神谷晴佳(かみや はるか)が刑務所を出たその日、外は冷たい雨が降っていた。風に乗って雨粒が肌を刺し、刑務所の門前には報道陣が押し寄せていた。「神谷さん、水月ノ庭事件であなたの依頼人が敗訴し、半年前に飛び降り自殺しました。遺族の方があなたに責任を問うてますが、どうお考えですか?」「神谷さん、弁護士連合会から除名され、あなたの恩師も引退に追い込まれました。この件について一言お願いします!」記者たちがどれだけ問いかけようとも、晴佳はただ黙ってうつむいたまま前へ進み、人混みをかき分けるようにして出口へ向かった。道端には黒いゲレンデが停まっていて、夫・神谷誠司(かみや せいじ)が車にもたれながら煙草を吸っていた。その隣で、宇佐見美月(うさみ みづき)が彼の腕を軽く引っ張り、誠司が視線を門の方に向ける。二人は並んで晴佳の前へと歩み寄った。美月は晴佳の額にある傷痕を指差し、顔をしかめて言った。「お姉さん、それどうしたの?うわっ、すっごい目立つ……ていうか、めっちゃグロくない?ほぼ顔そのものが崩壊したみたいじゃないか〜」晴佳はさっと前髪をかき下ろして傷を隠そうとしたが、広すぎてまったく隠れなかった。その傷は、刑務所の中で受けた暴力の痕だった。誠司は一言も口を開かなかった。ただ、彼女を見る目は冷たく、どこか他人事だった。美月はにこにこと笑いながら、小さな箱を差し出した。「お姉さん、これ、私と誠司さんからのプレゼントだよ。新しい靴。これ履いて、もう二度と道を踏み外さないでね?」道を踏み外す、か。晴佳は、何とも言えない皮肉を感じた。一年前、なぜ自分が逮捕され、刑務所に入る羽目になったのか、この二人が誰よりもよく知っているはずだった。晴佳は弁護士として、五年間無敗を誇った実力者。業界でも名の知れた敏腕弁護士だった。一方、美月は晴佳の父・宇佐見忠弘(うさみ ただひろ)の私生児で、二年前に忠弘に連れられて家に来た。彼女も弁護士ではあるが、三年の間、一度も勝訴したことがなく、業界でも最底辺と見なされていた。すべては一年前、「水月ノ庭事件」で変わってしまった。その案件では、晴佳は被害者である少女の代理人として、資産家・鎌田源次郎(かまた げんじろう)を訴えた。そして、美月は鎌田側の弁護人だった。証拠は十
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