All Chapters of 娘が死んだ後、クズ社長と元カノが結ばれた: Chapter 471 - Chapter 480

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第471話

松木家の人間以外で、五歳にしか見えないこの少年がどれほど悪質で、どれほど手に負えないかを知っているのは、蒼空だけだった。彼女の娘の腕に残る、手術しなければ消えない傷痕――それは佑人がつけたものだった。佑人は生まれてからずっと、周囲の溺愛を一身に受けてきた。敬一郎にとって唯一の曾孫であり、瑛司と瑠々の一人息子。敬一郎が底なしに甘やかすだけでなく、彼が誰の息子かを知る者は皆、まるで王子でも扱うように彼を持ち上げた。まさに人の中央に立つ存在、その地位は揺るぎない。そうした環境で育った子どもが、まともな性質になるはずもない。時に、周囲の人間など眼中にないような態度さえ見せる。ただ、瑛司がそばにいるときだけは、大人しく、「いい子」のふりをする。彼は自分が松木家唯一の曾孫だという誇りが強すぎて、他の子どもの存在を許せなかった。蒼空の娘は、生まれる前にすでに松木家から追い出され、生まれてから数年ものあいだ、佑人と会うこともなかった。松木家も瑛司も、彼女の娘が松木家の血を引いているなどと認めたことは一度もなかった。内情を知る者がわずかにいたが、誰も松木家の王子、佑人の耳に入れようとはしなかった。――あの日までは。ある日、佑人は松木家の使用人の話を盗み聞きし、自分が尊敬し、崇拝している父親の瑛司に、自分と同じくらいの年齢の「私生児」がいると知った。その瞬間、彼は大暴れした。松木家の陶器と電化製品をほとんど粉々にし、その話をしていた使用人の頭を、フロアランプで殴りつけ、意識を失わせ、額から血を流させた。誰も彼を止められなかった。敬一郎はこの曾孫を溺愛していて、家具が壊れることも、使用人の怪我も気にも留めず、ただ彼が暴れ尽くすのを見守り、松木家全体が混乱に沈むのを放置した。すべてを壊し尽くした後、佑人は敬一郎の胸の中で泣きじゃくった。そして泣き疲れたところで、敬一郎は蒼空の娘の居場所を彼に告げた。敬一郎は言った。佑人は松木家唯一の曾孫であり、「私生児」など認めるはずがないと。さらに、「もし我慢ならないなら、好きにすればいい。どうせあの子は取るに足らない、存在する価値もないゴミだ」とまで言った。これらのことは、松木家にいながらも見ていられず、良心に従って蒼空にすべてを話してくれた使用人が、細
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第472話

動画の中で、佑人はリビングのソファに座り、まるで汚いものでも見るように足元を見つめ、不機嫌そうに松木家の警備員たちに彼女の娘を押さえつけさせていた。自分はポケットからライターを取り出し、残酷で無邪気な笑みを浮かべながら、その小さな腕に火を近づけていた。咲紀はまだ幼いのに、何人ものがっしりとした男たちに押さえつけられ、身動き一つできず、鋭い泣き声がスピーカー越しに響き渡る。それは蒼空の胸を裂き、視界が真っ赤になりそうなほどの痛みをもたらした。彼女は松木家に乗り込んで抗議した。だが結果は、松木家の警備員に腕をつかまれ、松木家の門前に投げ出されただけ。そして瑛司の冷たい一言――「自業自得だ」。その隣で、瑠々は息子を抱き、笑いながら優雅にその場を去っていった。思い出は潮のように寄せては引き、しかし憎しみは消えるどころか、さらに濃く、さらに鋭く胸の中に積み上がっていく。蒼空の目はどんどん冷たくなり、底に渦巻く憎意は隠しきれなくなっていた。その表情の違いに、遥樹でさえ目を向けるほどだった。「蒼空。蒼空!」彼女がようやく意識を現実に戻すと、佑人が怯えたようにこちらを見つめ、瑠々の腕の中に身を縮めて隠れているのが見えた。蒼空の胸に、冷たい嘲笑が浮かぶ。ゆっくりと視線を上げ、瑛司と瑠々の目を見返す。遥樹がそっと顔を寄せてくる。「蒼空、さっきどうしたんだよ。何度呼んでも返事しなかった」「なんでもないよ」蒼空は低く答えた。瑠々の表情に、作り物めいた驚きが浮かぶ。「蒼空、奇遇ね。あなたも食事?」蒼空は唇の端だけを上げ、瑠々の手入れされた肌と体のラインを冷ややかに眺める。「ええ」その時、声に気付いた小百合が振り向き、目を見開く。「蒼空」蒼空は軽く頷いた。「庄崎先生、お久しぶりです。後でまた改めてご挨拶します」小百合の視線には、どこか感慨が滲んだ。蒼空は視線を戻し、瑠々の腕の中で身を縮める佑人を見つめ、薄く笑って言う。「この子が、久米川さんと松木社長の息子?」子どもの話になると、瑠々は一層自信を纏った。瑛司の隣に寄り、佑人を引き寄せる。「ええ、そうよ。私と瑛司の子。名前は佑人よ」「私と瑛司」という言葉に、はっきりとした強調があった。瑠々は佑人の手を取って優しく
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第473話

蒼空はわずかに目を瞬かせ、遥樹の方へ視線を向けた。遥樹は彼女に向かって眉を上げ、口だけで「任せて」と告げる。蒼空の唇がかすかに上がる。――認めざるを得ない。こうして味方が隣に立ってくれる感覚は、胸の奥まで心地よく染みていく。瑠々の笑みがぴたりと止まった。「この方......まさか蒼空の彼氏?」蒼空が「関係ないでしょ」と言い返そうとしたその瞬間、遥樹がふいに彼女の肩を抱き寄せ、堂々と笑った。「はい、そうです。僕が蒼空ちゃんの彼氏です」――そ、蒼空ちゃん?蒼空の口元がひくりと動く。ただ、彼女は止めなかった。何せ、遥樹が本気で喋り出せば、人を黙らせるくらい造作もないのだ。遥樹は颯爽と笑い、言葉を続けた。「すみませんね、僕、うちの蒼空ちゃんが傷つけられるの、どうしても見てられなくて。少しきつく言っちゃいましたけど、悪気はないです。そちらのお子さんが先に失礼でしたし、彼氏として、慰めくらいはしないと」周囲の目がある中、実際に礼を欠いたのは佑人。瑠々は何も言い返せなかった。瑠々の笑顔は引きつる。「......え、ええ、ごめんなさいね、佑人が悪かったわ」遥樹は爽やかに笑う。「気にしないでください。うちの蒼空ちゃんは器が大きいから、子ども相手に本気になりません」「子どもはそっちだろ!」佑人が怒鳴る。瑠々は深く息を吸い、低い声でたしなめる。「佑人、失礼よ」「彼氏?」これまで口を開かなかった瑛司が、突然言葉を発した。黒い瞳が冷ややかに蒼空を射抜き、圧が無言で落ちてくる。だが、今回は遥樹の出る幕ではない。蒼空は淡く笑う。「ええ、彼氏です。うちの彼氏、なかなかかっこいいと思いません?」「彼氏」の言葉に意図的な力がこもる。視線は何気ないふりをして、相手を正面から射貫く。遥樹は目を輝かせ、さらに肩を抱く腕を強くした。「だろー?格好いいだろ?」彼は朗らかに笑い、余裕の笑みで瑛司を見る。「松木社長、僕のこと、覚えてますよね?この前お会いしましたね」瑛司の目が細くなり、その奥に読めない影が揺れる。蒼空は待つ気などなかった。「では、私たちはこれで」瑠々は安堵の息を吐く。「そうね、私たちも行くわ。おじいさまが待ってるし」蒼空は静かに頷き、
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第474話

蒼空はふっと笑みを浮かべた。「庄崎先生こそ、この数年どう過ごしてたんですか。M国の橋川音楽学園に赴任されたって聞きました」小百合は失笑し、首を振る。「ただの仕事よ、大したことじゃないわ」蒼空は彼女を見つめ、唇の笑みを少し和らげる。「シーサイドの件のあと、ずっと先生のことが心配でした。結果的にキャリアに影響がなくてよかったです。もし先生が私のせいで前に進めなくなってたら......私、顔向けできません」小百合は溜息をつき、どこか安心したように言う。「あの時も言ったでしょ、私が何とかするって。でも蒼空、あの頃は人の話なんて全然聞かなくて、突っ走るばっかり。誰にでも止められない勢いよ。蒼空は私の心配をしていたけど、私だって心臓止まるかと思ったんだから。でも、蒼空はちゃんと抜け出して、今の場所まで来た。結果としては良かったんだから、もうお互い心配し合うのはやめましょう」過去のことを細かく説明する気にはなれず、蒼空はただ微笑む。遥樹が急に笑って口を挟む。「そうですよ、蒼空ってほんと頑固。一度決めたら何言ってもムダです」蒼空は彼をじとっと睨む。遥樹は無邪気にウインクする。小百合は楽しそうに二人を見ていた。「この人が蒼空の彼氏なの?」蒼空は一瞬固まる。さっき遥樹が瑛司の前で勝手に言ったのを、小百合も聞いていたのだろう。ここで小百合に嘘を重ねる必要はない。そう思い、口を開こうとした瞬間、遥樹が先に言う。「はい、時友遥樹といいます、今は蒼空の彼氏です。気軽に『遥樹くん』って呼んでください。よろしくお願いします、庄崎先生」蒼空は眉を寄せる。横を向けば、遥樹が爽やかに笑っていて、耳元に顔を寄せて囁く。「あいつらまだそこにいるよ。バレたら気まずいだろ」蒼空は不機嫌そうに睨みつける。そのまま遥樹は姿勢を正し、妙に真面目な顔で話し始めた。「改めて自己紹介しますね。僕、今年二十五歳で、一人っ子なんです。両親は商売をしていて、僕自身もちゃんと仕事してます――」蒼空は思わず地面に穴を掘りたくなる。「遥樹、何言ってるの」遥樹は横を向き、穏やかな目でしかし断固とした口調で言う。「途中で止めないでくれる?」そして軽く咳払いした。「蒼空と一緒にいる以上、僕は絶対に彼女を悲しませ――
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第475話

蒼空のやり取りに、小百合はくぐもった笑いを漏らしながら言った。「はいはい、年齢で言えば、蒼空はもうすぐ二十四でしょ。そろそろ彼氏がいてもおかしくない頃よ。恥ずかしがることないわ。それに遥樹くん、なかなかいい子じゃない。顔もいいし」遥樹は胸を張ってうなずく。「そうなんですよ。庄崎先生、ぜひ蒼空に言ってあげてくださいよ、僕をちゃんと大事にするようにって。僕、人生で初めて彼女できたんです」小百合は眉を上げる。「初恋?」遥樹は即答する。「そうです。生まれてから、一度も恋愛したことない。蒼空が初めてなんです。そう見えませんか?」「確かに意外ね」小百合は笑みを含んだ目で言う。「蒼空、遥樹くんを大事にしなさい。こんなイケメン彼氏、なかなかいないわよ」遥樹もうんうんと激しく頷く。「そうですよ!」蒼空は項垂れた。「......もう好きにして」料理が運ばれてくると、ようやく落ち着いて食事に集中できた。蒼空と小百合は昔からの知り合いだ。自然と会話は多くなる。遥樹は蒼空の過去を知らないので、ほとんどは黙って聞くだけ。彼女がどんな道を歩いてきたのか耳を傾けていた。ただ、気づけば自分も少しずつ話に加わってしまっている。遥樹はふっと笑い、箸で肉をつまみ、自然な手つきで蒼空の器に入れる。彼女がそれを当然のように口に運ぶのを、じっと眺めた。――彼が黙っているのに気づいて、話題を三人で共有できるようにうまく引いてくれた。置いていかれないように、気を遣ってくれた。遥樹の心の中で小さく呟く。「なんだよ、それ。そんなに優しくされたら、一生好きになるしかなくなるだろ......」気づけば、口元が緩む。蒼空がぴたりと振り向き、眉をひそめる。「なんか、変な笑い方してない?」遥樹は心の中で噛みしめる。「......期待した俺が馬鹿だった。このロマン分からないやつめ」ついには表情が迷子になり、ただ無言で蒼空を見つめ返す。その目に込められた恨めしさに、蒼空は居心地悪くなり、そっと視線をそらした。少食の蒼空は、しばらく食べると箸を置き、二人に一言断ってから洗手間へ向かった。トイレの個室を出た蒼空は、洗面台で静かに手を洗う。「蒼空」聞き覚えのある声。瑠々だ。蒼空は顔を上
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第476話

瑠々の笑みがわずかに固まる。すぐに取り繕った。「どうしてそうなるのかしら。私はただ、蒼空に私と瑛司の関係をきちんと理解してほしいだけよ。忘れて踏み越えるようなことがあると、私たちも困るもの」蒼空は眉を上げる。「つまり私は、若い男を放っておいて、既婚者にまとわりつく女だって言いたいですか?」皮肉を含んだ声。続けて、淡く笑う。「もし松木奥様がそう思うなら、ほんとに考えすぎですよ。私、純粋な男の子のほうが好きなんです」瑠々の顔色はほとんど沈むが、名門の気品を保ったまま。「そうであることを願うわ。そういえば今日は私と瑛司の結婚五周年記念日なの。時間があれば、ぜひ来てちょうだい。松木家の人たちも蒼空に会いたがってるのよ」蒼空はさらりと笑う。「分かりました。必ず伺います」颯爽と身を翻し、洗面所を出ていく。さっきの口撃戦が尾を引いて、蒼空の胸中にはまだ不快感が燻っていた。数歩進む。「蒼空」――無言の嘆息。瑠々の次は、瑛司。振り返り、壁にもたれる男に笑みを向ける。「松木社長、何か?」瑛司は姿勢を正し、照明に照らされた黒い瞳が鋭く光る。「彼氏か」蒼空は薄く笑う。「どうしたんです?松木社長、私の彼氏に興味?」瑛司は低い声で答える。「前にも言ったはずだ。パートナーのあらゆる部分、感情面も――」蒼空はかぶせる。「松木社長の意図は分かってます。ご心配なく。感情面は問題になりません」「証明は?言葉だけでは信用できない」蒼空の目がすっと陰る。――これはわざとだ。彼は最初から難癖をつけるつもり。普通こんなに相手の恋愛に干渉する会社がある?ない。蒼空が口を開く。「私は――」「ご安心を、松木社長」背後から声。肩をぐっと抱かれ、温かな胸元に引き寄せられる。驚き、顔を上げると遥樹の微笑み。すぐに意図を悟り、阻まずに身を委ねる。伏せた視線のまま、彼の声を聞く。「松木社長、ご存じないでしょうけど、僕と蒼空はもう五年一緒にいます。ずっと仲良しで、問題なんて一度もないんです」遥樹は穏やかに笑う。「蒼空は僕の初恋ですから。そりゃ大事にしますよ。僕と彼女の間に何かあるなんて、ありえないでしょう?」心こもりすぎで、まるで本当の恋だ。蒼空の胸の奥が
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第477話

蒼空はその言葉にくすっと笑った。「さっきずっと黙ってて、そのこと考えてたの?」遥樹の目に、一瞬だけ気まずさがよぎる。彼は少し真剣な顔になって声を潜め、身を寄せる。「数日前に小春が『誰かを連れてけ』って言った時から、変だと思ってた。ほら、早く教えてよ」蒼空は手首を回し、遥樹の手から抜き取る。「言うほどのことじゃないの」遥樹はすぐ眉をひそめる。「俺に知られたくないこと?」蒼空は視線を逸らし、平静に答える。「知られたくないんじゃなくて......遥樹が知る必要がないってだけ。これは私のプライベートだから」そう言って顔を背け、後頭部だけを彼に向けた。背後で遥樹はしばらく黙ったまま動かない。蒼空はさっきの自分の言い方を思い返し、少し強すぎたかもしれないと気づく。遥樹にとっては、面白くない言い方だったろう。言い添えようとした瞬間、彼の声がかぶさる。「でも、俺は知りたい」蒼空は振り返り、彼を見る。「もし私が松木家で幸せだったなら、一人で惨めに首都に来たりしないよ。他は......まだ離したくない」突然、遥樹は両手で彼女の肩をつかみ、軽く握りしめた。「わかった」真夏の暑さの中、蒼空はオフショルダーのタイトニットにフレアデニム。髪はすっきり後ろにまとめ、柔らかく巻いた毛先が揺れる。凛としていて、軽やか。白く滑らかな肩と首筋が露わになり、遥樹の掌がそこにぴたりと触れている。温かく、広く、包み込むような手。蒼空は一瞬だけ息を止めた。すぐに我に返り、舌打ち。「何を分かったっての。ほら、さっさとプレゼント選ぶよ」――プレゼントを選んだ後、蒼空は遥樹を連れて、高校時代の風見先生に会いに行く。二人とも懐かしさを隠せず、時の流れと変化をしみじみ語り合い、二時間ほどで別れた。その後は、瑛司と瑠々の結婚五周年記念パーティー。蒼空はシンプルなタイトドレスに着替え、淡いメイクで髪をまとめ、過度な装いはなし。――本人はそう思っていたが。遥樹の目に浮かんだのは、わかりやすい驚きと称賛。「いいじゃん蒼空。やっとオシャレする気になった?」蒼空はぺしっと彼を叩いた。「うるさい。行くよ」遥樹は笑いながら身を引いたが、わざと少し近づいて、叩ける距離を保つ。蒼空は
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第478話

遥樹の頭だった。距離が、少し近い。蒼空は身を引き、「何するの?」と問う。遥樹の瞳は昼間は濃い茶色だが、夜になると底にかすかな青みが浮かぶ。遥樹はふいに笑みを浮かべた。蒼空の視線が止まる。この五年、変わったのは自分だけじゃない。遥樹もだ。五年前より、遥樹の顔立ちはさらに立体的で鮮烈になった。迫力が増し、見惚れるほどだ。その身長と体格、そしてこの容姿なら、世界トップクラスのモデルにだってなれるだろう。モデルとして成功するだけじゃない。きっと山ほどの裕福な女性たちが彼を囲いたがる。蒼空はふと悪い想像をする。もし遥樹が本当にモデルなら――自分にも彼を囲うだけの余裕はある。もし遥樹がパトロンを探すなら、他の誰にも譲らない。そのときは、彼に何をさせてもいいのだ。「蒼空、何考えてんの?」蒼空はハッとし、しばらく遥樹の目を見つめたまま固まる。さっきまで妄想していた相手が目の前にいる。少し居心地が悪い。しかも遥樹は真剣な目と声。冗談の気配は薄い。「別に......ていうか、そんな近づいてどうするの?」遥樹はじっと見つめ、ようやく口を開く。「さっき、なんかろくでもないこと考えてたろ?」蒼空は無表情。「気のせいよ」遥樹がさらに近づき、視線を絡める。蒼空は喉を鳴らし、もう一度そっと後ろへ。図星を刺されたような気分だ。さっきまで頭の中で遥樹を弄んで、挙句「囲う」妄想までしていた自分。遥樹は昔から鋭い。バレていないことを祈るしかない。遥樹はまた笑い、低く囁く。「まあいい。今日はこのくらいにしとく」そして肩を軽く叩く。「着いたぞ。降りよう」言われて気づく。車はすでに松木家の前に停まっている。前方には十数台の車がずらり。松木家の庭には灯りがともり、温かな光が地面を照らしている。男女がグラスを手に、談笑し、穏やかな雰囲気が漂う。蒼空は車を降りた。癖で、周囲の空気が変わると視線がそちらへ向く。そのため、庭にいた男女も、蒼空と遥樹が降りた瞬間に一斉に視線を向けた。「誰だ?」「中村社長に見えるけど......」「いや、違うな」外は暗く、二人の顔までは見えない。ただ、長身の男と、彼の腕に手を添えた女。女
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第479話

淡いブルーのボディラインをなぞるドレスを身にまとい、手のひらに収まるほどの細い腰がくっきりと浮かび上がっていた。スリットが高く入った裾が揺れるたび、すらりと伸びた白い脚がちらりと覗き、なんとも言えない艶がこぼれる。小さく整った顔に薄化粧。小さな顔に大きなパーツ、赤い唇がふっと上がり、潤んだ目元は艶やかに揺れる。光を受けて笑うたび、眩しいほど華やかで、でも媚びる気配は一切なく、自然と人を惹きつける色香がにじむ。数年前、この庭に出入りしていた者なら、彼女の顔を知らないはずがない。――松木家から追い出された関水蒼空だ!「関水?なんで?あの子、敬一郎様に追い出されたんじゃなかったの?なんで戻ってきてんの?」「まだ来る勇気あるのかよ。もう一回追い出されたいの?」「どっかで聞いた名前だと思ったら......」「ちっ、さっさと警備呼べよ。なんでも中に入れてどうすんだ。あいつ、ここに入る資格ないだろ。敬一郎様が見たらまた怒鳴られるぞ」庭はしんと静まり、その声ばかりがよく響いた。蒼空と遥樹が近づくにつれ、その言葉ははっきり耳に入る。遥樹の顔がほんのりと曇った。ここが居心地悪いのは知っていた。でも、目の前で平然と陰口を叩くとは思っていなかった。今でこれなら、五年前、ただの高校生だった彼女はどんな思いをしたのか。胸の奥がむっと熱くなる。今すぐ一人ずつ引っぱたきたいくらいだ。けれど蒼空は、もう慣れていた。松木家の者たちは誰も彼女を好まない――それは周知の事実。皆、松木家に取り入るために、彼女を貶め、追い詰めるのが正義のように振る舞った。そういう声は、散々聞いてきた。今となっては、怒りも不安も消え、ただ風のように流れていくだけだった。むしろ笑えてくる。何年経っても同じことばかり。成長という言葉を知らないのかと思う。――この人たち、松木家にどれだけ恩を売りたいわけ?近づき、顎を少し上げて笑う。「みなさん、お久しぶりです」視線が交錯し、拒絶と嫌悪がその目ににじむ。誰も返さない。蒼空の声はただ空気に落ちた。けれど彼女は気にせず、その嫌そうな顔を楽しむ。前は胸が痛んだ。でも今、彼らが顔を歪めるのを見ると、妙に気分がいい。自分にまだそんなに影響あるなんて。
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第480話

その言葉が落ちた瞬間、庭は息を止めたように静まり返った。真二の口元に浮かんでいた嘲る弧がそのまま固まり、目がわずかに見開く。ぎこちなく、錆びついた機械みたいに首をゆっくりと回す。「......今、なんて?」張りついた沈黙を、周りの声が割った。「SSテクノロジー?あの首都の?冗談やめろよ、SSテクノロジーだぞ。見間違えただけだろ」「同じ名前ってだけじゃないのか?この関水と、あの関水が同じわけないだろ」ここ五年、SSテクノロジーの名は鳴り響いている。最近爆発的に流行ったショート動画アプリはSSテクノロジーのもので、人気と同時に莫大な資金を集め、企業も創始者の資産も急速に上り詰めた。インターネットの世界で、SSテクノロジーを知らない者はいない。だが、この庭に集まっている連中は別だった。生まれながらに恵まれ、持ち上げられて育った者たち。運転手の娘である蒼空など、最初から下に見ている。蒼空が成り上がるなんて、本気で一度も考えたことがない。彼らにとって、彼女は一生、自分たちの足元にいる存在だ。働く気もなく、遊びと酔いに浸る日々――いわゆる典型的な放蕩御曹司&令嬢たち。蒼空は彼らを知っていた。豪奢な家に生まれながら、仕事を嫌う怠け者ばかり。だから業界ニュースも経済も知らない。摩那ヶ原の動きですら把握していないのだ。首都の情報なんて、なおさら。SSテクノロジーなんて聞いたこともない。ましてやそこで名を上げた蒼空の存在など、想像すらしない。偶然目にしても、同じ名前だと笑い飛ばすだけだった。そのとき、さっきの女が震える声で言った。「やっぱり......前にニュースで名前見たことある気がして......さっきまで思い出せなかったんだけど。今、検索して......本物だよ、この人」「?」「私もずっと同じ名前なだけだと思ってた。でも......写真見た。間違いない......この人だよ」空気が硬直した。真二は顔を強張らせ、女からスマホを奪い取る。画面に食い入るように睨みつける。周りも群がり、首を伸ばす。画面にはニュースの写真。業界会議の壇上で、シンプルなスーツに身を包み、冷静な眼差しで前を見る女性――関水蒼空そのもの。その下に短く記されている。「
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