皿を重ねようとしていた透の手が、ふと湊の指先とぶつかった。ほんの一瞬の、軽い接触。だが湊の中で、その一瞬は異常なほど長く感じられた。触れたのは、指先の先端。陶器の滑らかな縁に沿って、彼の指がかすめただけなのに、そこから体の奥にまで、音もなく何かが走った。電流、というには柔らかすぎて、けれど明らかに心拍のリズムを乱すそれ。胸のあたりが不規則に跳ね、湊は思わず息を浅くした。「……あ、ごめん」透がぼそりと声を落とした。低く、少しだけ掠れていた。おそらく、単なる謝罪のつもりだったのだろう。だが、その声の抑えた調子が、かえって湊の神経を直接なぞった。「いえ、こっちこそ」そう返す声が、震えていないか不安になった。声帯が乾いていた。自分の中で何が起きているのか、はっきりとは言語化できない。ただわかるのは、指先を重ねてしまったその一点から、まるで世界の色彩が変わってしまったような感覚だけだった。手を引くべきだった。謝罪の言葉と同時に、あるいはその前に。けれど、湊の手はなぜか動かなかった。重なった部分にわずかに熱を感じる。その温度に触れていたくて、ほんの少しだけ、ほんの数秒だけ…そう思った瞬間、湊の心が自らの欲に気づいた。もう一度、触れたい。そう思ったのは、生まれて初めてだった。誰かの皮膚に、ぬくもりに、こんなふうに執着したことなどなかった。理屈ではない。言葉にもならない。感情でもなく、本能に近い。まるで記憶にすら刻まれない衝動のように、ただそこに在るもの。透の手は、ほんのわずかに、けれど確かに止まっていた。皿を持ち上げる手が動きを止め、指先に湊の感触を留めたまま、空気が凍りついたように静かになる。二人の間には、食器の重なりも、流しの水音も、もうなかった。ただ、重なった皮膚と、それぞれの呼吸音だけが、確かな存在として空間を満たしていた。時間の感覚が失われていた。長いのか、短いのかもわからない。けれど、湊の中には明確な感覚があった。このまま、もう一歩だけ進めば、何かが壊れる。もしくは、始まる。どちらにせよ、元には戻れなくなる。透は、指先をほんのわずかに動かした。それは、拒む動作ではなかった。ただそこから逃れようとするかのような、ごく自然な退避の仕草。湊の手がそれを止めた。意識の前に、指がわずかに圧をかけてしまった。重なった部分が、互いを認識する。そして――透が
Last Updated : 2025-06-29 Read more