All Chapters of 娘が死んだ後、クズ社長と元カノが結ばれた: Chapter 451 - Chapter 460

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第451話

遥樹は一瞬ぽかんとした。「え?」小春はふっと鼻で笑い、玉樹に意味深な目配せをした。「あんたの気持ち、バレバレなんだけど。私でも分かったよ。あんた、蒼空を追ってるんでしょ?」遥樹は眉を寄せ、耳までじわじわ赤くなりながら小声で言った。「......そんなに分かりやすい?」小春はまだ玉樹に目配せを続ける。「分からないほうがどうかしているよ」遥樹はしばらく黙り、ぽつりとつぶやいた。「みんな気付いてるのに......本人だけ気付かないなんて」「誰が?」小春は眉をひそめ、あからさまに苛立ちを見せた。その苛立ちは遥樹ではなく、玉樹に向けられたものだった。この玉樹、本当に単純すぎる。こんなに何度も合図送ってるのに、全然反応しないで、呑気にこっち見てるし。ほんと無垢か。「いや......なんでもないよ」遥樹はそっぽを向き、蒼空が去った方向を見た。小春は歯を食いしばり、玉樹を鋭くにらむ。玉樹は困ったように後頭部をかき、どもりながら言った。「どうした?目が痛いの?」小春は思わず天を仰ぎそうになった。そして勢いよく振り返ると、両手で遥樹の腕を掴んだ。遥樹が驚くより先に、小春は玉樹に向き直ってにらみつけた。「まだ分かんないの?さっき蒼空が何て言ったか聞いてなかった?早くこいつを捕まえて!」小春は本気で呆れていた。警戒する前に捕まえておきたかったから、さっきから何度も合図してたのに。何年も友達やってるんだから理解できると思ったのに、まさかの一本気。全然伝わってなかった。玉樹はぱちぱちと瞬きをした。「え?」遥樹は「ちょっと......!」ようやく意味を理解したらしい玉樹は、慌てて駆け寄った。「あっ、ああ、分かった!」遥樹の目が陰り、さりげなく力を込める。しかし玉樹は力だけは無駄に強く、遥樹をがしっと押さえつけ、腕を背中に回してロックし、真剣に言い放った。「暴れないで」長年、時友先生のオーラに包まれてきたせいで、こんな状況でも警告の声に威圧感はゼロ。無感情な朗読みたいな声だった。遥樹「......」玉樹が抑えてくれているのを見て、小春は満足げに手を離す。「時友先生、ここはおとなしくしときな。蒼空が行くなって言ったなら行かないの。行ったら怒る
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第452話

小春は顎をしゃくった。「じゃあ中に連れてって。会議室に閉じ込めとけばいいでしょ。今は別にあんたの手を借りる仕事もないし、蒼空が戻るまで大人しくしてな」遥樹は意外なほど素直だった。「いいよ。蒼空が機嫌良くなるなら、どれだけ閉じ込められても構わない」小春は鼻を鳴らす。「そんな言葉、信じると思う?玉樹、連れてけ」玉樹は遥樹の顔色をちらっと見て、小さくうなずいた。瑛司が蒼空本人にゲームの著作権交渉を頼んだ日、すでに三輪はその情報を伝えていた。ただ具体的な時間はずっと決まらず、今朝になってようやく瑛司の秘書から時間と場所が送られてきた。蒼空は、約束の場所に着いてから車内で数分じっと座っていた。それからようやく降りる。今になって自分が緊張しているのに気付いた。呼吸はゆっくり、鼓動は早く、掌には汗が滲む。松木家で過ごした日々は、もう遠い遠い昔だ。気付けば、もう五年。この瞬間、蒼空は自分が「近づくほど怖くなる」心境だと認めざるを得なかった。小さく嗤う。店の前ではスーツ姿のスタッフがいつの間にか車の横で待っており、気まずそうな顔。余計な迷惑をかける気はなく、蒼空はすぐに車を降りた。数歩進むと、声がかかった。「関水社長、松木社長がすでに個室でお待ちです」この声は......蒼空は足を止め、振り返る。眉がわずかに動いた。知っている顔だ。この人物は店員などではなく、瑛司の秘書だった。瑛司には秘書チームがあり、この人は常にそばにいた。当時、蒼空に対してかなり冷ややかだった人だ。蒼空は表情を変えず、声だけわずかに冷たくした。「あなたでしたか」一瞥するだけで、すぐ前を向き直る。「案内して」秘書は後ろを歩くので、蒼空には見えない。彼は一瞬呆然と彼女の背中を見送り、それからようやく意識が戻った。――同じ人だが、眉と目の間に漂う気迫と雰囲気は昔とはまったく違う。あの頃の少女の面影はすっかり薄れ、今や彼女はSSテクノロジーの関水社長。インターネット業界の新星、誰もが一目置く存在。秘書は個室の中にいる人物を思い、微かにため息をつくと、急いで歩み寄る。「前の個室です」「分かりました」蒼空は淡々と答える。個室の前に着くと、秘書が歩を早め、扉を押し開
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第453話

かつてはまだ幼さの残る少女だった。だが今の蒼空は、落ち着いた気配とすらりとした体つき、赤いドレスにハイヒール、精緻なメイク。光というものは女性を好むのか、柔らかな暖色が彼女に降り注ぎ、まるで彼女だけに向けられたスポットライトのようだった。眩しく、目を奪われるほどに。蒼空は大人になった。――自分の見えない場所で、ひとりで成長して。ちゃんと、立派に。瑛司は心の中でそう呟いた。光に目が慣れた蒼空は、ゆっくりと視線を上げた。過去の年月をくぐり抜けた瞳は、より成熟し、冷ややかで鋭い。額まわりの空気すら引き締まって見える。陽光が彼の顔を淡く染め、静かで克制された眼差しが蒼空を見つめる。薄い唇はひそかに引き結ばれ、表情に揺らぎはない。蒼空は、ほんの一瞬だけ呼吸を止め、それから息を繋いだ。「松木社長、お久しぶりです」数年経ち、互いはすっかり他人のよう。見た目も、存在も、まるで別人。瑛司はまぶたをわずかに伏せた。声は昔より低く、深く、読み取れない。「どうぞ」蒼空は軽くうなずき、向かいの椅子を引いて座る。バッグを隣の席に置いた。座るとすぐ、瑛司の秘書が茶を注ぎに来た。蒼空は頷き、カップを取って一口。表情は静かで、揺らぎがない。秘書は一瞬動きを止めた。――以前なら、彼が自ら蒼空に茶を出すことなど絶対にあり得なかった。松木社長の命令でもない限り、彼女に頼まれても応じなかっただろう。だが今は違う。立場がはっきりしてしまった以上、誰に言われるまでもなく、彼は蒼空に茶を注ぐべき立場なのだ。昔なら、彼が茶を注げば蒼空は満面の笑みで礼を言い、親しげに呼んでくれただろう。だが今は違った。最初に一瞥されて以降、彼女は一度たりとも彼をまともに見ていない。完全に立場が逆転した。その変化に彼はまだ追いつけず、胸の奥に重たいものが溜まる。だが声に出すことも、顔に出すこともできない。――まさか、かつて瑛司しか見なかったあの少女が、この位置まで来るとは。昔は蒼空が彼を気に入り、気を遣っていた。今は反対だ。彼が蒼空に気を遣う番。この差、この距離。悔しくても、ただ飲み込むしかない。手が宙に止まったまま固まっていると、蒼空がまぶたを少し上げた。「何か?」
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第454話

蒼空の目は曇っていない。当然、瑛司が自分を見ていることに気づいていた。彼女は静かに視線を返す。「松木社長?」瑛司はようやく口を開く。「この数年で......随分変わったな」蒼空は軽く笑みを見せた。「松木社長もかなり変わりましたよ。ああ、それとご子息のご誕生、おめでとうございます。当時はお祝いに伺えず、申し訳ありません」それは欠点のない、まるで本当にビジネスパートナーとしての祝意だけを込めたような笑みだった。瑛司は数秒彼女を見つめ、瞳の色を少し沈ませると、視線を逸らし、手元のメニューを秘書へ渡した。「いくつか注文した。お前も見て、必要なのがあれば」蒼空は受け取り、穏やかに数品を選ぶ。瑛司はその中の一品の名前に反応し、眉がわずかに動いた。「昔は、こういうのは好きじゃなかっただろ」蒼空はメニューを秘書に返し、淡々と言った。「さっき松木社長もおっしゃいましたよね。私はこの数年で色々変わったって。驚くことではありません」瑛司は唇だけで笑った。「確かに」蒼空は今日の目的を忘れない。「松木社長、『黒白ウサギ』の著作権について、ほかにご質問はありますか?」瑛司は逆に問い返した。「そんなに急いでいるのか?」蒼空の笑みが少し薄れる。「松木社長は効率を重んじる方だと思っていました」瑛司は自分の茶をゆっくりと注ぎながら言う。「効率の前に、まず腹を満たさないとな」蒼空の表情から笑みが消える。「そうですね」料理が来るまで時間がある。彼女は余計な世間話をするつもりはなかった。スマホを取り出し、仕事の連絡を数件返信する。置こうとしたその時、遥樹からのメッセージが跳ね上がった。【着いた?】【いつ戻る】【俺めちゃくちゃつらい】【小春たちに会議室閉じ込められた。出られない】【早く戻って助けてよ。じゃないと暴れる】短い間に何通も。蒼空は眉を上げ、すぐに返信。【じっとしてて。来ないで】遥樹は大泣きスタンプを返してくる。蒼空は冷ややかに通知を切り、小春へメッセージ。【まだ時間かかりそう。遥樹見張っておいて。逃がさないように】小春【任せな。玉樹が見てるから大丈夫】――玉樹?蒼空は眉間を寄せる。玉樹の遥樹への盲目的な崇拝も、そして遥
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第455話

瑛司は、目の前で精巧なメイクをしたその顔をじっと見つめ、深く静かなまなざしで、淡々とした声を落とした。「背が伸びたな」蒼空はほんのり微笑み、穏やかな声で返す。「ここに来たとき、まだ十八歳でした。数年経てば、普通に伸びますよ」瑛司の表情がわずかに揺れる。蒼空は、彼の変化を正確に捉えた。――笑った?口元がほんの少し上がったように見えた。視線をそらしながら、蒼空の心は静かに沈んでいく。「それに......太った。前はずっと栄養不足だったっけな」蒼空はぱっと目を上げる。瑛司のまなざしは相変わらず深く静かで、波一つ立たない。まるで何でもない昔話をするかのように、ただ言葉が置かれただけだった。蒼空は唇を引き、無意識にカップを回す。「暮らしが良くなれば、自然と食べる量も増えますから」瑛司は茶を一口飲む。言葉はない。確かに、蒼空には棘があった。かつて松木家では、息を潜めるように過ごし、食事も水も好きに口にできなかった。松木家を出てからも、あれこれ事が起きて、ゆっくり食事を味わう余裕なんてなかった。今の暮らしは摩那ヶ原の頃より大変かもしれないが、心はずっと軽い。だから、自然と食べられるようになった。言葉は静かだが、内側に冷たい棘が潜んでいた。気まずく歪んだ沈黙が個室に広がる。蒼空はそもそも瑛司の前で多くを語る人間ではない。話す気も薄い。だが瑛司の視線がずっと自分に刺さるように注がれている。仕方なく口を開いた。「松木社長、久しぶりの出張ですし、お時間があれば街でも見てみてください。ここ数年、首都の変化はすごいです。もしよろしければ、私の秘書が案内もできます。奥様とお子さんもご一緒するのはどうでしょう」「行かない」以前と変わらぬ短い断言。蒼空の完璧な笑顔が、一瞬だけ固まる。「あのふたりも行かない」「そうですか、ではまた次の機会ですね」そのとき、瑛司がふいに手を上げ、拳を軽く握り、指先で卓をコツンと叩く。「この数年、じいさんはお前をよく話していた」――敬一郎が?胸の奥に冷笑が浮かぶ。滑稽だ。あの敬一郎が自分を?帰ってくるなと願っていたくせに。だが表情は崩さない。完璧なまま、柔らかい声で答える。「そうですか。光栄です。
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第456話

彼との過去は、数えきれないほど複雑で乱雑だった。どんな答えを返しても、場の空気は望まぬ方向へと転がる。蒼空はそれをよくわかっていた。彼女は静かに微笑む。「松木社長、今日はその話と関係ありませんよね。答えないという選択は、ありますか?」瑛司はすぐに追い打ちをかける。「松木の潜在的なパートナーになる会社なら、どんな面でも問題があっては困る。たとえ感情面でも。松木の評判にも影響するからな。それでも、無関係だと言うのか?」蒼空の指先がそっと丸まる。微笑みは崩さず、軽く息を含む声。「問題になるようなことはさせません。絶対に。でもここで何を言っても、松木社長には信じてもらえないでしょうから。正式に提携が決まったら、じっくり調べても構いませんよ」しばらく沈黙。彼はただ頭を垂れ、茶の水面に広がる波紋を見つめていた。蒼空は浅く息を吸った。今の言葉は、目に見えない形で彼の顔を打ったのだ。軽くとも、確かに。本来お願いする立場なのに。黒白ウサギの著作権を手に入れるため、今は彼に逆らう余裕などないはずだ。取り繕おうと口を開く。「いままでお会いする機会はありませんでしたが、松木社が順調だとずっと聞いていました。松木社長は――」「蒼空」突然、彼の声が遮る。黒い瞳が上がる。冷淡な声音。「お前の笑い方、嘘くさくて萎えるって、誰か言わなかったか」蒼空の笑みがゆっくり薄れる。「それは、どういう意味ですか?」瑛司は指一本でカップを押し出し、鋭い目で見据える。「笑いたくないなら笑うな。話したくないなら、無理に話すな」蒼空の目が細くなる。「蒼空、俺は昔から、誰かを無理に縛るのが嫌いだ」蒼空の胸に冷たい嘲りが浮かぶ。顔を冷たく引きしめ、視線を逸らす。「ご心配いただき、ありがとうございます」その後は料理が来るまで、空気が凍ったまま。蒼空は黙り、瑛司も多弁ではない。やがて料理が運ばれ、空間が少しだけ緩む。席についたまま、卓上に並ぶ皿を見て、蒼空の眉がわずかに動いた。自分が注文したものは覚えている。そして、今並んだ数皿は自分が頼んでいない。――瑛司の注文だ。それは、かつて彼女が一番好きだった料理。甘口のものが多い。昔、彼女が甘いものを好んでいた
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第457話

蒼空はスマホを置いた。「すみません、急ぎの用事でした」瑛司は細長い黒い瞳で、じっと彼女を見つめる。「他に急ぎがあるなら、先に片付けてこい。だが、俺の時間は少ない。次がいつになるかは分からない」遥樹のメッセージが脳裏をよぎり、蒼空は小さく咳をした。「失礼しました。私の不手際です」意志を示すように、彼女はスマホを伏せて置いた。ちょうどそのせいで、小春からのメッセージを見逃す。「食べよう」瑛司がそう言い、食事が始まった。蒼空は箸を取り、黙って野菜を口に運ぶ。部屋には、皿と箸の触れ合う音だけが響く。3人で座っていながら、空気は異様に静まり返っている。食は早く済む。蒼空は元から少食、瑛司も同じだ。秘書はまだ腹が満たされていない様子だったが、二人が箸を置くと慌てて食事を止めた。蒼空は咳払いする。「松木社長、もういいでしょうか。黒白ウサギの著作権についてお話しましょうか」「御社の企画書は見た。よく出来ている」瑛司の声は淡々。蒼空は微笑む。拒む理由などないはずだ、と心の中で思う。「では、今回の――」「だが、売らない」言葉が遮られ、彼女の笑みがわずかに落ちる。――大丈夫。交渉で拒否されるのは日常。五年で慣れた。対応は得意だ。「何かご懸念が?共有していただければ、解決できるはずです」瑛司は指を組み、余裕ある姿勢で言う。「あれは瑠々のために買った。俺の私情で売りたくない」蒼空は息を飲む。――その「深い愛情」を褒めろとでも?「まさか。売る気がないなら、今日会いに来ません。条件があるなら仰ってください。検討します」「条件ならある」「どうぞ」「俺と一緒に帰る」意味はわかる。だが文脈として理解が追いつかず、しばし沈黙。蒼空は見つめ返し、ようやく言葉が出た。「どういう意味ですか?」「松木家へ戻る。じいさんが会いたがっている」蒼空は表情を崩さず、しばらく静かにした。「それは、黒白ウサギの著作権と何の関係が?」瑛司は身を少し前に傾ける。「関係はない。だからこれは俺の個人的な条件だ。嫌なら、著作権はない」蒼空の掌が僅かに強ばる。瞳が冷える。「理由を伺っても?私に何をさせたいんです?」「じいさんがお前を恋
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第458話

どう考えても、ただ食事をするためだけの話じゃない。瑛司は敬一郎に育てられた。瑛司が底見えないなら、敬一郎はそれ以上だ。聞いたところによると、瑠々は胎児を安定させるのため松木家に住み続けているらしい。もし自分が戻れば、必ず鉢合わせする。瑠々の性格上、絶対に嫌がらせをしてくるだろう。蒼空は拳を握りしめた。黒白ウサギの著作権は、SSテクノロジーの新作ゲームにとって極めて重要だ。もう逃げたくない。いずれ向き合わなければならない。蒼空は口を開いた。「いつですか」瑛司は言った。「時間はお前が決めていい」瑛司の視線はずっと彼女に向けられていた。深く、沈んだ黒い瞳。蒼空は悟られないようにそっと息を吐き、言った。「分かりました。近いうちに時間を作ります」瑛司は手を離し、背もたれに預けて低く言った。「ああ。待ってる」蒼空は笑った。「では、また後日」瑛司は手を上げ、彼女に先に行くよう示した。蒼空はスマホとバッグを取り、軽く会釈して席を立った。店を出ると、運転手が外で待っていた。車のドアの前で、蒼空は首の後ろを揉み、ゆっくり息を吐く。ドアを開け、目を閉じたまま座り込んだ。車内の様子を見る余裕などなかった。座るなり言った。「会社へ」運転手の声がわずかに震えていた。「は、はい、関水社長」蒼空は息を吐き、バッグを横に投げた。目を閉じたまま、背もたれに頭を預けて数秒。――違和感。彼女はすぐに目を開けた。バッグを横に投げると、普通ならシートに当たる音、ずれた時は床に落ちる音がする。だが今回は何も聞こえなかった。蒼空は横を向いた。そこで、バッグを両手で掴み、顔を隠している男を見た。細長く、血管がうっすら浮く手。明らかに男の手だ。蒼空は眉を寄せ、バッグ越しの人物を見つめた。見覚えのある服装、体格、髪。「遥樹」蒼空は呆れたように眉をひそめ、バッグを引き剥がした。「会議室に閉じ込められてたんじゃなかったの?なんでここにいる」バッグを奪われ、遥樹は両手で顔を隠した。蒼空はバッグで軽く彼の肩を叩いた。「答えなさい」遥樹は指を少し開き、あの深い青の瞳を覗かせ、恐る恐る彼女を見た。「逃げてきた。でもずっと車で待ってたよ
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第459話

蒼空は彼を横目で見た。「まあ、それなら許すけど」「うん!」遥樹は「調子に乗る」の術を熟知しているのか、すぐにぴったりとくっついてきて、両手で蒼空の袖口を「無力で可哀想」みたいにぎゅっと摘み、そっと揺らした。蒼空は無視した。「大人しくして」遥樹はさらに顔を寄せ、前髪を上げ、まだ赤く腫れた頬を見せつけるようにした。「見て。蒼空が叩いた跡、まだ残ってるんだよ。これから気をつけるよ。もう怒らせたりしない。今日は本当に心配だったから、ついて来ただけ」蒼空は冷たく言った。「うそ」遥樹はぱちぱち瞬きをした。「え、何?」蒼空は彼を一瞥し、手を伸ばしてその腫れた頬を掴み、軽くつまんだ。遥樹の瞳が一瞬輝き、すぐに痛みに眉を寄せた。「いたい......優しくしてよ......」蒼空は彼の頬を揺らした。「痛みは分かるのね」遥樹は無垢そうな目で彼女を見つめた。「痛いよ」蒼空は冷笑した。「痛いのに、自分で頬叩くわけ?」遥樹の目が一瞬泳ぎ、無辜を装って瞬いた。「何のこと?」蒼空は鼻で笑った。「そんな痕、二日も残るわけない。昨日の段階でほぼ消えてるはずなのに、むしろ濃くなってる。私がわからないとでも思った?」彼女はさらに力を込めて頬をつねった。「自分で殴ったんでしょ?私に罪悪感持たせたいのね?」遥樹はへらりと笑う。「蒼空は賢いね。でも......」遥樹は真剣な眼差しになった。「罪悪感なんて求めてない。ただ、怒らないでほしかっただけだから。この二日間、全然構ってくれなくて、すっごく寂しかったんだ」蒼空は目を細め、手を離した。「そんなこと二度としないで。見ててうっとうしいから」遥樹はまたじりっと寄ってきた。「でも、心配してくれたんでしょ?」蒼空は冷たく言い放つ。「キモいけど。こういうのやめてくれる?」その瞬間、遥樹の心は粉々に砕け散り、体まで固まった。「ひどいよ......!」蒼空「......」彼女は耐えきれず顔を背け、後頭部だけ向けた。遥樹の心はさらに粉々に砕け、拗ねて元の席へ戻り、腕を組んで、悲愴な目で天井を見つめた。車内の冷風が彼に当たり、遥樹は自分を抱きしめて「悲しむモード」。蒼空はしばらく車窓の景色を眺め、やっと気づく。
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第460話

しばらくして、蒼空のまつげがかすかに動いた。瑛司と秘書がレストランから出てきたのだ。秘書が車を呼び、瑛司は入口に立ったまま待っている。周囲にほとんど人がいないというのに、彼は立っているだけで目を引いた。すらりとした体格、整った顔立ち、隙のない佇まい。蒼空はわずかに眉を動かした。その瞬間、瑛司がふと視線を上げ、こちらを見た。二人の目が、遠く隔たったまま合った。外側からは車内が見えないはずなのに、蒼空は彼が本当に自分を見ている気がして、眉をひそめて視線をそらした。顔をそらした途端、視界の端に何かが迫ってきた。心臓が跳ね、彼女は反射的にシートに寄りかかった。定焦してみると、遥樹が上半身を寄せ、顔がほとんど触れそうな距離で外を睨んでいる。目がぎらぎらして真剣そのもの。「遥樹、何してるの」蒼空はうんざりして押しやろうとしたが、遥樹の体は岩みたいに動かない。眉間に皺が寄る。遥樹は外を凝視したまま、しばらくしてから顔を戻し、真面目そのものの表情で言った。「今の男が、松木?」聞くまでもなく、誰を見ていたのか分かる。蒼空は彼の肩を押しやった。「そうよ。いいから戻りなさい、近いって」遥樹は不機嫌そうな顔で、もう一度瑛司を見やってから、ようやくのろのろと席に戻った。「......あいつ、お前に何かした?」苦々しい顔で、絞り出すように言う。「何もないわ。何考えてるの」遥樹はじっと彼女を見る。「本当に?」蒼空は無表情。「彼が私をどうしたと思ってるの?」遥樹は黙り込んだ。「蒼空......一つ、聞いてもいい?」蒼空はきゅっと瞬きを止めた。「なに?」遥樹は口を開きかけ、ためらうように視線を落とした。「......聞いていいの?」蒼空は舌打ちした。「モタモタしてると降ろすよ」遥樹は唇を噛んだ。「お前と瑛司......前はどういう関係だった?」蒼空はとうに察していた。彼の最近の態度はどう考えてもいつもと違う。瑛司の話が出てから、別人みたいだ。もし他の人間がこんなことを聞いてきたら、彼女はその意図を疑っただろう。だが、それが遥樹なら話は別だ。彼は他の誰とも違う。何年も彼女を助けてくれた。蒼空にとって、遥樹の存在は代えがた
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