「今回の政略結婚は、私が行きます」沢城絵理奈(さわしろえりな)がそう告げると、会議室に息を呑む音が響いた。「ふざけるな!」父親が真っ先にテーブルを叩いた。沢城家には四人姉妹がおり、絵理奈は末っ子で、家族全員から最も愛されて育った。幼い頃から欲しいものは何でも手に入れ、役員会の頭の固い年寄りたちでさえ、彼女には甘かった。「今回の縁談は地獄へ身を投げるようなことだ。お前をそんな場所に追いやるわけにはいかん!速水のところの若いのとさっさと、そうだな、数日中にでも婚約を……」「お父様」絵理奈は父の言葉を遮った。「和己が今日ここに来なかった。それが答えよ。彼に私と結婚する気がないのなら、待つ必要はありません」父親の顔色が変わった。「絵理奈くん、我々も方策は考える。だが、相手の周防家は人を食い物にするような連中だ。周防家の当主は、前の婚約者二人がどちらも精神病院送りになっているんだぞ!」役員の一人が前に出て、必死に説得を試みるが、絵理奈はただスマートフォンの画面を見つめ、無意識に指先でなぞっていた。彼女がかけた電話は一件も繋がらず、二十数件のメッセージもすべて未読のままだった。五日前、速水和己(はやみかずみ)は今日の役員会に出席し、彼女にはっきりとけじめをつけると約束した。だが、会議が始まって二時間が経つというのに、彼の姿はおろか影さえも見えない。絵理奈はそっと目を閉じ、自嘲気味に笑った。「分かっています……でも、沢城グループは今、資金繰りが悪化し、周防グループから敵対的買収を仕掛けられています。もしこの縁談を受けなければ、沢城家が築き上げてきたもの全てが、水の泡と消えてしまう」「あなたにはお姉さんたちがいるじゃない。末のあなたが出ていく番じゃないわ」三番目の姉が目を赤くしながら立ち上がって言った。「一番上のお姉様は離婚したばかりで心を痛めている。二番目のお姉様は先天性の喘息で体が弱い。そして三番目のお姉様は……」絵理奈は赤くなった目で一同を見渡した。「あなたの会社が上場を控えた大事な時期よ。私だけが、一番適任なの」父親は深くため息をつき、まるで一瞬で十歳も老け込んだかのようだった。「絵理奈、これは遊びじゃないんだぞ。一度契約書にサインしたら、もう後戻りはできないんだ……」絵理奈
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