池上の本能的な反応は、折原社長がまた郁梨を降ろそうとしている――そう感じたことだった。「折原社長、もし条件が郁梨さんを清香さんに替えるということでしたら、申し訳ありませんが、そのお願いはお受けできません」池上はかつて常盤に脅され、映画を円滑に進めるためにやむなく妥協した。その結果、『遥かなる和悠へ』は危うく台無しになり、彼の胸には今も郁梨への罪悪感が残っていた。だからこそ、今回は絶対に郁梨を替えるつもりなどなかった。承平はわずかに眉を上げた。「池上監督は、俺が郁梨を狙っているとでも?」「違うんですか?」池上は心の中でつぶやいた。折原社長、あらゆる手を尽くして常盤を動かし、わざわざ自分に郁梨を清香に替えさせようとしている。そんな人間が、まさか郁梨のために動いているなんて、ありえるのか?もっとも、彼はその疑念を口に出すことはせず、話を元に戻した。「折原社長、それで……どういうお考えなんですか?」「常盤に訴訟を取り下げさせることなど、私にとっては造作もないことです。池上監督もよくお分かりでしょう」その通りだった。常盤は他の事業で折原グループに大きく依存しており、折原社長が一言口を添えれば、今回の件などすぐに片がつく。「折原社長、それで……どんなご条件でしょうか?」郁梨さえ降ろさなければ、他のことはどうにでもなる――池上はそう腹をくくっていた。承平はゆっくりと口を開いた。「池上監督とは、昔一度ご一緒したことがありますね。あなたの審美眼は確かだ。『遥かなる和悠へ』のような素晴らしい作品なら……俺も少し、噛ませてもらいたいんですよ」池上はしばらく呆然とした。折原社長は一体何を考えているのか?さっきまで『遥かなる和悠へ』を潰す勢いだったのに、今度は持ち上げるつもりとは。豪門の御曹司というのは、どうしてこうも気まぐれで理解しがたいのだろう。「折原社長、もしかして……ご自身も出資を?」「ええ。池上監督、まさかお断りにはならないですよね?」映画の製作には、膨大な時間と労力、そして資金が必要だ。常盤が資金を引き上げた今、文太郎が穴を埋めようとしても限界がある。『遥かなる和悠へ』の総監督として、池上はもちろん、出資者が多ければ多いほどありがたかった。だが相手は承平だ。彼と郁梨の関係は複雑で、池上は正直、警戒していた。こ
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