「ただいま」 学校から帰宅した健は、恐る恐る一階の廊下から、応接室にいる母と荒川先生に声をかけた。「おかえり」「おかえりなさい」 テーブルの上には英語の本や書類、パソコンが置かれている。月の研究についての相談中の模様。 呼び止められ、将来の予定について問い詰められずに済みそう。 健はふたりの気が変わらないうちにと、急いで自分の部屋に入った。母の芽衣と荒川先生が、どんな話をしていたのかは何も知らない。「天王星を発見したウィリアム・ハーシェルの息子でイギリスの天文学者、ジョン・ハーシェル(1792~1871)は『月の人類』の中で、ハッキリ、月に住むセレネイ人とテレバシーで語り合ったと言っている。セレネイ人は、『自分の目はどんなに遠いものでも見えるし、どんな遠いところでも音声が聞こえる。今、私にはあなたの顔がハッキリ見える。何か飲み物をすする音もハッキリ聞こえる』とテレパシーで語ったそうよ」「セレネイ人は、月からハーシェルの姿が見えた。それにハーシェルの声も……。そんなことがあり得るのでしょうか?」「研究家の間でも色々な意見があるの。アメリカの天文学者、サイモン・ニューカム(1835~1909)はこう書いているわね。『セレネイ人は、まず遠近を切り替える目で目標物を定め、次に目標物とその周辺から発せられる音声を耳でとらえるのではないか』 この場合は、望遠鏡を見ていたハーシェルの視線にまず気がついたのだろうという訳ね。ただしこれはハーシェルの書いていることが事実ならばという場合。ハーシェルの子孫はハッキリ、『『月の人類』は元々、口述で書かれた私家本だったのに、SF作家、H・G・ウェルズ(1866~1946)の友人だった助手のハーラン・オーグルビー(ウェルズの代表作『宇宙戦争』に登場するオーグルビーのモデルとされる)が、金儲けに父を利用し勝手に増補した。先祖が月に住むセレネイ人なる荒唐無稽な存在を信じていたと云われるのは耐え難い』と語っている」「それじゃあ、ハーシェルが描いたとされる、このセレネイ人の絵も実はオーグルビーが……」「現在ではそう云われているわね」 ふたりは、ハーシェルが描いたというセレネイ人の絵に目をこらしていた。 絵を見ていた芽衣が、ハッと思い出したように言った。「明日、家政婦に家の中を大掃除して貰う。あのウサギも外のウ
Terakhir Diperbarui : 2025-09-05 Baca selengkapnya