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第20話:最後の夜、決断の朝

last update Dernière mise à jour: 2025-08-19 19:20:46

 レイモンドが自身の抱える「重大な問題」の解決の目処が立ったと告げてから、契約の終了日までの残された時間は、指折り数えられるほどになっていた。最終決戦の日、そして契約終了の日は、明日へと迫っている。あの嵐の夜の激情的なキス以来、二人の間には、言葉にはできない、甘く切ない空気が漂っていた。しかし、それは、終わりが目前に迫っていることを、より強く意識させるだけだった。

 契約が終了する前の最後の夜。隠れ家は、いつにも増して静まり返っていた。暖炉の火が、ぱちぱちと音を立てる以外、物音一つしない。二人は、夕食の食卓に向かい合って座っていたが、言葉を交わすことはなかった。互いの心には、伝えたい本音と、伝えられないもどかしさが渦巻いていた。

 アメリアは、レイモンドのために、彼の好物である肉料理を、いつもよりも丁寧に盛り付けた。彼が、明日からの戦いに、万全の体調で臨めるように。そして、これが、彼のために料理を作ってあげられる、最後の夜になるかもしれないから。

 レイモンドは、料理に手をつけながらも、その視線は遠く、アメリアと目を合わせようとはしなかった。彼の表情には、安堵の影と同時に、深い寂しさや葛藤がにじみ出ているように見えた。彼は、貴族としての責任と、アメリアへの愛情との間で、激しく引き裂かれていることを、アメリアは痛いほど感じ取った。

 食事が終わり、アメリアが食器を片付けようとすると、レイモンドが静かにアメリアの名を呼んだ。

「アメリア」

 その声は、普段よりも低く、そして、どこか寂しげだった。アメリアは、その声に、心臓がどくりと大きく鳴るのを感じた。

「お前に、改めて感謝を伝えたい」

 レイモンドは、そう言って、アメリアの顔をじっと見つめた。その瞳には、感謝の念と共に、別れを惜しむ感情が複雑に混じり合っているように見えた。

「お前がいてくれたからこそ、俺はここまで来ることができた。お前の献身的な支えがなければ、あの古文書を見つけ出すことも、敵の計画を突き止めることも、決してできなかっただろう。本当に…ありがとう」

 彼の言葉は、心からの感謝が込められていた。それは、アメリアにとって、何よりも嬉しい言葉だった。しかし、それは、

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