承平の登場はまさに突然だった。事前に誰にも知らせず、池上でさえ聞かされていなかった。郁梨と文太郎が今日ちょうどネットの話題トレンド入りしたばかり――そのわずか数時間後、郁梨の本命恋人である承平が現場に姿を現した……これは、一体何をしに来たのか?詰問か、それとも恋人としての宣言か。華星プロダクションも『遥かなる和悠へ』に出資しており、スタッフたちはそのことを知っていた。だが華星プロダクションは、折原グループ傘下の小さな子会社の一つにすぎない。多忙を極める折原社長が、こんな小規模な案件に直接関わるはずがない――だからこそ、今回の訪問は仕事ではないことが明らかだった。折原社長の現場電撃訪問――あまりに意味深で、現場の空気が一瞬で張りつめる。そして次の瞬間、ほぼ全員の視線が自然と郁梨へと集まった。郁梨はつい先ほどまで、皆と一緒に笑い合っていた。だが今はもう、表情ひとつ動かさずに立ち尽くしていた。彼が何のためにここへ来たのか、郁梨にはわかっていた。承平は郁梨の方へは一瞥もくれず、まっすぐ池上のもとへ向かい、手を差し出した。その仕草は、まるで純粋に仕事の打ち合わせに来たかのように見えた。「池上監督、突然の訪問で申し訳ありません。撮影の邪魔になっていませんか」池上は頭が痛くなる思いだった。折原社長が現場を訪れるのはいつでも歓迎だが――今日だけは勘弁してほしかった。もしこの後、彼と文太郎が現場で言い争いでも始めたらどうしよう。どちらも出資者、どちらの肩を持てばいいというのか。池上の頭の中はぐちゃぐちゃだった。それでも何とか笑顔を作り、承平の手を握りながら言った。「折原社長のようにお忙しい方が、わざわざ現場を見舞いに来てくださるとは光栄です」「監督、そんなにかしこまらないでください」承平は軽く首を振り、来た方向へ視線を向けた。「アシスタントにコーヒーを買わせてあります。二人ほど手の空いている人を向かわせてもらえますか?」「ええ、わかりました」池上は慌ててスタッフを呼び寄せ、それから手でどうぞという仕草をした。「折原社長、外は風が強いですし、どうぞ休憩室でおくつろぎください」「監督、お構いなく。お忙しいでしょう。俺は郁梨のところへ行きます」池上の笑みが引きつり、頬がぴくりと動いた。やはり、その目的は郁梨か。どうかお願いだ、仏様
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