屋敷前の歩道を渡っているのはアマンと兵士だけではなかった。「あれはサライと娘ではないか?」 ベールの女性がつぶやいた。 アマンの後ろ、二人と三人の兵士に前後をはさまれ、一組の母娘が歩いていた。第一話の最終章で登場したサライとリルの母子である。もしここに朝井悠馬がいてサライを見たら、すぐに驚いて駆け寄ってきただろう。 悠馬のよく知っている女性だったからだ。 サライは三十歳くらいの髪の長い女性である。イエローのワンピースを着せられ、ブラックのハイソックスを履いていた。セレネイ王国で、女性の囚人が着せられる一般的な衣装であった。まだ三歳くらいの娘、リルはピンクのワンピースに、ホワイトのショートソックス。 ふたりとも鎖で後ろ手に縛られて数珠つなぎにされていた。リルは大声で泣き続け、サライは何度もリルの方を振り返っては兵士にこづかれたり、ひっぱたかれたりしていた。「さっさと歩かんか」 「反逆者め」 アマンが後ろの様子に気がついて眉をひそめた。(これ以上、ひどいことをするのなら止めなければ……) そしてもうひとり、屋敷三階のベランダからこの様子を見ていたベールの女性が、おもむろに立ち上がり歩道の様子を見つめる。 「セレネイ王国情報調査部の幹部がどうしたというのか?」 ベールの女性がつぶやいた次の瞬間、その黒づくめの姿は歩道にあった。サライとリルの母娘を連行する最後尾の兵士のそばにいた。「下郎《げろう》」 ベールの女性が横柄な口調で呼びかける。兵士が振り向く。黒づくめの女性を不機嫌ににらみつける。ベールの女性は兵士の態度には関係なく続ける。「答えよ。あの母娘《おやこ》は一体何をした」 兵士が軽蔑の眼差しを向ける。「何だ、お前に関係あるかよ」 兵士が女性のベールを手にし、思いっきり引き上げる。乱暴に上げたため、はずみでペンダントがちぎれて歩道に転がった。 ベールはすぐに下ろされた。兵士はワナワナ震えながら後ずさりする。両目からはどっと涙があふれた。「お許しを。私は……何も知らず……」 先頭にいたアマンが振り返り、顔色を変えて走り出す。「お願いです、お許しください」 兵士が膝をついて手を合わせる。涙が歩道の石畳を濡らした。 ベールの女性の体が一瞬、かすかに前後に動いたように見えた。 空に響く悲鳴。歩道に飛び
Last Updated : 2025-07-31 Read more