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第11話:レイモンドの過去の片鱗

last update Last Updated: 2025-08-10 19:18:16

 地下水路での一件は、アメリアの心に深い傷痕と、それ以上にレイモンドへの確かな想いを刻み込んだ。激しい痛みで腫れあがった足首は、アメリアが侍女としての務めを果たすことを困難にしていた。しかし、その不自由な日々の中で、レイモンドはこれまで以上にアメリアの傍にいてくれた。毎晩、人目を忍んで彼女の部屋を訪れ、慣れない手つきで薬を塗ったり、氷で熱を持った部分を冷やしてくれたりした。彼の指先が触れるたび、アメリアの胸は温かい甘さに満たされる。普段の冷徹な仮面の下に隠された、不器用ながらも深い優しさに触れるたび、アメリアは彼への恋心を募らせるばかりだった。

 ある日の夜更け、手当てを終え、いつものように沈黙が二人の間に流れていた。しかし、その夜の沈黙は、普段とはどこか違っていた。重く、そして、何かを予感させるような緊張感が漂っていた。レイモンドは、窓の外の闇を見つめるように虚ろな瞳で、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぎ始めた。その声には、深い苦痛と、そして、これまで誰にも明かすことのなかった、重い過去を背負っている者の影が宿っていた。

「アメリア……俺が抱える『重大な問題』について、お前に話しておかねばならないことがある」

 アメリアは、彼の言葉に、ごくりと唾を飲み込んだ。彼女は、彼がどれほどの重荷を背負い、どれほどの闇を抱えているのか、その深淵を覗き見る覚悟をした。彼の瞳が、この部屋のどこでもない、遠い過去を見つめているようだった。

「俺の一族、ヴァルター家は、古くから王家に仕え、国の根幹を支える役割を担ってきた。特に、父は代々受け継がれてきた『古文書』の守護者だった。その古文書には、この国の建国の秘密と、王家の血筋にまつわる、極めて恐るべき情報が記されている」

 レイモンドの言葉は、まるで古い物語のようだったが、その背後にある真実の重みに、アメリアは息を呑んだ。古文書とは、単なる書物ではない。この国の運命を左右するほどの、計り知れない力を持つものなのだ。

「しかし、その古文書の存在を知った、ある勢力がいた。彼らは、国の秩序を裏から操り、自分たちの都合の良いように変えようと画策していた。父は彼らの目論見を阻止しようとしたが、彼らは巧妙な罠を仕掛けた。父は、国家反逆の濡れ衣を着せられ、無実の罪で監獄に送られた。そして、その責任を負わされる形で、俺は騎士団長の座を失い、貴族としての地位も危うくなった」

 レイモンドの声は、悔しさに震えていた。アメリアの脳裏には、彼がどれほどの屈辱と苦痛を味わったか、その光景が鮮やかに浮かび上がった。名門貴族の嫡男として、騎士団長として、国の未来を担うはずだった彼が、一瞬にしてその全てを奪われたのだ。彼の冷徹な態度は、そうした過去から身を守るための、厚い壁だったのかもしれない。

「彼らは、ヴァルター家の失脚を王宮内に公表し、俺の評判を徹底的に貶めた。社交界では、俺は裏切り者と罵られ、友人だと信じていた者たちも、手のひらを返したように離れていった。誰もが、俺の父を、そして俺を、悪だと決めつけた。あの日から、俺は、誰にも心を開くことができなくなった……」

 彼の声は、途中から掠れ、言葉の端々に、深い孤独と絶望が滲んでいた。アメリアは、彼の人間的な弱さ、そして、耐え難いほどの苦悩に触れ、胸が締め付けられるのを感じた。彼がこれまでの人生でどれほどの孤独を抱え、どれほどの重圧に耐えてきたのか、アメリアには想像もつかない。

「彼らは、俺が古文書を探していることを察知し、執拗に追ってきた。そして、その過程で、家族にも危険が及んだ。母は、心労から重い病に倒れ、今も意識がはっきりしない状態だ。弟は、形式上はヴァルター家の屋敷にいることになっているが、実質的には軟禁状態に置かれ、一挙手一投足が奴らの監視下に置かれている。俺が動けば動くほど、彼らは家族に圧力をかけてくる……」

 レイモンドの瞳から、一筋の光が消え、深い闇が宿る。彼の家族が、陰謀の犠牲となり、今もその影響を受けているという事実に、アメリアは戦慄した。彼が一人で抱え込んできた重責は、あまりにも大きすぎた。彼の使命は、単なる家名の復興ではない。愛する家族を守り、国の未来を守るという、途方もない覚悟の上にあったのだ。

「彼らが古文書を完全に手に入れれば、この国の秩序は根底から覆されるだろう。彼らは、王家すらも傀儡とし、自分たちの意のままに国を操ろうとしている。それを阻止しなければならない。それが、貴族としての、レイモンド・フォン・ヴァルターとしての、最後の使命だ。そして、失われたヴァルター家の名誉を回復し、家族を救い出すことも……」

 彼の声は、決意に満ちていたが、その瞳の奥には、彼が背負う貴族としての重い使命感が、彼自身を縛り付けているかのように見えた。アメリアは、彼の孤独や、彼が背負う途方もない重圧を垣間見た。彼は、ただ冷徹な騎士ではない。深い愛情と、途方もない責任感を抱えた、一人の人間なのだ。そして、その全てを、これまで一人で背負ってきた。

「ずっと……一人で、戦ってこられたのですね、レイモンド様」

 アメリアは、そっとレイモンドの冷たい手に触れた。彼の指先は、まるで氷のようだったが、その掌から、彼が抱える重みが、直接アメリアの心へと伝わってくるようだった。彼女の手の温かさが、彼の冷え切った心を少しでも溶かすことができるなら、とアメリアは願った。

 レイモンドは、アメリアの視線に気づき、わずかに表情を緩めた。その微笑みは、普段の彼からは見ることのできない、儚く、そして、どこか諦めにも似たものだった。しかし、その中に、かすかな希望の光が宿っているようにも見えた。

「…ああ。だが、お前がいてくれて、俺は初めて、一人ではないと感じることができた。お前の存在は、俺にとって……」

 彼の言葉はそこで途切れたが、その瞳は、言葉以上に雄弁にアメリアへの感謝と、彼女の存在が彼にとってどれほど大きな意味を持つかを語っていた。アメリアの純粋な存在が、レイモンドの閉ざされた心に、確かな光を灯している。彼の人間的な弱さや苦悩に触れるたび、アメリアは一層彼への想いを募らせていった。彼が抱える使命を、共に支えたい。彼が一人ではないことを、示し続けたい。そう強く願った。

「私にできることがあれば、何でもお申し付けください。どんな危険なことでも、レイモンド様のためなら……」

 アメリアは、迷うことなく、彼の目を見つめてそう告げた。彼女の言葉は、レイモンドにとって、どれほどの慰めになっただろうか。彼はアメリアの手をそっと握りしめ、その温かさに、深い安堵の息を吐いた。彼の掌の熱が、アメリアの心にじんわりと広がる。

「ありがとう、アメリア。本当に……ありがとう」

 彼の声には、感謝と、そして、これまで押し殺してきた感情の片鱗が滲んでいた。アメリアは、彼の温かい手の中で、彼が抱える問題の重さと、そして、彼への深い愛情を改めて痛感した。彼らの秘密の契約は、もはや単なる任務の枠を超え、互いの運命を深く絡め取る、避けられない絆へと変わりつつあった。そして、その絆は、危険と隣り合わせの道のりを、共に歩む覚悟を、アメリアに与えたのだった。彼女は、この過酷な運命の中で、レイモンドの隣に立ち続けることを、心に誓った。

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