All Chapters of ~スーパー・ラバット~ムーン・ラット・キッスはあなたに夢中: Chapter 61 - Chapter 70

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~第十四話 不思議な彼女・朝井うさ子登場~ 歌声は風に乗って

(一体、あの電話は何だったの?) 飛鳥は今も謎が解けないまま、叔父の遠山哲太の自宅に向かっている。  悠馬の自宅を訪れた翌日の日曜日のことである。  実は土曜の午後、飛鳥が悠馬の自宅を訪ねたのは偶然なんかじゃなかった。悠馬が母の芽衣や荒川先生に、将来のことでジワジワ追いつめられていた頃、 突然、飛鳥のスマホが鳴ったのである。それは今まで見たこともない番号だった。(どうしよう、出ない方がいいのだろうか?) 恐る恐るスマホを手にすると、突然、悠馬の母の芽衣と荒川先生の会話がハッキリ聞こえてきた。どう考えても(考えなくても)、荒川先生と悠馬の結婚についての話し合いだった。荒川先生は悠馬より年上だったが、今は年の差婚なんか珍しくもない。(悠ちゃんみたいないい子なら、誰だって結婚したいに決まってる) 飛鳥はあわてて悠馬の自宅に駆けつけたのである。  今、振り返ってみると、あの電話って誰が何のためにかけてきたのだろう。飛鳥に、わざわざ芽衣と荒川先生の会話を聞かせて、何をしたかったのだろう。家にいたのは、ほかには悠馬ひとりだけ。だが電話番号はぜんぜん知らない番号だった。  あの後、悠馬からは、<今日はわざわざ来てくれてありがとう。また来てください>とlineが届いていたが、飛鳥に電話がかけられたこと自体、知らない様子だった。  考えれば考えるほど、自然と時間は過ぎる。すぐに見覚えのある白塗りの建物が見えてきた。叔父の遠山哲太の自宅で、『NGO法人 子どもたちと地球環境ネットワーク』の事務所も兼ねていた。  庭にネットワークの事務所のプレハブがあり、自宅一階の大通り側は会議室、応接室となっている。一階奥と二階が居住スペースだった。自宅玄関は裏側にあった。  来客用に車四台分の駐車スペースがあり、叔父と事務員の白石さんは裏側のスペースに車を駐車していた。  飛鳥は叔父が事務局長を務める『NGO法人 子どもたちと地球環境ネットワーク』のお手伝いに来たのである。そのため大通りへ回り、プレハブの事務所に入るつもりだった。一階裏側、玄関近くまで来たときだった。  明るくかん高い歌声が聞こえてきた。夢見るような大きな思いと願いが歌声からあふれていた。  飛鳥はこれほど情熱的な歌声を聞いたことがなかった。♬スーパー・ラバットは あなたのフ
last updateLast Updated : 2025-08-26
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~第十四話②~ うさ子はずっと上から目線

 叔父の家の玄関近くに立つ見知らぬ「彼女」。だが「彼女」は、飛鳥のことを前から知っているような口ぶりだった。  飛鳥は「彼女」の姿をじっと見つめてみる。  ウサギの頭部のかたちをしたホワイトの帽子をかぶっていた。ウサギと同じ長い耳が、天に向かって伸びている。  帽子の下には雪のように真っ白な顔があった。目は大きく、ハーフなのか真っ赤な瞳が輝いていた。真一文字に結ばれた唇は、強い自信を表しているようだった。  不思議な表情だった。上から目線の気が強く意地悪な女性というのが第一印象だった。けれども相手の表情をよく見ていると、何かを夢見るロマンチックな表情に時々、変わるのである。そのときの彼女の表情は、純粋でけなげで汚れを知らない乙女そのものだった。  高貴さと傲慢さ、そして純粋さ。相反する三つの雰囲気を兼ね添えた不可思議な美女。  飛鳥は色々考えた末、「彼女」について、そう結論を出した。  ホワイトのボタン付ブラウスにライト・ピンクのジャケット、そして太腿の根元まで見えるライト・ピンクのショートパンツを履いていた。そしてホワイトのハイソックス。ピンクのスポーツ・シューズ。  飛鳥が驚いたのは、太腿が丸太のように太いことだった。だがゾクッとするほどきらびやかな輝きの白い肌に、目が吸い込まれそうな美しい隆起、そしてスィーツ専門店のデコレーションケーキのような甘さが漂っていた。  身長は一メートル九十センチ以上はありそう。やや丸みをおびた体型がフワフワした雰囲気を演出していた。  年齢は自分より少し上? 二十歳前後だろうか? もしかしたらもう少し年上かもしれない。「あなたは誰です? ここで何してるんです」 「たぶんあなたと同じ目的。『NGO法人 子どもたちと地球環境ネットワーク』に用事があってきた」 「ネットワークの玄関は表側です。さっさと表に行ったらいいじゃないですか」 飛鳥は知らないうちに乱暴な言葉遣いになっていた。「今は行かない」 ウサギの帽子の「彼女」が答える。「ずいぶん忙しいようだから」 「本当ですか?」 「ここのネットワークの経済問題について相談しているから、すぐには終わらないと思う」 飛鳥は疑わしい目で、この女性を見つめた。そもそも外にいて、どうして叔父たちの相談内容が分かるのか?「それよりあなたサ」 ウ
last updateLast Updated : 2025-08-27
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~第十四話③~ 謎また謎のうさ子

 飛鳥は「朝井うさ子」と名乗る「彼女」に向かって一歩進み出た。絶対、一歩も引く気なんかない。「それって本名なですか?」 悠馬と同じ名字なんて、ぜったい偶然とは考えられない。「そうだけど」 うさ子はそっけなく返してきた。「遠山さん。君って面白いこと聞くんだね」 飛鳥を見下すような笑いを向けてくる。上から目線を通り越し、完全に飛鳥を嘲笑している。さらに飛鳥を驚かせたことがあった。(私の名前を知っている) 初対面のはずの飛鳥の名前をどこで知ったのだろうか? 飛鳥は、「朝井うさ子」を名乗る「彼女」の正体が分からなくなってきた。しかもうさ子が、飛鳥の反応を見て楽しそうにしているのが心から許せなかった。「フフフ、驚いてる。楽しいね、君と話してると……」 再び飛鳥の怒りがこみあげてくる。「『朝井』というのは絶対ウソでしょう。何でそんなウソ言うんですか?」 「どうして本名を名乗ると、君が怒るの? どうしてかな?」 突然、うさ子の体が地面から消えた。  飛鳥は、三度驚かされることになった。飛鳥の目前、うさ子の体が真上に大きくジャンプしたのである。  助走もなく一メートル半はジャンプしていた。こんなことってあり得るのだろうか?  何度も何度もその場でジャンプを繰り返す。「ネーッ、君ってこれ出来る」 うさ子が勝ち誇ったように笑う。飛鳥はブルブル体を震わせている。「悪いけどムリじゃない?」
last updateLast Updated : 2025-08-28
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~第十四話④~ 飛鳥とうさ子の戦いが始まる

「あなた陸上部? そんなこと出来て、何の意味あるんですか? 何だか怪しい女性ですね」 飛鳥は「朝井うさ子」と名乗る謎の「彼女」に逆襲したつもりだった。  だがうさ子は飛鳥の回りを少しずつ移動しながらジャンプを続ける。  青い空には、澄んだ歌声が響き渡る。 ♬もしも空を飛べたなら あなたは私ひとりのもの この胸に強くハグして 誰もいないところでふたりきり この広い世界 ほかには誰もいらない あなたと私 ふたりっきりで幸せだもの♪  悔しいけれど、自然に涙が浮かんでくるような心のこもった歌声だった。そして歌声はいつのまにか遠ざかっていき、飛鳥はたったひとりになっていた。そのときだった。 「はじめまして。私、朝井うさ子といいます。ご存知でしょうか、高蔵彩良さんの友人です。うっかり裏の玄関に回ったところ、初対面の女の子から、『あなた、誰? 陸上部なの? ここで何してるの? あなた、不審者ね。ここから先は一歩も通さないから』と怒られてしまいました。誤解をさせてしまって、すみません」 ネットワーク事務所側の玄関の方からうさ子と名乗る女性の声が聞こえてきた。あのよく分からない女性、一体、何てこと言っているのか? 飛鳥ったら、あわてて事務所に向かった。   
last updateLast Updated : 2025-08-29
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~第十四話⑤~ 彩良が亡くなった

『NGO法人 子どもたちと地球環境ネットワーク』の事務所。事務所の隅には応接用のソファが置かれている。 事務局長の遠山哲太と専任の事務員、白石麻衣子と「朝井うさ子」と名乗る不思議な「彼女」が向かい合っている。「高蔵彩良さんは朝井悠馬くんと一緒に、よくネットワークの活動に協力してくれました。ところが突然、行方不明ということで、私も心配していたのです。朝井くんに聞いても、まだ見つかっていないということでした」「実はあまりよいニュースではないので公にはしていなかったのですが……」 飛鳥は近くのデスクでパソコンに向かっていた。だが耳だけは「朝井うさ子」と名乗る「彼女」の言葉の方に傾けている。「高蔵彩良さんは亡くなりました。それをお伝えしたいと思いまして、本日、ご訪問しました」 (嘘だ) 飛鳥は思わず、心の中で叫んでいた。この前、彩良の夫の田辺も、ハッキリ行方不明のままと言っていたではないか。叔父が知らないからと言って、平気でフェイクを語る「彼女」はぜったいに何か恐ろしい秘密を持つ人間だ。「亡くなった?」 遠山は麻衣子と顔を見合わせる。ふたりとも暗い表情に変わる。「何かあったのですか?」「詳しいことは言いたくありません。追い詰められてやむを得ず……」 朝井うさ子は「自殺」をほのめかす。「なぜこんなことに?」「いじめられていたのです」「義理のお母さんとかお義姉さんとかにですか?」「はい、キラーリとかアマンというひどい女性たちに」「希楽里さん、阿万さん⁉︎」「それに清水飛鳥という悪魔のような女性もいました。成績はよくても性格が悪く、他人に迷惑ばかりかける女性です」 「清水飛鳥」⁉ 飛鳥はパソコンのキーボードを打つ手を休め、思わずうさ子をにらみつけていた。うさ子は知らん顔をしている。「ところで……」 麻衣子が口を開く。「失礼なご質問をお許しください。朝井くんと同じ名字ですが、何か関係がおありですか?」 うさ子がそっと飛鳥に目を向けた。何か言いたそうな意味ありげな表情。「すみません。今は何も話せません。それより」 うさ子がシルバーに輝くゴルフボール大の球体を差し出した。「白石さんはご存知ですね。ムーン・リバー・エッグと呼ばれる宝石です
last updateLast Updated : 2025-08-30
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~第十四話⑥~ うさ子のねらいとは

 高蔵彩良の友人と名乗る朝井うさ子から、一千万以上のムーン・リバー・エッグの寄付。遠山哲太は信じられないといった表情で、この宝石を見つめている。体がブルブル震えている。しばらく震えは収まりそうにない。「あ、あ、あ、ありがとうございます。しかし、こんな高額のものを頂いて、よろしいのですか?」「ネットワークの経済事情は私も承知しております。こんなもの、いくつでもありますから。どうか、ネットワークの活動にお役立てください」 飛鳥はこっそり「朝井うさ子」と名乗る「彼女」を見つめている。(どう考えたっておかしい。何で、ネットワークの財政事情のことなんか知ってるんだろう?) ネットワークへの大口の寄付金も年々、少なくなってきており、叔父が頭を抱えていることはよく知っている。だが外部の人間が知るはずもない。どこからその情報を仕入れたのか? ますます正体の分からない人間だ。「しかし、それではあまりにも……」「私も地球環境への取り組みに興味があります。ネットワークの詳しい活動内容を教えて頂ければ、宝石を寄付した意味もあるというものです。亡くなった彩良も喜んでくれるでしょう」「日時を指定して頂ければ、資料もご用意のうえ、詳しい説明を致します」 遠山は麻衣子と共にペコペコ頭を下げている。「このネットワークだけではありません。地球規模での環境の取り組みについても詳しく教えて頂きたいのです」 「朝井うさ子」を名乗る「彼女」の赤い瞳がキラリと光った。「もちろんです。飛鳥、手伝ってくれるね」 遠山が飛鳥に声をかける。「はい」 飛鳥は気のない返事をした。「朝井うさ子」と名乗る「彼女」をどうしても信用することが出来ない。この正体不明の「彼女」は、一体、ネットワークの活動内容を調べて何をするつもりだろうか?「いいね、飛鳥」 遠山が念を押す。「はい」 飛鳥は返事とは別のことを考えている。(荒川先生に報告しよう。変な女が、『彩良は亡くなった』と言っている。すぐにでも教えてあげよう) その日の夜。どこかでこんな会話が行われていたことを、飛鳥も麻衣子も遠山も知らない。「銀河連邦で出世したバレリー広報官。久しぶりだな」「どうしたんです、急に?」「お前の惑星を滅ぼそうか? 冥王星、金星に続く第三の星となる」「……こんなこと言いたくありませんが……あまりいいジ
last updateLast Updated : 2025-08-31
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~第十四⑦~ ムーン・ラット・キッスの正体

 飛鳥が「朝井うさ子」と名乗る不思議な女性に出会った頃、月の裏側にあるセレネイ王国でも、ある出来事が起きていた。  セレネイ王国王宮の奥。キラーリ公主の部屋を、アマンとエラリー・スタインのふたりが訪れていた。巨大なベッドの上。シルバーのシュミーズを着たキラーリ公主は、白い脚を太ももまであらわに、ベッドの上でうつぶせに寝そべっていた。両手を開いて顎を乗せ、アマンの話に耳を傾けている。  今日のソックスはライト・ピンクのクルーソックス。「じゃあ、ムーン・ラット・キッス女王は、どんな音声でも自由に聞くことが出来るというの?」 キラーリ公主はハッキリと不機嫌な顔になった。「私の調査結果ではそうなります」 「それじゃあ、遠く離れた地球の音声は?」 「問題ありません」 「ちょっと待って。それじゃあ、地球よりもずっと近いこの王宮での私たちの会話は?」 「この部屋には防音用のレーザー光線、『ヘッダー・サイレンス』が使用されています。この部屋での会話は恐らく問題ないかと……たぶん」 アマンの言葉に、キラーリ公主が鼻の頭にシワを寄せた。キラーリ公主の他人には見せたくないウィークポイントだ。イライラしているのが早わかり。「頼りないなあ」 「それでは、ハッキリ申し上げます。ムーン・ラット・キッス女王の力なら『ヘッダー・サイレンス』を無力化することが可能です」 キラーリ公主がガバッとベッドの上に起き上がる。「ちょっと待って。それじゃあ、私たちの秘密の会話なんて、簡単に聞こえてるってこと?」 「いえ、無力化しようとすれば、ムーン・ラット・キッス女王は相当なエネルギーを費やすことになります。身体への影響が非常に大きいので、よほどのことがなければ、『ヘッダー・サイレンス』を無力化してまで私たちの会話を盗み聞こうとはしないでしょう」 「アマン、百パーセント保証できるの? そんなこと……」 アマンは何も答えなかった。「あなた、私より年上でしょ。分かんないかな? 年寄りってね。知能が低下するから、後のことなんか考えないワケ」 キラーリ公主がエブリー・スタインの方を振り返る。「弟よ」 「ここに」 「すぐにルパート星が開発した『ゼンダ・システム』を王宮に導入して。『ヘッダー・サイレンス』よりは防音機能が格段に高い」 「しかし姉上。『ゼンダ・システム』は非常に高
last updateLast Updated : 2025-09-01
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~第十四話⑧~ キラーリ公主はご機嫌斜め

「ムーン・ラット・キッス女王は自分の耳で聞いた音声を集積、つまり保存することが出来ます。そしてそれをいつでも再生することが出来ます。再生の音量を調整することも出来ます。さらに保存した音声を、保存したほかの音声と組み合わせて編集することも出来ます」「そんな能力、ぜったい持って欲しくはない女。あなたもそう思うでしょ」 キラーリ公主はため息をついた。 読者のみなさんは覚えているだろうか? 悠馬の危機に突然、聞こえてきたパトカーのサイレンや刑事の声。そういえば、悠馬が録画していたテレビドラマには全く同じ音声があった。 まさかムーン・ラット・キッスがテレビの音声を保存して、いざというときに役立てたとでもいうのだろうか? それじゃあ、ムーン・ラット・キッスは悠馬のすぐ近くにいるのだろうか?「さらにムーン・ラット・キッスの視力は、遠近両方切り替えることが出来ます」「まさか、地球の光景を見ることが出来るというワケ?」「ここは月の裏側です。両目の逆方向にある物体を見ることは出来ないようです。見えるのは、あくまで前方ということになります。ただサライ主任から月の表側に設置してある望遠鏡の映像の提供を受けていました。恐らくコンピュータに送信してもらっていたのでしょう。これなら地球の様子を見ることが可能になります」「要するに狂った女に鋭い刃物を持たせる結果になったワケね。あったまくるな」「精神的に異常なのか、それは私には分かりかねます」 アマンは冷静に説明を進める。「それでこの嫌われ者のおばあちゃんは、ずっと地球の様子を見て聞いていて、地球の何かに興味を持った。だから私たちの地球総攻撃を延期させたというワケ?」「私はそのように考えてます。今となっては取り返しがつきませんが、多分、サライさんは詳しい事情を知っていたかと……」「だけどしょうがないじゃない。法律に違反したんだし……。アマン姉さんの話を聞かなかったのは反省してる。サライの両親には、私からたくさんの年金をあげるし、アマン姉さんには新しい車、買ってあげる。これで手を打ってよ」「分かりました」 アマンは苦笑した。子どもの頃、実の姉妹のように暮らした日々を思い出している。「サライ主任のコンピュータを解析しています。いずれ詳しい事情が分かるかと」「お願い」 
last updateLast Updated : 2025-09-02
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~第十四話⑨~ キラーリ公主の宣言

「今後の地球総攻撃は、ひとえにセレネイ国軍の働きにかかっている」 キラーリ公主の大声が、王宮の奥の会議室に響き渡った。 会議室には大きな円形のデスクが置かれ、軍の幹部が勢ぞろいしていた。 その中にはアマンの姿もあった。アマンの隣の席には、眼鏡をかけたスーツ姿の男性がいる。 キラーリ公主は会議室の中央に立ち、幹部一同を見回している。隣ではエブリー・スタインが、姉の七光りの下、出席者を見下したように薄い笑いを浮かべている。 キラーリ公主はいつものセクシーな下着姿ではない。シルバーに輝く詰襟の軍服姿。少し小さめに作られており、バストの大きさ、美しい体の曲線が強調されている。膝上のミニスカートからはダーク・ブラウンのタイツを履いた長い脚が伸びている。 いつものけだるさは微塵と見られない。どちらの姿が、本物のキラーリ公主なのか? それを知るのは本人だけなのかもしれない。「そしてもうひとつ重要なのは、ムーン・ラット・キッス女王の動きだ」 キラーリ公主がスーツの男性に頭を下げる。エブリー・スタインは知らん顔をしていた。「クラーク・ダン博士。先ほどのアマンの説明に補足願えますか」 スーツ姿の男性が立ち上がると、眼鏡の縁に指をかけ、ゆっくりと話し始める。「ムーン・ラット族の目と耳が異常に発達している点ですが、彼らが話をすることが出来なかったことと関係あるかと思われます」「ムーン・ラット族がしゃべれない。しかし、キッス女王は……」「本来、彼らはテレパシーのような能力を持ち、それをお互いの意思疎通にしていたものと思われます。」 キラーリ公主が首をかしげる。「それじゃあ、キッス女王の会話というのは?」「テレパシーの具現化をしているかと思います。キッス女王の目と耳は、恐らく他のムーン・ラット族と比べ物にならないほど発達しているかと思われます。耳の部分に集積、すなわち保存された無数の音声を瞬時に編集して再生しているのです。つまりキッス女王の発する言葉というのは、編集された再生音声に過ぎないのです」 出席者の軍幹部が顔を見合わせる。キラーリ公主が腕を前で組む。「いずれにしても……」 キラーリ公主の声が大きくなる。「あの女について分かっていることはあまりにも少ない。王宮に『ゼンダ・システム』を導入したから、私たちの会話を聞かれることはないと思
last updateLast Updated : 2025-09-03
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~第十四話⑩~ 邪魔者は消せ

 キラリー公主の言葉に、誰もすぐには返事が出来なかった。アマンが全員を代表するように発言した。「具体的にはどうされるおつもりです」 キラーリ公主がひとりひとりの顔を見渡す。「直ちに地球の調査を終了し月に帰還するよう、ムーン・ラット・キッスに連絡を入れる」 アマンが重ねて尋ねる。「もし帰らなければ?」 「そんなこと決まっているだろう」 エブリー・スタインが横柄な口調で言う。「オレが地球に行って命令する。応じなければムーン・ラット・キッスは高齢のため、地球で死亡したことになる」 アマンが畳みかけるように質問を続ける。「では月に帰還すれば問題はありませんね」 キラーリ公主が首をかしげる。「問題はまだ残っているでしょう。地球総攻撃を彼女に説明する。それで納得すれば全ては解決する。ただあの女は、間違いなく同意しないと思う」 「もし同意しなければ?」 エブリー・スタインがアマンを嘲るように見すえる。「それぐらい分からんか? あの女は地球からの帰還後、病死したことになるのだ。盛大な葬儀が執り行われることになろう」 アマンは首を振った。「ムーン・ラット・キッス女王の正体がいまだにハッキリと分かっていないのに危険です。冥王星と金星を滅ぼしたことを忘れたのですか?」 エブリー・スタインが鼻で笑う。「それは随分昔の出来事だ。今見れば、軍事的にはたいしたものでもないだろう」 「しかし」 「アマン、お前は軍人じゃないのか?」 エブリー・スタインが頭からアマンを見下した態度をとった。「戦うのが怖いというなら、お前は軍人ではなく、平凡な家庭の主婦として暮らす方がよいかもしれないな」 アマンが何か言いかけるのを、キラーリ公主が制した。「アマン。あなたの意見はよく覚えておく。ありがとう……」
last updateLast Updated : 2025-09-04
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