は仕事が忙しく、週に2~3回しか家に帰ってこなかったが、帰ってきた時は、紗夜はほとんどベッドで時間を過ごすことになっていた。週に2~3回、1回に3~4時間はざらで、彼が満足するまで彼女は容赦なく責め立てられた。とはいえ、それでも彼は節度がある方で、最近のように欲が抑えきれないかのように、数日おきに彼女を求めてくるようなことはなかった。それが彼女にはどうにも解せなかった。外では彩と済ませていたはずじゃないの?もしかして、彩が足を怪我しているから、欲望を解消できずに、代わりに自分のところへ来たってこと?そう思うと、紗夜は一気に吐き気を催した。彼女は急いで湯船を出て、肌を撫でる涼しい風を感じてようやく少し楽になった。おそらく、温泉に長く入りすぎて、体調が優れなくなったのだろう。彼女は新鮮な空気を大きく吸い込んで、気分を切り替えるようにしてからバスローブを羽織り、温泉エリアを後にした。外に出た途端、少し離れた場所から手を振る満晴の姿が目に入った。「お義姉さん!こんなところにいたの。一緒に入ろうって約束したじゃない!」紗夜はようやく思い出した。さっき満晴と一緒に入る約束をしていたことを。でも、突然文翔に邪魔され、すべての予定が狂ってしまったのだ。「ごめん、忘れてた......」と申し訳なさそうに言う。「いいのいいの、気にしないで」満晴は全く気にした様子もなく、彼女の腕を取ってにこやかに言った。「ちょうど私も上がったところだし、何か美味しいものでも食べに行こうよ!今日はミシュランのシェフを呼んであるんだ、絶対に満足させてあげるからね!」その熱意に負けて、紗夜も頷いた。「うん」服を着替えてレストランに着くと、志津子はすでに主賓席に座っていた。左隣には隣一と雅恵、千歳が座っており、右側の席はまだ空いていた。「紗夜、こっちへよ!」志津子が手を振る。紗夜は右側の席へと歩み寄り、腰を下ろした。その直後、文翔が早足でやってきた。彼はきっちりとボタンを上まで留めたオーダーメイドのスーツを身に纏
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第80話

「そうでもないよ?仁なんてまだ結婚してないし、爛上の瀬賀家の一輝だって未婚だよ?もう心配しなくてもいいって」千歳は慌てて雅恵の皿に硬そうな餅菓子を一つのせた。「ほら、どうぞ」食べている間は話せないだろうという魂胆だった。「私を怒らせたいわけ?」雅恵は不機嫌そうに彼を睨んだ。「もういいじゃない、せっかくみんなで集まって食事してるのに、別にそんなこと言わなくてもいいでしょう?」志津子の不満げな声が響いた。雅恵は黙ってうつむき、自分の皿の料理を静かに食べ始めた。「紗夜、これを食べて」志津子はそれまでの厳しい表情を一変させて、優しく紗夜に目を向けた。紗夜は微笑んで軽く頷いたが、今日はあまり食欲がなかった。目の前の料理を少し取って、ゆっくりと口に運んだ。その様子を見た志津子は、文翔に直接言った。「文翔、自分だけ食べてないで、奥さんにも取り分けてあげなさい」紗夜は一瞬驚き、慌てて断った。「大丈夫です、おばあさま、自分で取れますから......」しかし話し終わる前に、文翔は彼女の器に酢豚を一つ取り分けた。紗夜はそれ以上何も言えず、口をつぐんだ。「確かに紗夜はこの酢豚が好きだったわね」志津子は慈しみの笑みを浮かべながら言った。「たくさん食べなさいよ。誰かさんみたいに一日中『ダイエットだ』って騒いで、葉っぱしか食べないような子になっちゃだめよ、まったく情けないわ」「おばあちゃ~ん!」ダイエット中で葉っぱを食べてる「誰かさん」である満晴は、むくれた顔で口を尖らせた。志津子は指をさして叱った。「猿みたいに痩せこけて、どこが綺麗なのよ」「当然綺麗だよ~」満晴は自信満々に返した。「私たちの美的感覚は、おばあちゃんたちの世代とは違うんだから!信じられないなら、お義姉さんに聞いてよ!ねぇ、お義姉さん?」満晴の視線を感じて、紗夜は一瞬どう答えたらいいか分からなかった。「紗夜、あの子の真似なんかしちゃだめよ!」志津子は白い眉をしかめた。「もっとたくさん食べて、体を元気にしなさい」そう言いながら、表情がだんだん柔らかくなっていき、期待を込めて続けた。「来年は、可愛い曾孫娘ができたらいいな」「ごほっ、ごほっ、ごほっ......!」紗夜は思わずむせて、顔を真っ赤に
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