All Chapters of 冷めきった夫婦関係は離婚すべき: Chapter 561 - Chapter 570

572 Chapters

第561話

配信ホールには歓声が一気に広がり、社員たちは互いにハイタッチを交わして成果を喜び合った。篠は興奮のあまりステージへ駆け上がり、そのまま美穂をぎゅっと抱きしめる。「美穂、すごすぎる!こんなに早く完売するなんて!しかも大型契約まで!」美穂も軽く抱き返し、穏やかな笑みを浮かべた。だが視線をスクリーンへ戻した瞬間、ほんのわずかに疑念がよぎる。律希に合図し、注文詳細を表示させる。画面を指でスクロールしながら、要求仕様の記述を確認した。【リハビリ動作の補正サポート】、【慢性疾患向け投薬リマインドおよび用量モニタリング】、【地域医療データベースとの連携機能】。いずれも、まだ一般公開していない拡張機能に関わる内容だった。知っているのは開発チームと、ごく一部の提携機関のみ。外部が事前に把握できるはずがない。「柳副社長、この三件の注文番号を控えて」美穂は落ち着いた声で言った。「フォローアップの際は、要件の詳細が当社の拡張仕様と一致しているか重点的に確認して。それから、注文アカウントの登録情報も調べて、異常がないか確認してほしい」律希はすぐに頷く。「了解しました。すぐ調査を手配します。ただ、これだけ注文が集中しているとなると、以前から提携の意向を示していた機関が事前に準備していた可能性もあるのではないでしょうか」美穂は小さく首を振り、再びステージ上の知夏へ視線を向けた。銀色のロボットは静かに立ち、淡い光を湛えた瞳がゆるやかに明滅している。まるで何も知らないかのように。だが美穂の胸には、微かな違和感が残ったままだった。この三件の注文はあまりにもタイミングが良すぎる。要求内容も正確すぎる。単なる取引先の推測というより――まるで、製品の仕様や開発進捗を把握している人物が発注したかのようだった。「手順通りで対応して。異常があればすぐ報告を」美穂は視線を戻し、マイクへ向かって締めくくる。「知夏へのご関心、誠にありがとうございます。今後は生産体制をさらに強化し、できるだけ早く皆さまへお届けできるよう努めます。本日のオンライン発表会は以上となります。ご視聴ありがとうございました」配信が終了しても、会場の熱気はすぐには収まらなかった。篠は興奮した様子で成功の瞬間を繰り返し語り、社員たちも機材の撤収とデータ整理に追われ
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第562話

そこで和彦は、自ら出資している複数の高級シニアレジデンスの責任者に電話をかけ、施設名義で注文を出すよう手配した。それなら、確実に美穂の事業を支援できるうえ、自分の存在を表に出さずに済む。配信画面に【初回ロット完売】の表示が出た瞬間、和彦の唇の端がわずかに上がった。注文番号を指でなぞり、その支援が確実に彼女の手元に届いたことを確認する。画面に視線を留めることなく、タブレットを閉じ、再びデスク上の書類に意識を戻した。……同時刻、京市のラボ。清霜は実験台の前に座り、彼女のタブレットにも同じ注文確認画面が表示されている。スマートフォンを手に取り、美穂とのトーク画面を開く。【発表会、大成功ね。知夏の機能は予想以上だった。おめでとう】送信ボタンを押すと、スマートフォンをデスクに置き、再びパソコン画面に表示された知夏の技術パラメータに視線を戻した。清霜は最初からこのプロジェクトの可能性を信じていたし、美穂がどれほどの努力を重ねてきたかも知っている。今回、千葉グループの名義で注文を入れたのは、単なる支援という意味だけではない。知夏が本当に医療現場に普及し、必要としている人々の助けになることを願っての行動だった。スマートフォンが短く通知音を鳴らす。美穂からの返信はシンプルな【ありがとう】だった。ある人物の件で少し沈んでいた清霜の気分も、少しだけ軽くなった。数分ほど雑談を交わしたあと、優馬に急かされ、資料を手に会議室に向かった。最近、研究チーム内で再び裏切り者が発覚した。しかし警察に引き渡される前に、その人物は自ら命を絶ってしまった。手がかりはそこで途切れた。チーム内には不安が広がっている。どうやら、チームを再編成する必要があった。……港市。峯の邸宅では、やけに賑やかな空気が漂っている。柚月と虎太は、最近発売されたシューティングゲームに夢中だ。峯はソファに寝転びながらスマートフォンを片手に、満足げに鼻を鳴らして美穂に電話をかけた。自慢げな調子を隠そうともしない。「さすがだな、美穂。発表会、大成功じゃないか。兄貴はわざわざ提携リハビリセンターの名義で大口注文してやったんだ。どうだ、感謝しろよ?」電話の向こうから、呆れたようでいて笑みを含んだ声が返ってくる。「やっぱり、あのリハビ
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第563話

会議室は臨時の祝賀パーティー会場へと姿を変えていた。天井の照明フレームにはリボンが絡み、テーブルにはシャンパンやケーキ、彩り豊かなフィンガーフードが並ぶ。社員たちは三々五々集まり、誰の顔にも抑えきれない喜びが浮かんでいた。美穂はシンプルなオフホワイトのワンピースを身にまとい、シャンパンを手にして技術チームのメンバーに囲まれている。知夏の開発のため、幾度となく徹夜を共にした仲間たちだ。「水村社長が最後まで私たちをチームに残してくださらなかったら、このプロジェクトには参加できませんでした。本当に……あの時、信じてくださってありがとうございます」技術部のリーダーは感極まった様子で言った。その目には敬意がはっきりと浮かんでいる。「配信のコメントでも、知夏がまるで人間みたいだって話題になっていました。見た目も綺麗だって」美穂は微笑み、グラスを軽く合わせた。「みんなで積み重ねた成果よ。あなたたちがいなければ、知夏はここまで来られなかった」そう言ってシャンパンを一口飲む。冷たい液体が喉を通り、ほのかな果実の香りが広がる。すでに何杯か飲んでいたせいか、少し酔いが回る。ようやく社員たちの輪から抜け出し、部屋の隅のソファに腰を下ろすと、こめかみを軽く押さえた。そこへ清霜がジュースのグラスを二つ持って近づき、隣に座る。一つを差し出した。「飲みすぎは胃に悪い。少しこれで落ち着いて」美穂は受け取り、冷たいグラスの感触で少し意識がはっきりする。賑やかな会場を見つめながら、ぽつりと呟いた。「千葉さん、思うことがあるの。成功すればするほど……周りに残る人が少なくなっていく気がして」清霜は一瞬だけ言葉を探したが、すぐに理解した。起業したばかりのこの一年、周囲の人間関係は大きく変わった。理念の違いで離れた者もいれば、利害で距離ができた者もいる。今、本当に信頼できる人間はほんのわずかだ。清霜は美穂の手の甲を軽く叩き、静かに言った。「友人は数じゃない。質よ。例えば菅原さんは、水村さんのために予定を調整してここに来た。峯さんだって、きっと裏で支援しているでしょうし……それに……」そこで言葉を切り、話題を変えた。「そうだ、知夏のカスタマイズ機能について。千葉メディカルとして密接な連携を希望している。リハビリセンターの設備更
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第564話

和彦は本革のチェアに深く身を沈めていた。左脚を右膝に重ね、パンツのセンターラインは乱れなく真っ直ぐ伸びている。足首の骨格のラインがシャープに浮かび上がる。細長い指先には火をつけていない葉巻。白く冷たい指の関節が軽く唇に触れ、目はモニターに映る経済ニュースを追っていた。【SRテクノロジー「知夏」オンライン発表が爆発的受注、医療テック銘柄が単日5%上昇】見出しはひときわ目を引く。切れ長の目がわずかに細まり、身を乗り出してマウスを操作する。画面は別のページへ切り替わった。そこにはすでに抑え込まれているゴシップ記事がいくつか並んでいる。【陸川グループ社長、想い人のために企業利益を軽視?緊急会議欠席で提携機会喪失】添えられた写真は、雪の夜の高架道路で黒いマイバッハが白い車の前に割り込んだ瞬間を捉えたものだった。ぼやけた画質でも状況は十分伝わる。和彦の表情は動かない。内線電話を手に取り、広報部に繋いだ。「俺に関するネガティブ記事は、すべて処理済みか」電話の向こうから、広報部長の慎重な声が返ってくる。「ご安心ください。関連情報はすべて削除済みです。主要メディアにも連絡を入れており、追加報道はありません。加えて、新エネルギー分野への投資計画を発表し、世間の関心をそちらへ誘導しました」「分かった」通話を切り、デスク上のライターを手に取る。火が灯り、葉巻の先端が赤く揺らめいた。長いまつげが影を落とす。吸い込むたび、火種がかすかに明滅する。離婚前、自分は美穂が穏やかに「陸川家若夫人」でいてくれればいいと思っていた。だが今になってようやく気づいた。彼女が本当に輝くのは、彼女が心から愛する分野に身を置いているときなのだと。その瞬間。コン、とノックの音が響いた。芽衣は分厚い書類の束を抱えて入ってきて、慎重な様子で口を開いた。「社長、取締役会から連絡がありました。医療テック分野への投資拡大を検討するかどうか、確認したいとのことです。特にSRの知夏プロジェクトに関心が集まっています。医療ロボットは今、明らかな成長領域です。機会を逃すのは惜しい、と」和彦はゆっくりと顔を上げた。端正な眉がわずかに動く。視線の奥に、ごく微細な揺らぎが走った。彼自身、SRへ投資するつもりは前からあった。
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第565話

しばらくして、深樹は低く鼻で笑い、背筋を伸ばして座り直した。白く整った顔に表情らしい変化はない。だが、その瞳の奥には隠しきれない陰険な光が潜んでいる。綿密に仕組んだ計画が、またしても失敗に終わった。本来なら、部下にSRの予約システムに大量の偽注文を入れさせることで、販売データを混乱させるつもりだった。発表会の数字に影を落とし、美穂の成功に小さな傷を残すはずだったのだ。だが、和彦はそれを事前に察知していた。技術部に指示して偽注文を排除させただけでなく、発表会の注目度を逆手に取り、SRの株価まで押し上げてしまった。余計なことを……さらに、自分が手配したネガティブ報道も、陸川グループの広報部にあっさり封じられた。胸の奥に、久しく感じていなかったほどの怒りが込み上げる。ここまで苛立ったのは、自分の本当の出自を知った時以来だった。血の繋がったあの男は、すでに自らの手で葬った。だが、それでも怒りは消えなかった。「使えない連中だ」深樹はもともと感情を表に出さない。演技が必要な時以外、怒りを見せることは滅多にない。煙草を一本取り出し、火をつける。煙の向こうで、視線はさらに冷たく沈んでいく。そのとき、スマートフォンが震えた。明美からのメッセージだった。【深樹、ホテルにもう一か月も滞在してるの。手持ちのお金がもう足りないわ。そっちは進展がありそう?このままだと、いずれ和彦に見つかってしまうわ】画面を斜めに眺め、鼻で笑う。――この女、金がなくなれば、すぐ頼ってくる。口元に煙草をくわえたまま、キーボードを叩く。【計画は一時的に停滞している。陸川和彦は想定以上に慎重だ。もう少し身を隠していろ。新しい手を準備している。次は必ず奴を失脚させ、陸川グループを奪い取る】送信ボタンを押すと、スマートフォンを無造作にデスクへ放り投げた。視線がSRのロゴへ向かう。雪の夜、和彦が自ら運転して美穂を守った光景が脳裏に浮かんだ。冷笑が口元に浮かぶ。和彦の弱点は――美穂だ。知夏の販売を妨害できないなら、直接美穂を狙えばいい。暗号化されたフォルダを開く。そこには、美穂が起業してからの各種資料、知夏開発時の初期設計図まで保存されていた。素早くキーボードを打ち、知夏関連の特許情報を検索していく
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第566話

美穂は胸の奥がふっと温かくなり、少し冷めたご飯を温め直して、ゆっくりと口に運んだ。ちょうどいい温もりが胃にも心にも染み渡り、夜の冷えをやさしく追い払ってくれる。食べ終えるとリビングに戻り、スマートフォンを手に取って、今日の発表会のアーカイブ映像を見返した。最初はただの一つのアイデアに過ぎなかった。そこから数えきれないほどの研究開発を重ね、そして今日、ついに正式にリリースされた。知夏はまるで我が子のように、少しずつ成長し、ようやく多くの人に認められる存在になったのだ。画面をスクロールすると、コメントは知夏を応援する言葉で埋め尽くされていた。美穂は小さく微笑む。――よかった。これまでの努力は、決して無駄じゃなかった。その時、スマートフォンが突然震え、新着メッセージが表示された。差出人の番号には見覚えがある。メッセージを開くと、そこにはただ一行だけ。【知夏は素晴らしい。身の安全に気をつけて】美穂の指先が一瞬止まり、胸にかすかな波紋が広がる。この番号の持ち主が誰なのか、よく分かっていた。雪の夜、背後に静かに横付けされたマイバッハのことを思い出し、すべてを察した。数秒ほど考え込んだ末、返信の文章を打ち込む。だが送信ボタンを押す直前で削除した。何と返せばいいのか、分からなかった。「ありがとう」?それとも、どうして黙って助けたのかと問いただすべきだろうか。美穂はバルコニーに出て、目を伏せながら下の夜景を見下ろした。街灯の光が星のように、真っ暗な通りに点々と瞬いている。心の中で、そっと思う。過去にどれだけ衝突があったとしても、今はもう知夏が動き出した。これから先、やるべきことはまだたくさんある。もっと研究開発に力を注ぎ、知夏でより多くの人を助けたい。和彦のことは……もういい。彼が助けたいなら助ければいいし、そうでなくても構わない。一人でも、この道を進んでいける。美穂が振り向いてリビングへ戻ろうとした瞬間、スマートフォンが激しく震えた。峯からのビデオ通話だった。通話に出ると、まだ何も言わないうちに、画面の向こうの峯が焦った様子で口を開いた。背後には空港の大きなガラス窓が見える。「美穂、港市で重要な情報を突き止めた。――お前の両親は、生きている可能性がある」美
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第567話

盛夏の京市は、突如として降り出した激しい豪雨に包まれていた。大粒の雨が陸川グループ本社のカーテンウォールを激しく叩き、細かな水しぶきを弾きながら、窓外の摩天楼をぼやけたシルエットへとにじませていく。だが最上階の会議室の空気は、外の嵐以上に張り詰めていた。和彦は上座に腰掛け、火もつけていない葉巻を指先に挟みながら、鋭い視線でスクリーンに映し出された四半期決算報告を見据えている。ダークグレーのオーダーメイドスーツに身を包み、厳粛な会議の場にあっても、その佇まいにはどこか倦怠を帯びた高貴な気配が漂っていた。「海外市場の開拓は、進捗が十五パーセント遅れている」彼の声は静かだったが、有無を言わせぬ威圧感を帯びている。「来週までに解決策を提出しろ」下に並ぶ各部門の責任者たちは一斉にうなずき、誰一人として彼の視線を正面から受け止めようとはしなかった。ただ一人、隅の席に座る鳴海だけが、こっそりスマートフォンでメッセージを返信していた。口元には面白がるような笑みが浮かんでいる。――莉々がまた陸川家本家で騒ぎ、和彦に会わせろと執事に食い下がったものの、門前払いされたという連絡が入ったばかりだった。その時、会議室のドアが乱暴に押し開けられた。芽衣が血の気の引いた顔で飛び込んでくる。手にはスマートフォンが握りしめられ、声は震えていた。「社長……大変です!お車が……郊外の幹線道路でブレーキが効かなくなったそうです!しかも……しかも水村さんが車に乗っています!」カラン――和彦の手から万年筆が滑り落ち、磨き上げられた会議テーブルの上を転がっていく。彼は勢いよく立ち上がり、椅子が床を引っかいて耳障りな音を立てた。それまで冷静だった瞳は、一瞬で動揺に塗り替えられる。「……今、何と言った?」和彦は芽衣の腕をつかみ、その指の関節が白くなるほど力がこもる。「どうして美穂が、俺の車に乗っている?」彼の反応に芽衣は思わず息をのんだが、慌てて説明する。「運転手の話では、水村さんはラボへ向かう途中で渋滞に巻き込まれ、社長の指示で別ルートを使って送ることになったそうです……ところが郊外道路に入った途端、ブレーキが効かなくなったと……!」和彦はもう会議どころではなかった。芽衣を押しのけ、足早に会議室を飛び出す。エレベーターを待つ余裕もなく
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第568話

美穂は指先をわずかに動かした。全身が重だるく、とりわけ額には鈍い痛みが断続的に走っていた。「水村さん、お目覚めになりましたか?」ベッド脇で付き添っていた看護師がすぐに身を乗り出し、気遣わしげに声をかけた。「ご気分はいかがですか?痛むところはありませんか?」美穂は軽く首を振る。声はかすれていた。「……大丈夫です。運転手さんは?それと……陸川社長は?」看護師の表情が一瞬曇り、声を落とす。「運転手の方は軽傷で、すでに一般病棟に移られました。ただ、陸川社長は……まだ救急処置室にいらっしゃって、状態はあまり良くありません」美穂の胸が大きく沈む。身を起こそうとしたが、看護師にそっと肩を押さえられた。「水村さん、まだ安静が必要です。ベッドから降りてはいけません」「彼に会いに行きます」美穂の声には迷いがなかった。瞳には隠しきれない不安が宿っている。まさか和彦が、私を救うために、車を使って暴走するベントレーを止めようとするなんて思いもしなかった。いつも冷たい態度を崩さないあの男が、ここまでするなんて。その時、病室のドアが開き、峯が入ってきた。手には保温ポットを持っている。美穂が目を覚ましたのを見ると、ほっとしたように表情を緩めた。「美穂、やっと目が覚めたか。具合はどうだ?」「峯兄さん……和彦は?どうなってるの?」美穂は峯の手をつかみ、焦った様子で尋ねた。峯は小さくため息をつき、ベッドの傍らに腰を下ろす。「まだ処置中だ。医者の話では、脳内出血を起こしていて、かなり危険な状態らしい」少し間を置き、さらに言った。「それと、処置室の前で陸川明美と陸川深樹を見かけたんだが……妙に嬉しそうだった」美穂の胸が冷え込む。これまでのあの親子の数々の策略が頭をよぎった。――今回の事故、本当にただの事故なのだろうか?「峯兄さん、今回の事故の真相を調べて」美穂の瞳が冷たく研ぎ澄まされる。「明美たちの仕業じゃないかと思うの」峯はうなずいた。「すでに人を動かしている。安心しろ。もし本当に奴らの仕業なら、絶対に逃がさない」一方その頃――病院の廊下の奥では、明美と深樹が窓辺に立ち、声を潜めて話していた。明美は高級感のあるワンピースに身を包み、満足げな笑みを浮かべている。「まさか和彦があんなに愚かだったなんてね。美穂なんかのために、自
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第569話

「先生、和彦はいつ目を覚ますのでしょうか?」明美は、いかにも心配しているかのような口調で尋ねた。医師はため息をつく。「まだ何とも言えません。明日には意識を取り戻すかもしれませんし……あるいは、このまま二度と目覚めない可能性もあります」8明美はうなずくと、深樹の腕を引いてその場を離れた。廊下の角まで来たところで、小声で言う。「華子に会いに行きましょう。和彦が昏睡状態だと知らせてあげるの。あの人がどうなるか見ものね」深樹は頷き、明美の後に続いて華子の病室へ向かった。……病室では、華子がベッドに横たわっていた。顔色は紙のように白く、この数日、陸川グループの問題で心労が重なり、容体もさらに悪化していた。明美と深樹の姿を目にした瞬間、華子は深く眉をひそめた。「何をしに来たの?」明美はベッドの傍らまで歩み寄り、作り物めいた笑みを浮かべる。「お義母様、お見舞いに来たの。それから……伝えなければならないことがあって。和彦が……交通事故に遭ったの。今も昏睡状態で、医者によれば……もしかすると、もう目を覚まさないかもしれないと」華子の体が大きく震えた。華子は明美の手をつかみ、焦燥に満ちた声で問いただす。「何ですって?どうして和彦が事故に遭うの?一体何があったの?」明美は深刻そうにため息をつき、悲痛な表情を装う。「詳しい事情は分からないが、ブレーキが故障したそうよ。美穂も同乗していたが、幸い軽傷で済んだとか」美穂の名を聞いた瞬間、華子の目に暗い影が差した。「おばあ様、どうかお気を落とさないでください」深樹が一歩前に出て、もっともらしく慰めの言葉を口にする。「和彦兄さんがこのまま昏睡状態では、陸川グループも立ち行きません。ひとまず僕が社長を代行し、彼が目を覚ました後に改めて判断するというのはいかがでしょうか」華子は冷笑した。深樹の腹の内など、見抜いていないはずがない。「あなたが社長になりたいですって?」軽蔑を含んだ視線を向ける。「その資格があると本気で思っているの?陸川グループは陸川家の事業よ。あなたのような外部の人間が口を挟むことではないわ」深樹の表情が一瞬で険しくなる。「おばあ様、どうして僕が外部の人間なのですか?僕だって陸川家の一員でしょう!」「自分が陸川家の人間かどうかくらい、自分が一番よく分かっているはず
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第570話

しかし明美と深樹は知らなかった。華子は、和彦が事故に遭ったと知った時点で、すでに自らの最期を悟っていたのだ。彼女は臨終の直前、密かに弁護士に連絡を取り、自身が保有する陸川グループ株式の三分の一を美穂へ譲渡する手続きを済ませていた。あの親子を止め、陸川グループを守れる人物は、美穂しかいない――そう確信していたからだ。華子の訃報が届いた時、美穂は病室で窓の外を眺めていた。胸の内には、言葉にできないほど複雑な感情が渦巻いていた。「水村さん、お客様です。弁護士の方だそうです」看護師が静かに病室へ入ってくる。美穂は一瞬驚いたが、すぐに頷いた。「……お通ししてください」弁護士は丁寧に一礼しながら病室へ入り、書類を差し出した。「水村さん、はじめまして。陸川華子様の代理人を務めております。こちらは、彼女が亡くなる直前に作成された株式譲渡契約書です。陸川様が保有する陸川グループ株式の三分の一が、水村さんに譲渡されています」美穂は書類を受け取り、その内容に目を通す。次の瞬間、目元が熱くなった。まさか華子が、自分に株式を託すとは思ってもみなかった。単なる信頼ではなく、重大な使命でもある。「……ありがとうございます」彼女がかすれた声でそう言うと、弁護士は静かに頷いた。「何かご用があれば、いつでもご連絡ください」それだけ告げて、病室を後にした。美穂は株式譲渡契約書を見つめながら、胸の内で固く決意する。必ず陸川グループを守る。あの親子の思い通りにはさせない。数日後――体調が回復した美穂は、退院するとすぐ、真っ先に和彦の書斎へ向かった。陸川グループに関する重要な書類、あるいはあの親子の陰謀の証拠が残されていないかを確かめるためだ。書斎は広く、装飾は簡素ながら格調高い。書棚には多くの書籍が整然と並び、デスクの上には書類と万年筆が几帳面に置かれていた。美穂はデスクの前に立ち、引き出しをそっと開けて調べ始める。すると、引き出しの一番奥に、数枚の画用紙が重ねられているのを見つけた。不思議に思って取り出し、広げる。――その瞬間、彼女は息をのんだ。そこに描かれていたのは、すべて自分の姿だった。一枚一枚が驚くほど精巧で、細部まで丁寧に描き込まれている。しかも、すべての絵の右下には日付が記
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