紗夜は理久の顔をじっと見つめ、その幼い表情から何かを読み取ろうとした。だが、理久はただぱちぱちと瞬きをしながら紗夜を見つめ、水の入ったコップを差し出した。彼女が反応しないのを見て、もう一度呼びかけた。「お母さん?」その声で紗夜は我に返り、微かに眉を和らげて微笑んだ。「ありがとう」水はまだ温かかった。紗夜は水を飲みながら薬を服用した。すると理久はハンカチを取り出し、彼女の唇についた水滴をそっと拭ってくれた。小さな手で不慣れな手つきながらも、丁寧に。紗夜はしばらく呆然としていた。「これで大丈夫!」理久は目を細めて、小さな三日月のような笑顔を見せた。この一連の優しさがどうにも現実味を感じさせず、紗夜は思わず尋ねた。「理久、何か私に話したいことでもあるの?」その言葉に、理久は素直に頷いた。「うん!」紗夜の胸に一瞬緊張が走る。またあの、無邪気で無自覚に人を傷つけるような言葉を言うのではないかと。なにせ、以前病院では彼女の目の前で「パパと離婚して、竹内おばさんをママにしてほしい」と言ったこともあった。そういう言葉を何度も聞いてきたのだ。気にしていないふりをしても、心は確かに傷ついていた。しかし、「お母さん、ぼくに折り鶴の折り方教えてくれる?」理久が口にしたのは、そんな一言だった。紗夜は思わず目を見開いた。「先生が出した宿題なんだけど、ぼくあまりうまくできなくて......」そう言いながら、彼は紗夜の服の裾をそっと引っ張り、子犬のような目で見上げた。「お願い、お母さん」ただ、折り鶴を教えてほしかっただけ?それだけなのに、自分はこの子を疑い、悪く思ってしまった。紗夜はそんな自分に少し罪悪感を覚えた。なんといっても、理久は彼女の子供なのだ。「いいよ」そう答えると、理久はぱっと顔を輝かせた。「やったー!」この宿題は、親子の絆を深める目的もあるのだろう。紗夜がいくつかの折り方を実演して見せると、理久の瞳には尊敬の色が浮かんだ。「お母さん、すごい!こんなにたくさんの折り方知ってるなんて!」紗夜は少し驚いた。これは、理久が初めて彼女を「すごい」と褒めた瞬間だったから。今までそんなこと、一度もなかった。心の中が、少しざわついた。
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