All Chapters of ~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中: Chapter 51 - Chapter 60

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~第十一話③~ 飛鳥に近づく魔の手

「遠山さん」 急に名前を呼ばれて、飛鳥が振り返る。放課後、玄関の靴箱の前。クラスメイトの神宮寺真宮子が真面目な顔で立っている。「ねえ、ちょっと相談したいことがあるんだ。一緒に帰っていい?」 飛鳥は一瞬で体が硬直した。クラスカーストのトップが最底辺の飛鳥に何を相談するというのだろうか?それに、ほんの一パーセントも笑顔のない表情で、飛鳥と一緒に帰りたいと誘うのも不自然だった。  真宮子は大事なことを省略している。飛鳥と一緒に帰るのは真宮子だけじゃない。十人近くの男子がいる。  飛鳥は断りたかったけれど、相手を納得させる理由が思いつかない。(どうしたらいいんだろう?) 飛鳥は何も言わずに靴箱の前に突っ立っているしかない。「ねえ、いいでしょう」 真宮子の声が大きくなる。「遠山さん」 控えめな声がすぐ近くでした。一番気にしている男子が靴箱に来た。「ごめんね、待った?」 真宮子が眉をひそめた。「あなたたち、約束してたの?」 「き、今日、一緒に帰ろうって……」 悠馬ったら顔が引きつり、声が震え、完全に不審者となっていた。けれども飛鳥には悠馬の気持ちがよく分かって、自然と笑顔になっていた。真宮子がふたりを見回す。「そうなんだ。そういう関係だったの? ごめんね」 飛鳥はそう云い捨てて、足早に立ち去った。悠馬がホーーッと大きく深呼吸し、その場に座り込んだ。「遠山さんが教室を出たら、すぐ神宮寺さんが後を追いかけるように出て行った。僕、気になって……」 悠馬はしっかり覚えていた。龍が「クラス委員を飛鳥に押しつけよう」とクラスメイトに呼びかけた朝の時間、真宮子が靴箱で飛鳥に話しかけ、足止めをしていたこと。  先回と全く同じ状況。何か龍たちと一緒に企んでいる。  悠馬はそう直感していた。「遠山さん」 悠馬が真剣な表情で話しかける。「登下校、賑やかな道を通ってね。近道しないで」 飛鳥も真剣な表情で口を開く。「神宮寺さんと村雨くんのこと? あの人たち、何か……」 悠馬は下を向く。「僕もよく分からないけど……」 そうポツンと言って飛鳥に背を向ける。思わず飛鳥は悠馬の腕を摑んでいた。悠馬が驚いて振り返る。真っ赤な頬を見ると、思わず飛鳥は愛しさがこみあげてきた。(特進クラスなのに、みんな頭悪いよ。村雨くんの方ばかり見てる子なんか、仲良くなら
last updateLast Updated : 2025-08-16
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~第十一話④~ 村雨兄弟登場

 翌日の土曜日は母が帰宅する日。午後、スーパー・ラバットを抱っこして駅に迎えに行くことにした。母にスーパー・ラバットを紹介するのも大事な目的だった。  駅に続く川沿いの道を通ることにした。人通りは少ないが、十五分くらいで駅前通りに出る近道だ。  その途中、悠馬は反対側から来るグループに気がついた。誰だかすぐ分かり、悠馬の心に緊張が走った。  虎の紋様に毛を染められた犬を連れ、先頭を歩くのは、間違いなく村雨春樹だ。  後ろには弟の龍と宇野、松下をはじめ、春樹の取り巻きの一、二年八人が従っていた。  春樹はホワイトのTシャツにカーキ色のカーディガン。ネックレスを首にかけ、ネイビーのチノパンを履いていた。  取り巻きの八人も、おしゃれな服装だった。龍はVネックのTシャツにブラックのジョガーパンツを履いている。  地味なベージュのワイシャツにブラックのスラックスの悠馬とは、完全に真逆の位置にいる。  悠馬は胸に抱いたスーパー・ラバットを見て、彼らが何と言ってくるかが心配になった。今さら引き返すなんて出来ない。  一分も経たないうちに、悠馬と春樹のグループは、道路で向かい合った。ほかに歩行者はいない。  春樹はゆっくりと立ち止まり、冷たい笑いを向けて来た。虎と同じ黒と黄色の縞模様に毛を染められた、一メートル以上の高さのウルフ・ハイブリツドが悠馬をにらみつけてくる。不気味なうなり声が聞こえる。  悠馬は自分から春樹に挨拶した。「優等生の朝井悠馬くんか?」 春樹の目が鋭く悠馬を見据えている。スーパー・ラバットを注意深くながめている。「弟と同じクラスだったな」 春樹はそう言うと、龍の方に顔を向ける。「どうして龍のテスト助けてくれないんだ?」 春樹は薄笑いを浮かべる。悠馬は思わず顔をそむける。「教えてくれないかな?」
last updateLast Updated : 2025-08-17
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~第十一話⑤~ 悠馬の危機

 春樹の言葉は悠馬の心臓をジワジワと締めつけてきた。「僕、ノートとか誰でも貸してます」「テスト本番でも助けてやってくれよ。君には迷惑かけないと言ってるんだ。なあ、タイガー」 春樹が連れている犬を見下ろす。タイガーと呼ばれたウルフ・ハイブリツドが悠馬の方に頭を近づけてくる。敵意のこもった目が大きく開けられる。 悠馬はスーパー・ラバットをしっかりと抱きしめた。「そんなのムリです。不正です」 悠馬は龍から、テストのとき、カンニングに協力しろと迫られたことを思い出した。 ハッキリいって、悠馬は弱虫だ! それでも良いことと悪いことの区別くらい出来る。声はかすれて震えていたが、キッパリとそう答えた。 龍が憎悪の眼を向けてくる。何も悪いことしていないのに、こんなふうに憎まれて困ってしまった。「そうか」 春樹は悠馬の方を見ると、かすかに眉を動かした。「そのウサギ、どこかで見たことあるな。みんな、どうだ?」 春樹が龍たちを振り返る。「僕のウサギです」 悠馬があわてて叫ぶ。 龍たち取り巻きが、スーパー・ラバットに目を向ける。ハッとしたように顔を見合わせる。「ウソつくな」「そうか、お前がオレたちから盗んだのか」「このヤロー」 龍たちが大声を出す。悠馬はスーパー・ラバットを抱きしめる手に力を入れた。 絶対に手放すものか?弱虫でも臆病でも決意することは出来る。悠馬はこの決意を最後まで貫くつもりだった。「僕のウサギです」 悠馬の声は震えていた。けれども力の限り叫んでいた。「ふざけんな、ドロボー」「返せ!」「後悔するぞ」 龍たちが悠馬に迫る。春樹が左手で制した。「朝井くんが自分のウサギと言ってるだろう。何か証拠あるのか」 龍たちが黙り込む。ギラギラした目で悠馬をにらみつけている。「まっ、誰のウサギでもいいだろう」 春樹が肩をすくめる。「そのウサギ、こっちへくれないか。タイガーのエサにするんだ」 春樹は、心から楽しそうに呼びかけてきた。「聞いてるか?」 春樹は笑っていた。だが目を見ると、ナイフの先端のように鈍く大きく光っていた。「ムリです。僕の大切な友だちです」 それだけ言うだけで、喉がカラカラになった。「そうか」 春樹が楽しそうにつぶやく。その言葉のすぐ後だった。悠馬はその場に、仰向けに倒れていた。
last updateLast Updated : 2025-08-18
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~第十一話⑥~ またも聞こえたサイレン音

 激痛が悠馬の腹を襲った。いきなり腹を蹴られたのだ。悠馬は何も抵抗出来なかった。  悠馬にたったひとつ出来たこと。アスファルトに叩きつけられても、しっかりスーパー・ラバットを抱きしめていた。タイガーがうなり声をあげながら、悠馬の体の上に四つ足を乗せてきた。大きな口を開ける。無数の尖った歯がを悠馬に向けられた。血のように赤い舌を突き出してくる。「知ってるか? 動物園では、ウサギは虎のエサなんだ」 春樹が冷たい笑いを浮かべて、悠馬をのぞきこむ「それからな。オレの家にはタイガーの仲間がたくさんいるんだ。どうする、君がエサになるか?」    悠馬は必死で体を横に向け、スーパー・ラバットを守ろうとした。タイガーの鼻息が、悠馬の耳にかかる。タイガーの開かれた口が、悠馬の胸の中のスーパー・ラバットに向けられる。  このままではスーパー・ラバットを守れない。悠馬の両目に涙があふれてくる。  そのときだった。けたたましいパトカーのサイレンの音が響き渡った。すぐ近くだ。春樹が舌打ちするのがハッキリと聞こえた。   「タイガー」 春樹の声と共に、タイガーが悠馬から離れる。春樹が小走りで立ち去る。「またな」 最後にそう言い残して……。「こいつ。何してるんだ」 「歩道で寝てるぜ」 「頭狂ったか」 取り巻きたちも声が遠ざかっていく。  悠馬は起き上がると胸の中のスーパー・ラバットを見つめた。スーパー・ラバットも、ずっと悠馬の方を見つめている。「よかった」 悠馬はポロポロ涙を流した。スーパー・ラバットの長い耳が、やさしく悠馬の頬をなでる。「本当によかった」 悠馬の涙はいつまでも止まらなかった。スーパー・ラバットの耳先が、悠馬の熱い涙を拭きとってくれた。悠馬の涙を分かっているのだろうか? それともただの偶然……。  悠馬は助かった安心感から、何も疑問に思うこともなかった。  パトカーは一体、どこから来て、どこへ行ってしまったのだろうか?  
last updateLast Updated : 2025-08-19
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~第十二話~ 突然の荒川先生

 悠馬は母を迎えに行くのをとりやめた。何といっても春樹たちがスーパー・ラバットをキングのエサにするつもりでいる。しばらく外に出さない方がいい。  急いで自宅に戻ると鍵がかかっていなかった。間違いない、とっくに母が帰っている。  悠馬はあわててドアを開けた。「おかえりなさい」 母の声がした。そしてもうひとり、女性の声が重なった。  玄関に、スーツ姿の母がいた。  そしてもうひとりの女性。誰かはよく知っている。けれども高校入学以来、一度も話したことはない。「悠馬くん、こんにちは」 イエローのハイネックセーターにグレイのミニスカート。スカートの裾からレッドのソックスを履いた脚がなまめかしく覗いている。「こんにちは」 悠馬も丁寧に頭を下げた。「残念だな」 物理の教師で天文部の顧問、荒川今日華先生が、そう悠馬に話しかけてきた。「悠馬くんと天文部で会えると思ったんだけれど……」 悠馬は恐る恐る母に目を向ける。悠馬の母、朝井芽衣が怖い目で悠馬を見つめている。悠馬はすぐ横を向いた。「悠馬くんの好きなシュークリーム買ってきた。食べながら話そうよ。ところで……」 荒川先生が尋ねるより先。母がとがめるように言う。「そのウサギは何?」 スーパー・ラバットが悠馬の胸に顔を埋めた。甘えるように鼻を鳴らした。  
last updateLast Updated : 2025-08-20
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~第十二話 突然の荒川先生②~ 荒川先生の誘惑

「悠馬くん、天文部に入ろうよ」 応接間のテーブルで悠馬、母の芽衣、そして荒川先生が向かい合っている。スーパー・ラバットは悠馬の足元でじっとしている。「私の研究手伝って欲しいな。先輩や私の母校、日本科学大学に入学出来るよう応援するから……」 荒川先生は笑顔を絶やさない。その一方、有無を言わさぬ秘めた威厳がある。母にも共通する点だ。さすがは母が目をかけた後輩である。「でも僕は美術部……」 「安心して」 荒川先生の目が悠馬を正面から見つめる。悠馬を捕まえて決して放さない厳しさと怖さがあった。「かけもちして差し支えないから。美術部の河上先生にも話しておいた。そもそも活動実績の殆どないクラブでしょう」 そう言われたら悠馬は反論できない。美術部の部室に行って、ひとりで好きな絵を描いているだけだもの……。母が後を継いで話す。「日本科学大学の山本博先生にも挨拶をしておいた。後はあなた次第。いずれ荒川先生も私のいる東海科学館長野天文台に来て頂くつもり。将来はあなたにもね」 そんな! 悠馬には、美術の道に進む目標があるのだ。日本科学大学なんか関係ない。長野天文台だって同じこと。  山奥でずっと観測なんて、絶対イヤだ~~。  だが母と荒川先生に、今、それを語ることなんて出来なかった。出来るワケがない。話したって、ふたりは聞く耳なんか持たないだろう。    「悠馬くんが私のことを忘れて、天文部に来てくれなかったのはちょっと寂しかったけど、これから一緒にやっていこうね」 荒川先生はテーブルで悠馬と向かい合って座っている。ソックスを履いた脚を、テーブルの下でフラッと伸ばす。ソックスに包まれた荒川先生の足の裏が、スラックスを履いた悠馬の脚に密着する。  スラックスごしなのに、荒川先生の肌の感触は悠馬の心をとらえて離そうとしない。  悠馬は一瞬で胸が苦しくなった。心臓の鼓動が聞こえてくる。  そのときだった。あたたかく柔らかい感触が、悠馬の脚にピッタリとくっついてきた。スーパー・ラバットが二本足で立ち、悠馬の脚にもたれかかっている。「あっ!」 悠馬は思わず声をあげていた。「どうしたの?」 「すみません。ウサギが……」 テーブルの下を覗き込んだ荒川先生は、悠馬の脚にもたれかかるウサギを見て苦笑いした。「よっぽど悠馬くんのことが大好きみたい」 荒川先
last updateLast Updated : 2025-08-21
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~第十二話③~ 母の願いはというと

「小さい頃、悠馬は、『今日華先生と結婚する』って言っていたわね。お母さんはよく覚えている」 母の芽衣がおもむろに口を開く。目は少しも笑っていない。懐かしい思い出を楽しく語るつもりでもなさそう。「今日華は知ってるでしょう。私の夫も年下で幼馴染だった。だからあなたたちふたりのこと、特に何も違和感感じなかった」 荒川先生が指先を前で組み、ウルウル涙目で母に目を向ける。「先輩。そう言ってくださって、私、後輩として感激です」 悠馬はこっそりふたりの顔を見回す。どう考えても考えなくても、自分が絶対、望んでいない方向へ進んでいる。「今日華。だったら、もっとしっかりしなさい。あっさり高蔵先生に差をつけられちゃって!」 母が冷たく厳しい目で荒川先生を見つめている。荒川先生が心の底から恐縮して怯えている様子がよく分かる。「でもいいじゃない。悠馬は年上が大好きとハッキリしたんだし……。高蔵先生はあなたより年が離れてたものね」 母の芽衣がこともなげに言う。「要するに、理想の結婚というのは年齢なんて関係ないワケ。『一緒に手を携え、同じ道を歩いていけるかどうか』ということ。私は夫と一緒に月の研究を進めてきた。これからあなたたちふたりが私と共に研究を進めてくれるなら、私の人生にとっても素晴らしいことだと思う。あなたたちも人生の成功者になれる」    全てが母ひとりの考えで進められている。荒川先生はそれで構わないのは間違いない。それでも悠馬の考えくらいは聞いて欲しい。(僕の意見だって聞いてよ) だが悠馬は心の中で母に話しかけるので精一杯だった。現実の世界では、極限まで緊張した表情で、机に目を落としている。「それで先輩、今後の予定は?」 「天文台の所長就任は問題ないと思う。実は私の知り合いの方が、私が所長になるのなら全面的に支援するとおっしゃっておられるの。その方は少年時代、『天文少年』だったそうで、私の研究に大変興味を持っておられるの。なるべくあなたには早く研究所に来て欲しいけれど、大学卒業するまで悠馬をしっかり教育して管理してもらう必要があるから。でもこれから七年は長いわね」(教育して管理!) 悠馬は心の中で母の言葉を繰り返す。「天文台の支所を東京に設立するという話は……」 「そこよ。何か大きな成果を挙げて、政府からの補助金を受けられるようになれ
last updateLast Updated : 2025-08-22
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~第十二話④~ 荒川先生のライバル登場

 だが悠馬の母と荒川先生が、これ以上、荒川先生と悠馬の「輝かしい未来」について語ることはなかった。  突然、ドアチャイムが鳴ったのである。母が来客用のテレビモニターに向かう。「どなたですか?」 「朝井くんのお母さんですね。初めまして。私、遠山飛鳥といいます。朝井くんのクラスメイトです」 悠馬はあわてて席を立った。テレビモニターに近づく。  制服を着た遠山飛鳥の姿があった。休日だが制服を着ているのは、悠馬の母親にきちんと挨拶するためだろう。  「陰キャラ」「クラスカーストの最底辺」と龍や真宮子に云われていた飛鳥が、今は胸を張ってしっかりとした口調で挨拶していた。  悠馬が初めて見る遠山飛鳥の別の姿だった。「お母さんが帰ってこられるとお聞きし、失礼だと分かってますが、どうしてもご挨拶したいと思ったのです。」 「そ、そうですか? い、今、すぐ開けますから」 母が言葉に詰まっている。荒川先生はといえば、気まずい表情で椅子に座っている。  悠馬の母も荒川先生も、そして悠馬も聞こえない。三人のすぐ近くで、この様子を冷たく見ている者がいることを……。「遠山飛鳥。お前はただの道化に過ぎぬ。だがこれ以上、不愉快な話を私の目前で進められるのは好まない。サッサと入ってきて道化の役割を果たすがよい」 一体、このセリフは、誰が話しているのだろうか?  
last updateLast Updated : 2025-08-23
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~第十三話 飛鳥の告白~ もう昨日の飛鳥じゃない

 応接室が賑やかになった。母と荒川先生に、飛鳥まで加わった。  母がにこやかに声をかける。「お座りなさい、悠馬の隣に……」 荒川先生が少しだけ眉をひそめる。(先輩、何てことを!) 荒川先生の心の叫びを悠馬の母、芽衣は気づいているのだろうか?  だが飛鳥が席に着くことはなかった。テーブルから少し離れた場所、悠馬から見て真正面の位置に、飛鳥は背をまっすぐ伸ばし、直立不動の姿勢で立っている。 飛鳥ったら極限まで緊張した表情の中、ほんのかすか、微笑みを浮かべていた。「スマイルを忘れずに……」 飛鳥は自分に言い聞かせる。(スマイル・フォー・ミー スマイル・フォー・ユー) クラスでは悠馬以外には見せたことのない笑顔。だが今は、顔いっぱいの笑みを見せなければ……。  飛鳥はニッコリと笑い、ハッキリした口調で話し始める。「私、天文部です。本当は朝井くんがいると思ったから入部したんです」 荒川先生は、飛鳥が入部したときのやりとりを思い出す。そして悠馬の方はといえば、飛鳥の言葉に心臓がドキドキッとする。  一体、飛鳥は何を言いたいのだろう?  自分のことを、陰キャラでクラスの雑用係と思っている悠馬には見当もつかない。  悠馬は分からないのだろうか? 飛鳥にクラス委員を押しつけようと陰険な手段を取ったのは、イケメンの村雨龍だ。こういう人間より悠馬が劣るなんてあり得るだろうか? 学年一位の飛鳥はちゃんと気づいていたのだ。「私、朝井くんの隣の席です。出来れば、いつまでも同じ席でいたいと思います。それから……」 荒川先生が警戒するような目つきとなる。(あの子、たぶん……) 荒川先生の予定通りの言葉が続いた。「朝井くんともっと近くなりたいです。お母さん、お願いします」 悠馬はあわてて飛鳥の顔を正面から見つめる。飛鳥が軽くウィンク。(朝井くん、気がついてくれたかな?) 悠馬はむもちろん気づいていた。悠馬の心臓の鼓動が速くなる。(あの子、間違いなくウィンクしていた) 荒川先生も、しっかり気づいていた。
last updateLast Updated : 2025-08-24
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~第十三話②~ 今日の飛鳥は積極的

 ショックのショックのショックのため、完全に自分を見失っている荒川先生に対し、悠馬の母、芽衣はといえば、軽い笑みを浮かべ落ち着いた様子で飛鳥に話しかけた。「それはありがとう。悠馬のお友だちになってくれるなら大歓迎です。飛鳥さんといいましたね。母親として、どうかよろしくお願いします」 飛鳥は大きく頭を下げる。飛鳥は知らない。悠馬の母は、このまま飛鳥が話を続ければ、最後にどこに行き着くかということに気がついていた。「恋人になってはいけませんか?」「婚約を許してください」と言い出す前に、話を切り上げたのである。飛鳥は肝心なことが言えず、物足りない様子で立ち尽くしている。  悠馬が席を立つと、飛鳥に声をかけた。「僕の隣に座ってください」 そう震える声で呼びかけてからすぐ下を向く。それでも飛鳥は悠馬の心遣いが嬉しくて、すぐにテーブルに向かった。  飛鳥が席に着く。悠馬は飛鳥が着席するのを待って、後から腰を下ろした。  飛鳥は悠馬のこうしたさりげない優しさが大好きだった。「朝井くんと私ね」 飛鳥が話し出す。「運命の糸で結ばれていたんだよ」 飛鳥の突然の大胆な発言。悠馬はまた下を向く。荒川先生は飛鳥の様子を観察している。「朝井くん、児童福祉施設にボランティアに行ってるでしょう」 悠馬はうなずいた。「うん、仲良しだった先生と一緒にね。今は僕ひとりだけど……」 悠馬は懐かしそうに遠くを見つめていた。(高蔵先生のことだ。仲良しか……) 荒川先生はすぐに気がつき、こっそりため息をついた。「施設の子どもたちの宿題や勉強のお手伝いをしていたんだ。僕は仲良しの先生の後をついて回るだけだったけど……。それからね。時々、施設の子どもたちと一緒に近くの河原に空き缶やペットボトルなどの回収に行っていたんだ。回収した空き缶やペットボトルはリサイクルに回していた。そうすると、美味しいジュースやお菓子がプレゼントされるから、施設の子どもたちも大喜びだったよ」 悠馬は思い出を噛みしめるように話す。飛鳥がニッと笑う。「それでね。私、まだ小学六年生の朝井くんが、一生懸命空き缶を分別している写真見たんだよ」 「ええーっ」
last updateLast Updated : 2025-08-25
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