正隆の顔色はふたたび曇った。「本当に離婚したの?」綾子は驚いて声をあげた。その点は彼女も予想外だった。「まだよ」美優が首を振って言った。「事務的手続きがまだ終わってないんだって。離婚が正式に成立するまで、数日かかるって言われた」そう言うと彼女は小さくため息をつき、がっかりしたようにつぶやいた。「だったら、パッと終わらせてくれればいいのに……」美優の言葉を聞いて、綾子は正隆の険しい表情に気づいた。綾子は美優の頭をぽんと軽くはたき、くすくすと笑いながらたしなめた。「もう、そんなこと言わないの。離婚したって、悠真の家には行けないんだから」「母さん!」美優は不満げに声を上げた。たとえ綾子の言う通りでも、彼女はどうしても釈然としなかった。実は結婚が決まる前、篠宮家は美優を代わりに、悠真のもとへ送り込もうと考えていたし、悠真本人もその変更を受け入れていた。それが思わぬすれ違いで――最終的に婚約者になったのは星乃の方だった。悠真の家との縁談は一度きりのチャンス。にもかかわらず、その機会は星乃の手に渡ってしまったのだ。美優はますます憤りを募らせた。大切にしている娘の不機嫌を感じ、綾子は慌てて慰めた。「心配しないで。お母さんは絶対、もっといい相手を見つけてあげるから。悠真よりずっといい人よ」美優は小声でぼそりと返した。「この瑞原市に、悠真よりいい人なんているの…」言えば言うほど腹が立ち、星乃のせいで恥をかかされたことを、さらに両親に訴えてやろうと思っていた。綾子と正隆は二人とも美優に構う余裕がなく、綾子は適当に受け流しながら部屋に戻って休ませようとした。美優はしぶしぶ、その場を離れた。娘が去っていくのを見届けてから、正隆は「まだ離婚していない」という言葉に、少しこわばっていた表情をようやく緩めた。綾子は正隆を横目で見て、ため息まじりに怒りをにじませる。「それにしても、星乃って本当にわがままだわ。篠宮家がこんなふうに没落したのは、あのときのあの行動が原因なのよ。もしあのとき……」言いかけたところで、正隆の顔にまた陰りがさす。綾子が続きを言おうとするのを見て、正隆は手を振った。「もういい。そんな話、今さらしても意味がない」綾子は彼の反応を察したようで、すっと怒りを引っ込めた。茶色の
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