明穂は銀のカトラリーを握ったまま、首を傾げる。「なに、食べちゃ駄目なの」 「腹一杯になる前に胸一杯にさせてやるよ」 「またよく分からない事を言うわね」大智は目を細めて微笑んだ。「そのフォークを握った手を出してみなさい」 明穂は左利きだった。彼女は少し躊躇しながら、左手を差し出した。大智は明穂の手を取り、その緊張で汗ばむ感触を感じた。明穂の心臓は、大智の言葉通り、脈打って跳ね回った。左手の薬指に、冷たい金属が滑り込む。明穂の目頭が熱くなり、唇が嬉しさで震えた。「なに泣いてるんだよ」 「だって」 「約束しただろ、1.5ctカラット俺とお揃いなんだぜ」 「大智の指輪と?」 大智は親指と人差し指で明穂の額を軽く弾いた。「い、痛っ!」 「ばっか、ちげぇよ!弁護士バッジとお揃いだよ!」 「・・・・・向日葵」 「探すの大変だったんだからな、ありがたく思え」 「ありがとう」 「だーかーら泣くなって!みんなが見るだろ!」明穂が指先で触れると、指輪は確かに向日葵の形だった。放射線状のデザインに、中央のダイヤモンドが輝く。大智のプロポーズは、明穂のぼんやりした視界でも、眩く美しく光った。カフェの窓から差し込む木漏れ日が、指輪に反射し、テーブルに小さな光の粒を散らした。「指輪のサイズはいつ測ったの?」 「吉高に聞いた」 「ひっ、酷っ!」 「吉高も同じ事言ってたな」 「デリカシーはないの?容赦無いのね」 「明穂を泣かしたんだ、当然の報いだ。さぁ、食おうぜ」その日食べたオペラ テヴェールは、甘く、そしてほろ苦かった。抹茶の深い風味と、杏子の酸味、キャラメルの甘さが絡み合い、2人の新しい始まりを祝福するようだった。明穂はフォークを口に運び、目を閉じた。味と香りが、彼女の心を満たす。大智はそんな明穂を、静かに見つめた。カフェの外では、子供たちが笑いながら走り回り、蝉の声が響く。店内には、ほのかにジャズが流れ、時折、他の客のスプーンの音が聞こえた。明穂は、指輪の感触を確かめるように、薬指をそっと撫でた。「ねぇ、大智」 「ん?なに?」 「これからも、ずっと一緒だよね」 「当たり前だろ。俺が明穂を置いてくわけねえよ」 明穂は微笑み、ほうじ茶を一口飲んだ。温かい液体が、喉を通り、心を温めた。大智の胸には、過去の記憶がよぎっていた。吉高のス
Last Updated : 2025-08-26 Read more