All Chapters of 「この誓いは、秘密のままで」と告げた騎士様が、なぜか私を離してくれません: Chapter 11 - Chapter 20

31 Chapters

第11話:レイモンドの過去の片鱗

 地下水路での一件は、アメリアの心に深い傷痕と、それ以上にレイモンドへの確かな想いを刻み込んだ。激しい痛みで腫れあがった足首は、アメリアが侍女としての務めを果たすことを困難にしていた。しかし、その不自由な日々の中で、レイモンドはこれまで以上にアメリアの傍にいてくれた。毎晩、人目を忍んで彼女の部屋を訪れ、慣れない手つきで薬を塗ったり、氷で熱を持った部分を冷やしてくれたりした。彼の指先が触れるたび、アメリアの胸は温かい甘さに満たされる。普段の冷徹な仮面の下に隠された、不器用ながらも深い優しさに触れるたび、アメリアは彼への恋心を募らせるばかりだった。 ある日の夜更け、手当てを終え、いつものように沈黙が二人の間に流れていた。しかし、その夜の沈黙は、普段とはどこか違っていた。重く、そして、何かを予感させるような緊張感が漂っていた。レイモンドは、窓の外の闇を見つめるように虚ろな瞳で、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎ始めた。その声には、深い苦痛と、そして、これまで誰にも明かすことのなかった、重い過去を背負っている者の影が宿っていた。「アメリア……俺が抱える『重大な問題』について、お前に話しておかねばならないことがある」 アメリアは、彼の言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。彼女は、彼がどれほどの重荷を背負い、どれほどの闇を抱えているのか、その深淵を覗き見る覚悟をした。彼の瞳が、この部屋のどこでもない、遠い過去を見つめているようだった。「俺の一族、ヴァルター家は、古くから王家に仕え、国の根幹を支える役割を担ってきた。特に、父は代々受け継がれてきた『古文書』の守護者だった。その古文書には、この国の建国の秘密と、王家の血筋にまつわる、極めて恐るべき情報が記されている」 レイモンドの言葉は、まるで古い物語のようだったが、その背後にある真実の重みに、アメリアは息を呑んだ。古文書とは、単なる書物ではない。この国の運命を左右するほどの、計り知れない力を持つものなのだ。「しかし、その古文書の存在を知った、ある勢力がいた。彼らは、国の秩序を裏から操り、自分たちの都合の良いように変えようと画策していた。父は彼らの目論見を阻止しようとしたが、彼らは巧妙な罠を仕掛けた。父は、国家反逆の濡れ衣を着せられ、無実の罪で監
last updateLast Updated : 2025-08-10
Read more

第12話:初めての小さなデート

 レイモンドが自身の過去と家族の危機をアメリアに明かして以来、二人の間には以前にも増して深い絆が育まれていた。彼は、アメリアの前でだけ、貴族としての仮面を外し、孤独や苦悩を垣間見せるようになった。アメリアもまた、彼の人間的な弱さに触れるたび、ただの協力者としてではない、かけがえのない存在としての彼への想いを募らせていた。足首の怪我も徐々に回復し、アメリアは再び侍女の仕事に戻れるようになっていた。 ある日の午後、レイモンドはアメリアに、新たな任務を告げた。それは、これまでの危険な情報収集とは少し趣の異なるものだった。「アメリア、お前に頼みたいことがある。王都の市井に流れる噂や、貴族たちの間で交わされる些細な情報を集めてきてほしい。だが、決して危険な場所に近づくな。そして、何より、俺の指示に従うことだ」 彼の言葉に、アメリアは僅かに首を傾げた。普段のレイモンドであれば、彼女に単独でそのような任務をさせることはなかったはずだ。必ず危険が伴うと、常に警戒を促していた。しかし、今回は「危険ではない程度の」という言葉が強調されている。「かしこまりました。王都のどこへ向かえばよろしいでしょうか?」 アメリアが尋ねると、レイモンドは一瞬、言葉を選ぶように視線を彷徨わせた。 「……夕刻、王都の目抜き通りにある露店街へ向かえ。そこには情報が集まりやすい。俺も、変装して同行する」 彼の最後の言葉に、アメリアは驚きを隠せない。レイモンドが自ら外に出ることは滅多にない。ましてや、彼女の任務に同行するなど、これまでは考えられなかったことだ。彼の真意を測りかねながらも、アメリアの胸は、言いようのない期待感で高鳴った。まるで、初めての「お出かけ」をする子供のように、頬が熱くなるのを感じた。 夕刻。アメリアは、いつもの侍女服ではなく、地味だが清潔な普段着に着替えて屋敷の裏口からこっそりと抜け出した。人目につかないように、薄暗い路地を選んで進む。目抜き通りに近づくにつれ、人々の賑やかな声や、香ばしい屋台の匂いが漂ってきた。 露店街の入り口で、アメリアは約束の相手を探した。すぐに見慣れない男が、彼女の視界に入った。粗末な外套で身を包み、深くフードを被っているが、
last updateLast Updated : 2025-08-11
Read more

第13話:アメリアの優しさ

 王都の喧騒に紛れての「秘密の外出」は、アメリアの心に温かく、そして切ない思い出を残した。レイモンドから贈られた青いペンダントは、肌身離さず身につけ、その輝きを見るたび、彼の優しい眼差しと、一瞬触れ合った指先の熱が蘇る。しかし、それと同時に、彼が常に抱える重圧と、二人の身分差という見えない壁が、アメリアの胸を締め付けた。 秘密の外出から数日後、レイモンドの様子に、明らかに変化が見られた。彼はこれまで以上に物静かになり、食欲も落ちたようだった。夜遅くまで書斎にこもり、資料を読み込んだり、地図を広げて何事かを思案したりする時間が長くなった。その横顔には、深い疲労の色が刻まれている。任務の重圧、いつ終わるとも知れない隠遁生活のストレス、そして、失われた家族と名誉への焦燥。それら全てが、彼の心と体を蝕んでいるようだった。 ある日のこと、アメリアはレイモンドの部屋の前で、彼のうめき声を聞いた。扉をそっと開けると、彼は書斎の机に突っ伏し、浅い呼吸を繰り返していた。傍らには、読みかけの古文書や、無造作に広げられた地図が散乱している。彼の額からは、嫌な汗が滲み出ていた。「レイモンド様!」 アメリアは、彼の傍に駆け寄り、その額にそっと手を当てた。熱い。彼は、疲労困憊のあまり、熱を出してしまったようだった。アメリアは、すぐに水を汲み、清潔な布で彼の額を拭いた。彼の体は、任務の重圧と、休息が取れないことによる疲労で、悲鳴を上げていたのだ。「…アメリアか…」 レイモンドは、意識が朦朧としている中で、か細い声でアメリアの名を呼んだ。その声は、普段の凛とした彼の声とはかけ離れており、まるで幼子のようだった。アメリアは、彼の弱った姿に、胸が締め付けられるのを感じた。 その日から、アメリアはレイモンドの看病に全力を尽くした。彼女にできることは限られているが、それでも、彼の苦痛を少しでも和らげてあげたいと心から願った。 まず、アメリアは温かい食事を用意した。体力を消耗している彼のために、消化に良いスープや、栄養価の高い煮込み料理を工夫して作った。レイモンドは、最初は食欲がないと拒んだが、アメリアが差し出す温かいスプーンを、やがて素直に受け入れるようになった。アメリアが
last updateLast Updated : 2025-08-12
Read more

第14話:嫉妬の芽生え

 レイモンドが自身の抱える重荷をアメリアに明かし、そして彼女の献身的な看病によって心身の疲労から回復して以来、二人の関係は水面下で確実に変化を遂げていた。レイモンドは、以前よりもアメリアの前で感情を露わにすることが増え、時に見せる素の表情は、アメリアの心を深く揺さぶった。アメリアもまた、彼の苦悩を知ることで、彼への想いを一層深め、彼の存在が日々の生活の中心となりつつあった。しかし、甘く穏やかな時間は、小さな波紋によって、その均衡を崩され始める。 ある日の午後、アメリアは庭の手入れを終え、屋敷の裏手にある物置小屋へと向かっていた。使い古された掃除道具を片付けようと扉を開けたその時、小屋の陰から、庭師見習いの若い男が姿を現した。彼は、アメリアが屋敷に来る以前からここで働いており、アメリアにとっては気さくに話せる数少ない同僚の一人だった。「アメリアさん、こんにちは。今日は天気が良くて、庭仕事もはかどりましたね」 庭師見習いの青年は、屈託のない笑顔でアメリアに話しかけた。彼は、アメリアが少しでも重そうなものを持っていると、すぐに手を貸してくれる優しい性格だった。アメリアも、そんな彼の優しさに、いつも感謝していた。「ええ、本当に。でも、おかげで少し疲れました」 アメリアは、少し屈んで足首をさすった。以前負った怪我は完治したものの、まだ長時間立ちっぱなしだと、たまに鈍い痛みが走ることがあった。「ああ、まだ足首が完治してないんですか?無理はしない方がいいですよ。もし良かったら、道具の片付け、手伝いましょうか?」 青年は、心配そうな顔でアメリアの足元を見た。その優しい気遣いに、アメリアは心が和んだ。「ありがとう。でも、大丈夫。これくらいなら、私一人でできますから」 アメリアは、そう言いながら、彼に負担をかけまいと、少し重い熊手を手に取った。しかし、青年はすぐにアメリアの手から熊手を受け取り、ひょいと持ち上げた。「いえいえ、無理は禁物ですよ。僕がやりますから、アメリアさんは休んでてください」 彼は、にこやかにそう言って、物置小屋の奥へと熊手を運んだ。アメリアは、彼の親切に甘え、感謝の言葉を述べた。二人の間
last updateLast Updated : 2025-08-13
Read more

第15話:身分差の現実

 レイモンドがアメリアに見せた、これまでになく感情的な態度と、抑えきれないような独占欲は、アメリアの心を甘く震わせた。それは、彼が自分に対して抱いている感情が、単なる「協力者」という枠を超えた、特別なものであることを明確に示していた。しかし、その甘い予感は、すぐに冷たい現実の壁に突き当たることになる。 季節は移ろい、王都は初夏の賑わいを見せていた。屋敷の庭では、色とりどりの花々が咲き誇り、鳥たちのさえずりが響き渡る。アメリアは、いつものように庭の手入れをしながら、その穏やかな風景の中に、束の間の安らぎを見出していた。レイモンドとの関係は、彼の回復とともに、より親密なものとなっていた。彼は、以前のように書斎に閉じこもるばかりではなく、時折、庭に出てアメリアの作業を眺めたり、他愛もない会話を交わしたりするようになった。しかし、彼の瞳の奥には、常に深い思索の影が宿り、彼の抱える「重大な問題」が、解決にはほど遠いことを示唆していた。 ある日のこと、アメリアは、洗濯物を干し終え、使用人たちの休憩室へと向かっていた。扉を開けると、そこには数人の侍女たちが集まっており、ひそひそと何かを話し込んでいる。アメリアが入ってきたことに気づくと、一瞬、会話が途切れたが、すぐにまた、興奮したような声が響き始めた。「聞いた?ヴァルター様のところに、また縁談の話が来てるらしいわよ」「ええ、私も小耳に挟んだわ。今度は、もっと格式高いお家のお嬢様なんですって」 アメリアの心臓が、どくりと大きく跳ねた。ヴァルター様、とは、他でもないレイモンドのことだ。彼に縁談の話が持ち上がっている?アメリアは、その場に立ちすくんだまま、耳を澄ませた。「なんでも、北の領地の名門、エドワード侯爵家のご令嬢だとか。才色兼備で、社交界でも評判の女性だそうよ」「まあ、さすがヴァルター様ね。一度は失脚したとはいえ、やはりその血筋は伊流だわ。これで、ヴァルター家も安泰かしらね」 侍女たちの言葉が、アメリアの頭の中で、鈍い音を立てて響く。レイモンドに婚約者候補がいる。しかも、名門侯爵家のご令嬢。才色兼備で、社交界でも評判の女性。それは、アメリアとは何から何まで、あまりにもかけ離れた存在だった。
last updateLast Updated : 2025-08-14
Read more

第16話:レイモンドからの護衛

 レイモンドに持ち上がった縁談話は、アメリアの心に冷たい現実を突きつけた。彼がその話を拒否していると知り、胸の奥にかすかな希望が灯ったものの、身分差という根深い壁は依然として二人の間に立ちはだかっていた。アメリアは、彼への募る想いを胸に秘めながらも、彼の貴族としての責務と使命を理解し、その苦悩を間近で感じるたびに、ただ彼を支えたいと願うばかりだった。 そんな折、レイモンドが抱える「重大な問題」が、いよいよ最終局面へと突入しようとしていた。彼の書斎に運び込まれる資料の山は増え、夜遅くまで灯りが消えることはなくなった。彼の眉間の皺は深くなり、その瞳の奥には、勝利への強い決意と、失敗すれば全てを失うかもしれないという、研ぎ澄まされた緊張感が宿っていた。彼らは、古文書の残りの部分と、協力者が残した最後の情報から、敵の首謀者が王宮の地下に秘密の拠点を築き、そこで恐るべき計画の最終準備を進めていることを突き止めていた。 ある日の真夜中、アメリアがレイモンドの書斎に温かい飲み物を運び込むと、彼は机に突っ伏して眠っていた。その傍らには、読みかけの古文書と、王宮の見取り図が広げられている。アメリアは、そっと彼の乱れた髪を直し、毛布をかけてやった。その時、見取り図に描かれた小さな印が、アメリアの目に飛び込んできた。それは、屋敷の裏手にある物置小屋から王宮の地下へと続く、知られざる隠し通路を示すものだった。そして、その通路の終着点には、赤いインクで「注意」と記された場所があった。 アメリアは、それが意味することを瞬時に理解した。レイモンドがこの隠し通路を使って、王宮の地下へ潜入するつもりなのだ。そして、その危険な任務が、いよいよ差し迫っている。 翌朝、レイモンドはアメリアを呼び出し、静かに告げた。 「アメリア。俺の抱える問題が、最終局面を迎える。これまで以上に、お前にも危険が及ぶ可能性がある」 アメリアの心臓が、どくりと大きく鳴った。やはり、来るべき時が来たのだ。「敵の動きが活発になっている。俺が知る限り、奴らは俺の居場所を特定しようと、あらゆる手段を使っている。そして、俺と行動を共にしているお前にも、危険が迫る可能性が高まっている」 レイモンドの言葉に、アメリ
last updateLast Updated : 2025-08-15
Read more

第17話:抑えきれない衝動

 隠れ家での生活は、レイモンドとアメリアの間に、これまでになく濃密な時間をもたらしていた。常にレイモンドの傍にいることで、アメリアは彼の苦悩をより深く理解し、彼への愛情を募らせていった。レイモンドもまた、アメリアの献身的な支えと純粋な優しさに触れるたび、彼女への抑えきれない独占欲と愛情を深めていた。しかし、彼らの関係が深まれば深まるほど、彼らを狙う影は、すぐそこまで迫ってきていた。 レイモンドが王宮地下の秘密拠点に潜入する準備を最終段階に進めていたある夜、隠れ家の警備に、僅かながら異変が生じた。深夜、アメリアが温かい紅茶をレイモンドの書斎に運ぼうと廊下を歩いていると、微かな物音が彼女の耳に届いた。それは、風の音でも、雨の音でもない。人が、慎重に足音を立てて歩くような音だった。 アメリアは、すぐに警戒態勢に入った。レイモンドは、この隠れ家の警備は完璧だと断言していたはずだ。しかし、この物音は、明らかに外部からの侵入者のものだった。彼女は、手に持っていたティーセットをそっと床に置き、音のする方へと注意深く耳を澄ませた。音は、隠れ家の裏口の方から聞こえてくる。(まさか……敵が、ここまで…?) アメリアの背筋に、冷たいものが走った。彼女は、すぐにレイモンドに知らせなければ、と思った。しかし、その時、背後から突然、硬いものがアメリアの口元を塞ぎ、同時に腕がアメリアの体を拘束した。「静かにしろ、小娘」 低い男の声が、アメリアの耳元で囁かれた。油断していた。レイモンドの忠告を、心のどこかで軽んじていたのかもしれない。アメリアは、必死に抵抗しようと体を捩るが、男の腕は力強く、身動きが取れない。男は、アメリアを無理やり奥の部屋へと引きずり込もうとする。その部屋は、外部から侵入された時に備えて、緊急脱出用の隠し通路が設けられている場所だった。おそらく、男たちはアメリアを利用して、レイモンドを誘い出すか、あるいは、彼女を捕らえて人質にするつもりなのだ。 その瞬間、アメリアの脳裏に、レイモンドの顔が浮かんだ。彼が、どれほどの覚悟でこの戦いに臨もうとしているか。もし、自分が捕まれば、彼の計画は全て水の泡になる。それだけは、絶対に避けなければならない。 アメリア
last updateLast Updated : 2025-08-16
Read more

第18話:契約の終結を告げる時

 嵐の夜、アメリアが危険に晒されたことで、レイモンドはこれまで押し殺してきた感情を爆発させ、彼女への深い愛情を露わにした。あの激しいキスは、二人の関係が、もはや「秘密の契約」というビジネスライクなものではなく、真実の愛によって結ばれていることを決定づけた。アメリアもまた、彼の剥き出しの感情に触れ、彼への想いが揺るぎないものとなった。二人きりの隠れ家での日々は、緊迫した状況の中にも、互いの存在だけが与える、かけがえのない安らぎに満たされていた。 その数日後、レイモンドの書斎に、王宮の協力者から待ち望んでいた報せが届けられた。古文書の残りの部分が、安全な場所に運び出されたというのだ。同時に、敵の首謀者たちが、自分たちの計画の最終段階に入るために、これまで以上に王宮地下に集結しているという情報も入った。それは、レイモンドが抱える「重大な問題」が、ついに解決の最終局面を迎えたことを意味していた。 夜遅く、アメリアがレイモンドの書斎に温かいミルクを運んでいくと、彼は机に広げられた地図と資料を前に、静かに腕を組んでいた。その表情は、いつになく穏やかで、しかし、どこか深い疲労の色が滲んでいる。彼の瞳は、遠くを見つめるように虚ろだった。アメリアは、その横顔に、これまでの彼の苦悩の全てが集約されているような気がした。「レイモンド様、ミルクをどうぞ」 アメリアがそっと声をかけると、レイモンドはゆっくりと顔を上げた。その視線が、アメリアの顔に注がれる。彼は、わずかに微笑んだが、その笑みはどこか寂しげだった。「ありがとう、アメリア。ちょうど良かった。お前に、話したいことがある」 彼の声は、普段よりも幾分か低く、重かった。アメリアの心臓が、どくりと大きく鳴った。その声の響きに、何か決定的な変化が訪れたことを予感した。 レイモンドは、アメリアが差し出したミルクを受け取ると、それを一口飲み、ゆっくりと息を吐いた。 「協力者からの連絡があった。古文書の残りの部分は、安全に確保された。そして、敵の首謀者たちも、王宮地下の秘密拠点に集結している。あとは、こちらから仕掛けるだけだ」 アメリアは、彼の言葉に、安堵の息を漏らした。彼が長年抱え、苦しんできた問題が、つ
last updateLast Updated : 2025-08-17
Read more

第19話:別れへのカウントダウン

 レイモンドが契約の終了を告げたあの夜以来、隠れ家の空気は、これまでにないほどの重苦しさを帯びていた。レイモンドの抱える「重大な問題」が解決の目処が立ったという喜ばしい報せは、同時に、アメリアと彼との別離を意味していた。二人の間に、甘く、しかし残酷な「別れへのカウントダウン」が始まったのだ。 レイモンドは、最終決戦の準備に一層没頭するようになった。彼は、王宮地下の秘密拠点への潜入経路を何度も確認し、協力者たちとの最終的な打ち合わせを重ねた。その横顔には、これまでの疲労とは異なる、張り詰めた緊張感が漂っていた。しかし、彼がどれほど任務に集中しようとも、アメリアの存在は、常に彼の心の奥底に深く根を下ろしているようだった。 書斎での作業を終え、疲れた表情でアメリアが用意した夜食を口に運ぶたび、レイモンドの視線は、無意識のうちにアメリアの顔を追った。その瞳の奥には、彼女を手放さなければならないという理性と、彼女を傍に留めたいという本能が激しくぶつかり合っているのが見て取れた。彼は、貴族としての責任から、アメリアの安全と幸福を第一に考えていた。貴族の争いに巻き込み、これ以上危険な目に遭わせるわけにはいかない。それが、彼が自分自身に言い聞かせる、唯一の理由だった。(彼女を、自由にしてやらなければならない…) レイモンドは、そう心の中で繰り返した。彼女は、王宮の侍女という身分から、偶然にも俺の秘密の契約に巻き込まれただけだ。この関係が終われば、彼女は本来の穏やかな生活に戻ることができる。そうすることが、彼女にとっての幸福なのだと、彼は必死に自分を納得させようとした。しかし、アメリアが近くで動くたび、彼女の優しい声が耳に届くたび、彼の心は、まるで鉛のように重くなる。彼女の笑顔を見るたび、胸の奥が締め付けられる。彼の心は、アメリアを強く求めていた。彼女を失うことなど、考えたくもなかった。 一方、アメリアもまた、迫りくる別れの日々に、言いようのない切なさを感じていた。レイモンドが、縁談を拒否してまで自分を選んでくれたこと、そして、あの嵐の夜に見せた剥き出しの愛情。それらが、アメリアにとって、彼の心を確信させるものだった。しかし、同時に、彼女自身が「侍女」という身分である現実が、アメリアの心を縛り付けて
last updateLast Updated : 2025-08-18
Read more

第20話:最後の夜、決断の朝

 レイモンドが自身の抱える「重大な問題」の解決の目処が立ったと告げてから、契約の終了日までの残された時間は、指折り数えられるほどになっていた。最終決戦の日、そして契約終了の日は、明日へと迫っている。あの嵐の夜の激情的なキス以来、二人の間には、言葉にはできない、甘く切ない空気が漂っていた。しかし、それは、終わりが目前に迫っていることを、より強く意識させるだけだった。 契約が終了する前の最後の夜。隠れ家は、いつにも増して静まり返っていた。暖炉の火が、ぱちぱちと音を立てる以外、物音一つしない。二人は、夕食の食卓に向かい合って座っていたが、言葉を交わすことはなかった。互いの心には、伝えたい本音と、伝えられないもどかしさが渦巻いていた。 アメリアは、レイモンドのために、彼の好物である肉料理を、いつもよりも丁寧に盛り付けた。彼が、明日からの戦いに、万全の体調で臨めるように。そして、これが、彼のために料理を作ってあげられる、最後の夜になるかもしれないから。 レイモンドは、料理に手をつけながらも、その視線は遠く、アメリアと目を合わせようとはしなかった。彼の表情には、安堵の影と同時に、深い寂しさや葛藤がにじみ出ているように見えた。彼は、貴族としての責任と、アメリアへの愛情との間で、激しく引き裂かれていることを、アメリアは痛いほど感じ取った。 食事が終わり、アメリアが食器を片付けようとすると、レイモンドが静かにアメリアの名を呼んだ。「アメリア」 その声は、普段よりも低く、そして、どこか寂しげだった。アメリアは、その声に、心臓がどくりと大きく鳴るのを感じた。「お前に、改めて感謝を伝えたい」 レイモンドは、そう言って、アメリアの顔をじっと見つめた。その瞳には、感謝の念と共に、別れを惜しむ感情が複雑に混じり合っているように見えた。「お前がいてくれたからこそ、俺はここまで来ることができた。お前の献身的な支えがなければ、あの古文書を見つけ出すことも、敵の計画を突き止めることも、決してできなかっただろう。本当に…ありがとう」 彼の言葉は、心からの感謝が込められていた。それは、アメリアにとって、何よりも嬉しい言葉だった。しかし、それは、
last updateLast Updated : 2025-08-19
Read more
PREV
1234
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status