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遠ざかる月と星、遠く過ぎた恋

遠ざかる月と星、遠く過ぎた恋

By:  匿名Completed
Language: Japanese
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神谷晴佳が刑務所を出たその日、外は冷たい雨が降っていた。 風に乗って雨粒が肌を刺し、刑務所の門前には報道陣が押し寄せていた。 「神谷さん、水月ノ庭事件であなたの依頼人が敗訴し、半年前に飛び降り自殺しました。遺族の方があなたに責任を問うてますが、どうお考えですか?」 「神谷さん、弁護士連合会から除名され、あなたの恩師も引退に追い込まれました。この件について一言お願いします!」 記者たちがどれだけ問いかけようとも、晴佳はただ黙ってうつむいたまま前へ進み、人混みをかき分けるようにして出口へ向かった。 道端には黒いゲレンデが停まっていて、夫・神谷誠司が車にもたれながら煙草を吸っていた。 その隣で、宇佐見美月が彼の腕を軽く引っ張り、誠司が視線を門の方に向ける。 そこで、現した姿は……

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Chapter 1

第1話

神谷晴佳(かみや はるか)が刑務所を出たその日、外は冷たい雨が降っていた。

風に乗って雨粒が肌を刺し、刑務所の門前には報道陣が押し寄せていた。

「神谷さん、水月ノ庭事件であなたの依頼人が敗訴し、半年前に飛び降り自殺しました。遺族の方があなたに責任を問うてますが、どうお考えですか?」

「神谷さん、弁護士連合会から除名され、あなたの恩師も引退に追い込まれました。この件について一言お願いします!」

記者たちがどれだけ問いかけようとも、晴佳はただ黙ってうつむいたまま前へ進み、人混みをかき分けるようにして出口へ向かった。

道端には黒いゲレンデが停まっていて、夫・神谷誠司(かみや せいじ)が車にもたれながら煙草を吸っていた。

その隣で、宇佐見美月(うさみ みづき)が彼の腕を軽く引っ張り、誠司が視線を門の方に向ける。

二人は並んで晴佳の前へと歩み寄った。

美月は晴佳の額にある傷痕を指差し、顔をしかめて言った。

「お姉さん、それどうしたの?うわっ、すっごい目立つ……ていうか、めっちゃグロくない?ほぼ顔そのものが崩壊したみたいじゃないか〜」

晴佳はさっと前髪をかき下ろして傷を隠そうとしたが、広すぎてまったく隠れなかった。

その傷は、刑務所の中で受けた暴力の痕だった。

誠司は一言も口を開かなかった。ただ、彼女を見る目は冷たく、どこか他人事だった。

美月はにこにこと笑いながら、小さな箱を差し出した。

「お姉さん、これ、私と誠司さんからのプレゼントだよ。新しい靴。これ履いて、もう二度と道を踏み外さないでね?」

道を踏み外す、か。

晴佳は、何とも言えない皮肉を感じた。

一年前、なぜ自分が逮捕され、刑務所に入る羽目になったのか、この二人が誰よりもよく知っているはずだった。

晴佳は弁護士として、五年間無敗を誇った実力者。業界でも名の知れた敏腕弁護士だった。

一方、美月は晴佳の父・宇佐見忠弘(うさみ ただひろ)の私生児で、二年前に忠弘に連れられて家に来た。

彼女も弁護士ではあるが、三年の間、一度も勝訴したことがなく、業界でも最底辺と見なされていた。

すべては一年前、「水月ノ庭事件」で変わってしまった。

その案件では、晴佳は被害者である少女の代理人として、資産家・鎌田源次郎(かまた げんじろう)を訴えた。

そして、美月は鎌田側の弁護人だった。

証拠は十分、勝訴はほぼ確実と思われていた。

ところが、開廷の前夜、晴佳のパソコンに保存されていた証拠データがすべて消失した。

結果、敗訴。

事件は世間に大きく報道され、被害者の少女は「売春婦」として晒し者になった。

晴佳は「証拠捏造」の疑いで告発され、弁護士連合会から除名、懲役一年の判決を受けた。

美月のほうは、この事件で「勝った側」として一躍有名人になった。

晴佳は、当初はその理由がわからなかった。

だが、ある日、誠司のスマホの中に見つけたグループチャットで、すべてが繋がった。

誠司、美月、そして父・忠弘の三人グループだ。

【お姉さんって、世間の評価も実力も全部あるくせに、法廷で私を本気で潰そうとしたよね?あれ、絶対わざとだと思う】

【晴佳が悪いよ。美月、お父さんはお前の味方だからな】

【誠司さん、どう思う?】

【言ってごらん。見られたくない証拠や資料って、どれ?】

……

車は宇佐見家へ向かって走る。車窓から外を見つめながら、晴佳は思う。

一年という時間は、長いようで短い。だけど、すべてが変わるには十分すぎる長さだった。

宇佐見家の邸宅は、外装も内装もまるで別の家のようにリフォームされていた。そして、門のそばにあった大きな桃の木が、姿を消していた。

晴佳は走って庭へ行き、使用人に尋ねた。

「母が植えた桃の木はどこ?」

使用人は無表情で言った。

「美月様がジャスミン茶がお好きでして。『庭で育てたジャスミンのお花で淹れたお茶が一番安心』とおっしゃって、旦那様がご命令で、あの桃の木を伐採してジャスミンに植え替えました」

こころが、ぐっと痛んだ。

あの桃の木は二十年前、母・常磐綾乃(ときわ あやの)が生前に自ら植えたもの。母が残してくれた、唯一の思い出だった。

それが、ただの茶葉のために切り倒されたというのか。

晴佳は踵を返し、父に文句を言おうと玄関に向かった。しかしその途中、突如現れた女に腕を掴まれ、次の瞬間――

パシンッ!

頬に鋭い痛みが走る。

女は泣きながら叫んだ。

「みんな見て!この人が、私の娘を殺したんです!この悪徳弁護士が!!」
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