紗央里は仙石家の玄関を振り返ることなく、小走りで向かいの路地に駆け込んだ。レンタルした軽自動車の鍵を開ける指先が震えていた。ハザードランプが点滅し、振り返るとその扉は閉まりかけていた。冷たい夕暮れの風が頬を刺し、心臓が早鐘のように鳴り響く。彼女は車に飛び込み、エンジンをかけた。バックミラー越しに、仙石家の門をみる。あの家での出来事が頭をよぎるが、アクセルを踏み込むことで記憶を振り払った。一刻も早く、ただ、遠くへ逃げ出したかった。 (気が付いた、付いていない!?) 紗央里は宅配業者のユニフォームに似せたポロシャツを着ていた。まさか、不倫相手の家に押しかけた不審者だと露呈したのではないかと、ヘッドレストの陰から背後を窺ったが、仙石家の玄関扉が開く気配はなかった。冷や汗が背を伝う。彼女の心臓は早鐘のように脈打っていた。
Last Updated : 2025-07-27 Read more