All Chapters of 文音は、もう涼風を待たない: Chapter 11 - Chapter 20

涼生はわざわざ自分が文音のために残したボディガードたちに確認した。彼らは言った。翌日、文音が「死ぬ」と脅して彼らを追い出したと。その時、涼生は時奈のことで手一杯で、彼らと話す機会がなかったという。今、文音はすでに帰っているが、ずっと身を潜めているらしい。多分、彼に知られて怒られるのを恐れているのだろう。だが涼生の心はどうしても落ち着かなかった。助手は涼生のぼんやりした様子を見て、思わず言った。「社長、この月島文音は横暴で悪質な女です。社長が本当に好きなのは時奈さんで、当初彼女に告白したのも時奈さんに近づくためでしたよね。なのに、どうして婚約を変えないんですか……」「黙れ！」涼生は初めて感情を抑えきれず、手元のグラスを投げつけた。助手の怪訝な視線を感じながら、歯を食いしばり、険しい目で怒りを抑え、冷静な声に切り替えた。「俺の決定に、お前が口出しする筋合いはない」そう言うと、半時間後に迫った株主総会も気にせず急いで車を走らせ、郊外へ向かった。監視カメラの映像を確認するためだ。文音は二日前に帰っているはずだから、少なくともその後の動きは分かるはずだった。涼生は全身に怒りと冷たさを纏い、スタッフがすぐに監視映像を用意した。映像を開いた直後、携帯が何度も震え始めた。時奈からの電話だった。涼生は初めて電話を切りたい衝動に駆られたが、我慢して通話ボタンを押した。すぐに時奈の崩れた泣き声が聞こえた。「涼生、私、本当に、生きたくないよ。なぜ文音が私をそんなに憎むのか分からない。彼女は私と同じ泥沼に落ちなかったことを恨んで、私に薬を盛り、権力者の老人のベッドに送り込もうとした。私、死ぬべきだよね？」涼生はそれを聞くと、頭の中で張り詰めていた糸が切れたようだった。猛烈な怒りを抑え、動揺した時奈を慰めながら急いで町に帰った。ちょうど背後でスタッフたちが話しているのが聞こえなかった。「社長、こんなに怒って何しに来たんだ？」「二日前連れてきた女の行き先を調べに来たらしい」「でもおかしいよな。あの日から今日まで、一人も離れてないはずだろ？」涼生が月島家に着くと、時奈は感情的になって手首を切ろうとしていた。涼生はすぐに彼女を止めたが、時奈はまだ死にたい気持ちが強く、飛び降りよ

西園寺家の別荘。文音はここに送られてから結婚式が終わるまで、一度も名義上の夫、噂に聞く暴虐で冷酷な西園寺直輝（さいおんじ なおき）の姿を見ていなかった。賓客で賑わう豪華な宴会場。文音の顔は、笑いで引きつりそうだった。しかし西園寺家の使用人たちはきちんと訓練されており、西園寺家の旦那様に気に入られていない彼女を軽んじることはなかった。結婚式は、新郎が不在であること以外は、ほぼ完璧に進行していた。白いドレスをまとい、賓客の間を歩く文音を見て、客席からは辛辣で嘲る声が漏れた。「以前の九人は、せめて結婚式で西園寺さんと指輪を交換したけど、今度のはもっと愛されてないみたいだな」「賭けようぜ、あいつが西園寺さんの手でいつ死ぬか」「今夜は確実に持たねえだろ、はははは」嘲笑の声は耳障りで不快だった。文音の表情は変わらなかった。それは性格が良いからではなく、心の中に別の計算があったからだ。自分を愛していないのなら、手元の金を交渉の材料にする。少なくとも交渉して、解放される可能性がある。だが突然、嘲笑は悲鳴へと変わった。続いて椅子がひっくり返る音と獣の咆哮が混ざり合った。文音は驚いて顔を上げた。黒い閃光が会場を駆け抜けていった。相手が止まると、初めてはっきり見えた。それは体格が大きく俊敏で、氷のように冷たく血に飢えた視線を持つ黒豹だった。先ほど群衆の中で最も大声で嘲っていた者は、その黒豹の大きな爪に押さえつけられていた。獣から漂う恐ろしい気配に圧倒され、黒豹はまだ攻撃していないのに、その男は恐怖で尿を漏らすほど恥ずかしい思いをしていた。周囲の人々も良い状態ではなかった。逃げたいのに動けず、冷や汗で華やかな服は濡れ、繊細な化粧も乱れていた。もはやさっきまで威張っていた様子はどこにもなかった。不思議なことに、宴会場の使用人たちは非常に冷静だった。おとなしく一方に立ち、文音の指示を待っていた。文音が戸惑っていると、足音が響き、続いて低く魅力的な男性の声が耳に入った。「離してやれ」黒豹はすぐにおとなしく爪を離し、尾を立てながら優雅に文音の方へ歩み寄った。文音は男の声の出所を気にせず、近づく黒豹を見て死の足音を感じ、顔色を真っ青にした。反射的に後ろへ下がると、澄んだ冷た

涼生は時奈の目に、一瞬の動揺が走るのをはっきりと見逃さなかった。その瞬間、彼の胸は失望と嫌悪に満たされた。かつて命がけで自分を救ってくれたあの少女が、どうして今ではこんなにも偽善に満ち、悪意を隠そうともしない女になってしまったのか。かつての優しさや無垢な笑顔は、すべて演じられたものだったのかもしれない。だが、それでも命の恩は返さねばならなかった。疲れたように目を閉じ、彼はもう時奈を見つめるのをやめた。「ないならそれでいい。だがもう一度言うが、結婚式はありえない。もし不満があるなら、月島家に大きな契約を与えてやる。お前も月島さんも、誰にも虐げられずに済むだろう」そう言い残し、涼生は足早に立ち去った。そして急いで文音の居場所を探しに向かった。月島父娘が「文音は時奈の代わりに西園寺家に嫁いだ」と言っても、涼生は信じようとしなかった。文音は「この一生、涼生以外とは結婚しない」と言っていた。あれほど深く彼を愛している彼女が、他の男に嫁ぐはずがない。むしろ今も郊外に閉じ込められ、彼の到来を待っているに違いないと考えた。涼生は郊外に行く前に、勝手に去ったボディガードたちを捕まえ、無理やり連れ戻した。彼は彼らに厳しい叱責を浴びせた。文音を監禁する部屋に近づくにつれ、涼生の胸は高鳴り、期待に震えていた。誤解が解け、傷ついた文音が自分の腕に飛び込んでくる姿が目に浮かぶようだった。彼は文音に心の中で誓った。これからは時奈に多少優しくすることもあろうが、心の奥で一番大切なのは間違いなく文音だと。今ようやく自覚した。ずっと心から愛しているのは、他でもない文音ただ一人なのだと。しかし、苦労して辿り着いた涼生の目に映ったのは、ただ一つの孤独な車椅子だけだった。彼は両手をぎゅっと握りしめ、胸の鼓動が激しく響くのを感じた。震える息を無視して、よろめきながらも部屋を出てし、掠れた声で文音の名を叫んだ。だが返ってきたのは、冷たい静寂だけだった。何度も焦りすぎてよろけ、転びそうになった。一日一夜、周囲を探し回ったが文音は見つからず、涼生は気が狂いそうだった。ようやく技術者が監視カメラを修理すると、はっきりと映像が映し出された。文音は大人しく一群の人間に従い、西園寺家の紋章がついたヘリコプ

涼生は突然、何の前触れもなく態度を一変させた。彼は人を使って時奈に伝えさせた。熟慮の末、やはり時奈に盛大な結婚式を挙げさせるべきだと決めたという。その際には関係者の全ての友人にも知らせるつもりだと。時奈は嬉しさのあまり気が狂いそうだった。涼生の正体を知って以来、彼女は夢にまで彼と結婚する姿を見ていた。まさか、あの頃文音のバカが連れてきたのは、冷泉家の後継者だったとは誰も思わなかった。だから最初、時奈は涼生の好意に冷たく接していた。後に彼の身分を知った時には、涼生はすでに文音と婚約していた。それでも彼の秘めた愛情は感じ取れていた。その感情を利用し、彼女は文音を刑務所に送り込んだ。しかし涼生は責任感が強く、文音を愛していなくても婚約を解除するつもりは一度もなかった。時奈は彼の前でイメージを崩さぬよう、手を出しすぎず慎重に進めていた。ようやくその努力が実を結んだのだった。涼生の計画は、冷泉家の離島で結婚式を挙げることだった。時奈は興奮のあまり、何も持たずに島へ向かった。島に着き、何もない荒れた無人の島を見て、時奈はいきなり不安を感じた。だが深く考えず、隣の冷泉家の執事に期待の眼差しを向けた。「涼生は？結婚式の会場はどうするの？今から建てるの？急がないと間に合わないよ。建築家の友人を何人か知ってるけど、みんな料金は高い。涼生は気にしないよね？」執事は、まだ嫁入りもしていない時奈のあからさまな欲深さを見て、冷ややかに笑い、陰険な口調で言った。「月島の次女様、そんなに急ぐことはありません。あなたが我が家の若様を愛してるなら、数日待つくらい大したことではないでしょう。若様は会社の用事で忙しいですが、後ほどあなたに会いに来るはずです」時奈は「月島の次女様」と呼ばれ、眉をひそめて訂正しようとしたが、涼生のことを思い出してやめた。任務を終えた執事はボディガードたちを連れて船に戻った。時奈は島にひとり残された。執事が船に戻ると、涼生のそばに歩み寄った。涼生は陰鬱な表情で島の方向を見つめ、目には殺意が燃えていた。「済んだか？」執事は深々と頭を下げて答えた。「彼女には数日分の食料を用意しました。飢え死にはしませんが、島に半月もいれば正気を失うでしょう」涼生は手す

涼生の願いは美しかった。しかし、彼は門すらくぐることができなかった。京栄市でスターのようにちやほやされる生活に慣れた涼生は、入口で冷たくあしらう警備員に苛立ちを隠せず、もう一度強く言い放った。「聞こえなかったのか？俺は京栄市の冷泉家の者だ」警備員はうんざりした様子で嘲笑った。「冷泉家？知ってるさ。だがここは西園寺家だ。何百年も続いた大豪門だぞ。西園寺家の前では冷泉家なんて靴を舐める資格もない。たとえ冷泉家の当主が来ても、頭を下げるしかないんだ。お前は何様のつもりだ？」容赦ない嘲りに、涼生は顔色を失った。しかし同時に、西園寺家には傲慢でいる資格があることも認めざるを得なかった。それでも、文音を取り戻す自信だけは揺るがなかった。文音は刑務所に入った過去もあり、評判も悪く、足も不自由だ。そして西園寺家の当主は歪んだ性格で血に飢えている。彼が文音を娶ったのは、ただ苦しめたいだけ。本気で結婚するはずがない。金さえ多く払えば済む話だ。皆ビジネスマンだ。直輝が拒むとは思えなかった。そう確信すると、涼生は落ち着きを取り戻し、言った。「俺が中に入る資格がないなら、せめて西園寺さんか文音に会わせてくれ」言い終わるか否か、涼生の顔に平手打ちが飛んだ。「文音だと？あれは我々の奥様だ。お前が直接呼ぶなど無礼千万だ」涼生は左頬に舌を当て悔しがったが、拳を握りしめるしかなかった。その時、警備員が電話を受け、涼生を見て言った。「仕方ない。旦那様が会うと言った。入れ」涼生は文音を思い、細かいことは気にせず険しい顔で急いで中へ入った。案内役の使用人に緑に囲まれたガラス張りの部屋に案内され、言葉もなく去っていった。涼生が問いただそうとした瞬間、背後から獣の唸り声が響いた。振り返ると、緑色の血走った目を光らせた黒豹がゆっくりと近づいてきた。その瞬間、涼生は全身の血が逆流するような感覚に襲われた。恐怖と生存本能が走り出そうとしたが、黒豹には到底敵わなかった。黒豹は吠え、飛びかかって涼生を倒した。鋭い爪が彼の顔に引っかき傷をつけた。かつて爽やかで端正だった涼生は、今や豹と格闘する醜態をさらしていた。黒豹は抵抗する涼生に激怒し、眼光はさらに鋭くなった。そのまま彼のふくらはぎ