All Chapters of 娘が死んだ後、クズ社長と元カノが結ばれた: Chapter 931 - Chapter 940

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第931話

蒼空は電気をつけ、文香のベッドサイドに腰を下ろすと、身をかがめて、清潔に整えられた枕の上から文香の髪の毛を探した。実のところ、探すのはとても簡単だった。文香はロングヘアで、髪は彼女が一番気に入っている濃いブラウンに染めている。蒼空は枕の端にあった一本の濃茶色の髪をつまみ、ゆっくりと引き抜いた。しばらく慎重に確認し、毛根がついているのを確かめてから、その髪を透明な袋に入れた。髪をしまい終えると、蒼空はそのまま文香の部屋を抜け出した。終始、文香に気づかれることはなかった。彼女はスーツケースの中からあのダーツを取り出し、カードを使って、先端に固まっていた血液を別の透明袋へと丁寧に移した。二つの袋を重ね、きちんと保管する。蒼空はアシスタントにメッセージを送り、午後に物を取りに来るよう伝えた。スマホを置き、彼女はひそかに息を吐く。文香に何も言わなかったのは、今の時点では、望愛が本当に瑠々なのか確信が持てなかったからだ。もし違っていた場合、ぐらついた希望だけを与えることになる。それを蒼空は望まなかった。望愛が本当に瑠々だったなら、その結果が出た時点で、きちんと文香に伝えればいい。蒼空自身が瑠々を突き止めたい理由は、ただ一つ、彼女に法の裁きを受けさせるためだった。もし望愛が本当に瑠々なら、違法行為の責任を負うべきであり、裏に隠れて罪から逃れるべきではない。午後、アシスタントから受け取りの電話がかかってきた。蒼空の熱はすでに完全に下がっており、ゴミ捨てを口実に、彼女は荷物を持って下に降り、アシスタントに手渡した。「結果は、できるだけ早く」もし結果が彼女の予想どおりだった場合、望愛が再び逃げてしまうのではないかと、蒼空は危惧していた。その日、蒼空は会社には行かず、家で仕事を処理していた。その途中、瑛司から体調を気遣うメッセージが一通届いた。蒼空は三文字だけ返した。【大丈夫】瑛司からは、それ以上連絡はなかった。夜、夕食を終えると、文香が彼女の部屋を訪ねてきた。「蒼空、ちょっと話があるの」蒼空はキーボードを数回叩いてから顔を上げた。「どうしたの」文香は彼女の隣に座り、パソコン画面をちらりと見た。そこには数値やグラフが並んでいたが、彼女には理解できなかった。「こんな遅
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第932話

蒼空は、自分が彼女を止められないことを分かっていた。文香は一度、壁にぶつかり、頭から血を流すほどの思いをしなければ、きっと目を覚まさないのだ。文香はなおも懇願する。「お願いよ、蒼空。行かせて」彼女は視線を落とし、少し緊張し、少し悲しげに続けた。「本当なら、あなたは久米川家に生まれるお嬢さんだったのよ。こんなに長い間苦労させてしまって......ずっと久米川家に返してやりたかった。少なくとも、これから仕事の面で助けてくれるかもしれないし。久米川家は名門で、基盤も強い。久米川家に戻れば......」蒼空はその言葉を遮り、淡々と言った。「分かった。行っていいよ」文香の目がぱっと明るくなり、思わず笑顔になる。「本当に?行っていいの?」蒼空は答えず、逆に問いかけた。「どうやって会うつもり?」文香は気分が高揚しており、深く考えもせずに言った。「前と同じよ。門の前で待つの。会えたら話すわ。前は面識がなかったから信じてもらえなかったけど、何度か話せば、きっと信じてくれる」蒼空は即座に否定した。「それはダメ」文香の笑みが固まる。「え?な、なんで?」蒼空の脳裏に、前世の出来事がよぎった。瑠々が犯した数々の過ちを、彼女一人の力で成し遂げられるはずがない。慎介と典子は、間違いなく裏で手を貸していた。相当な曲者だ。もし文香が軽々しく会いに行けば、彼らの怒りを買い、傷つけられるかもしれない。蒼空は言った。「行かせないって言ってるんじゃない。行くなら、ちゃんとした時間と場所を選ぶべきだってこと」文香は首をかしげる。「ちゃんとした時間と場所?私の言ったやり方で十分だと思うけど」蒼空は静かに返した。「また前みたいに待ち伏せしたら、追い出されるかもしれないって考えないの?それに、何度通えば会えるの?時間の無駄よ」文香は言葉に詰まった。「......それも、そうね」蒼空は続ける。「あの二人の態度ははっきりしてる。約束を取りつけるのは難しいし、もうブロックされてる可能性もある。ちゃんと話を聞いてもらえる場じゃないと、途中で追い出されたり、逃げられたりするでしょうね」そう言われて、文香も困り顔になった。「じゃあ、どうしたらいいの?」蒼空は淡々と言った。「私がいいって
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第933話

彼女が時間を引き延ばしていたのは、親子鑑定の結果を待つためだった。もし望愛が瑠々なら、彼女と久米川家との関係は簡単に断ち切れるものではなくなる。だからこそ、早めに備えておきたかったのだ。その夜は、夢を見ることもなく過ぎていった。何年も経った今でも、蒼空は今朝の行動をはっきりと覚えている。朝7時半に起床し、身支度を整えた。朝8時10分、朝食を終え、薬を服用した。朝8時15分、車で会社へ向かい、移動中にいくつかの書類に目を通した。朝8時30分、会社に到着した頃には、まだ大半の社員は出勤していなかった。午前中は短時間の会議を二本こなし、自動運転プロジェクトの入札に関する打ち合わせを行い、企画案の大まかな方向性を決めた。11時30分になって、ようやく秘書からメッセージが届いた。望愛と文香の親子鑑定の結果だった。蒼空は送られてきたファイルを開き、冒頭の長い説明文を飛ばして、最後の結論部分までスクロールした。【親子DNA鑑定の結果......両名の間には親縁関係が認められ、叔母と姪に該当することが確認された......】カタン――蒼空の手からスマホが滑り落ち、デスクの上に落ちた。彼女の手は宙で硬直したまま、視線は虚ろに、オフィスの床に敷かれた濃色のカーペットを見つめていた。しばらくして、蒼空はゆっくりと目を閉じ、椅子の背にもたれ、深く息を吸い込んだ。そして腕を上げ、手の甲で眉と目元を覆った。望愛は、やはり瑠々だった。この事実は、考えてみればわかる。瑠々は死んでいなかったのだ。蒼空の記憶では、瑠々は為澤相馬の娘を救おうとして交通事故に遭い、救急搬送され、重傷のため助からず、ほどなくして葬られた。彼女は、瑠々の遺体すら見ていない。今になって思えば、当時理解できなかった数々の疑問が、次々と浮かび上がってくる。なぜ助けたのが、よりにもよって相馬の娘だったのか。なぜ警察が彼女を逮捕しに向かったその時、ちょうど事故が起きたのか。なぜ瑠々を深く愛していたはずの瑛司が、少しも悲しむ様子を見せず、まるで何事もなかったかのようだったのか。本当に悲しんでいなかったのか。それとも、内情を知っていたのか。蒼空は、すべてを理解した。瑠々は、この不可解な交通事故を利用して仮死状態を装い
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第934話

あの日、彼女は文香を尾行し、瑠々が慎介と典子を見る眼差しを目にしていた。瑠々もまた、自分の両親を恋しく思っているはずだと感じた。チャリティーディナーは、瑠々が慎介と典子に会える、格好の機会でもある。蒼空はチャリティーディナーに出席したことはなかったが、寄付金だけは毎回きちんと納めていた。今回こそは――チャリティーディナーは、明後日の夜に開かれる。彼女は内線電話をかけ、秘書を呼び入れると、その富豪に必ず出席する旨を伝えるよう指示した。退社後、蒼空は雅徳の屋敷を訪れた。雅徳から実の娘を探してほしいと頼まれ、彼女は瑠々に辿り着いたが、その時点では、瑠々が生きているのか死んでいるのかさえ分からなかった。雅徳は体調が芳しくなく、蒼空はこの事実を伝えれば体に負担がかかるのではと懸念し、ひとまず胸にしまい、何も告げていなかった。今回、望愛が瑠々本人であると確信が持てたため、事前に心構えだけでもしてもらおうと考えたのだ。一時間以上車を走らせ、到着した頃にはすでに9時近くになっていた。鈴香はあらかじめ電話を受けており、時間通りに別荘の門を開けていた。「調べがついたの?」蒼空が車を降りた途端、鈴香が問いかけてきた。蒼空が顔を上げて見ると、鈴香の眉間には緊張の色が浮かんでいた。自分が焦りすぎていることに気づいたのか、鈴香は息を吐き、軽く笑った。「ごめんなさい、ちょっと気が急いてしまって」蒼空は首を横に振った。「大丈夫です」二人は並んで別荘の中へ入った。鈴香は声を落として尋ねる。「見つかった?」蒼空は足を止め、二階にある雅徳の部屋の前を見上げた。ちょうど医療スタッフが扉を開けて中へ入っていくところだった。彼女は低く答えた。「ええ」鈴香は、それが喜ぶべきことなのかどうか分からない様子で、さらに問いかけた。「......それで、彼女は今どこに?」蒼空は振り返って彼女を見る。「状況は、あまり良くないかもしれません。鈴香さんも先生も、心の準備をしておいたほうがいいと思います。正直先生が、この話に耐えられるか心配です」鈴香は眉をひそめた。「どういうこと?」蒼空は尋ねた。「久米川瑠々という名前を、聞いたことはありますか?」鈴香が知らないはずがなかった。久米川家
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第935話

蒼空はそれを手に握り、「分かりました」と答えた。鈴香は彼女が親子鑑定の資料を受け取ったのを見て、どうしても疑念が拭えず、続けて尋ねた。「本当に......久米川瑠々なの?」蒼空は言った。「ほぼ確定です。あとは、先生の分の親子鑑定だけです」鈴香は眉に不安を滲ませ、複雑な表情を浮かべた。「どうして、こんなことに......」蒼空は静かに言った。「親子鑑定の結果が出たら、また来ます。その時に詳しいことを話します」鈴香はうなずいた。「分かった。ありがとう、蒼空」前回、瑠々の血液で親子鑑定を行った際、蒼空はあらかじめ一部を残しておいた。彼女はその残りの血液と雅徳の血液を合わせ、アシスタントに頼んで改めて親子鑑定を行わせた。報告書は翌日に出た。親子鑑定報告書の結論欄には、こう記されていた。【......豊永雅徳が久米川瑠々の実の父親であることを確認する......】蒼空はその報告書を鈴香に渡した。鈴香の表情が、ひどく複雑なものになるのは想像に難くなかった。「もっと不幸な暮らしをしていると思っていたけど......久米川家で育ったなら、それなりに恵まれていたのね」だがすぐに眉をひそめる。「でも、おかしいわね。そうだとしたら、もともと久米川家にいた娘は、どこへ行ったの?」蒼空は首を横に振った。「分かりません」彼女は、自分が久米川家の実の娘であることを、他人に知られたくなかった。鈴香は問い詰める。「いったい、どうしてこんなことになったの?」蒼空は話す内容を選び、自分に関わる部分を除き、乙谷優蘭が自分の子どもと久米川家の子どもをすり替えた、という点だけを伝えた。それを聞いた鈴香は、眉を寄せた。「今の久米川家は瑠々が実の娘じゃないって知っている?」蒼空は答えた。「それも、分かりません」鈴香はため息をついた。「それは厄介ね......今、瑠々はどこに?」蒼空はスマホを取り出し、警察署が出した瑠々に関する通報内容を、鈴香に見せた。それは、瑠々と丹羽憲治に関する事件の記録だった。鈴香はそれを読み終え、表情はいっそう複雑になった。「そ、そんなことを......?久米川家で育った娘なのよ、どうして......」立て続けに信じがたい事実を突きつけられ、鈴
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第936話

鈴香は息を吐いた。「厄介な話ね」彼女は蒼空を見つめ、深い眼差しで言った。「本当は、もう答えは出ているんでしょう?」蒼空は一瞬言葉を止め、やがて軽くうなずいた。「先生の実の娘ですし、先生も『埋め合わせをしたい』と言っていました。もし、自分の娘がここまで追い込まれていたと知っても、きっと見捨てたりはしないと思います。むしろ、困難を一緒に乗り越えようとするはずです。私は先生に、必ず見つけると約束しました。だから、私としては、すべてを正直に伝えたい。でも......先生の体調がもうあまり良くなくて、耐えられるのかが本当に心配なんです」この年齢で、しかもこの体だ。大きな衝撃に耐えられないのは、決して珍しいことではない。蒼空は、自分がもたらす知らせが、先生の体にさらに負担をかけてしまうのではないかと案じていた。鈴香は眉間を揉みながら言った。「言いたいことは分かるわ。父の体はどんどん弱っている。実の娘が見つからない、その一点で、かろうじて命をつないでいるようなものだもの。私も蒼空と同じ心配してる」蒼空は黙ってうなずいた。鈴香は目を閉じ、しばらく考えた後、長く息を吐いた。「でも......もう高齢だし、せめて最後に願いを叶えてあげたい。私は......話すべきだと思う。少なくとも、後悔を残したまま逝かせたくない」蒼空は言った。「判断を尊重します」鈴香は微笑み、蒼空の腕を軽く叩いた。「ありがとう。大変だったでしょう。この話は、私からするわ。娘である私が話したほうが、刺激も少ないと思うから」蒼空はうなずき、「分かりました」と答えた。鈴香は尋ねた。「父に、顔を出していく?」蒼空は言った。「そうですね」鈴香は蒼空が持ってきた資料を、テーブルの下にしまい、軽く笑った。「どう話すか、もう少し考えたいの。今夜はさすがに急すぎるから、まだ言わないわ」蒼空は理解を示した。二人は連れ立って二階へ上がり、ドアを開けると、中から機器の作動音が規則正しく聞こえてきた。蒼空は、ベッドに横たわる白髪交じりの老人を見て、一瞬、視線が揺れた。久しぶりに見る雅徳は、さらに老け込んだように見えた。雅徳の体には大小さまざまな管がつながれ、口元には呼吸マスク。痩せ細り、頬はこけ、皺は刻み込まれたよ
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第937話

雅徳は濁った瞳で静かに彼女を見つめ、最後まで話を聞いた。話し終えた途端、雅徳は突然、激しく咳き込み、顔色まで赤くなった。蒼空は驚いて立ち上がった。「先生!?大丈夫ですか?」鈴香も慌てて近寄る。「大丈夫?」雅徳は手を振り、深く息を吸って、ゆっくりと呼吸を整えた。「大丈夫だ。二人とも、座りなさい」蒼空は眉をわずかに寄せながら座り直し、視線をずっと雅徳に向けていた。雅徳は目を閉じ、落ち着いてからゆっくりと目を開き、蒼空を見て、老いながらも重みのある声で言った。「私は、あの子のすべてを受け入れる。あの子、生まれてから一度も私のそばにいなかった。どんな人に出会い、どんな環境で育ったのか、良かったのか悪かったのか、どんな人間に育ったのか、何も分からない。私は父親として、何も知らない。それが、私の責任だ。だから、今のあの子がどんな人間でも、何をしてきたとしても、善いことをしてきたのか、それとも悪いことをしてきたのかも、私はすべて受け入れる。幸せに暮らしているなら、心から祝福する。そしてさらに幸せになれるよう手を差し伸べる。もし不幸で、ろくな環境で育たず、何者にもなれず、平凡な人生を送ってきて、あるいは多くの過ちを犯してきたとしても、それでもあの子は私の娘だ。私は決して責めない。そもそもこれだけ長い間、父親として不在だった私に、批判する資格はないんだ。むしろ、あの子助けたい。父としての過ちを、少しでも償いたい」雅徳の言葉は途切れがちだったが、その意志は揺るぎなく、真剣そのものだった。「両親のそばで育てなかった時点で、あの子はもう十分に苦しんできた。たとえ今、刑務所に入ることになったとしても、あるいはすべてを失うことになったとしても、それはあの子一人の責任じゃない。私の責任でもある。親がそばにいなかったからこそ、過ちを犯した。もし私が幼い頃から教え導いていたなら、間違った道を歩まなかったかもしれない。だから、私はあのこのすべてを受け入れるよ」話すほどに、雅徳の声はますますかすれていった。彼は蒼空を見つめた。「だから、どんな状況であっても、必ず私に教えてほしい。これは、私が向き合うべき現実だ。逃げることなんて、しない」蒼空は、雅徳の濁った瞳を見つめながら、ふと気づいた。その眼差しは、数年前と
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第938話

雅徳は病床に伏しており、やつれた姿で、少しの衝撃にも耐えられそうに見えなかった。その姿を目にして、蒼空の頭の中で組み立てていた計画は、今にも崩れ落ちそうになった。鈴香が口を開く。「父のことがあるから、蒼空が瑠々を告発すべきか迷っているのはわかってる。でも、父は正直な人よ。誰であろうと、たとえ実の娘でも、法の裁きを逃れるなんて許さない。真実を知ったとしても、きっと蒼空が瑠々を司法に委ねることに反対はしないはず。それでも父はきっと彼女を見捨てたりはしない。そばで見守りながら、少しずつ正しい道に戻そうとすると思う」蒼空は黙ったまま、彼女を見つめていた。鈴香は微笑んで続ける。「もし父が、容疑者の罪を隠したり、責任から逃がしたりする人間だったら、それはもう私の知っている父じゃないわ」その言葉に、蒼空は胸の奥でそっと息を吐いた。口元をわずかに緩めて言う。「ありがとうございます、鈴香さん。その言葉を聞けて安心しました」鈴香は彼女を玄関まで見送りながら言った。「もう遅いし、早めに帰りなさい」蒼空は鈴香と別れ、車を運転して自宅へ戻った。文香はまだ起きていた。蒼空は彼女をリビングに呼び出す。この数日、文香はずっと緊張した様子で、言動も慎重になっていた。まるで、少しでも気を抜けば蒼空の機嫌を損ねてしまうのではないかと恐れているかのようだった。このときも、部屋からそっと出てきて、彼女の顔色をうかがいながら、小声で尋ねる。「どうしたの?」蒼空は招待状をテーブルに置いて言った。「明日の夜、チャリティーパーティーがあるの。瑠々の両親も出席する。お母さんも一緒に来て」文香の目がわずかに輝き、招待状を手に取る。「明日の夜?本当に?」蒼空は短く頷いた。文香は招待状を握りしめ、笑顔を浮かべる。「何か大事な話かと思ったら、そのことだったのね。ずっと覚えててくれたんだ。いいわ、行く。時間を見て、彼らと話してみるよ」蒼空は言う。「ただし、条件がある」文香は真剣な表情になる。「なに?連れて行ってくれるなら、何でも聞く」蒼空は静かに告げた。「会場では、必ず私と一緒に行動すること。勝手に一人で瑠々の両親のところへ行かない。話をするなら、必ず私が同席する。いつ行くかも、私が決める。一
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第939話

蒼空は彼女を見つめて言った。「本当に、わかってるの?」文香は唇を結び、どこかおずおずとした視線を向ける。蒼空は冷静な声で続けた。「私が言いたいのは、お母さんの顔を立てて、彼女を告発しないなんて選択はしない、ってこと」文香は一瞬言葉を失い、すぐにその目に悲しみと葛藤の色が浮かんだ。蒼空はなおも淡々と言う。「私は、彼女を告発する」そう言って、文香を見据えた。蒼空の瞳は白と黒がくっきりとしていて、表情自体は静かなのに、見る者には不思議と鋭さを感じさせた。まるで、人の心の奥まで見透かすかのようだった。文香は視線を避け、俯いた。太ももの上の布地を指で強く掴み、呼吸が次第に早くなる。静まり返った部屋の中で、自分の心臓の音だけがやけに大きく響き、手のひらには汗が滲んでいた。頭の中は混乱していた。考えがぐちゃぐちゃに絡まり合い、何一つ整理できない。一方には、姉が遺した唯一の娘で、自分と血のつながった存在。ようやく探し出した、かけがえのない子。もう一方には、自分の手で育て、深い情を注いできた娘がいる。どちらが大切かなんて、選べるはずがなかった。蒼空に協力して望愛の正体を告発することもできない。かといって、瑠々を野放しにして、愛情を注いで育てた娘を傷つけることもできない。文香の眉は、今にも絡まり合いそうなほど深く寄っていた。蒼空はそんな彼女を見つめ、静かに視線を外した。話し始めてから今まで、蒼空はずっと冷静だった。目つきも、言葉も、すべてが落ち着いている。ただ、ときおり眉をひそめる仕草だけが、彼女の内心をわずかに映していた。正直に言えば、文香には迷わず自分の味方になってほしかった。隣に座ったまま黙り込み、葛藤に沈み、本心を口にできずにいる姿など、見たくはなかった。蒼空は失望を覚え、同時にどうしようもない無力感に襲われた。25年ものあいだ、共に暮らしてきたというのに。それでもなお、姉の娘一人、瑠々一人に敵わないのか。20年以上会っていなくても、文香は瑠々を気にかけている。どれほど大きな罪を犯しても、慎介も典子も、彼女を愛し続けている。多くの人が瑠々を愛している。まるで、世界そのものが最初から最後まで、瑠々の味方をしているかのようだった。蒼空はふと
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第940話

文香の顔色は青ざめ、目にはどうしようもない悲しみが滲んでいた。文香は眉を寄せる。「蒼空、瑠々が罪を犯したことはわかってる。罰を受けるべきだってことも。でも......でも、もう一度だけ、彼女にチャンスをあげられない?」蒼空は何も言わず、黙って彼女を見つめていた。その視線に耐えきれず、文香はどこか狼狽した様子で目を逸らす。「わ、私......何を言ってるかしら......」蒼空は立ち上がった。突然の動きに、文香は驚いて顔を上げる。「蒼空?」蒼空は落ち着いた表情のまま言った。「もう被害者のご家族とは連絡を取っている。その方は私と一緒に瑠々を告発することに同意しているし、態度もとても固い。だから、あなたが何を言っても、私と被害者家族が告発するのを止めることはできない。今日は、そのことを伝えに来ただけだから」文香は歯を食いしばり、顔色はすっかり失せていた。蒼空は続ける。「先に部屋へ戻るね」文香は俯いたまま、力なく頷いた。蒼空はさらに言う。「考える時間はあげる。もしチャリティーディナーに行きたいなら、明日教えて。連れて行くから」文香はすぐに顔を上げた。「行く。もちろん行くわ」蒼空は背を向ける。「わかった」――当日。蒼空はドレスを自宅に届けさせ、文香に選ばせた。文香は比較的控えめな黒のドレスを選び、蒼空はさらにスタッフに頼んで、ヘアメイクとスタイリングを整えさせた。チャリティーディナーは、首都にある六つ星ホテルの宴会場で開かれていた。蒼空と文香が到着した頃には、すでに会場には何人かの来客が集まっていた。蒼空が姿を見せると、すぐに数人が寄ってきて声をかけ、軽く挨拶を交わしながら、彼女の隣にいる文香の身分を尋ねた。文香はこうした場に来るのは初めてで、まったく慣れていなかった。緊張でいっぱいになり、何か失礼なことを言ってしまわないか、間違った振る舞いをしてしまわないかと不安で、スカートの裾をぎこちなく掴みながら、硬い笑顔を浮かべる。蒼空は簡潔に紹介した。「私の母です」文香は蒼空の腕にそっと掴まり、ぎこちなく、そして緊張したまま頷く。「は、初めまして」「なるほど、関水社長のお母様でしたか。お会いできて光栄です」蒼空の母親とあって、相手も丁寧に挨拶を
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