離婚したら元旦那がストーカー化しました のすべてのチャプター: チャプター 371 - チャプター 380

449 チャプター

第371話

郁梨の記憶では、お母さんは世間と距離を置く人だった。生徒のことだけを思い、ニュースにもほとんど目を向けず、ましてSNSなど使わなかった。それなのに、どうしてお母さんの携帯にSNSのアプリが入っているの?好奇心に駆られ、郁梨はアプリを開いた。検索履歴と閲覧履歴を見た瞬間、郁梨の体はぐらりと揺れ、倒れそうになった。彼女は歯を食いしばり、必死に意識をつなぎとめた。一つひとつ開いて読み進める。下へ行くほど、彼女は崩れ落ちそうになった。如実が見ていたニュースは、どれも承平と清香のこと。そして郁梨自身についてのものもいくつか。コメントはどれもひどく、彼女を「不倫女」「他人の関係を壊した女」となじる声や、さらに耳をふさぎたくなる中傷が並んでいた。この種のニュースは当時処理されていたが、取りこぼしは避けられない。自分から探さなければ目にしないが――一度検索すれば、ネットには残っている。郁梨は震えが止まらず、視界もかすんでいった。「病に苦しむお母さんが、これを目にしたとき、どれほど悲しくて、どれほど無力で、どれほど自分を責めたんだろう……」郁梨には、想像もつかなかった。とうとう偽りは露見し、お母さんはすべてを知ってしまった。自分が作って見せた「幸せ」も、取り繕った笑顔も、一瞬で鋭い刃に変わった。お母さんは、娘が自分の前で承平と仲の良い夫婦を演じていたのだと思い込み、きっと自分のこの体を責め、娘を背負わせていると悔いたに違いない。その重さに耐えきれず、倒れてしまった――もう娘の足手まといにはなりたくない、と。「違う、お母さん、違うの!迷惑なんて……迷惑なんてかけてない!生きていてほしかった。せめて、もう少し。できるなら、ずっと」如実の携帯を抱き締めたまま、郁梨の脚から力が抜け、床に崩れ落ちた。こらえきれない嗚咽があふれ、行き場のない思いが、胸を引き裂くような叫びになってほとばしった。そうだったのね――すべて、こういうことだったのね。なぜ如実が突然倒れ、あの日、二度と目を開かなかったのか。郁梨はようやく、わかった。こんなに大声で泣いたのは初めてだ。ドアの外で見守っていた承平にも、その泣き声は届き、階下の栄徳たちの耳にもはっきりと響いた。栄徳と蓮子は足早に階段を駆け上がり、祖母もその後に続いた。「郁梨、大丈
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第372話

「承平、あなたが憎い!あなたが憎い!」承平は振り返り、彼女を見た。理解できなかった。以前の郁梨は、たとえ彼を避けていたとしても、今のように歯を食いしばり、殺してやりたいほどの目で睨みつけることはなかった。「郁梨……」一体なぜ?どうして急に、こんなにも自分を憎むようになったんだ?郁梨の「あなたが憎い」という叫びは、魂を削るような声だ。その激しさに、栄徳たちは本能的に悟った――彼女は本気で承平を憎んでいる。でも、なぜ?確かに、承平が原因で如実の最期を見届けられなかった。だが、彼は何も知らなかったのだ。生と死は、誰にもどうにもできないもののはずだ。これまで郁梨は、承平に怒鳴りつけたことなどなかった。如実が亡くなったあとも、ただ失望し、この結婚を終わらせたいと思っていただけ。でも、如実の死が承平と清香のニュースに関係していたと知ってしまった今、どうして怨まず、憎まずにいられるの……!もし以前の「恨んでる」が、裏切られたことへの愚痴のようなものだったなら――今のこの憎しみには、如実のことが混ざっている。それはもう、恨みではなく憎しみだった。承平はまだ、如実の携帯に隠された真実を知らない。郁梨の平手打ちは甘んじて受けた。「けれど、もし俺に死刑を宣告するっていうなら、せめて理由を教えてくれ」「郁梨、いったいどうしたんだ!」郁梨の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。今の彼女には、承平の顔さえぼやけて見えない。けれどわかった。彼も泣いている。声が震え、恐怖が滲んでいた。でも、承平に泣く資格なんてある?「あなたよ!あなたと清香がお母さんを殺したのよ」その言葉を吐き出した途端、郁梨は声を詰まらせ、もう一言も出せなくなった。承平は、その罪を背負うことなどできなかった。それを認めれば――本当に、郁梨を失ってしまう。「違う!俺じゃない!郁梨、そんなふうに言うな。俺は、お義母様を傷つけようなんて思ってなかった!」彼も義母を慕っていた。心から尊敬し、大切に思っていたのだ。「あなた、まだ言い訳するの?」郁梨の声は途切れ、壊れたようにかすれていた。彼女は震える手で携帯を持ち上げ、承平の前に突き出した。「見て……承平、よく見て!これはあの日のお母さんの検索記録よ!私たちの結婚記念日、あなたが私を置いて、清香のところへ行った、あの日!
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第373話

承平は耳を疑った。彼は地面に崩れ落ち、硬直した首をひねって祖母の方を見た。「おばあちゃん……」おばあちゃんまで、俺に郁梨と離婚しろって言うのか?この瞬間、承平は悟った。自分唯一のよりどころも失われ、もう郁梨の心を引き戻せる者は誰もいない。栄徳と蓮子も驚愕を隠せなかった。以前、二人が離婚すると知った祖母は気を失い、後に二人の手を握りしめて「絶対に離婚してはいけない」と言っていた。誰もが知っているように、承平の祖母は郁梨を実の孫のように可愛がっていた。どうして郁梨と折原家の縁を切らせようとするんだ?栄徳夫婦は祖母がこの衝撃に耐えられないかと心配し、慌てて駆け寄り、左右から支えた。栄徳は心配そうに言った。「お母さん、何を言ってるんですか!」祖母は二人の腕をつかみ、必死に堪えて言った。「私は老いぼれじゃない。自分が何を言っているかわかっている。郁ちゃん、怖がらないで。おばあちゃんが守ってあげる。離婚したいなら、そうしなさい」承平の視界がかすんだ。この言葉を口にしたのが祖母だなんて信じられなかった。どうしておばあちゃんが離婚を勧めるんだ?どうしてそんなことが許せるんだ!「おばあちゃん!」承平は次の言葉を言い出そうとした。きっと祖母は自分のせいで怒って、怒りの言葉を吐いているに違いない!「黙りなさい!」祖母の体は揺れ、弱々しく今にも倒れそうだった。彼女は承平を見つめ、失望しながら首を振った。「あなたは私が手塩にかけて育てた子。妻を愛せなくても、心は良い子だと思っていた。でもなんてことをしてくれたの!あの清香という女と不倫騒動を起こし、義母さんまでそのニュースを見てしまった。あの方は重病で、刺激がなくても長くはないというのに……承平、これは罪だ!」「違うんです、おばあちゃん、違う!ネットのニュースは誤解で、清香とは何もないんです!」祖母は泣きながら足を踏み鳴らした。「今さらそんなことを言っても、もう遅い!」承平の体が硬直し、唇を震わせて反論できなかった。そうだ、もう遅いんだ。義母は確かにネットのニュースを見て、ショックを受けて亡くなったのだ。本来ならもっと長生きできたはずなのに!郁梨はどうして俺を許せようか?いや、俺自身でさえ自分を許せない。「お祖母様……申し訳ございません」この家で、郁梨が一番気にか
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第374話

だからこそ、彼女はしっかり休んで、いざという時に郁梨の足を引っ張らないようにしなければならなかった。その頃、承平の祖母はすでに疲労困憊していた。年を取り、体ももう思うように動かなかった。栄徳と蓮子には、承平の祖母が無理をしているのがわかっていた。彼女は二人の腕を強く握りしめ、気を抜こうとしなかった。蓮子は目に涙を浮かべ、突然承平を怒鳴りつけた。「承平、おばあちゃんの言葉が聞こえないの?離婚しなさい!」承平は、世界中から見放されたような気がした。おばあちゃんも、お母さんも、みな離婚を勧め、お父さんでさえ以前こう言っていた――「郁梨が離婚を望むなら、株は返させるな」と。みんなが俺に、郁梨を手放せと言っている!「どうして?どうして誰も、もう一度だけ俺を信じてくれないんだ!郁梨、俺は本当にもう清香とは何の関わりもない。信じてくれないなら、俺は……」「もういい!」彼が言い終える前に、郁梨が遮った。「承平、あなたは一体これ以上どうしたいの?私から奪ったものは、まだ足りないって言うの?考えたことある?本当は全部、避けられたかもしれないのよ。少しでも私を大切にしていたら、メディアにこんなに好き放題書かせることはなかった。今さら後悔して、私に許してほしいって?いいわ、許してあげる」その言葉を聞いた瞬間、承平の目に希望の光がともった。彼は郁梨をじっと見つめ、次の言葉を待った。郁梨の顔は涙で濡れていたが、口にした言葉は鋭かった。「私があなたを許す条件は、ただ一つ。お母さんとの最後の別れをさせてくれるなら!」承平の目の前が真っ暗になり、まるで底のない闇に落ちていくようだった。そんなことは不可能だった。お義母様はすでに亡くなっている。どうすれば郁梨に最後の別れをさせられるというのか。郁梨は言っていたのだ――時間は戻らない。だから彼女は、もう二度と彼を許すことはないのだと。「承平、あなたがお母さんを大切にしていたのは知ってる。もう、お母さんを殺したなんて言わない。でも認めて。あなたが清香を甘やかしすぎたこと、そして優柔不断だったこと。それが今の結果を招いたの。誰のせいでもない、あなた自身のせいよ!」その通りだ。郁梨の言う通りだ。承平は誰を責められる?空港に清香を迎えに行ったのは自分だ。彼女をホテルに送り、一晩中世話をしたのも自分。一緒
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第375話

承平は離婚に応じた。郁梨の心には悲しみも喜びも湧かず、もう何も彼女の胸に波紋を立てることはできないようだ。なるほど……心は本当に死ぬのだ。澄んで凪いだ水のように、二度と波立たない。栄徳と蓮子は視線を交わし、二人ともため息を漏らした。蓮子が静かに言った。「お母さん、先にお部屋へお連れしましょう」祖母はあれほど踏ん張っていたが、もうほとんど立っていられない状態だった。彼女は郁梨が心配で、涙ぐんだ目で彼女を見つめ、離れようとしなかった。「お母さん、郁梨をひとりにしておきましょう。私と蓮子でまずお部屋までお連れします。少しお休みください」栄徳の言葉に、祖母ははっとしてうなずいた。二人に支えられながら、一歩一歩ゆっくりと部屋へ向かった。部屋に戻ると、祖母はベッドにずり落ちるように腰を下ろし、ぐったりと寄りかかった。「お母さん、具合はいかがですか?」栄徳は慌てて祖母の靴を脱がせ、横に寝かせた。祖母はショックを受けてぼんやりしており、ひどく弱って見えたが、首を振って言った。「大丈夫よ、寝れば治るわ。栄徳、蓮子、郁ちゃんと承平の離婚のことは、郁ちゃんに不利益がないようにしてあげてね」栄徳はすぐにうなずいた。「お母さん、ご安心ください。郁梨のものは、誰にも奪わせません」その言葉で祖母は安心したように目を閉じ、なおも言葉を続けた。「郁ちゃんを心配させないでね」栄徳と蓮子は祖母の部屋でしばらく様子を見て、ただ眠っているだけだと確認してから、ようやく安心して部屋を出た。二人はリビングに戻り、無意識のうちに二階の方を見上げた。「承平は大丈夫かしら?」栄徳が眉を上げて言った。「承平が何をするっていうんだ?自殺でもするつもりか?」蓮子は安心して言った。「そうね。じゃ、私、郁ちゃんの様子を見てくるわ。あの子、かなり衝撃を受けているはずだもの」「うん、行って落ち着かせてやってくれ」――郁梨は床にへたり込み、母の携帯を抱えて座っていた。視線は定まらず、涙が止めどなく落ちている。蓮子がドアを開けて入ってきたとき、目に飛び込んできたのはその光景だった。蓮子はため息をつき、前に出て郁梨を抱き起こし、ベッドの縁に座らせた。郁梨は少し気を取り戻して、蓮子の方を見た。蓮子は如実の携帯を郁梨の手から取り上げ、ベッドサ
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第376話

郁梨は涙を拭って笑顔になり、蓮子の手を握り返した。「お義母様、ありがとうございます」「バカね、何をありがとうなんて」「お義母様とお義父様、それからお祖母様にも。本当の家族のように接してくれて、ありがとうございました」「郁ちゃん、私たちはもう年を取って、人生の半分は歩いてきた。どんな人間だって見てきたけどね、お母さんはわかってるの。あんたは本当にいい子よ。承平のあの子が運がなかったの。あんたにはもったいないわ。まあいい、もうあの子の話はやめましょう。それより、あんたはこれからどうするつもり?演技を続けるの?」郁梨はうなずいた。「いろんな役を演じるのが本当に好きなんです」「そう、それなら続けなさい。私たちはみんな応援してるわ。あなたの映画が公開されたら、絶対に観に行くからね!」「本当に、観てくださるんですか?」「もちろんよ。息子のお嫁さんが出てる映画を観ないわけないでしょ?」そう言ってから、蓮子は慌てて言い直した。「……あ、違うわ。あなたがうちの息子と離婚しても、お母さんの心の中では、あなたはずっと息子の嫁で、半分娘なのよ」蓮子は言葉に敏感だったが、郁梨はまったく気にしていなかった。「もし観たいなら、初日の舞台挨拶のときに一緒に行きましょう」「いいわね。お父さんとおばあちゃんも誘いましょう」「ええ」「それで、いつ頃撮影に戻るつもり?」「お母さんの初七日が終わってからです。監督がとても理解してくださって、半月の休みをくれました」「そう?なかなかいい監督さんね」蓮子と郁梨は部屋で穏やかに話を続けた。話すうちに、郁梨はもう泣いておらず、その顔には少しずつ笑みが戻っていた。けれど、この温かな光景とは対照的に、承平のいる部屋は、まるで冷蔵庫のように冷たかった。彼の元の部屋は今、郁梨が使っている。承平は隣の客間に閉じこもり、部屋はきれいに整えられ、寝具もすべて新しい。それでも彼には、この部屋がひどく冷たく、まったく人の気配がないように感じられた。承平はベッドの上で丸くなり、目は真っ赤に腫れ、周囲には使い捨てのティッシュが散らばっていた。自分がこんなに泣く日が来るなんて、夢にも思わなかった。どうしてあんなことを承諾してしまったんだ?郁梨との離婚を、自分の口で認めてしまうなんて。郁梨がいなくなったら、自
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第377話

郁梨の母が亡くなったのは、彼女と承平の結婚三周年の当日だった。あの日、郁梨がたった一人で病院へ駆けつけ、足元には血がこびりついていた――その光景が伝わるや、各メディアはただ事ではないと嗅ぎつけた。ほとんどのメディアがあの夜の足取りを追い、承平の車が清香の住むマンションに向かったことを突き止めた。実のところ、その時に承平が運転していたのは郁梨の車だった。のちに隆浩が合流し、メディアにおなじみの黒いファントムを運転していたのだ。このニュースが流れると、清香は再び炎上してトレンド入りした。【前は中泉清香って度胸あると思ってた。受賞したばかりで海外留学まで行ってさ。でも今回は本当に無理。社長が既婚なの知ってて何度も近づくなんて。しかもあの日が結婚記念日って知らないわけないでしょ】【中泉清香は偽善者だし、折原社長も最低。長谷川郁梨が不憫すぎる!】【長谷川郁梨は離婚した方がいい。金持ちにロクなのいないって。うちらの「推し」の方が絶対合うよ、早く一緒になって!】【長谷川郁梨が可哀想すぎて、胸が痛い】【長谷川郁梨を推すことにした。中泉清香はもう無理】【中泉清香を5年推してたけど、今日で降る】【折原グループが声明出した。中泉清香はメンタルに問題があるって!】この指摘を機に、ネットの関心は一斉に折原グループの最新発表へ移った。声明はこうだ――当夜、社長は夫人の郁梨と結婚三周年を祝っていた。そこへ清香が精神的に不安定になり自傷の恐れがあると知り、「友人として」急いで駆けつけた。しかし運命の悪戯で、その後取り返しのつかない出来事が起きてしまった、と。これでネットの非難は、さらに清香へと集中した。大多数のユーザーは「中泉清香に本当に精神の病がある」とは信じず、話を大げさにしているだけだと受け止めた。中には「長谷川郁梨の母の死も、中泉清香が関係しているのでは」と疑う声まで上がった。ニュースは一晩で拡散し、大炎上に。清香はやむなく、自身にうつ傾向があることを公表した。明日香は清香が窮地に立たされたのを見て溜飲が下がり、朝いちで郁梨に連絡して一部始終を伝えた。「清香、今回はそう簡単に逃げられませんわ。心理治療の記録まで出したけど、ネットは全然納得しません。あなたと折原社長の結婚を壊そうとしたとか、ひどいのはお母さんの死の元凶かもなんて
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第378話

「白井さん、この件は私が自分で確かめます。またあとで連絡します」郁梨は詳しい説明もせず、そう言って慌ただしく電話を切り、上着を羽織って外へ出る準備をした。朝早く、折原家の人たちはすでに階下に集まっており、承平もそこにいた。蓮子が近づいてきて声をかけた。「郁ちゃん、こんなに早く起きたの?もう少し寝てるかと思ったわ。ちょうどいいわね、一緒に朝ごはんにしましょう」「お母さん、ちょっと急ぎの用事で出かけます」「出かける?どこへ行くの?あら、郁ちゃん?」郁梨は一刻も待てず、ろくに挨拶もせずに玄関を飛び出した。栄徳は眉をひそめて言った。「何かあったのか?そんなに急いで」「俺が様子を見てくる」承平は心配になってすぐに追いかけたが、外に出たときにはすでに郁梨の車は走り去っていた。仕方なく、彼は別の車に乗り込み後を追った。郁梨と承平の車は、相次いでまごころ療養院の敷地へと入っていった。承平は郁梨がここに何をしに来たのか分からず、胸騒ぎを覚えながら車を降り、足早に後を追った。昨日、郁梨はお母さんの携帯に残された検索履歴を見て、ただ苦しみだけが胸に広がった。悲嘆に暮れ、頭の中はぐちゃぐちゃで、まるで霧の中にいるように混乱していた。そして今日、明日香に言われて初めて気づいたのだ――ひとつの重大な疑問に。お母さんはもともと芸能ニュースなどに全く関心がなかった。自分が芸能界に入ってからも興味を示したことはない。病気に蝕まれ、ほとんど一日中ベッドに横たわっていたお母さんが、どうしてソーシャルアプリを入れてまで、承平と清香のニュースなんて調べたの?郁梨は焦る気持ちを抑えきれず、緒方先生の診察室へ一直線に向かった。承平もすぐ後を追い、ドアの前で彼女の手首をつかんだ。「どうしたんだ?」承平の声を聞いた瞬間、郁梨は反射的にその手を振り払い、怒鳴った。「触らないで!」承平は戸惑った表情を浮かべ、恐る恐る尋ねた。「郁梨、急に車で飛び出していくから心配したんだ。一体どうしたんだよ?教えてくれないか?」郁梨は冷たい声で答えた。「清香が、わざとお母さんを死に追いやったんじゃないかと疑ってるの。一緒に調べる気はある?」「彼女が?そんなはずがない!」その言葉に、郁梨は冷ややかに鼻で笑った。「信じられないなら帰って。ついてこないで!」郁
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第379話

承平は不安を抱えながら、緒方先生と郁梨のあとを追って監視室へ向かった。スタッフは協力的で、その日の監視カメラ映像をすぐに呼び出してくれた。如実は午前中ずっと病室から出ておらず、午後二時を過ぎたころになってようやく姿を現した。映像の中の如実は、歩くたびに足を引きずるようで、ひどく苦しそうだった。再生速度は通常なのに、まるでスローモーションのように見える。一歩進んでは立ち止まり、少し休んでからようやく次の一歩を踏み出していた。お母さんのそんな姿を見た瞬間、郁梨の目から涙があふれた。お母さんの病状が悪化していることも、もう長くはもたないことも分かっていた。それでも会いに行くたび、お母さんはいつも優しい笑顔で迎えてくれた。顔色は青白く、骨ばった身体になっていたのに、お母さんはいつもできる限り明るく振る舞ってくれた。たとえ以前、お母さんがすべての情熱を生徒たちに注いでいたとしても――お母さんは、私のことを本当に愛してくれていた。郁梨は、ずっとそう信じて疑わなかった。こんなにも病状が進んでいたのに、数歩歩くのもつらそうなのに、お母さんはそれを隠して、「体調はどう?」と聞くと、いつも「大丈夫よ」と笑って答えていた。どうして信じてしまったの……?分かってたはずなのに。私、気づいてたのに!郁梨の胸は後悔でいっぱいだった。「お母さんがこんなに苦しんでたなら、そばにいてあげればよかった……!もし、あの時そばにいたら――お母さんは死なずにすんだかもしれない!」その思いが一度心に芽生えると、たちまち根を張り、押し寄せる自責の念が郁梨を呑み込んでいった。承平も、緒方先生も、監視室のスタッフたちも、その場の空気から郁梨の深い悲しみを感じ取っていた。承平はその光景を見て、郁梨に負けないほどの罪悪感に苛まれた。彼と郁梨が結婚して三年。もしこの三年間、もっと彼女を気遣い、時間を作ってお義母様のもとを訪ねていたなら――お義母様は、あのくだらない記事を信じてショックを受け、命を落とすことはなかったのかもしれない。郁梨の言う通りだ……お義母様を死なせたのは俺だ。逃げようのない現実だ。名家に生まれ、望むものは何でも手に入れてきた承平にとって、この取り返しのつかない現実は、初めて味わう絶望だった。郁梨があまりにつらそうで、抱きしめてそっと慰
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第380話

でも周りに誰もいないのに、どこで刺激を受けたというの?体調が急に悪化したと言ったほうが、よほど筋が通っている。緒方先生は特に異常を見つけられず、慰めるように言った。「長谷川さん、お母様が亡くなった事実を受け入れられないお気持ちは分かります。でも、寿命や病には誰にも抗えないものです。どうか気を落とさず、少しずつ受け入れてください」琴原先生の死は確かに突然だった。自分自身も受け入れがたいが、長谷川さんの前ではかけるべき言葉がある。生きている者は、これからも生きていかねばならない。琴原先生の子が自責や悲しみに囚われて生きることを、自分は望まなかった。郁梨は返事もせず、瞬きひとつせずに監視映像を見つめ続けていた。映像では、如実はすでに病室へ戻っていた。病室内にはカメラがないため、画面には病室の入口と廊下の様子だけが映っていた。しばらくして、隣の病室を訪ねていた中年の男性が出てきた。帰り際、友人の病室に向かって軽く手を振っている。すべてがごく普通の光景で、怪しいところなど一つもなかった。もし郁梨が如実の携帯に残された閲覧履歴を見ていなければ、彼女もそう思っただろう。だが見てしまった以上、如実の死を「偶然の事故」だとは思えなかった。郁梨は鋭く気づいた。隣の病室のドアが最初から開いたままだった。中で話をしていれば、廊下に立つ人間にも聞こえたはずだ。承平も同じことに気づいた。「隣の病室のドア、ずっと開いてたな。あの人たち、何か話してたんじゃないか?」もしそうなら、この件は清香とは無関係ということになる。緒方先生は眉をひそめた。その可能性も否定できない。「緒方先生、こちらでは来客の記録を残していますよね?あの人の連絡先を教えていただけますか?」緒方先生は、この件が郁梨にとってどれほど重要かを理解していた。ためらうことなく頷くと、中年の男性の連絡先を探しに出ていった。郁梨は監視室に残り、スタッフにもう一度映像を再生してもらった。あの中年男の登場だけが唯一の不確定要素。疑える相手は、もう彼しかいない。まもなく緒方先生が戻り、一枚の紙を郁梨に手渡した。「彼の名前と連絡先は控えてあります。他に協力が必要なことがあれば、遠慮なく言ってください」郁梨はそのメモを受け取り、感謝の気持ちを込めて頭を下げた。「緒方先生、この映像をコピ
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