「ただいま帰りました」 吉高は震える声で言ったが、言葉は空虚に響いた。家の中には人の息遣いが感じられるのに、誰も迎えに出る気配はない。玄関の三和土で革靴を脱ぐと、足裏に冷たい汗が滲む。奥の座敷から、父親の厳しい声が鋭く響いた。「吉高、おかえり」 「あ、ただいま・・・・・」 吉高の声はかすれ、動悸が止まらない。口はカラカラに乾き、脇の下と足裏の汗が不快にまとわりつく。「ちょっとこっちに来なさい」 父親の声に逆らうことなどできず、「はい」と小さく答えた。座敷の襖を開けると、エアコンの冷たい風が首筋を撫で、背筋に寒気が走った。足元には、まるで百人一首のように写真が整然と並べられている。その一枚一枚が、吉高の罪を突きつける刃のようだった。動悸がさらに激しくなり、膝が震えた。「おはようございます」 吉高は力なく挨拶したが、声は弱々しく響いた。「おはよう」 父親の声が低く返ってくる。上座には着物を着た父親が正座で構え、威厳を漂わせていた。左側には母親と弁護士の辰巳が並び、母親は目を伏せ、辰巳は無表情で吉高を見据える。右側には義父、義母、そして明穂が暗い表情で畳に視線を落としていた。明穂の弱視の目が、いつもより一層深い悲しみを湛えているように見えた。座敷の空気が凍りつき、外の蝉の声だけが静寂を切り裂くように響いた。「・・・・・・あ、あの。」 吉高は言葉を探したが、声は震えるばかりだ。「座りなさい」 父親の声に有無を言わさぬ重みがあり、吉高は力なく下座に腰を下ろした。血の気が引く感覚が全身を包み、まるで身体が自分のものではないようだった。「吉高、お前がなぜここに呼ばれたのか分かるな?」 父親の声は低く、怒りを抑えているようだった。「は、はい・・・・・・」 吉高はかろうじて答えたが、喉が締め付けられるようで言葉が続かない。父親は一枚の写真を母親に渡した。母親はそれを凝視し、唇を噛み締める。彼女の手が震え、写真を辰巳に手渡した。辰巳は無言で、まるで儀式のように写真を吉高の前に置いた。それはカルテ保管庫での紗央里との情事の瞬間だった。薄暗い部屋、絡み合う二人の姿。吉高の顔が一瞬で青ざめ、胃が締め付けられた。座敷の空気がさらに重くなり、蝉の声が遠くに感じられた。「その女は誰だ」 父親の声が鋭く響く。「あの・・・・・・」 吉高は言葉に詰まり、
Last Updated : 2025-08-24 Read more