All Chapters of 娘が死んだ後、クズ社長と元カノが結ばれた: Chapter 1161 - Chapter 1170

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第1161話

一対で千万円以上もするダイヤのピアスのせいで、三輪は一日中びくびくしていた。周囲の人や環境にも敏感になり、ピアスをちょっとの間でも見失うと盗まれるのではないかと心配で、たびたび確認してしまう。その様子は明らかに普通ではなく、隣の同僚も気づいたため、仕方なく彼女は落ち着かせるしかなかった。三輪の心は嬉しさと不安で入り混じっていた。退勤間際、同僚がいない隙を見て、バッグの中の仕切りからダイヤのピアスを取り出し、鏡に向かって比べてみた。鏡の中のピアスを見て、三輪は思わず笑い、丁寧にピアスをしまった。会社のビルを出た後、三輪はピアスを取り出し、耳たぶにつけて、化粧鏡で少し調整し、満足そうな表情を浮かべた。退勤後の食事会の約束をしていた友人が車のそばで手を振る。「こっち、早く!」三輪はバッグを背負い小走りで向かう。耳たぶのダイヤがあまりにも目立ち、友人が好奇心から聞いた。「それ、いつ買ったの?めちゃくちゃかわいいんだけど」三輪は手を振って車に乗り込み、答える。「ネット。今日届いたばかりだから」友人は横に座り、耳飾りを見つめる。「本物のダイヤ?いくらで買ったの?」三輪は肩をすくめる。「もちろん偽物だよ。500円、送料無料。私がこんな実用性のないものでお金を使うと思う?」友人は笑った。「それもそっか」二人が予約した店は焼肉店で、街の中心部にある商業施設内、人気が高く、ちょうど退勤ラッシュの時間帯だった。店内のテーブルは満席で、外にも待っている人が多く、二人も外で待つしかなかった。談笑しながらも、三輪は耳たぶのピアスが目立ちすぎるように感じ、誰も見ていないとはいえ、食事の前に外してバッグにしまうことにした。友人が尋ねる。「外すの?せっかく可愛いのに」三輪は丁寧にしまう。「ご飯食べるから、外したほうがいい」友人はその論理は理解できなかったが、とりあえず「へえ」と言った。慎重に動かしたつもりだったが、うっかりしてピアスの片方が床に落ちてしまった。ピアスは床で数回跳ね、彼女の前、半メートルほどの位置に落ちる。座っていたのは店の入口付近で、ここは商業施設内。退勤後で人が溢れかえっていた。三輪の頭の中で警報が鳴り、条件反射で立ち上がる。椅子が床と擦れて鋭い音を立
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第1162話

「ま、松木社長......」瑛司の視線は彼女ではなく、彼女の手に握られたピアスに向けられていた。三輪は思わずピアスを手のひらにぎゅっと握り込む。「松木社長、奇遇ですね」瑛司はゆっくりとまぶたを上げ、細長い黒い瞳で彼女を見る。「綺麗だね」三輪は気弱に笑った。「ありがとうございます」彼女と瑛司は親しい間柄ではない。両社に業務提携もなく、彼女が彼を見かけたのも公の場が数回あるだけだ。特に話すこともなく、彼はすぐ立ち去るものだと思っていた。ところが瑛司は動かず、さらに尋ねた。「そのピアス、どこで買った?」三輪の胸の中で警報が鳴り響く。瑛司はお金持ちだ。このピアスの価値など一目でわかるはずだ。彼女は即座に言った。「ネットで買った安物で......有名ブランドじゃありません」言い終えた瞬間、瑛司がふっと笑うのが見えた。「ネットで?安物?」三輪は力強くうなずく。「ええ。松木社長にはこんな安物、似合いませんよ」瑛司は彼女が握りしめている手元を一瞥し、それ以上は何も言わずに背を向けた。彼の後ろにいた一団も続いて去っていく。二人の関係を知らないのか、その中の何人かは三輪に友好的にうなずいた。三輪も冷静を装ってうなずき、席へ戻る。座るやいなや、友人が彼女の腕をつかんだ。「今の、松木瑛司社長でしょ?めちゃくちゃかっこよかったじゃん!」三輪は顔を伏せ、さっきよりもさらに慎重にピアスをバッグへしまう。「うん、本人だよ。まさかこんなところで会うなんて思わなかった」友人は耳元でささやく。「やばい、本当にかっこいい。めちゃくちゃイケメン!そこらの芸能人より全然上だよ!」三輪は口をへの字にして、何も言わない。友人は続ける。「そういえば私、彼とあんたとこの社長さんのゴシップ知ってるかも」三輪は少し興味を引かれる。「どんな?」友人はさらに声を落とす。「ほかの人から聞いたんだけど、松木社長って、あんたの社長さんを追いかけてるらしいよ」三輪の眉がぴくりと動き、思わず否定した。「まさか」友人は彼女の腕を引く。「私も噂で聞いただけ。本当かどうかは知らないけど」「うちの社長?」「そう」「関水社長が?」「そうよ」三輪は到底信じられず
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第1163話

友人はようやく合点がいったように、何度も頷いた。「なるほど、確かにそうね」三輪は社長の陰口を言うのが好きではない。友人の肩を軽く叩きながら言う。「だからさ、もうそんなこと言わないで」友人は少し考えてから、なおも口にした。「じゃあ、片想いってことか」もしこの瞬間、三輪の口に水が含まれていたら、きっと吹き出していただろう。「何言ってるの。そんなわけないでしょ。さっきも言ったけど、もし松木社長が本当に関水社長を好きだったなら、あの財力と実力で、起業のときに手をこまねいて見ているはずがないって。助けなかったのは、好きじゃなかったからよ。それに、松木社長は結婚も離婚もしていて子どももいるのよ。そんな言い方したら、関水社長が愛人みたいじゃない。もうやめてよね。うちの社長は本当に素敵な女性なんだよ!松木社長なんて釣り合わないくらいにさ。しかも、関水社長には彼氏がいるの。すごくイケメンで、実力もある人。二人はとても仲が良かったんだから!」友人は眉をひそめた。「じゃあ、その噂はデマっていうことか」三輪は顎を少し上げる。「当然よ。本当なわけない」友人ももっともらしく頷いた。だが、言い切ったあとで三輪は少し後ろめたさを覚えた。結局は社長のことを陰で話してしまったのだから。まるで社長が背後からじっと見ているような気がしてならない。唇を引き結び、嫌な想像を振り払おうとした、そのとき。「お二人......」さきほど聞いたばかりの、聞き覚えのある声が背後から響いた。三輪の背中にぞわりと鳥肌が立つ。彼女と友人は慌てて振り向いた。そこには、いつの間にか二人の後ろに立っていた瑛司が、目を伏せたまま静かにこちらを見ていた。二人は目を合わせ、互いの瞳の中に明らかな動揺を見て取る。三輪は即座に立ち上がった。「......松木社長、いつからいらっしゃったんですか?」拳を握りしめながら、内心で舌打ちする。さっき帰ったはずではなかったのか。どうして戻ってきたのか。しかも背後に立っていたなんて、どこまで聞かれたのかわからない。社長の味方であることに迷いはないが、いざ本人を前にすると、どうしても気後れと不安が込み上げる。友人も立ち上がり、二人は腕を組むようにして並ぶ。顔の笑みはど
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第1164話

瑛司の瞳の色がわずかに沈んだ。三輪は軽く咳払いをする。「それで松木社長、何かご用ですか?」瑛司は答えず、手を上げた。三輪が振り向くと、背後にはレディースのスーツをきちんと着こなし、高いポニーテールを結んだ女性が立っていた。手にしていた書類を瑛司へ差し出す。三輪は内心たじろぐ。――この人はどこから現れたの?いつの間に?女性は書類を渡し終えると、彼女の視線に気づいたのか、にこりと笑った。「はじめまして。松木社長の秘書、文元安莉です」松木社長の秘書......三輪は口元を引きつらせながら頷く。「こちらこそ初めまして、私は......」安莉は微笑む。「存じています。関水社長のそばにいらっしゃる三輪夏凛さんですよね」そう言ってから瑛司に向き直る。「松木社長、ご一緒いたしましょうか?」瑛司は淡々と答えた。「いや、もう上がっていい」「かしこまりました」瑛司は先ほどの話題には触れず、きっぱりとその場を去った。三輪と友人は彼の背中を見送り、ようやくほっと息をつく。だが、その安堵も完全に吐き出される前に、安莉が静かに言った。「三輪さん、さきほどのお話、本当ですか?」その一言で、下がりかけていた心臓が再び跳ね上がる。「き、聞いてたんですか?」安莉は淡い笑みを浮かべ、目尻を少し上げる。「ええ。なかなか興味深かったので」三輪は息をのむ。「どこから聞いてました?」安莉は軽く頷く。「かなり前からです。関水社長が松木社長を嫌っている、というところも」三輪の視界が一瞬暗くなる。友人と恐る恐る目を合わせた。彼女はすぐに歩み寄り、安莉の手を握る。「私たち、同じ働く身ですよね。お互い様っていうか......誰だって社長のことを裏で少しくらい話すことはあるでしょう?」安莉は考え込むように頷いた。三輪は畳みかける。「だから、どうかこの件は松木社長には内緒ってことで......もし知られたら私、消されるかもしれません......」安莉はくすりと笑う。「さすがにそこまでは。松木社長は穏やかな方ですよ」三輪は焦って首を振る。「消されるはさすがに言い過ぎですけど......要するに目をつけられるのが怖いんです。あの方なら、私なんて簡単にどうにでもできま
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第1165話

いまの三輪には、もはや噂話を楽しむ余裕などなかった。頭の中ではすでに、瑛司が今後どんな手で自分を締め上げてくるのか、そんな想像ばかりが渦巻いている。安莉は笑いながら彼女の肩を軽く叩いた。「大丈夫ですよ。松木社長はそんなことで根に持ったりしません」三輪は首を振るだけで、何も言わない。それでも安莉は気になっていたことを口にした。「それで......関水社長には今、恋人がいるって本当ですか?」そこまで踏み込んだ話ではない。三輪は特に気負うこともなく答える。「本当です。社内でもけっこう知られています」安莉は眉を上げた。蒼空の恋人がどんな人物なのか、興味が尽きない様子だ。「どんな人なんですか?関水社長のような優秀な方に選んでもらうなんて」三輪は力なく言う。「背が高くて、ハンサムで、お金もある人で、松木社長にだって引けを取りません......って、やっぱりこの話はもうやめましょう」「そうですか。残念ですね」安莉は軽く頷いた。「話してくれて、ありがとうございます」三輪は手をひらひらと振る。安莉は背を向けた途端、笑みを少し引っ込め、三輪に握られた左手を右腕の袖でさっと拭った。小さく唇を尖らせ、足早に立ち去る。彼女が去ると、友人が肘で三輪の肩をつついた。「ねえ、これからどうするんだよ」三輪は両手で顔を強くこすり、ため息混じりに言う。「どうしようもないでしょ。運に任せるしかないよ」ちょうどそのとき、番号が呼ばれた。友人が彼女を引っ張る。「ほら、私たちの番。とりあえずご飯にしよ。悩むのはあと」その夜、蒼空のもとに瑛司からメッセージが届いた。【今日は君の秘書に会った。彼女、あのピアスを持っていた】蒼空は鼻で笑う。【捨てて構わないって言ってなかった?返してほしいなら、秘書に直接言って。私には関係ないから】【そんな意味じゃない。それより聞きたい。ネックレスとブレスレット、どっちが好き?】蒼空は冷えた表情のまま打ち返す。【あなたからのものなら何でも嫌い】これで十分突き放せるはずだった。彼の面目を潰し、退かせるには足りると思った。だがすぐに返信が来る。【じゃあ、別の人に届けさせる。そうすれば嫌じゃないだろう?】蒼空は小さく舌打ちし、スマホを放り
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第1166話

男は背が高く、全身黒ずくめだった。車のヘッドライトはその体だけを照らし、顔までは届かない。顔は闇に沈み、判然としない。どこか異様だった。背筋を伸ばして直立し、表情は見えないのに、蒼空には彼がずっと自分を見つめているとわかった。あまりにも不気味だ。男は何も言わず、ただそこに立っている。蒼空の脳裏に、かつて見た犯罪ドキュメンタリーがよぎる。彼女はそっと車のドアロックをかけた。運転手は車を降り、男の前に立って何かを言う。表情や身振りから、かなり怒っているのがわかる。ようやく男が動いた。頭を少し向け、運転手に何かを返す。その瞬間、運転手の顔色が変わり、思わず手で男を押した。男の体がわずかに揺れる。運転手はすぐさま警戒して一歩後ずさった。運転手が怒鳴る声が聞こえるが、男は反応せず、再び蒼空のほうをじっと見た。運転手は腕を組み、低く罵ってから車に戻る。蒼空は尋ねた。「大丈夫だった?」シートベルトを締めながら運転手が言う。「あの男、関水社長に話があると......」蒼空は眉をひそめる。「その人、名前は?」運転手は正直に首を振る。「わかりません。ただ、降りないほうがいいです。様子が普通じゃないし、何をするかわかりません」後部座席にもたれながら、蒼空は深く眉を寄せた。「そうね」運転手はエンジンをかけ直し、ハンドル中央を強く押す。長く大きなクラクションが夜に響いた。何度も鳴らすが、男は微動だにせず、真っ直ぐ立ち尽くしている。蒼空の胸のざわめきは強まるばかりで、背筋が寒くなる。会食の店は繁華街から外れた場所にあった。普段から人は多くないうえ、今は夜。しかも彼女は主催者で、他の客を見送った最後に出たのだ。この場には彼女と運転手しかいない。蒼空はスマホを取り出し、遥樹に現在地を送った。最近忙しいのか、既読はつかない。【一時間後に私から連絡がなければ、何かあったと思って】それでも返信はない。小春にも同じ内容を送ったが、こちらも反応はなかった。彼女は通話画面を開き、「110」と入力して、そのまま手に握る。クラクションの音が耳に残り、心臓の鼓動がそれに合わせて上下する。男は依然として動かない。運転手は苛立って短く何度も鳴らす。
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第1167話

三人のあいだには、今にも切れそうな一本の糸が張り詰めているかのようで、空気は極度に緊迫していた。相馬の表情も立ち姿も明らかに異様で、まるで映画の悪役のように、今にも手を出しそうな気配を全身から漂わせている。蒼空の頭の中で警鐘がけたたましく鳴り響き、思わず数歩後ずさった。運転手は歯を食いしばり、決然と前へ出て蒼空の前に立ちはだかる。「おい、社長の質問に答えろ!」だが相馬は相変わらず動かず、ただそこに立っているだけだった。蒼空は眉をひそめる。「何も言わないのなら道を開けてください。帰ります」そう言って数秒待ったが、相馬は口を開かなかった。運転手が低く悪態をつく。「聞いてるのか?!」外は刺すような寒風が吹きつけている。いくら待っても相馬が話し出す気配はなく、蒼空はついに背を向けて車へ戻ろうとした。そのとき、相馬が突然口を開く。「どうして瑠々を放してやらない?」蒼空は足を止め、振り返った。相馬の顔色は、先ほどよりもさらに陰鬱に沈んでいる。蒼空は口を開き、冷ややかに言った。「為澤社長、それは誤解でしょう。私が彼女を放さないのではありません。法律です。彼女は法律では許されない過ちを犯したので」――ドンッ!鋭い破裂音が突如響いた。蒼空の目がわずかに揺れる。相馬が拳を振り上げ、車のボンネットを殴りつけたのだ。暗くてはっきりとは見えないが、音からしてそのボンネットはへこんだに違いない。運転手はさらに警戒を強め、数歩下がって再び蒼空の前に立つ。蒼空は落ち着いた声で言った。「その行為は弁償になりますよ」相馬は低く押し殺した声で言う。「どうすれば瑠々を放す気になる?」蒼空は彼の表情を見極めるように見つめ、改めて強調した。「申し上げたはずです。彼女を裁くのは法律です。私じゃありません。不満があるなら裁判所へ行って騒いでください」相馬は冷笑した。「まだとぼけるのか。瑠々がここまで追い込まれたのは、お前のせいだろうが」蒼空は顔をそむけ、襟元を握って風を防ぎながら言う。「話になりませんね。このまま続けても意味ありません。為澤社長、もうお引き取りください」彼女はボンネットに目をやる。光を反射して、はっきりとしたへこみが浮かび上がっていた。「修理費は後日、
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第1168話

蒼空はとっさに息を止め、必死に身をよじった。暗闇の中、何本もの手がどこからともなく伸びてきて、彼女の頭や腕、脚を押さえつける。まるで身動きの余地を一切与えないかのようだった。拘束の中でもがきながら、彼女は必死に周囲へ目を走らせる。しかし相手は巧みに顔を隠しており、見えるのは押さえつける手の感触だけで、顔の輪郭すら捉えられない。右側から運転手の悲鳴が聞こえた。彼女は必死にそちらへ視線を向ける。相馬に足で踏みつけられた運転手の姿が見えた。スマホは1メートルほど先に投げ出され、画面だけが白く光っている。運転手の腕はあり得ない角度にねじ曲げられ、顔を真っ赤にして苦痛の声を上げていた。蒼空はきつく眉を寄せ、腕を振りほどこうとするが、まったく抗う余地がない。――限界が近い。タオルに染み込ませてある液体は、恐らく催眠作用のある薬品だと察していた。ずっと息を止めてはいたが、もがくうちにわずかに吸い込んでしまった。時間が経つほどに、呼吸をこらえることができなくなる。もう、本当に限界だった。思考は次第に霞み、視界も焦点を失っていく。目の前には幾重もの残像が揺らめいた。相馬が運転手から足をどけるのが見えた。運転手はぼろ布のように地面へ投げ出される。相馬はゆっくりと彼女に歩み寄り、血走った暗い瞳で見下ろした。体から力が抜け、まぶたさえ支えきれない。必死に目を開こうとするが、ますますぼやけていく。相馬の声が耳に届いた。「誰にも見られないように気をつけろ」その言葉を最後に、蒼空の意識は完全に引き剥がされ、深い闇へと沈んだ。「気を失いました」相馬の声はかすれている。「連れて行け」男たちは無言でうなずき、物音を立てぬよう蒼空を抱え上げ、小路に停めてあったワゴン車へと運び込んだ。相馬は最後に運転手を一瞥する。運転手はまだ意識があったが、両腕は歪んだ形のまま動かせず、目を血走らせて彼らが人を連れ去るのを見ていることしかできなかった。「社長を放せ!これは犯罪だぞ、分かっているのか!今すぐ通報するぞ!」相馬は手にしていた煙草を地面に投げ捨て、靴で踏み消す。「好きに通報しろ。だが警察に知らせたと分かったら、すぐに彼女を殺す」運転手の瞳孔が大きく開く。相馬の口調は静かだっ
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第1169話

相馬が去ったあと、運転手は地面に横たわったまま、歯を食いしばって痛みに耐えながら、自分の腕を無理やり元の位置へ戻した。ふらつきながら立ち上がり、蒼空が残していったスマホを掴む。蒼空は事前に言っていた――何かあれば、遥樹と小春に連絡するようにと。運転手は顔をゆがめながら車体にもたれ、震える手で蒼空のLINEの固定チャットを開き、遥樹へ電話をかけた。コール音は長く鳴り続けたが、出ない。荒い息をつきながら、もう一度かけ直す。三度目で、ようやく通じた。「蒼空?どうかした?」遥樹の声には笑みが混じり、いつものからかう調子があった。「さっき会議中で出られなくてごめん。俺のことに会いたくなった?」運転手は大きく息を吸い込む。その呼吸音を聞いた瞬間、遥樹の声色が変わった。「......蒼空?」運転手は息を整え、一気にまくしたてた。「時友社長、私は関水社長の運転手です。関水社長がさらわれました。犯人は警察に通報したら殺すと言っています......関水社長からあなたに連絡しろと言われて......それで......」遥樹の声が一変する。重苦しい怒気を帯びた低音だった。「......何だって?」運転手は唾を飲み込む。「関水社長が連れ去られました、ついさっきです。早く来てください」遥樹の声は低く、しかし動揺を隠せない。「今すぐ向かう。場所を送れ」運転手は了承し、念を押した。「時友社長、通報だけは絶対にしないでください。通報したら本当に殺すと言っていますので」遥樹は執務椅子から勢いよく立ち上がった。椅子の脚が床を激しくこすり、大きな音が響く。秘書が振り向き、目にしたのは、まるで閻魔のように冷え切った顔色だった。秘書はぎくりとし、会社に何か大問題でも起きたのかと焦る。「時友社長、どうなさいましたか?」遥樹は答えず、拳を強く机に叩きつけ、低くスマホに言った。「分かっている。今行く」電話を切ると、歯を食いしばり、そのまま足早にオフィスを出ていく。秘書は慌てて追いかける。「これから重要な会議が......一体どちらへ?」遥樹は振り返らず、短く言い捨てた。「延期だ」秘書はその場に取り残され、呆然とする。同僚が様子を見て近づいた。「どうしたんだ?時友
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第1170話

小春はすぐに言った。「為澤相馬の電話番号なら知ってる。私からかけるよ」スマホを取り出し、相馬に発信する。スピーカーに切り替え、遥樹との間に掲げた。小春は唇を噛み、呼吸はやや荒く、顔色は青白い。遥樹の顔色はこれまで見たこともないほど悪く、全身が黒雲に覆われているかのようだった。視線は終始、スマホの画面に釘付けになっている。呼び出し音は鳴り続けるが、応答はない。ツーツーという音が途切れることなく続き、やがて自動的に切れた。小春は、向かいに立つ遥樹の気配が一段と沈んだのをはっきり感じた。眉をひそめ、もう一度かけ直す。しかし、またしても自動的に切断された。小春の顔はさらに白くなり、唇をきつく結び、呼吸も乱れる。そのとき、遥樹は運転手が握っている蒼空のスマホに目を向けた。すぐに歩み寄り、それを手に取る。蒼空のスマホはまだ電源が入っている。以前何度か目にしたことがあり、操作は迷いがない。通話履歴を開き、相馬の番号を探し出して発信した。だが、やはり出ない。遥樹のこめかみがぴくりと引きつり、スマホを強く握り締める。品行方正で、これまで一度も悪態をついたことのない遥樹が、低く歯噛みしながら罵声を漏らすのを、小春ははっきり聞いた。小春も拳を握り締め、胸のざわつきを抑えきれない。遥樹は険しい顔のまま、何度も相馬にかけ続けたが、結果は同じだった。小春が言う。「焦らないで。為澤は久米川の件で私たちを脅すつもりでしょうから、こちらが応じないうちは、蒼空に手は出さないはず」遥樹は目を強く閉じたが、何も答えない。ただ指だけは止まらず、なおも発信を繰り返している。運転手は張り詰めた空気を肌で感じ取り、痛みに耐えながら黙ってしゃがみ込んでいた。小春はふと、その蒼白な顔に気づき、しゃがみ込む。「あんたは大丈夫?」運転手の両腕は力なく地面に垂れ下がり、青ざめた顔で首を振る。「両腕とも骨折です......動きません」「ここはもう大丈夫。先に病院へ行って」小春は立ち上がり、救急へ電話をかけた。30分後、救急車が到着する。小春は医師とともに運転手を乗せ、走り去るのを見送った。振り返り、足踏みをして体にまとわりつく冷気を払うと、蒼空の車の後部座席のドアを開けて乗り込む。
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