All Chapters of ~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中: Chapter 21 - Chapter 30

38 Chapters

~第五話②~ 月世界の処刑

 屋敷前の歩道を渡っているのはアマンと兵士だけではなかった。「あれはサライと娘ではないか?」 ベールの女性がつぶやいた。  アマンの後ろ、二人と三人の兵士に前後をはさまれ、一組の母娘が歩いていた。第一話の最終章で登場したサライとリルの母子である。もしここに朝井悠馬がいてサライを見たら、すぐに驚いて駆け寄ってきただろう。  悠馬のよく知っている女性だったからだ。  サライは三十歳くらいの髪の長い女性である。イエローのワンピースを着せられ、ブラックのハイソックスを履いていた。セレネイ王国で、女性の囚人が着せられる一般的な衣装であった。まだ三歳くらいの娘、リルはピンクのワンピースに、ホワイトのショートソックス。  ふたりとも鎖で後ろ手に縛られて数珠つなぎにされていた。リルは大声で泣き続け、サライは何度もリルの方を振り返っては兵士にこづかれたり、ひっぱたかれたりしていた。「さっさと歩かんか」 「反逆者め」 アマンが後ろの様子に気がついて眉をひそめた。(これ以上、ひどいことをするのなら止めなければ……) そしてもうひとり、屋敷三階のベランダからこの様子を見ていたベールの女性が、おもむろに立ち上がり歩道の様子を見つめる。 「セレネイ王国情報調査部の幹部がどうしたというのか?」 ベールの女性がつぶやいた次の瞬間、その黒づくめの姿は歩道にあった。サライとリルの母娘を連行する最後尾の兵士のそばにいた。「下郎《げろう》」 ベールの女性が横柄な口調で呼びかける。兵士が振り向く。黒づくめの女性を不機嫌ににらみつける。ベールの女性は兵士の態度には関係なく続ける。「答えよ。あの母娘《おやこ》は一体何をした」    兵士が軽蔑の眼差しを向ける。「何だ、お前に関係あるかよ」 兵士が女性のベールを手にし、思いっきり引き上げる。乱暴に上げたため、はずみでペンダントがちぎれて歩道に転がった。  ベールはすぐに下ろされた。兵士はワナワナ震えながら後ずさりする。両目からはどっと涙があふれた。「お許しを。私は……何も知らず……」 先頭にいたアマンが振り返り、顔色を変えて走り出す。「お願いです、お許しください」 兵士が膝をついて手を合わせる。涙が歩道の石畳を濡らした。  ベールの女性の体が一瞬、かすかに前後に動いたように見えた。  空に響く悲鳴。歩道に飛び
last updateLast Updated : 2025-07-31
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~第五話③~ 反逆者の末路

 ムーンラット・キッスと呼ばれたベールの女性が、王宮警護隊隊長のアマンに尋ねる。「サライはセレネイ王国情報調査部主任だったはずだ」 サライ母娘は後ろ手に縛られたまま、怯えた表情で体を寄せ合っている。「遺憾ですが、今は反逆者です」 アマンが答える。「どういうことだ?」 「地球に密航し、セレネイ王国の地球総攻撃を妨害しようとしました」 地球総攻撃という言葉に、ベールの女性が一歩前に踏み出す。「サライは月世界セレネイ王国情報調査部代表として地球の中の日本という国で四年間、情報収集活動を行っていました」 「知っている。それでどうした?」 「日本の軍事状況について把握するため、日本の防衛省職員と結婚しました」 「そこまでは知っている。それがどうして反逆者となったのだ」 「そのときに生まれた娘リルと共に、今回地球への密航を図ったのです。恐らく夫のもとに帰るつもりだったのでしょう。明確な反逆行為です。ただ今より公園で公開処刑致します」 「反逆者は処刑するがよい。だが地球総攻撃とはどういうことだ。私は何も知らない」 ベールの女性は驚いたような声をあげた。アマンも首をかしげる。「女王陛下は、まだお聞きではないのですか?これは銀河連邦の決定で……」 ベールの女性はアマンの言葉を、黒い手袋をはめた手で制する。「分かった。すべてキラーリに聞く」 サライがベールの女性ににじり寄る。手首を縛った鎖が、ジャラジャラと重い音を立てる。「ムーン・ラット・キッス女王。私はあなたにお話し……」    ベールの女性の右手がかすかに左右に揺れる。サライの体が歩道に叩きつけられた。ワンピースの裾が乱れ、白い太腿が丸見えになっている。後ろ手に縛られたサライは、裾を直すことも出来ず頬を赤く染めていた。リルが大声で泣きながら母親の胸に顔を埋める。サライも娘に頬ずりして一緒に泣いていた。白い太腿も膝小僧も丸見えのままだった。  急にサライが力なく咳き込む。悲しみのせいかもしれない。  ムーン・ラット・キッスと呼ばれた女性は無表情にサライ母娘を一瞥《いちべつ》し、それからアマンに向き直る。「死刑囚という者は、余計なことを言いたがる者だ。猿轡をはめよ」 「そこまでしなくても」 「お前の意見は聞いていない。私は命令をしている」 アマンは仕方なく兵たちに目配せをする。サ
last updateLast Updated : 2025-07-31
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~第五話④~ 女性同士! 譲れない対決

 キラーリ公主のところへ行こうとするムーン・ラット・キッスに対し、まるで挑戦するよう、自分もキラーリに会いに行くと告げるアマン王宮警護隊長。「サライ母娘の処刑を取りやめるよう願いでるつもりです」 ムーン・ラット・キッスが右手を伸ばす。次の瞬間、柄から刃先までゴールドに輝く一メートルほどの長さの剣が右手に握られていた。「王宮警護隊長の分際でどういうつもりかな」 「王宮警護隊長も公園のアイスクリーム店店長も、意見を述べる自由があります」 ムーン・ラット・キッスの剣先が、アマンの肩先をトントンと軽く叩いた。  アマンは顔色を変えることなく、平静を保っている。「そうか? それがお前の考えか?」 ムーン・ラット・キッスの右手から一瞬で剣が消えた。「そうだ、お前は自由だ。私もだ。不愉快なことがあれば、好きなようにさせてもらう」 ムーン・ラット・キッスの右足が、血の海に転がる兵士の頭蓋骨に下ろされた。断末魔の悲鳴のような気持ちの悪い音と共に頭蓋骨はバラバラになった。   「さっさと歩け」 兵士の怒号が響き渡る。サライ母娘が体を寄せ合って歩き始めた。  アマンがムーン・ラット・キッスに向けて敬礼をする。   「では後でお会いしましょう」 「お前が生き永らえていることを願う」 アマンが背を向けた。ムーン・ラット・キッスは、少しも同情の様子を見せず、サライ母娘が公園に連行されるのを見送っていた。(悠ちゃん。悠ちゃんには私がいるから)
last updateLast Updated : 2025-07-31
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~第六話 キラーリ公主とムーン・ラット・キッス①~ 月世界の独裁者・キラーリ公主

 月の裏側、「モスクワの海」の地上の丘に、白亜の柱と壁でつくられた巨大な宮殿がある。セレネイ王国王宮である。  この宮殿に屋根はない。月には雨が降らないからだ。  月の空は二十四時間、夜空のままで、決して地球のように朝が来ることはない。  夜空の下、キラキラと輝く無数の星が、王宮の照明だ。  宝石の輝きのようにまばゆいきらめきと、ボンヤリとうつろぐ蜻蛉《かげろう》のようなともしびが、見事なシンフォニーを奏で、明るく、そして暗く、高貴で華やかで、ときには寂しい幻想的な月の照明をかたちづくっているのだ。  宮殿のホール。雲のように白くてもろく、フワフワした絨毯の上。選ばれし月世界の乙女七人が薄青色で半透明のシュミーズを羽織り、その下にある美しいピンクのブラジャーとショーツを浮かびあがらせ、一日中、華麗なダンスを踊りながら合唱している。<月がそびえる 月が輝く この広い宇宙いっぱい見下ろすその姿 月は美しく そして夢幻 夢の如く 幻の如く 月は永遠に続く 誰も月の 真実の美しさを知らない 誰もがそのまま生を閉じ 月は美しいまま 永遠に続く> 乙女の体が左右に流れる度、ピンクのプラジャーが不安定に波うち、乙女の体が前後に流れる度、ピンクのショーツが深呼吸する。  美しい音色に見送られて奥へ進む。   宮殿の奥に入ると、まぶしさに思わず下を向いてしまう。ここだけはいつも華麗に明るい。  目の前には、ダイヤやルビー、エメラルドが無数に埋め込まれた大理石のベッドが置かれている。  体が吸い込まれそうな羽毛布団の中央に、半透明のシルバーのシュミーズを着た女性がうつむけに寝そべっている。胸の乳首とわずかな周辺だけを隠すシルバーのマイクロビキニブラジャー、そしてマイクロビキニランジェリーを身につけ、スラリと長く美しい曲線を描く脚には、シルバーのショートソックスを履いている。長く白い脚をわずかに覆うシルバーのソックスの輝きは、少女のような幼さと悪戯っぽさを感じさせる。  セレネイ王国の摂政であり、王国の実質的な支配者、キラーリ公主は、いつものように腹ばいのまま、ベッドの上で書類に目を通していた。セミロングの髪、大きな目は強い自信に満ちている。この目でじっと見つめられたら、男性は自ら彼女の奴隷になってしまうだろう。大きな口は、感情によって微妙に形を変え
last updateLast Updated : 2025-07-31
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~第六話②~ ムーン・ラット・キッス登場

 そしてもうひとり。ベッドのそばに控えているのは、タキシード姿の男性だった。  セレネイ王国のキラーリ公主の弟、エブリー・スタイン公子。髪を長めに伸ばし彫りの深い顔立ち、高い鼻。高貴な身分であることを示すかのような驕りに満ちた表情。背徳的な雰囲気を漂わせた危険な香りのイケメンである。  今、エブリー・スタインはスマホで誰かと話をしている。地球のスマホと比べて非常に薄く、使用しないときは一時的に消滅させ、異次元倉庫に保管することが可能であった。呼び出すときには、地球のクレジットカードに似たセレネイカードを取り出し、パスワードを入力すればよい。このカードを持ち歩く必要などなく、必要な場合は指紋認証によって、一瞬のうちに手の上に呼び出せばよかった。  エブリー・スタインは苦い顔で話し続け、通話が終わるとスマホを異次元倉庫に収納した。手には何も残ってはいない。「ムーン・ラット・キッスが来ます」 「そう……」 「姉上は、あの女に甘すぎる。月の先住民族ムーン・ラットの女王か何か知らないが、年金暮らしのつまらん老婆じゃりあませんか」 「弟よ、それは言いすぎじゃない。お婆さんとは思ってるけど……」 「じゃあ、昔の栄光を忘れられない化石人間としておきましょうか」 キラーリ公主は書類に目を向けたまま、眠そうな口調で言った。「姉として残念なのはね」 書類にサインをして脇に置く。「あなたの背中に目がついてないこと」 エブリー・スタインは初めて背後の人の気配に気がついた。そして冷たく鋭い視線。恐る恐る時間をかけて振り返ると、そこには黒いベールの女性が立っていた。一瞬で、エブリー・スタインの顔が真っ青に変わった。「弟よ。席をはずしてくれる。あなたの顔を見たくない人がいるから」 エブリー・スタインが逃げるようにその場から立ち去る。   キラーリ公主が、やっと来客の方を振り返った。「地球総攻撃のことは一時間後には伝えるつもりでした」 キラーリ公主はベッドの上に横座りした。白い脚はフワフワと柔らかく、膝小僧が練乳のように白くて滑らかできめ細かい。  ムーン・ラット・キッスがベッドの縁に腰を下ろす。「キラーリ公主。お前のために、そうであることを願う」 キラーリ公主の手に、テレビのリモコンに似た機器が現れた。セレネイカードで異次元倉庫から呼び出したのだろう。キ
last updateLast Updated : 2025-07-31
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~第七話 地球総攻撃①~ バレリー広報官は美しすぎて

 リモコンの正面、ベッド中央のキラーリ公主とベッドの縁のムーン・ラット・キッスの間の空間に、ひとりの女性が出現した。確かにその場所に存在するのだが、目が慣れてくればどこか違和感を感じる。その場にいるようで、その場にいない。例えて云えば、蜃気楼《しんきろう》のような存在。  キラーリ公主とムーン・ラット・キッスのふたりは別に驚く様子はない。  再生された立体映像であった。  一メートル九十センチ以上の長身の女性。ゴールドのブレザー、ミニのアコーディオンスカート。ホワイトのブラウスにゴールドのネクタイ。日本の女子高校生の制服に似たファッションにゴールドのハイソックスとシューズ。   髪型はショートカット、大きな目に大きな黒い瞳。そして大きな口が親しみを感じさせる。ニッコリ笑うと、ドキッとするほど愛らしい。よく見れば体がスリムすぎて脚も細すぎるのだけれど、女子高校生の制服を着るとそれが大きなアピールポイントとなった。  特にゴールドのハイソックスは、白く細い脚の魅力を華麗に引き立て、誰もがいつまでも見とれてしまう。  だが彼女は少女ではない。  銀河系宇宙を統括する銀河連邦のバレリー広報官であった。  銀河連邦。銀河系宇宙の約七百の惑星が参加する連合組織である。どの惑星も、銀河連邦での決定には無条件で従わなければならない。決議に違反すれば、最終的には銀河連邦軍の武力攻撃を受ける場合もあった。  銀河連邦では、加入する惑星があまりにも多いため、銀河系宇宙をいくつかのブロックに分割し、ブロックの代表理事国を決定。代表理事国からなる銀河連邦総会で重要事項について会議が行われていた。  セレネイ王国は、太陽系ブロックの代表理事国であった。  バレリー広報官は48系ブロックのマスカット星出身。将来は銀河連邦事務総長との噂もある。地球の年齢に換算すれば既に三十歳を超えていた。  だが、あえて銀河系宇宙で十代の女性に流行しているファッションを身に着け、大人の女性の厳粛さにひそむ少女の可憐さ、悪戯っぽさを演出していたのである。銀河連邦の惑星の間では販売用動画が計算不可能な「∞」(無限)の売り上げ点数を記録していた。  自分も動画を販売しセレネイ王国の資産を増加させようと考えていたキラーリ公主にとっては、一番のライバルである。残念なのは、バレリー広報官は、キラー
last updateLast Updated : 2025-07-31
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~第七話②~ 地球総攻撃を報告しま~す

「それではご挨拶に続きまして、銀河連邦から最新決議について報告します。太陽系の地球に対して総攻撃が決まりました。最終目標は地球人類の滅亡です。総攻撃については、太陽系ブロックの代表理事国である月世界セレネイ王国が単独で行うことになりました。日本という国が、単独で地球全体に大きな影響を与えることが総会でも満場一致で確認されたので、第一段階として、まず日本を滅亡させることとなります。詳しい計画については、いずれキラーリ摂政より報告がされる予定です」 今、バレリー広報官は、銀河連邦を代表する広報官の立場から、よどみない口調で報告を続けていた。「総攻撃に至った理由はこれまでも報告してきた通り、地球の所蔵する核爆弾及び環境汚染が、太陽系のみならず銀河系宇宙全体の脅威となると判断されたためです。」 キラーリ公主は、ムーン・ラット・キッスがバレリー広報官の立体動画をじっと見ている様子を観察していた。かすかに肩が震えている。心の動揺を表している。だが地球の運命など、ムーン・ラット・キッスの興味の対象外のはずだ。「総会では地球からの弁明を聞かないで、地球総攻撃を行うことについて反対意見もありました。だがそれは不可能なことです。地球には様々な国家が存在します。どのような政治形態であれ、惑星でひとつの国家が成立している銀河系のほかの惑星とは違います。そもそも銀河系宇宙連邦に加入する資格がありません。地球の代表が存在しない限り、弁明を聞くことは出来ません。総攻撃は決定です。地球滅亡後の地球の管理については、月世界セレネイ王国が中心になって行います。以上、銀河連邦総会での最新決定事項を報告しました」 バレリー広報官の報告が終わった。「それから、私が主役の動画『バレリーのあなたへの気持ち』、現在絶賛発売中です。売り上げの一部は銀河連邦の貧困惑星支援に当てられます。寄付金付でお買い上げのみなさんには、金額に応じて私の独占動画や私が使っていたネクタイ、ハンカチーフ、シューズをサイン付きでプレゼントします。では動画の一部をお見せしますね」 バレリー広報官がニッコリ笑顔でスカートをひるがえし、白い太腿に手を添える。「でもちょっとだけですよ」 バレリー公主がスカートのすそを手にする。「やかましい」 キラーリ公主がイライラした表情でリモコンのスイッチを押した。バレリー広報官の姿が消
last updateLast Updated : 2025-07-31
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~第七話③~ ムーン・ラット・キッスの決意

「別に地球総攻撃に反対する気はない」 ムーン・ラット・キッスが立ち上がった。「ただ地球にはもう千四百年くらい行っていない。総攻撃の前に、私に最終調査をさせてもらおう」 エブリー・スタインが再びこの場に現れた。隠れてふたりの会話を聞いていて、我慢ならなくなったようだ。「不同意。サライの後も、セレネイ王国情報調査部の情報員が日本で事前調査を行っている。報告書をまとめ、後は総攻撃をするだけだ。あなたが行く必要などない」 「それでは足りないと言っている。私が地球の日本国に行き、最終調査を行う。それでいいな」  キラーリ公主が肩をすくめる。「相変わらず強引なんだから。月の先住民族、ムーン・ラット族最後の生き残りとして、あなたには出来るだけのことをしているつもりなんですけど!」 「そうだな、誠にかたじけない。感謝する。これでよいか?」 キラーリ公主がため息をついた。「チェスで決めましょうか」 チェスは地球のチェスによく似たゲームである。もともとは月から地球へ移住した人間たちが、地球で伝えたものらしい。  太陽系でもチェスは盛んだが、八種三十二個の駒を使う。駒は惑星の形をしている。駒の種類は火星、水星、木星、金星、土星、天王星、地球、月。キングにあたるのが月と地球だった。「私が月。女王陛下が地球。女王陛下が勝てば、地球総攻撃に備えた日本への最終調査を認める。それでいかがです」 キラーリ公主は「女王陛下」と尊称で呼んだ。当たり前だが、心の内《うち》は反対だった。「よかろう」 エブリー・スタインが顔色を変える。「姉上、よろしいのですか?」 キラーリ公主は何も答えず、ムーン・ラット・キッスを正面から見つめている。ムーン・ラット・キッスが黒づくめの姿でベッドに上がり、キラーリ公主と向かい合う。  侍女が正方形のチェス盤と駒を持ってきた。侍女が駒を並べる。  エブリー・スタインはハッとしてふたりの間に置かれたチェス盤に目を向ける。(そうか、姉上はチェスの名手だった) ムーン・ラット・キッスは無言のまま、ペンダントを右手に握る。(悠ちゃん。私、行く。きっと地球に行くからね。飛鳥というキラーリと同じくらいものすごく醜い女が悠ちゃんに近いのが、私は気になってしょうがないもの。悠ちゃんみたいないい子を、あんな醜い女なんかの自由になんかさせない)「さ
last updateLast Updated : 2025-07-31
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~第七話④~ 勝負は一瞬で決まるもの

 キラーリ公主にとっての三十分は、チェスのゲームを終了させるのに十分な時間だった。 ゲーム開始から三十分後。宝石の輝きに囲まれた大きなベッドの上に、キラーリ公主とムーン・ラット・キッスが向かい合って座っている。 キラーリ公主はゴールドの駒。ムーン・ラット・キッスはシルバーの駒。 地球以外の惑星で行われるチェスでは、特にどちらの駒が先手とは決まってはいない。今回のゲームは、キラーリ公主が声をかけてシルバーが先手となった。 キラーリ公主の側に月の形のキング。 ムーン・ラット・キッスの側に地球の形のキング。 自分の駒を駆使し、相手のキングを取った方が勝利となる。 キラーリ公主は太腿もあらわに横座りし、膝小僧を前に突き出していた。白い肌が甘く柔らかく輝く。 ムーン・ラット・キッスは黒いガウンから右手だけ伸ばして駒をつまんでいる。 チェスボードに、シルバーの駒はほとんどん残っていない。 キラーリ公主は余裕たっぷりの表情で、ムーン・ラット・キッスの次の手を見つめている。 ムーン・ラット・キッスはベールを垂らしているため、顔の表情が全く分からない。 ベッドのそばでは、エブリー・スタインが軽蔑の眼差しでムーン・ラット・キッスを見つめている。(ムーン・ラット・キッス。振り下ろした駒をどこに置く? 姉上にチェスで敵うはずがない。お前が負ければ、地球で最終調査などする必要はない) ゲームは、とっくにキラーリ公主の「チェック」まで来ていた。ムーン・ラット・キッスは火星の駒を手にしたまま、どこに置くことも出来ずにいた。「どうぞ、ごゆっくり。私はいくらでも待ちましょう。あなたが諦めるまで」 エブリー・スタインはこの言葉を聞き、内心、腹を抱えて笑っていた。(諦めろ。月の先住民族の老いぼれ) ムーン・ラット・キッスは駒をどこにも置けないまま、すでに五分が経過した。 キラーリ公主はニコッと楽しそうな笑いを浮かべた。「一応申し上げておきますが、すでにこのゲームは『チェックメイト』です。なぜかと云えば……あっ!」  キラーリ公主の驚いた声。ムーン・ラット・キッスが手にしていたシルバーの駒が、キラーリ公主の顔のすぐそばを通過した。頬にかすかな衝撃。そのままシルバーの駒は、ベッドの床に叩きつけられた。「チェックメイトは永遠に来ない」 ムーン・ラット・キッスが
last updateLast Updated : 2025-07-31
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~第七話⑤~ キラーリ公主はご機嫌斜め

「セレネイ王国のみなさ~ん、こんにちは。月の王女様、セレネイ王国の摂政、キラーリです。地球総攻撃の決まったことをお知らせしま~す。」 ムーン・ラット・キッス女王が立ち去ってしばらくした後の宮殿。キラーリ公主の陽気で明るい声が響き渡る。「地球は元々、月から分離した兄弟惑星。地球の発展は、月から移住した月世界の人間が実現したようなものですよね。その後、月世界は隕石の雨のせいで廃墟と化し、空気が少なくなったりして、とっても住みにくくなりました。地球人類を滅ぼし、私たちセレネイ王国のセカンドハウスにしましょうよ」 テニスルックのキラーリ公主が、左右に優雅に舞いながらテニスラケットを振る。襟元がホワイトのライトピンクのポロシャツにホワイトのプリッツスミニスカートで、太腿を惜しげもなく晒している。ホワイトのハイソックスがキラーリ公主の大きな目にピッタリとマッチし、まるで少女のようにあどけない可愛さを演出していた。  キラーリ公主はラケットを手に華麗に舞い、その度にスカートがフワフワと跳ね上がる。白い太腿がキラキラと柔らかく輝く。キラーリ公主はニッコリとウィンクしながら微笑みかける。  タオルを受け取り、目を輝かせながらそっと顔をぬぐう。夢見る乙女の瞳が光る。  本当のことを言えば、キラーリ公主は笑ってもいないし、夢を見てもいない。彼女の心の中を見てみよう。(ひとりだろうと一億だろうと、人を動かすなんて簡単簡単。イケメンと美女さえいれば、言葉なんて要らないから。おじいさんやおばあさんが、百時間使って話したって、だーれも動かない。見苦しいものなんか見たくないし、聞きたくないんだもん) 一方、ベッドの上には、腹ばいになったもうひとりのキラーリ公主がいた。テニスルックのキラーリ公主は、国民へ地球総攻撃を報告するための立体動画だった。女性用にはエブリー・スタインの立体動画も用意されていた。  ムーン・ラット・キッスが地球に向かって最終調査をするために地球総攻撃は延期。キラーリ公主のテニスルックは、まだ一般には公開されてはいない。  立体動画のキラーリ公主は、最初から最後まで笑顔を絶やさない。「セレネイ王国の軍隊を支えてくださる義勇兵を募ってます。参加が難しかったら、義援金をお願いできないかしら。みなさんのご協力が、地球を滅ぼし、セレネイ王国の未来を築きます
last updateLast Updated : 2025-08-01
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