LOGIN「地球を滅亡させる。その任務は月世界セレネイ王国に任せる」 銀河連邦の決定により月からの地球侵略が迫る。 「今こそ我らセレネイ王国が、新たな地球の住人になるのだ」 美しき独裁者、キラーリ公主の下、地球侵略が進行する。 桜花高校一年特進クラスのクラス委員、朝井悠馬は心の優しい少年だったが、それゆえにクラスの雑用係をひとりでさせられていた。 その悠馬の前にひとりの美少女が現れる。 ウサギの長い耳のついた帽子をかぶり、悠馬のフィアンセと名乗り、悠馬を決して離さない。 ひそかに悠馬を見つめる特進クラス一番の成績を誇る如月飛鳥。 若き天文学者、荒川今日華。 美しき女性たちが多数、悠馬に近づく中、地球の危機が迫る。
View More昨夜《きのう》だけど、高蔵彩良《たかくらさら》先生の夢を見た。
昼間、彩良先生の誕生日プレゼントを自宅に届けてきたからかもしれない。彩良先生の代わりに、彩良先生のお義母さんが受け取ってくれた。 朝井悠馬《あさいゆうま》にとって、明日は桜花高校《おうかこうこう》の入学式。私立の名門で、母から強く入学を勧められたのである。 母は天文学者で、日本が誇る東海科学館長野天文台の副館長をしている。学会の発表があるため、どうしても入学式には参加できない。悠馬は別に構わなかった。母が一緒に来れば、地学と物理の担当で天文部の顧問をしている荒川今日華《あらかわきょうか》先生に会うことになる。荒川先生は悠馬の母とは、先輩後輩、母の助手の関係。そのままストレートで天文部に入部ということになりそう。母が来ない方が都合よい。 母は天文台に単身赴任中。そもそもほとんど自宅にはいない。家政婦さんが週に三回通って家事をしてくれるが、悠馬もたいていのことは自分で済ませていた。以前は荒川先生が母の代わりによく自宅に来てくれたが、仕事が忙しくなり、ほとんど尋ねてくることもなくなった。これも悠馬には好都合だった。 悠馬は明日、学校へ提出する書類を点検の最中。<朝井悠馬《あさいゆうま》 桜花高校一年特進クラス
現時点での進路・美術関係 現時点での進学希望校・アジア美術教育大学 保護者 父は八年前に病死 母・朝井芽衣《あさいめい》(天文学者)>この書類を母が見たら、ただでは済まないだろう。
そして次のアンケートの回答も多分……。<アンケートQ12
当校の教員、講師、職員の中に親族や知人がいますか?A.います いません〇 >
母だけじゃない。母の後輩で母親代わりだった荒川先生はどう思うだろうか?
ふたりがどう思うかはともかくとして、書類の点検終了。 悠馬は改めて昨夜見た夢を思い出そうとした。 小学三年のときの担任教師、高蔵彩良《たかくらさら》先生の夢。 出会ってからのいくつもの思い出が、ドラマの総集編のように再生されていく。そんな懐かしくて楽しくて、そして悲しい夢だった。目が覚めたときは涙を流していた。 高蔵彩良先生。一昨日、三十三歳になったばかり。悠馬の心に残る彩良先生のイメージ。 短めのボブの髪型で茶髪。切れ長のシャープな目と真一文字の口元が、クールで近づき難い印象を与える。ハイネックのシアートップスに美しく盛り上がった胸元。そしてミニ丈のタイトスカートから覗く太腿は、六十センチ近くのサイズでかなり大きかったが、それを強調するかのようにピチピチのタイトスカートにレースのガーターストッキングを履き、今にもはち切れそうな太腿に練乳をたっぷりかけたスィーツのような甘さを演出していた。 今、思い出すと、悠馬と彩良先生は、最初から担任と生徒の関係以上に仲が良かった。どうしてそんなに深い関係になったのだろうか? 実際、悠馬にもよく分からない。ふたりとも町はずれで家も近所だったからかもしれない。放課後や休みのときは、よく彩良先生の家に遊びに行っていた。 母親代わりの荒川先生にも紹介。たまに母が帰ってきたときは自宅に招待した。気のせいかもしれない。荒川先生は、彩良先生とは距離を置いているように見えた。「あのね、悠馬くん。分からないところがあったら、私が教えてあげる。一応、これでも朝井先輩から悠馬くんのこと頼まれてる、それにね。一応、これでも高校教師だよ」
荒川先生からハッキリ言われたことを今でも覚えている。
「今日華姉さん、じゃあ、国語なんだけど、ちょっと教えて貰えますか?」
「あの、国語と社会は別で……、エエーッと、それから図工と音楽もちょっと……」 「……」そしてそんなとき、あの事件が起きたのだ。まだ小学三年の頃だった。
列車内は満員に近く、通路に立つ悠馬は殆ど身動き出来なかった。悠馬はよほど空席がない限りは必ず通路に立つようにしている。 この日、悠馬が乗った列車は、空席どころか通路まで、通勤通学の乗客であふれていた。 十五分ほど列車に揺られて「御器所駅」のアナウンスを聞きながらホームに降りた。そのまま改札への階段を下りるつもりだったが、突然後ろから声をかけられた。「ちょっと待ってよ」 振り返ると見知らぬ三人の女子高校生が立っていた。制服から「春日台高校」の生徒だと分かった。悠馬よりは学年が上のようだ。「君ね。満員をいいことにずっと史緒里にタッチしてたでしょう。胸とか、腰とか……」「私たち、ちゃんと見てたんだよ」「絶対許せない」「今から警察呼ぶよ」 史緒里と呼ばれたのはロングの黒髪の女子高校生だった。緊張した表情で下を向いている。ブルブルと全身を震わせていた。 ほかのふたりは何度も言葉につかえながら、悠馬を追求してきた。「すみません。僕、あなたたちに今、初めて会うんです。何かの誤解だと思います」 悠馬は緊張の限界の表情。顔が透き通るくらいに青ざめていた。なぜ突然、身に覚えのないことを言われたのか、悠馬にはさっぱり理由が分からない。「本当なんです。信じてください」 三人の女子高校生も悠馬の言葉を百%信じていた。だが言葉は裏腹。「私、ハッキリ見てたの。どんなに知らないと繰り返したってムダだから」「私も見た。ふたりも目撃者いるんだよ」 追及の言葉はなぜか涙声だった。悠馬は気づかなかったが、ふたりともずっと後ろめたさを感じていたのである。「駅の人、呼んでくるからね」 悠馬は大きくうなずいた。「そうしてください。僕、本当に何もしていません。ちゃんと警察の人にも説明……」 悠馬の言葉が途切れる。いきなり右腕をつかまれていた。「何してるの? 遅刻するよ」 悠馬のよく知っている声が聞こえてきた。飛鳥は悠馬の腕をしっかりと強く握ったまま、悠馬を引きずるように階段を駆け下りていった。 女子高校生三人は、何も出来ないまま、その場に立ち尽くしていた。 すぐに悠馬と飛鳥の姿は見えなくなった。そもそも何が起きたのか? 三人の女子高校生には見当もつかない。「何やってんだよ、バ~カ」 真宮子が大声で叫びながら駆け寄る。「追いかけるんだよ」 だ
列車に乗り、御器所の駅で下車。徒歩で桜花高校に向かう。朝井悠馬にとって、いつもと同じ朝のはずだった。 だがこの日はいつもとは違った朝を迎えることになった。 悠馬はいつもは七時三十七分の列車に乗車する。次の列車から車内が混雑してくるからである。改札に向かっていると、突然、作業服を着た五十代後半の老人が話しかけてきた。「すまんがのう。切符売り場はどこじゃ? ア~ウ~」 老人はなぜか大きなトートバッグを両手で抱えていた。悠馬は笑顔で丁寧に教えてあげたが、そのため一本後の列車に乗るはめになった。 だがよくよく考えたら、トートバッグを抱えた老人の行動は不可解だった。悠馬の近くに駅員がふたりいたし案内表示もあったのに、なぜか老人は、わざわざ高校生の悠馬に「切符売り場」の場所を聞いてきたのである。そのうえ老人は切符売り場には行かなかった。 トートバッグの中身を確かめると、「ヒーヒヒヒ。乃木坂のDVDに写真集。みんなワシのもんじゃ」と満面の笑みでつぶやき、「♫ブンブンブン ブンブンブン インフルエンサー ユウキちゃん」と音程のはずれた歌を口ずさみ、スキップしながら駆けていった。 一方、悠馬が改札を通ると、すぐ後から三人のセーラー服の女子高校生が続いた。春樹のマンションで脅されていた三人である。緊張した表情で、悠馬の後をつける。 そしてしばらく経ってから、真宮子が取り巻き三人と一緒に改札を通った。 冷たい目を、階段を下りる悠馬に向けていた。 だが真宮子は知らなかった。離れたところから、真宮子の姿を見ているクラスメイトがいたのである。本来なら、この列車で登校なんかしない生徒だった。
月世界セレネイ王国摂政、実質的な統治者、キラーリ公主。朝井悠馬の優しさに魅かれて地球総攻撃中止に傾く。 だが地球総攻撃の成功で自らのカリスマ性を高めようとするエラリー・スタイン公子は、地球総攻撃を妨害するムーン・ラット・キッス女王を抹殺し、一気に地球総攻撃を開始しようとしていた。 ムーン・ラット・キッス女王の居場所を突き止められないエブリー・スタイン公子は、ムーン・ラット・キッス女王が勝手に婚約者と決めつけている愛しの朝井悠馬を利用し、キッス女王をおびき寄せようとしていたのである。 銀河連邦より緊急の呼び出しを受けたキラーリ公主は地球を去った。だがエブリー・スタインに一切何も行動するなと手紙を残していた。もちろん悠馬を守るためである。 だが巨大な戦闘機「ムーン・レイカー」の司令室では、エブリー・スタインがついにヒールのイケメンという正体を現していた。「この手紙はフェイクだ。オレに手柄を立てさせないために、お前が捏造したんだ。そうだろう、分かってるぞ」 エブリー・スタインが憎々しげな口調で、一方的にフェイクと決めつけてくる。アマンはあわてて首を横に振る。もちろんエブリー・スタインは相手にしない。「銀河連邦一番のイケメンとして! じゃなかった、ムーン・ラット・キッス暗殺の特別任務責任者として、貴様を『国家反逆罪』の現行犯で拘束する」 エブリー・スタインが冷たくアマンを見据える。この残忍な表情こそ、セレネイ王国の貴公子として、女性たちから紙テープを投げられ賞賛されるエブリー・スタインの正体だった。「第一、地球にいる貴様がどうして月世界の姉上より手紙を受け取ることが出来たのだ。子ども騙しのフェイクに誰が引っかかるか?」「キラーリ公主は秘密裏に地球を訪問し、さっきまで私と行動を共にしていたのです。どうか、次の指令が出るまでいかなる行動も差し控えてください」 アマンの必死の叫びもエブリー・スタインには届かない。「司令官の命令だ。さっさと誰か来い」 ドメルらの副官が駆けつける。「国家反逆罪の現行犯だ。牢に収容しろかっこ ドメル副官があわててエブリー・スタインの前に立ちはだかる。「アマン隊長が国家反逆罪などあり得ません。どうか、考え直して頂けませんか?」 エブリー・スタインが鼻先で笑う。「どう考え直すんだ? ドメル、貴様が反逆者なのか?」
キラーリ公主のスマホの振動。これこそが、事態を大きく変えていったのである。「バレリーからだ」 銀河連邦のバレリー広報官の名前が出た。「地球総攻撃について、現時点での私の考えを聞きたい。直ちに銀河連邦本部へ来るようにとラインを送ってきた。恐らく女王の訴えを聞き、私からも意見を聞こうとしているみたい」 キラーリ公主が唇を噛みしめる。「勝手に地球へ来ていることを知られたくない。すぐ銀河連邦の本部へ行く」 「でもエブリー・スタイン公子へ命令を下すのはどうするのです。このままでは必ず公子は悠馬くんに危害を加えます」 「手紙を書くから、すぐにあなたが弟に届けて。私の代わりに悠馬くんを守って。これあなたに頼むのってサ。ものすご~くイヤなんだけど……」 キラーリ公主は慌ただしく地球から去った。アマンにエブリー・スタインへの手紙を託して……。 一時間後のことである。 町はずれの空き地に待機しているセレネイ王国空軍の戦闘機「ムーン・レーカー」。前にも書いた通り、「ブラインドリバーシステム」によって、誰にもこの戦闘機の姿は見えない。 司令室。エブリー・スタインが、キラーリ公主からの手紙を読んでいたのは、わずかに十秒以下。 すぐにキラーリ公主からの手紙は地面に放り出された。靴で踏みにじられた。エブリー・スタインはイケメンにはふさわしくない憎々しげな表情を浮かべた。「この手紙はニセモノだ。アマン、お前がつくったのか? こんなものにオレが騙されると思ったら大間違いだ」 アマンはすぐに反論しようとするが、エブリー・スタインの言葉の方が早かった。上から目線の冷笑が、ストレートにアマンへ向けられる。「オレにフェイクを見せるのは、立派な国家反逆罪だ」
「あのね。最初は、サライや女王がそれほど恋焦がれる悠馬くんがどんな人間なのか、好奇心に過ぎなかった。だけど、あの子の心の優しさを知ったら、アマン、あなただって胸のハートが熱くなるのを抑えられなくなるんだから。心のないイケメンなんか、悠馬くんには敵わない」 このとき、アマンはハッキリと悟った。傲慢で自信家の独裁者より、熱く恋を語るキラーリ公主の方がずっと魅力的で大きな事業を成功させる可能性を秘めているということ。もしキラーリ公主が悠馬と結婚したならば、セレネイ王国を銀河連邦最大の惑星に発展させるに違いない。 だがアマンも自分の熱い思いを放棄するなんて絶対に出来ない。恋のバトルは絶対に譲れない。アマンも決意を固めていた。「それで公主は地球総攻撃を今でも諦めてはいないのですか?」 アマンの意地悪い質問。「それを今、言わせるの?」 キラーリ公主のすねた表情。この表情もまた可愛らしい。「好きな人の悲しむことなんて出来ないじゃない」 とうとうキラーリ公主は本音を漏らした。悠馬への思いから、念願の地球総攻撃を中止するとハッキリ認めたのだ。「しかし公主。エブリー・スタイン公子は地球総攻撃に反対するキッス女王を暗殺し、一気に地球総攻撃を進めるつもりです」 「だからキッス女王の情報は弟に伝えていないでしょう」 「公子は既に悠馬くんの存在に気がついています。悠馬くんを利用してキッス女王をおびき寄せようとするでしょう。今のままでは悠馬くんに生命の危機が訪れることになります」 「そうはさせない。弟に直接、命令を下す。これ以上、余計な行動はするなと!」 キラーリ公主は悠馬のために地球総攻撃の中止を決意。弟のエブリー・スタインに「何もするな」と命令すれば、村雨兄弟を利用して悠馬に危害を加え、ムーン・ラット・キッス女王をおびき寄せて暗殺するという計画もボツになるはずだった。 ところが、事態は思わぬ方向に展開していたのである。
キラーリ公主は力なく天井を見上げている。 アマンはそっとその様子を見つめている。キラーリ公主が自らの誤りを悟るとき、必ずセレネイ王国に富と繁栄をもたらし、国民に幸福をもたらす。 それは地球を侵略などしなくても必ず得られるはずだ。 アマンはキラーリ公主の様子を見ながら、話を続けた。「サライ主任が娘のリルちゃんと共に地球への密航を企てたのは、もちろん婚約者の悠馬くんに会うためです。もう二度とセレネイ王国に戻る気はなかったと思います」 キラーリ公主は考え込んだ。「ムーン・ラット・キッス女王も悠馬くんのことを知っていたのはなぜ?」 「サライ主任から悠馬くんについての情報を得たのだと思います。なぜサライ主任が悠馬くんのことを女王に伝えたのか、理由までは私も分かりません。女王は最初は好奇心で、銀河系の惑星のどんな音声でもキャッチ出来る自分の耳を使って、悠馬くんの話す言葉を聞いていました。そのうちに悠馬くんのことが大好きになってしまい、サライ主任を動かして月の表側に人工衛星型の移動望遠鏡を設置し、一日中、悠馬くんの姿を見つめていました」 キラーリ公主は腕を組んだ。「それって、この日本では『ストーカー』て呼ばれる行為だよね。元々は英語だと聞いた。セレネイでは、『スヌスムムリス』と呼ぶけど……」 そう言いながらスマホに収めた悠馬の画像を見つめている。アマンはとっくに知っている。スマホの中の悠馬の画像は、とっくに百枚を超えている。 「ストーカー」。今のキラーリ公主だって同じじゃないか? アマンは思わず爆笑しそうになるのを、必死で我慢した。声を上げて笑うなんて、アマンのキャラクターに絶対似合わない行為ではないか。「だからムーン・ラット・キッス女王は、悠馬くんのために地球総攻撃を中止させようとしたワケね」 キラーリ公主は納得したように大きくうなずく。「キラーリ公主も同じではありませんか」 アマンの言葉に顔を真っ赤にするキラーリ公主。誰にも見せたことのない可愛らしい表情。アマンも思わず微笑んでいた。
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