大智と瀬尾は、大学病院近くの本多の森ホールにいた。1,700人収容のホールでは、大学病院関係者や外科、脊髄外科、整形外科の医師、看護師が集う医学発表会が開催されていた。会場は薄暗く、空調の微かな唸りが響く。ホールの天井は高く、シャンデリアの光が控えめに反射し、聴衆の顔をぼんやりと照らしていた。座席はほぼ埋まり、時折、資料をめくる音や咳払いが聞こえる。スーツや白衣姿の医師たちは、互いに小声で挨拶を交わし、名刺を差し出したりしていた。「いいのか、お前の兄貴、復帰できなくなるかもしれないぞ」と、瀬尾が低く呟いた。彼は大智の隣の席に座り、肘掛けに腕を預けていた。カジュアルな革ジャケットが、会場内のフォーマルな雰囲気にそぐわない。「懲戒解雇でもなんでもくらえばいい」と、大智は淡々と返す。声に感情はなく、まるで他人事だ。「その後どうするんだ。よ?」 「どっかの島の診療所で頑張ればいいんじゃね?」 大智は肩をすくめ、口元に皮肉な笑みを浮かべた。「島か。若い女性看護師がいたらアウトだな」と、瀬尾がニヤリと笑う。「最悪だな」 大智は苦笑し、視線を壇上に戻した。大智は長い前髪を切り、緩いパーマをかけ、コンタクトレンズを装着していた。普段の無造作な髪や眼鏡を捨て、徹底的に兄・仙石吉高の姿に近づけたのだ。薄暗い会場では、どこから見ても仙石吉高医師そのものだった。大智は乳腺外科医として研究成果を発表する予定だった。「乳腺外科 仙石吉高医師」と記されたプログラムが、聴衆の手元で静かに開かれていた。大智の順番が回ってきた。司会者の声が響き、「次に、乳腺外科の仙石吉高医師より、乳腺温存療法についてのご発表です」と紹介される。会場に一瞬の静寂が落ちる。大智は立ち上がり、ネクタイを締め直す吉高の癖を無意識に繰り返した。何食わぬ顔で壇上に上がり、軽く会釈。ノートパソコンを開き、スライドを投影する準備を整えた。プロジェクターの光がスクリーンに映り、「乳腺温存療法:新たなアプローチ」とタイトルが浮かび上がる。会場は静まり返り、聴衆の視線が大智に集中した。大智の声は落ち着いていた。「本日は、乳腺温存療法の最新のデータと、我々の研究チームが取り組んでいる新たな治療プロトコルについてご紹介いたします」 専門用語が淀みなく流れ、データやグラフがスライドに次々と映し出される。乳がん患者
Terakhir Diperbarui : 2025-08-23 Baca selengkapnya