和彦は政夫の言葉に取り合おうともせず、リビングに並ぶ精巧な調度品へと視線を走らせた。氷のように冷えた声で言う。「美羽に用がある」政夫の顔に浮かんでいた笑みがわずかにこわばり、手の中で弄んでいた数珠を回す指の動きが、いっそう速くなる。「美羽か……あの子なら朝から出かけていてね、たぶん夕方まで戻らないだろう。急ぎの用事なら、ひとまず座って待たないか?お茶でも飲みながら――」そう言って使用人に茶の用意をさせようとする。低姿勢ではあるが、その奥には、拒絶を許さぬ年長者としての威圧が滲んでいた。幼い頃から和彦を見てきた身であり、しかも娘とは幼なじみ同士だ。最低限の体面だけは保ちたかったのだ。「結構」和彦はそのまま奥へと歩を進める。革靴が大理石の床を打ち、乾いた音が鋭く響いた。「本人がいないなら、俺は自分で探す」「おい、和彦!」政夫は慌てて前に出て止めようとしたが、翔太が一歩踏み出し、手を伸ばして進路を遮った。政夫は半歩退き、顔から愛想が消える。怒気がにじんだものの、さすがに本気で怒鳴りつけることもできず、声だけを強めた。「和彦、どういうつもりだ?秦家は陸川家ほど強くはないが、だからといって勝手に人を連れて乗り込んでくる筋合いはない!俺はお前を子どもの頃から見てきたんだ。年長者に対して、その態度は何だ?」和彦は足を止め、ゆっくりと振り返った。政夫より頭ひとつ以上背が高い和彦は、視線を落とすだけで強烈な威圧感を放つ。「年長者?本当に自分をそう思うなら、まずは娘のしつけをするべきだろう。敵と結託して、キシンプロジェクトのコアデータを盗み出すような真似を見過ごすのではなく」「何を馬鹿なことを!」政夫の顔色が一瞬で変わり、手の中の数珠が落ちかけた。それでも口調だけは強気を保つ。「美羽はあんなに素直な子だ、そんなことをするはずがない!和彦、言っていいことと悪いことがある。証拠もないのに、あの子の名誉を傷つけるな!」わざと「証拠」という言葉を強調しながらも、胸の内では激しく動揺していた。「証拠?」和彦は翔太から書類の束を受け取ると、指先で端を挟んだまま、無造作にテーブルへ放り出した。紙がばらりと広がり、びっしりと並んだ銀行取引履歴と海外口座の明細が露わになる。赤くマークされた送金記録が、ひときわ目に射るように浮かび上がっていた。「
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