All Chapters of ~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中: Chapter 1 - Chapter 10

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~第一話 高蔵彩良先生~① 高蔵先生の夢

 昨夜《きのう》だけど、高蔵彩良《たかくらさら》先生の夢を見た。  昼間、彩良先生の誕生日プレゼントを自宅に届けてきたからかもしれない。彩良先生の代わりに、彩良先生のお義母さんが受け取ってくれた。  朝井悠馬《あさいゆうま》にとって、明日は桜花高校《おうかこうこう》の入学式。私立の名門で、母から強く入学を勧められたのである。  母は天文学者で、日本が誇る東海科学館長野天文台の副館長をしている。学会の発表があるため、どうしても入学式には参加できない。悠馬は別に構わなかった。母が一緒に来れば、地学と物理の担当で天文部の顧問をしている荒川今日華《あらかわきょうか》先生に会うことになる。荒川先生は悠馬の母とは、先輩後輩、母の助手の関係。そのままストレートで天文部に入部ということになりそう。母が来ない方が都合よい。  母は天文台に単身赴任中。そもそもほとんど自宅にはいない。家政婦さんが週に三回通って家事をしてくれるが、悠馬もたいていのことは自分で済ませていた。以前は荒川先生が母の代わりによく自宅に来てくれたが、仕事が忙しくなり、ほとんど尋ねてくることもなくなった。これも悠馬には好都合だった。  悠馬は明日、学校へ提出する書類を点検の最中。<朝井悠馬《あさいゆうま》 桜花高校一年特進クラス  現時点での進路・美術関係  現時点での進学希望校・アジア美術教育大学  保護者 父は八年前に病死      母・朝井芽衣《あさいめい》(天文学者)> この書類を母が見たら、ただでは済まないだろう。  そして次のアンケートの回答も多分……。<アンケートQ12 当校の教員、講師、職員の中に親族や知人がいますか? A.います いません〇 > 母だけじゃない。母の後輩で母親代わりだった荒川先生はどう思うだろうか?  ふたりがどう思うかはともかくとして、書類の点検終了。  悠馬は改めて昨夜見た夢を思い出そうとした。  小学三年のときの担任教師、高蔵彩良《たかくらさら》先生の夢。  出会ってからのいくつもの思い出が、ドラマの総集編のように再生されていく。そんな懐かしくて楽しくて、そして悲しい夢だった。目が覚めたときは涙を流していた。  高蔵彩良先生。一昨日、三十三歳になったばかり。悠馬の心に残る彩良先生のイメージ。  短めのボブの髪型で茶髪。切れ長のシャープ
last updateLast Updated : 2025-07-26
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~第一話②~ 彩良先生の涙

 小学三年のいつの季節だったろうか?  土曜日の休日。彩良先生と一緒に美術の展覧会に出かけ、帰り道、かなり遅い時間に川沿いの道を歩いていた。通行人も少なく暗い道だが、町はずれまで近道だった。川の土手から突然、三人の男たちが現れた。暗くて顔はほとんど分からない。「オンナ! キレイキレイ。」 「アソブ、アソブ」 「キス、キス」 不気味な脅迫のセリフが夜空に響き渡る。  悠馬は真面目で優しく親切。だが弱虫で力もない。第一、小学三年生だ。「朝井くん、早く逃げて」 彩良先生が悠馬に呼びかける。弱虫の悠馬は絶対に逃げなかった。ブルブル震えて泣きながら彩良先生の前に立ちはだかって、「や、やめてください。ぼ、僕、警察呼びますから」と繰り返した。すぐに涙があふれ、顔中ベトベトになった。夜、女性を待ち伏せするような人間は、相手が小学生だろうと容赦はしない。羽交い絞めにされて、顔や体を殴られたり蹴られたりした。最後は地面に思いっきり叩きつけられた。「バカヤロ、ブッコロシテヤル」 「シネ、シネ」 男たちの声がだんだん小さくなっていく。ダラダラ血が流れる感触。それでも悠馬は彩良先生のことだけを考えていた。「やめてください。警察……」 消えそうな声で叫び続ける。そんなこと叫んだって何の役になんか立たないのに……。彩良先生を助けることなんて出来ないのに……。 ………………………………………… 気がついたら病院のベッドにいた。彩良先生が涙をいっぱい浮かべていた。悠馬が目を開けたのに気がつくと、しっかりと胸に抱き寄せた。「何で逃げなかったの? 朝井くんのバカ」 彩良先生が泣き叫ぶ。もしかしたら彩良先生の涙を見たのは、この世でただひとり、悠馬だけだったかもしれない。「朝井くんはね。優しくて、親切だけど、力もないし勇気もない。本当にダメな子なんだから。泣いたって叫んだって先生を助けることなんて絶対出来ないんだよ」 悠馬は何度も頬ずりされた。「どんなに優しくたって、親切だって、それだけで他人《ひと》を助けるなんて出来ないんだからね」 彩良先生のあたたかい涙が、悠馬の頬をつたっていった。額に頬にキスの雨が降ってきた。「でもそれでいいじゃない。そんないい子がひどい目に遭う世の中がいけないんだから。世の中が間違っているんだから」 彩良先生の声がひときわ
last updateLast Updated : 2025-07-26
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~第一話③~ 彩良先生の薬指のエンゲージリング

 悠馬が四年に進級すると、彩良先生は他校へ転任していった。担任と生徒の関係ではなくなったので、何も遠慮する必要がなくなった。放課後、土日と彩良先生の自宅で勉強を教えて貰い、休日には一緒に買い物や遊びに行ったりした。  悠馬の記憶だと、荒川先生は、悠馬が彩良先生の家に行くのをものすごく厭がっていたように思う。  荒川先生の気持なんか、悠馬にはぜんぜん関係ない。小学五年のとき、悠馬は顔を真っ赤にして彩良に告白した。「彩良先生、僕が十八歳になったら結婚してください」 気が弱くて無口な悠馬が、自分から大声を出した瞬間だった。おこづかいを貯めて買った真珠の指輪を渡した。小さな真珠で値段は数千円。「ごめんなさい。ぼ、僕、お、大きくなったらもっと高い指輪を……」 彩良先生は怒らなかった。指輪を受け取って、「これでいい。これでいいから。朝井くん」 そう言って、エンゲージリングを左手の薬指にはめた。「私たち、フィアンセになったんだからね。これからは悠ちゃんと呼んでいいよね」 こうしてふたりはフィアンセの関係になった。とはいえ、年齢がずいぶん離れている。悠馬にとって、フィアンセになれたのは嬉しいものの、本当は彩良先生はすごく迷惑ではないのだろうか?。  悠馬の気持ちが分かったのか、彩良先生はあるとき、こんなことを言った。「私たちの年《とし》の取り方は、一定の年齢《ねんれい》まではすごくゆっくりなの。だから悠ちゃんが十八歳になったときには、先生が少しだけ年上という感じでぜんぜんおかしくないから……。ただ私たちはね、ある程度の年齢《ねんれい》までくると、後はどんどん年《とし》をとっていく。そのときが先生、一番心配なの」 何だかよく理解できない説明だった。とにかく彩良先生が本当に結婚のことを考えてくれていると分かって、悠馬は有頂天になった。  そして本当の大波乱は悠馬の小学六年のときに訪れたのである。
last updateLast Updated : 2025-07-26
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~第一話④~彩良先生との別れ

 フィアンセになって二年目、悠馬が小学六年の夏。高蔵彩良先生が、自衛隊OBで防衛大学防衛研究所研究員の田辺成一《たなべせいいち》という人と結婚することになった。突然、彩良先生からそれを聞かされたとき、悠馬はショックでその場に失神していた。何という情けなさ。確かにいざというとき、ぜんぜん役に立ちそうにない人間である。  彩良先生に抱き起され気がついてからは、ずっと彩良先生の胸の中で泣いていた。彩良先生は、「どうしても仕方なかったの。本当なの。ごめんなさい、許して」 自分まで泣いていた。悠馬の涙はずっと枯れなかったけれど、きちんと彩良先生の幸せを考える優しい心を持っている。悠馬との婚約は、あくまで悠馬をがっかりさせないための彩良先生の思いやりだったのだ。考えてみれば年齢が十八歳も離れているのに、結婚なんて出来るはずもない。  悠馬はそう自分を納得させ、彩良先生の結婚を心からお祝いすることにした。  結婚式までの間、悠馬は二度と彩良先生の自宅を訪れることはなかった。  彩良先生は結婚式までの間、何度も連絡してきた。TDLやUSJへ遊びに行こう、旅行に行こうと誘ってきたが、悠馬は全て断った。  結婚後、彩良先生も田辺成一の新居に移り、彩良先生と悠馬、ふたりの関係も途絶えた。悠馬は彩良先生から連絡があっても、わざと返事をせずにいた。  悠馬が中学一年になり、彩良先生が女の子を出産したときは、荒川先生と一緒にお祝いに行き、ふたりでお祝いを渡した。  荒川先生が電話をかけに行ったときだった。彩良先生がベッドの中から、「今度、ふたりだけで会おうね」とささやいてきた。悠馬はうつむいて返事をしなかった。  突然、キラキラと柔らかい光が悠馬を包み込んだ。目の前で真珠がキラキラとまぶしく輝いていた。彩良先生が悠馬のプレゼントしたエンゲージリングを左手の薬指にはめていた。  彩良先生が左手の薬指を悠馬に差し出した。「だって私、約束したもの。心の優しい悠ちゃんが、いつまでもいい子でいられるように守ってあげるって……」 彩良先生の指がそっと悠馬のまぶたを下ろした。  甘くてあたたかい唇の感触の後、彩良先生の声がすぐ近くで聞こえた。「忘れてないからね。私の婚約者《フィアンセ》」 あのときの彩良先生の言葉が、一昨日、悠馬の見た夢のラストだった
last updateLast Updated : 2025-07-26
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第一話⑤~夢の中の再会

 入学式の前の晩、悠馬は久しぶりに彩良先生に出会った。  夢の中で、彩良先生が悠馬に会いに来てくれた。「悠ちゃん、目を覚まして」 懐かしい声に目を開ける。部屋には誰もいなかった。「悠ちゃん、悠ちゃん」 悠馬はあたりを見回しながら、念のため部屋の窓を開けてみた。  大きな満月が、まるでパーティのシャンデリアのように、キラキラと大きな輝きを放っていた。  満月を背に大きな光に包まれ、彩良先生の姿があった。昔のようにハイネックのシアートップスにタイトスカート、ガーター付ストッキングの姿で、悠馬に微笑みかけてきた。左手を悠馬の方に伸ばす。左手の薬指に、悠馬がプレゼントしたエンゲージリングがはめられている。「ほら、悠ちゃんのエンゲージリングがこんなに輝いているよ。こんなに、こんなに輝いているよ」 彩良先生が左手を高く掲げる。「もうすぐ悠ちゃんのエンゲージリングを渡しに行くからね。それはね、幸運を呼ぶ月の石の指輪なの」 彩良先生が大きく両手を振る。「きっと、きっと渡しに行くからね。悠ちゃんのことは私が守る。きっときっと、幸せになろうね」 それが本当の夢の終わりだった。目が覚めたとき、悠馬の両目から涙がポロポロあふれてきた。  何度も顔を洗ったのに、両目の縁が真っ赤なままだった。  今日は入学式なのに……。
last updateLast Updated : 2025-07-26
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~第一話⑥~夢の終わりは残酷すぎる

 悠馬が不思議な夢を見た頃。悠馬の知らないところで、こんな事件が起きていた。  それは、あるどこかの大都市の車道。卵を大きくしたような形をした赤い乗用車がひっくり返っている。乗用車と書いたが、道路を走るほかの車と同様、タイヤはついていなかった。まさに近未来的な構造である。  歩道では、時間に余裕のある人々が、その場に立ち止まり、ワイワイガヤガヤと車道に目を向けていた。ひとりの女性が車のそばで、まだ三歳くらいの少女を抱きしめている。顔がそっくりだから、間違いなく母娘だろう。ピンクのワンピースに白いショートソックスの娘は、ずっと声をあげて泣いている。「リル、大丈夫。泣かないでね」 母親は、ハイネックのシアートップスにタイトスカート、ガーター付ストッキング姿。ボブの髪型は大きく乱れ、顔に擦り傷があった。レースのガーターストッキングはあちこちが裂け、白い皮膚が覗いていた。スカートはボロボロになり、マシャマロのように白く大きな太腿がパープルのショーツごと丸見えだった。  もし悠馬が母親の姿を見たら、驚いて駆け寄るに違いない。  そして「彩良先生!」と声を震わせるに違いない。  悠馬には見えないところで、母娘の回りには銃を構えた六人の兵士がいた。黒の軍服に軍帽姿。  彼らを背に、軍服姿の女性が立っている。彼女だけは、他の兵士とは違った軍服だった。ハンチングに似た平たい軍帽を被り、前開きでレッドとスカイブルーの縦縞《たてじま》のワンピース。ワンピースの胸元は大きく盛り上がり、軍服が窮屈そうだった。白く盛り上がった太腿にライトピンクのハイソックス、レッドの軍用ブーツ。セミロングの髪につりあがった鋭い眼。高い鼻の下には真一文字に結ばれた口。歩く姿に少しも隙がない。  高貴さを感じさせる美人だが、軍人であるためか太腿の筋肉が固く盛り上がっていた。膝から下のふくらはぎを覆うライトピンクのハイソックスの鮮やかな色だけが、女性らしさを強調していた。  軍服姿の女性は、母娘にじっと目を向けている。母親は泣きだしそうな表情だったが、最後の誇りをかけて軍服姿の女性を見返していた。 「王宮警護隊長のアマンです。サライ先生、私はあなたの生徒でした。覚えておいでですか?」 王宮護衛隊隊長のアマンが丁寧な口調で母親に話しかけた。「性格も悪く成績の悪い生徒でし
last updateLast Updated : 2025-07-26
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~第二話 入学後の波乱①~ 入学式当日の遠山飛鳥

 入学式の日。東京都清水市の中心部、JR御器所駅の近く。私立の名門、桜花高校《おうかこうこう》の正門へと続く門壁《もんへき》には、何枚ものパネルが誇らしげに飾られていた。  新入生の遠山飛鳥《とおやまあすか》は、パネルに目を向けながらゆっくりと歩いていた。  飛鳥は特進クラスへの編入が決まっていた。入学テストで総合一位の成績。特進クラス編入テストでも一位だった。  ロングの髪に細い目。いつも物憂げな表情をして口数も少ない。飛鳥の中学時代は、テストのときにだけ注目される「陰キャラ」「ぼっち」の三年間だった。クラスメイトからの嫌がらせにも度々遭った。高校の三年間もきっと同じだろうと、自分自身で予想していた。シングルマザーの家庭で、母はどうしても有休が取得できず、入学式はひとりで参加だった。この高校に決めたのは、将来国家公務員をめざしていたからだった。  成績トップに加え、ほっそりした身体にスラリとした美脚、ブラックのタイツがよく似合い、よく見れば知的な和風美人。どうしてこうも見る目のない男子が多いのだろう。  門壁のパネルは名門大学進学人数の自画自賛に始まり、「女子バスケット全国大会三位」「剣道個人全国大会四位」などスポーツクラブの華々しい実績紹介が続き、最後に天文部を紹介したパネルがあった。<桜花高校天文部はこれまでの実績が高く評価され、日本天文学会の特別会員に認められました。国際天文学会へのオブザーバー参加も認められています。  顧問の荒川先生は若手の天文学者として知られ、また東海科学館長野天文台の副館長、朝井芽衣博士の後輩であり、朝井博士と共同研究もしております > 桜花高校天文部のことは、以前、yahooのニュースでも報道されていた。残念ながら飛鳥は天文には興味なく、そのまま通り過ぎた。  学校前の歩道には、新入生を誘導したり、問い合わせに答えるため、二年生の生徒が何人か待機していた。天文部のパネル前にいた二年の女子ふたりの会話が聞こえてくる。「荒川先生は黙ってるけどね。今年の新入生に朝井博士の子どもがいるんだって」 「えっ、ホント? じゃあうちら天文部に来ること間違いないじゃない?」 「そうだね。この学校へ来たのも、絶対、荒川先生がいるからでしょう」 そのとき、飛鳥の横をひとりの男子生徒が走り去った。新入生だろうか? まだ時間がある
last updateLast Updated : 2025-07-26
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~第二話②~ 入学式当日の荒川先生

 パネルで紹介されていた天文部顧問、荒川先生は、職員室の窓際にいた。  荒川今日華《あらかわきょうか》先生は物理と地学の担任教師。  二十八歳。身長は一メートル八十センチ。ブルーのストライプシャツに、オーカーのタイトスカートを履き、白のVネックカーディガンを羽織っている。髪はセミロング。知的で自信に満ちた表情、パッチリした目が凛々《りり》しさを感じさせる。タイトスカートから覗く長い脚は、ダークブラウンのガーターストッキングに抱き締められ、美しい曲線を描いている。ストッキングの網目からは白い肌のなまめかしい輝きが透けて見えた。ガーターベルトに押さえつけられた白い太腿は雪のように白く、ストッキングのカラーであるダークブラウンと、見事な対象美を示している。荒川先生が何気なく脚を動かすたびに、ガーターベルトに押さえつけられた太腿は大きく波打ち、フンワリとした弾力を見せていた。  今、荒川先生は職員室の窓から、ホールに向かう新入生を見つめている。真剣な表情である。  荒川先生は、校舎の前を通り過ぎていく無数の新入生の中に、めざす男子生徒を見つけた。急いで職員室の出入口に向かったが、思い直したように扉の前で立ち止り、また窓際に戻った。後ろ姿が遠くなっていく。  そのまま、自分の席に戻ってスマホを開いた。  一昨日も昨日も今日も見返したline。「朝井悠馬」の名前。<今日華姉さん、本当にごめんなさい。僕は絵が好きだから美術の道を進みたいんです。母が一方的に決めた天文学者のレールはやっぱり歩けません。今日華姉さんに会うと、きっと辛くなるから会いません> 荒川先生はため息をつく。(彩良《さら》さんなら、悠くんを説得出来るのかな?) 荒川先生はスマホの壁紙にそっと目を向けた。(ねえ、私じゃダメなの。本当の姉弟みたいに仲よかったじゃない。それとも田辺彩良《たなべさら》さんの次だったってこと?) 壁紙は、荒川先生と中学の制服を着た少年とのツーショットだった。真面目で優しそうな表情におちょぼ口。高校でまたツーショットを撮れるのだろうか?(ガーターストッキング、彩良さんに対抗したつもりだけど……)    荒川先生は、壁紙の少年に呼びかける。 「あのね、悠くん。先輩もご主人より年上だったから、年齢が離れててもいいって言われてるんだからね」   
last updateLast Updated : 2025-07-26
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~第二話③~ レクサス車内の会話

 月曜の朝。桜花高校正門へ向かうレクサス。助手席には特進クラスの村雨龍。そして一年の女子生徒。 女子生徒は特進クラスの神宮寺真宮子《じんぐうじまみこ》。特進クラス編入テストでは飛鳥に続き第二位の成績だった。ロングヘアーに知的な表情の美人。早くもクラスの女子のリーダー格。男子も真宮子には頭が上がらなかった。「陰キャラが一位でいいの? あたしイヤ」 真宮子がスマホをいじりながら龍に話しかける。「龍は朝井に断られてた。ホントに情けないと思った」 「テストや宿題でオレのこと、手伝うよう頼んだら『不正はイヤだ』 泣きそうな顔で、それしか言わない。弱そうだから、六人で脅したら言うこと聞くと思ったんだけどな。」 「龍ってホント、役に立たない。あたしを助けることも出来ない。『ハピー』の御曹司《おんぞうし》なんて本当なの? ウソじゃない? あたし、あんたのこと、もう考え直そうかな?」 「分かってるよ~。遠山なんかが、出しゃばらないようにする」    正面に桜花高校が見えてきた。「じゃあ、早く実行してよ」 真宮子が身支度を始めた。 二十分後。 朝のホームルーム前の一年特進クラス。一番後ろの飛鳥の席には誰もいない。そしてもうひとり、真宮子の姿もない。 靴箱のところで、真宮子がわざと飛鳥に声をかけ話をしていた。 龍が、五人の取り巻きに囲まれて教壇に立つ。「オ~イ、みんな、聞けよ」
last updateLast Updated : 2025-07-28
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~第二話④~ 邪魔者はクラス委員に!

「オ~イ、みんな、聞けよ」 「ハピー」の御曹司の威光は大きい。早くも龍がクラスのリーダー格で、文句を言うクラスメイトはひとりもいない。「今度のホームルームのクラス委員の選挙だけどさ。こんな面倒なこと、誰もやりたくないよな。成績下がっても困るし……。じゃあ、成績がよくてクラス委員やらされても困らんヤツにやってもらおうぜ」 龍が冷たい笑いを浮かべる。取り巻きのひとり、松下がホワイトボードに向かいマジックペンで大きく、「遠山飛鳥」と書いた。「みんな分かっただろう? クラスの雑用は遠山がやってくれる。みんなは定期テストや進学に集中しよう」 龍はそう言ってクラスメイトを見回す。  真宮子に足止めされている飛鳥は、今頃、クラスで何が話し合われているか、少しも知らないだろう。  そのときだった。龍はひとりの男子生徒の様子に気がついた。飛鳥の席の隣。一番後ろの窓際の席には、特進クラス編入テストで第三位だった朝井悠馬がいた。身長は百五十センチと、女子より低い。真面目でおとなしい表情におちょぼ口。飛鳥と同じく無口で、自分から話すことはない。  「陰キャラ」「ぼっち」……。  飛鳥と同じ人種だと、龍がバカにしている生徒である。  その悠馬が、何も聞こえないように窓の方を向いていた。  龍に文句を言うクラスメイトはひとりもいない。だが話を聞かないクラスメイトは確かに存在する。  龍は悠馬が、テストや宿題への協力を、きっぱりと断ったことを思い出した。  悠馬はというと、自分の席で、内心ため息をついていた。(こんなのひどいよ。絶対いけないよ。だけど僕、何も言えなかった) 悠馬は隣の席の飛鳥のことを思い出していた。「おはよう」「それじゃあ」の挨拶しか交わしたことない。おとなしくて、クラス委員なんかやらされたら、二度と登校出来ないような気がする。(だけど僕に出来ることって、何かあるだろうか?) 悠馬の思いを断ち切る龍の声。すぐ前に龍と取り巻きの男子がいた。「やあ、編入テスト三位でも、陰キャラでクラスカーストのワースト、朝井悠馬くん、オレの言ったこと聞こえたな」 悠馬はうつむいたまま、何も言えない。「お前なあ、もっとクラスメイトの言うこと聞くようにしようぜ」 悠馬に嘲笑を浴びせて、龍たちは席に戻っていった。
last updateLast Updated : 2025-07-29
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