舗道に敷かれたコンクリートの目地に、雨粒が静かに吸い込まれていく。その上を湊の靴が踏みしめるたび、しっとりとした音が微かに響いた。夜の空は重たく沈み、街灯の光さえ鈍く霞んでいる。傘を差していない湊の髪は濡れて額に張り付き、シャツの肩口にはすでに雨の模様が濃く浮かび上がっていた。眼鏡のレンズにも、途切れなく水滴が落ちてきた。視界は滲み、照明の輪郭がゆるく崩れていく。湊はそれを拭おうともしなかった。ただ、歩幅を小さくしながら、まるで空気の中に溶けていくように静かに歩いていた。呼吸は浅く、胸の奥で何かが重く沈んでいる。返ってこなかった言葉。拒絶とも違う、でも肯定ではない返事。その曖昧な空白が、湊の中ではっきりと形を持ちはじめていた。「……言ってしまった」呟いた声は、自分の耳にしか届かないほどにか細かった。何度も反芻した言葉。けれど、口に出してしまったあとでは、もう戻すことはできなかった。あの夜、あの場で、あの人に向かって、好きだと伝えたこと。それは確かに、湊の中でどうしても譲れなかったものだった。歩道脇の植え込みから、雨粒がぽとぽとと葉を叩く音が聞こえる。そのリズムに耳を預けながら、湊はそっと目を閉じた。頬を伝う水の温度に、ようやく意識が向く。それが雨なのか、自分の涙なのか、もう区別はつかなかった。「好かれるのが怖い?」小さく、問いかけるように言った。「だったら、どうしたらよかったんですか」問いの先に誰もいないと知っていながら、それでも言わずにはいられなかった。湊は空を仰いだ。雲に覆われた空は、何も答えないまま、ただ冷たい雨だけを落としてくる。唇をかすかに噛んでから、彼は再び前を向いた。「伝えただけで、全部が壊れるなら、それでも、言わなきゃよかったんですか」心の奥から溢れてきたその言葉は、今まで自分が避けてきた問いだった。好きという感情を、書くことで処理しようとした。ファイルに閉じ込めて、仮面をかぶせて、誰にも見せないまま終わらせるつもりだった。それでも、言葉にしてしまった。声にしてしまった。その瞬間、すべてが変わった。誰かを好きになることは、自分の心をそのまま差し出すことだと、初めて知った気がした。そしてそれを受け取ってもらえなかったとき、自分という存在までもが否定されたように思えてしまうことも。けれど、透は否定したわけではなかった。ただ…
Terakhir Diperbarui : 2025-06-29 Baca selengkapnya